
今度こそ「素手もほこりも、ぜったい禁止」にしたら…なんと、大量に降り注いできた隕石から「核酸の材料」が見つかった
「地球最初の生命はRNAワールドから生まれた」
圧倒的人気を誇るこのシナリオには、困った問題があります。生命が存在しない原始の地球でRNAの材料が正しくつながり「完成品」となる確率は、かぎりなくゼロに近いのです。ならば、生命はなぜできたのでしょうか?
この難題を「神の仕業」とせず合理的に考えるために、著者が提唱するのが「生命起源」のセカンド・オピニオン。そのスリリングな解釈をわかりやすくまとめたのが、アストロバイオロジーの第一人者として知られる小林憲正氏の『生命と非生命のあいだ』です。本書刊行を記念して、その読みどころを、数回にわたってご紹介しています。今回は、隕石に生命の材料を追った経緯を解説します。

*本記事は、『生命と非生命のあいだ 地球で「奇跡」は起きたのか』(ブルーバックス)を再構成・再編集したものです。
マーチソン隕石のアミノ酸は宇宙起源だった
見つかった隕石に含まれていたアミノ酸が、本当に隕石に含まれていたものなのか、落下後に人が触れてついたものなのかが、わからなくなってしまった、という経緯を前回の記事でご紹介したましたが、その4年後の1969年が惑星科学にとって「奇跡の年」であったことが、ここで生きてきました。
この年、アポロが月の石を持ち帰ることが予定されました。せっかく月で採集した試料に地球上のものが付着してしまっては台無しですから、月の石の地球上での汚染を 最小にするように、保管や分析の方法がデザインされました。
そうした準備が進んでいたなか、マーチソン隕石(前回の記事でご紹介したオーストラリアのビクトリア州マーチソン村付近に大量に降り注いだ隕石)や、アエンデ隕石(メキシコのチワワ州に降り注いだ隕石)の落下が目撃されたのです。試料の一部は、素手でさわったり埃がついたりしないよう注意しながら、NASAの研究施設にあるクリーンルームにまで運び込まれました。

そこで、ガスクロマトグラフィー質量分析法(GC/MS法)という最新の手法によって、分析が行われたのです。
マーチソン隕石中のアミノ酸の最初の分析結果は、1970年に『ネイチャー』誌に発表されました。そこには、グリシン、アラニン、バリン、プロリン、グルタミン酸といったタンパク質構成アミノ酸のほか、サルコシン、α‒アミノイソ酪酸といった、タンパク質に含まれないアミノ酸も見つかったことが記されていました。
さらに、これらのアミノ酸が地球上のものでないことの証拠が得られました。それは、アミノ酸の「右手型」と「左手型」の割合の違いです。
右手型と左手型のアミノ酸
タンパク質をつくるのには20種類のアミノ酸が使われますが、そのうちグリシン以外の19種類のアミノ酸は、鏡に映すと別の構造の分子になる「鏡像異性体」を持っていて、左手型と右手型があります(図「アミノ酸の鏡像異性体」)。両者は左右逆になった鏡合わせの関係にありますが、化学的な性質はほぼ同じです。

しかし、地球生物がタンパク質を合成するときはなぜか、左手型のアミノ酸のみを結合させています。両者を混ぜてしまうと、アミノ酸がつながったものはできますが、タンパク質のような球状の構造をとったり、酵素として働いたりできなくなるのです。どのようにして地球生物が左手型のアミノ酸のみを選び出しているのかは、生命の起源研究において大きな問題となっています。
GC/MS法による分析では、アミノ酸の右手型と左手型の比率もわかります。マーチソン隕石中のアミノ酸(グリシンなどの鏡像異性体を持たないものは除く)を分析した結果、地球上にほとんど存在しない右手型が、地球上に大量にある左手型とほぼ同量、含まれていることがわかりました。このようなものを「ラセミ体」といいます。このことから、隕石は宇宙起源のアミノ酸を含んでいることが確かになったのです。
一方、同じ年に落下したアエンデ隕石も炭素質コンドライトでしたが、分析の結果、アミノ酸含量は非常に少ないことがわかりました。炭素質コンドライトの中にも、アミノ酸の多いもの、少ないものと種類があったのです。
また、このアミノ酸の量の大小は、隕石のもとになった小惑星がたどってきた歴史によることも、のちにわかってきました。南極で収集された炭素質コンドライトにも、アミノ酸含量が多いものはいくつか存在し、隕石中の有機物研究で活躍しました。
隕石中に核酸の材料はあるか
では、核酸の材料は隕石の中にあるのでしょうか。このことは1970年頃から調べられてきました。
まずは核酸塩基ですが、複数の研究グループが、核酸塩基のうちのいくつかが隕石中に存在した、という報告をしています。しかし、量がアミノ酸よりもかなり少ないことや、同じ隕石を分析しても、研究グループによって検出された核酸塩基の種類が異なるという問題がありました。
しかも、アミノ酸の場合には右手型と左手型の比率が隕石由来であるかどうかの判断基準になりましたが、核酸塩基にはそのような目印がないことから、はっきりとした結論は出せずにいました。
しかし21世紀になり、分析装置の発達によって微量の核酸塩基も分析できるようになったことや、隕石中の核酸塩基の炭素同位体の比率が地球生物のものと異なるという報告もなされたことから、核酸塩基が隕石中に存在することはほぼ間違いないと考えられるようになりました。
もう一つの糖については、2019年に東北大学の古川善博のグループが、リボースを含む何種類かの糖をマーチソン隕石などから検出し、その炭素同位体比も地球生物のものと異なることから、隕石由来のものであることが確認されました。
なお、核酸などに使われている糖は、リボースやデオキシリボースも含めて、地球生物が用いているものはほぼ右手型です。どうしてそうなったのかも大きな謎です。
さて、次に考えなければならないのは、隕石中に含まれていたこれら、アミノ酸や核酸の材料となる有機物が、もともとはどこにあったのかということです。続いて、隕石が地球にとって思わぬ役割を演じていたことについて、ご説明しましょう。

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