日本の歴史共生と循環の縄文文化
JOG(134) 共生と循環の縄文文化約5500年前から1500年間栄えた青森県の巨大集落跡、三内丸山遺跡の発掘は、原日本人のイメージに衝撃を与えた。■1.三内丸山遺跡の衝撃■ 約5500年前から1500年間、縄文時代前期から中葉にかけて栄えた青森県の巨大集落跡、三内丸山遺跡の発掘は、原日本人のイメージに衝撃を与えた。高さ10m以上、長さ最大32mもの巨大木造建築が整然と並び、近くには人工的に栽培されたクリ林が生い茂る。新潟から日本海を越えて取り寄せたヒスイに穴をあけて、首飾りを作る、等々。 縄文時代といえば、従来は、たとえば次のように描写されていた。__________ 今から2400年前、水田による稲作が北九州に伝わった。中国の稲作が、おもに朝鮮半島南部から、人々の移住とともに伝わったのである。米づくりが始まると、人々は採集や狩りのくらしから、計画的に食料を生産するくらしに変わり、定住して生活するようになった。 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ すなわち、文明化されたシナから稲作が伝わる前は、日本人は定住もせずに、狩りをしたり、貝や木の実を採集して、原始的な生活を送っていた、というのである。 最...
