私たちは先祖のほとんどからDNAを受け継いでいない!?過去をたどっていくとすべての人の「共通祖先」にがあらわれる理由

生命科学
私たちは先祖のほとんどからDNAを受け継いでいない!?過去をたどっていくとすべての人の「共通祖先」にがあらわれる理由(更科 功)
とかく誤解されやすい「進化論」について、楽しく、わかりやすく語り尽くした話題の新刊『世界一シンプルな進化論講義』。この本の中から、「遺伝子」をキーワードに私たちの中にある祖先の遺伝子の割合について考えていくことにします。

私たちは先祖のほとんどからDNAを受け継いでいない!?過去をたどっていくとすべての人の「共通祖先」にがあらわれる理由

源氏の子孫か?平氏の子孫か?

最近はあまり聞かなくなったが、私が子供のころは、源氏や平氏の子孫だという年配の人がときどきいた。「うちは源氏側だからね」みたいなことを言うわけだ。数百年のときを越えて源氏や平氏の血脈が受け継がれているなら、それはたしかに魅力的な話である。

「源平合戦図屛風」(伝狩野元信)

それから中学生ぐらいになって、すこしは遺伝の仕組みがわかってくると、そういう話がアホらしく思えてくる。

かりに本当に源氏の子孫だったとしても、源氏の血脈はだんだんと薄まっていくから、もうその年配の人にはほとんど受け継がれていないだろう。昔になればなるほど、その血脈はすでに薄まっていると、私は考えたわけだ。

でも、よく考えてみると、そう単純な話ではなさそうだ。

遺伝子の「組換え」とそのメカニズム

私たちのDNAはおよそ60億もの塩基対を含んでおり、すべてのDNAを1本につなげると約2メートルになる。しかし、実際には細胞の中で46本に分かれている。この46本は、タンパク質などと結合して染色体という構造を作っている(ミトコンドリアの中にもDNAがある。しかし、ミトコンドリアDNAの量は核DNAの20万分の1に過ぎないので、今は無視する)。

2つの染色体が並んで、その一部を交換することを「組換え」という。精子や卵を作るときに、この組換えが起きる。

ヒトの染色体(男性)。全体で46本ある(National Human Genome Research Institute)

しかし、単純に考えるために、とりあえず組換えは起こらないとしよう。すると、あなたの46本のDNAは、組換えによって変化することはない。ずっと同じDNAのままである。そしてあなたは、母親と父親から23本ずつDNAを受け継いだのだ。

高祖父母の祖父母は、64人もいる!

ところであなたの母親も、祖母と祖父から23本ずつ、合わせて46本のDNAを受け継いでいる。その46本の中から23本をあなたに受け渡した。

その23本の中の何本が祖母から母親に来たものか、あるいは祖父から母親に来たものかは偶然による。祖母から10本で祖父から13本かもしれないし、祖母から12本で祖父から11本かもしれない。とにかく、あなたの46本のDNAは、両親を越えて、4人の祖父母から11本ぐらいずつ受け継いだものになっている。

さらに考えを進めると、あなたの46本のDNAは、8人の曽祖父母から6本ぐらいずつ受け継いだものであり、16人の高祖父母から3本ぐらいずつ受け継いだものであり、32人の高祖父母の親から1本ぐらいずつ受け継いだものであり、64人の高祖父母の祖父母から受け継いだり受け継がなかったりしたものだ。

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このように、高祖父母の祖父母になると64人もいる。しかしDNAは46本しかない。つまりあなたは、少なくとも64-46=18人の高祖父母の祖父母からはDNAを受け継ぐことができない。さらに、128人いる高祖父母の曽祖父母の少なくとも128-46=82人からはDNAを受け継ぐことができない。そして256人いる高祖父母の高祖父母の少なくとも256-46=210人からは、DNAを受け継ぐことができないのだ。

ほとんどの先祖からDNAは受け継いでいない

さきほどの計算は、染色体に組換えがないと仮定して計算したものだった。しかし組換えを考慮にいれても、状況は本質的には変わらない。

組換えの概略(図版作成:酒井春)

女性が卵巣の中で卵を作るときには、平均して45回の組換えが起きる。男性が精巣の中で精子を作るときには、平均して26回の組換えが起きる。合わせると1世代のあいだに平均71回の組換えが起きることになる。

もちろん、組換えを起こして染色体の一部を交換したあと、染色体はまたつながる。だから、いくら組換えを起こしても、染色体は46本のままだ。

しかし、1本の染色体が組換えを起こして(たとえ形のうえではつながっていても)2つのピースに分かれれば、それぞれのピースは別々の先祖から受け継がれたものということになる。つまり1本の染色体の中に、母親から来たDNAと父親から来たDNAが混在するようになったのである。

さらに、そのピースが経験してきた歴史を考えると、そのピースの中には祖父母や曽祖父母や高祖父母のDNAも混在していることに気がつく。要するに、組換えが1回起きることは、染色体が1本増えたことに相当するのだ。

DNAの継承を具体的に考えてみると

さて、少しややこしくなったので、具体的に考えよう。

私たちは今46本の染色体を持っているので、最大46人の先祖からDNAを受け継ぐことができる。しかし、父母の世代の卵と精子で71回の組換えが起きているので、私たちの染色体は46+71=117個のピースに分かれている。したがって、私たちは父母の世代の最大117人からDNAを受け継ぐことができる。

とはいえ、私たちの父母は合わせて2人なので、実際には117ピースのすべてを2人から受け継いでいる。母親から61ピース、父親から56ピースを受け継ぐとか、そんな感じだろう。

世代とDNAを受け継げる人数(図版作成:酒井春)

それでは、少し世代を遡ってみよう。1世代遡るごとに、ピースは71個ずつ増えていく。つまりDNAを受け継ぐことのできるその世代の人数が、71人ずつ増えていくわけだ。

やっぱりピースの数のほうが全然多いので、私たちは先祖みんなからDNAを受け継いでいる。だから、たとえば私たちの顔は父母に似ているし、父母ほどではないけれど祖父母に似ているし、祖父母ほどではないけれど曽祖父母に似ているのだ。当然の結果で、何の不思議もない。

さらに世代を遡ってみると……

それでは、もう少し世代を遡ってみよう。

世代を遡っていくにつれて、様子が変わってくる。ピースの数は、1世代遡るごとに71が足されるだけなので、増え方は一定である。しかし人数のほうは、1世代遡るごとに2倍になるので急激に増えて、ついに10代前でピースの数を抜き去り、一気に差を広げていく。

20代前まで遡ると、先祖の数は100万人(!)を超えるのに、その中で私たちがDNAを受け継げる人数は最大で1500人足らずだ。つまり20代前のおじいさんやおばあさんの中で、私たちに少しでもDNAを伝えられる人は、約0.1パーセントしかいないのだ。

かりに1世代を25年と考えると、20代前というのは500年前になる。源氏や平氏の時代はそれよりさらに300年以上前なので、そんな時代の先祖が(もし本当に直系の先祖だとしても)あなたにほんのわずかでもDNAを伝えている確率はゼロに等しいのだ。

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とはいえ、たとえDNAはまったく伝わっていなくても、系図がつながっていること自体に価値があると考えれば、源氏側とか平氏側とか言う意味はあるだろう。ただ、生物学的な連続性を期待するのは無理だということだ。

すべての人の「共通祖先」が現れる

さて、この話には続きがある。

もしも、今までの考えを源氏や平氏の時代まで遡らせると、先祖の人数はおよそ100億人になる。これは明らかに当時の日本の人口よりも多い。いくらなんでも、これはおかしい。

これが何を意味しているかというと、日本にいた集団の中でDNAは交じり合っていたということだ。

だから、たとえ私たちが源氏の直系の子孫であっても、源氏の遺伝子を受け継いでいる可能性はほぼゼロだ。しかし、別の見方をすれば、直系の子孫だろうがそうでなかろうが、源氏の遺伝子を受け継いでいる確率は(ものすごく小さいけれど)ほとんど同じなのだ。

つまり、先祖との血縁関係は、世代を遡るにつれて薄まっていくという単純なものではない。現在から世代を遡っていくにつれて、私たちにDNAを伝えた先祖の割合は、急速に減少していく。血縁関係が薄まっていくのではない。DNAをまったく伝えていない先祖がほとんどになっていくのだ。

しかし、その時代を越えて、さらに過去へと遡っていくと、今度はすべての人の共通先祖が現れてくる。DNAのそれぞれの部分について、時間を十分に遡れば、ついには今の日本人全員が同じ一人の先祖の子孫になる時点に達する。

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その時点はDNAの部分ごとに異なる。比較的最近のこともあれば、かなり古いこともあるだろう。そこまで考えれば、私たちの祖先はみんな同じなのだ。

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