学習能力の低い個体が存在する謎…マルハナバチの長期観察で明らかになった驚きの事実と、見失いがちな真実

生命科学
ヒトの体は、左右対称ではない…じつは、生物の「外形はコロコロ変わる」。環境から見えてくる「進化の真実」
マルハナバチには学習能力があるとされていますが、個体により学習能力が高い個体と、学習能力が低い個体がいることがわかってきました。これだけを見ると、学習能力が高いものがより進化した個体と考えがちですが、必ずしもそうとは言い切れないといいます。ある一つの事実(結果)をもって、それに行きつく原因が一つとは限らないことを、進化の面から考えていきます。

学習能力の低い個体が存在する謎…マルハナバチの長期観察で明らかになった驚きの事実と、見失いがちな真実

ミツバチ科で、ミツバチよりやや大きいマルハナバチという、ユーラシア大陸を中心に世界に広く分布するハチがいます。このマルハナバチには学習能力があるとされていますが、個体により学習能力が高い個体と、学習能力が低い個体がいることがわかってきました。

これだけを見ると、学習能力が高いものがより進化した個体と考えがちですが、必ずしもそうとは言い切れないといいます。

ある一つの事実(結果)をもって、それに行きつく原因が一つとは限らないことを、進化の面から考えていきます。

【写真】マルハナバチ

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ある4コマ漫画

こんな4コマ漫画を読んだことがある。

1 高校生ぐらいの男女がいて、女の子はその男の子が好きである。そして男の子も、その女の子にとても優しくしてくれる。

2 そこで女の子は、思い切って男の子に尋ねてみる。

「どうしてAくんは、私にそんなに優しいの?」

3 するとAくんが、女の子を見詰めながら答える。

「そんなの決まってるじゃないか。だって、僕は…」

「えっ?…」

思わず、女の子の顔が赤くなる。

4「だって、僕は、誰にでも優しいんだから」

別の意味で女の子の顔が赤くなる。

「あっち行って」

ある4コマ漫画

AくんがBさんに優しくする。こういう結果が起きる原因は一つではない。もちろんAくんがBさんだけを好きな場合にも、そういうことは起きるだろうが、Aくんが誰にでも優しい場合にも、同じ結果が起きるわけだ。

ある結果が起きたときに、そういう結果が起きる原因が複数あり得ることを忘れて、一つに決めつけたことから誤解が生じる。そういうことは、進化の世界でもしょっちゅう起きているようだ。

マルハナバチの学習能力

動物の分類群ごとに、知能が高いグループというのはだいたい決まっている。

哺乳類の中で知能が高いイメージがあるのは、類人猿やイルカの仲間だし、鳥類ならカラスの仲間やオウムの仲間がそうだ。魚類であればベラの仲間である。魚の中にも道具を使う者がいるが、それらはたいていベラの仲間なのだ。

そして、昆虫の場合は、ハチの仲間が有名だ。ハチの中には道具を使ったり数を数えたりするだけでなく、遊んだりするものもいるらしい。

そんなハチの一種であるマルハナバチについて、学習能力と採餌能力の関係を調べた研究がある。その第一段階として、マルハナバチに花の色を覚えさせる実験が行われた。ちなみに、同じコロニーに属するマルハナバチは、遺伝的にほぼ均質なので、さまざまなコロニーに属するマルハナバチが実験に使われている。

たとえば、黄色の造花には砂糖水が入っており、青色の造花には入っていない、そういう状況でマルハナバチを放す。

すると最初は、どちらの花にも同じように、50パーセントの確率で訪れた。しかし、実験を繰り返すうちに、どのマルハナバチも、砂糖水の入っていない花にはまったく訪れないようになる。

これは、マルハナバチが花の色を学習したと解釈されるが、その学習速度には個体ごとに違いがあった。ある個体は20回の実験で、ほぼ100パーセント黄色い花を訪れるようになるが、そのいっぽうで、60回繰り返しても、まだ青い花を訪れてしまう個体もいたのである。

その後、それらのコロニーの巣を屋外に出して、自然界の花から花蜜を集めさせた。つまり、花蜜のある花を見つけたり覚えたりする課題を与えたわけだ。そして、花蜜集めにかかった時間と、集めた花蜜の量を測定した(ある個体の、巣を飛び立つときと帰ってきたときの体重を測定して、その差を集めた花蜜の量とした)。

すると、学習能力の高いマルハナバチのほうが、多くの花蜜を集めることが明らかになった。先の実験でもっとも成績の悪かったコロニーの個体は、もっとも成績の良かったコロニーの個体より、採集した花蜜が40パーセントも少なかったのである。

なぜ学習能力の低い個体がいるのか…意外な事実

以上の結果から、こんなことを考える人がいるかもしれない。

「生物は、もっとも効率よく餌を集めることができるように進化してきたはずである。マルハナバチの場合、学習能力が高い個体のほうが、学習能力の低い個体より、花蜜を効率よく集めるのだから、進化は学習能力を高くするように進むはずだ。その結果、将来的には、学習能力の低い個体はいなくなるだろう」

でも、本当にそうだろうか。

マルハナバチは、すでに何世代にもわたって、長いあいだ自然界に存続してきた。そのため、学習能力の低い個体はすでにいなくなっている、と考えるほうが自然ではないだろうか。それにもかかわらず、今でも学習能力が低い個体が絶滅していないのは、なぜか。何か理由があるのではないだろうか。

それについて、一つの手掛かりになりそうな事実が見つかった。

学習能力の低い個体のほうが、寿命が長いのだ。

その結果、一生のあいだで比べると、学習能力の低い個体のほうが、多くの花蜜を巣に届けていたのである。

寿命がなぜ変化するのか、その理由ははっきりとはわからないが、もしかしたら、すばやい学習には多くのエネルギーが必要なせいかもしれない。ハチは体が小さいので、脳で多くのエネルギーを使うと、深刻なレベルまで体に負担が掛かる可能性はあるだろう。

今も進化が継続中なら、学習能力は高くなるか、低くなるか

そこで、こんな想像をしてみよう。

今、マルハナバチという種では、学習能力について進化が起きている最中である、と想像するのである。

もちろん実際には、学習能力の高い個体と低い個体のメリットやデメリットが釣り合っていて、進化が起きていない可能性もある。でも今は、そういうことは考えないことにしよう。

さて、マルハナバチにおいて、現在学習能力が進化している最中だとして、その方向は、学習能力が高くなる方向だろうか、それとも低くなる方向だろうか。

自然淘汰は、子孫をより多く残せる形質を進化させる。短期的に見れば、学習能力が高い個体のほうがたくさん花蜜を集めるけれど、長期的に見れば、学習能力が低い個体のほうが多くの花蜜をコロニーにもたらす。そうであれば、より多くの子孫を残せるのは、学習能力が低い個体がいるコロニーということになる。

つまり、もしもマルハナバチの学習能力が進化している最中であれば、それは学習能力が低くなる方向に進化しているはずなのだ。

学習能力が高い個体と低い個体が共存している状態を見ると、つい私たちは、学習能力が低いほうから高いほうへ進化が起きている、と考えがちである。しかし、実際には、その逆かもしれない。学習能力が高いほうから低いほうへと進化が進むことだって、十分にあり得るのだ。

チャールズ・ターナーの先駆的研究

ところで、昆虫の知性や行動について話をするときに、忘れてはいけない人物がいる。それは、100年以上前に優れた業績を残したアフリカ系アメリカ人の研究者、チャールズ・ターナーだ。

ターナーは奴隷制度が廃止された直後に生まれたが、社会にはさまざまな偏見が残っていた。画期的な研究結果を次々に発表したにもかかわらず、大学の研究職に就くことはできなかった。

アフリカ系アメリカ人の子どもたちの学校の教師として働きながら、研究を続けていたのである。その職業は、ターナーにとって必ずしも不本意なものではなかったかもしれないが、研究においては大学の実験室や図書館が使えないという不利な立場であった。

【写真】チャールズ・H・ターナー

そんな偉大なターナーの研究の一つに、ゴキブリの学習能力の研究がある。ゴキブリに、迷路の進み方を学習させたのである。すると、速く覚える個体は間違えることも多く、覚えるのが遅い個体は間違えることが少ないことを発見した。

これは学習能力における、速さと正確さのトレードオフと考えられる。ちなみに、トレードオフとは両立できない関係のことで、一方を優先すれば他方が犠牲になる関係ともいえる。

知能の高さと寿命、速さと正確さ…違いの原因が、必ずしも「進化が原因とは限らない」

こういうゴキブリの結果を見ると、つい進化的な要因を考えたくなる。学習においては速さも正確さも大切なので、進化は両者が釣り合うところまで進んで落ち着いたのだ、と考えたくなる。

しかし、少なくともこのゴキブリのケースについては、進化はおもな原因ではなさそうだ。調べてみると、覚えるのは速いが間違えやすいのは若い個体で、覚えるのは遅いが間違えることが少ないのは老齢の個体だったのである。

つまり、この速さと正確さにおける違いは、個体間の変異ではなく、成長段階における違いである可能性が高いと考えられる。進化によって最適な状態に落ち着いたわけではない、ということだ。

ある結果になったとき、そういう結果に至る原因は一つとは限らない。当たり前といえば当たり前だけれど、原因を考えるときには慎重にならなければいけないだろう。

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