日本の文化

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人間教育としての国語教育 ~『“とっちゃん”先生の国語教室』から

No.1093 人間教育としての国語教育 ~『“とっちゃん”先生の国語教室』から「人生を考えはじめている青年と共に考える。ということは、実に当然、国語教師のしなくてはならない事柄である」■1.「ひたすら国語教師たるの道を求めつづけられた」“とっちゃん”先生、こと、桑原暁一先生はある都立高校の国語教師を20年間勤めた人物である。この本の前書きには、こう紹介されている。__________ 桑原さんは、一高文科を経て、東大文学部国文学科といういわば世にいうエリートコースを進んだ学究であったが、生涯を通じて栄達などには目もくれず、ひたすら国語教師たるの道を求めつづけられた。 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 桑原先生は昭和48(1973)年3月に退職された後、わずか2ヶ月後には逝去される。まるで国語教師を辞めたら、もうこの世には用がない、とでも言うようだ。ところが、その数年後、ある美しい機縁から、その遺稿が見つかり、出版されたのである。 桑原先生の無二の親友だった教育学博士・元佐賀大学教授の副島羊吉郎先氏が、桑原先生からの来信を見直していると、昭和三十年二月二十九日の手紙に「『人間教育としての国語教育』を...
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かな文字と平安朝文学の独創性

No.877 歴史教科書読み比べ(18) : かな文字と平安朝文学の独創性 ドナルド・キーンは、平安朝を「世界史上最高の文明」とまで言っていた。■1.世界最古の小説『源氏物語』 渡部昇一氏は『源氏物語』について、次のように書いている。__________ 言うまでもないことだが、『源氏物語』は1001年ごろに書かれた世界最古の小説、しかも女性の手によるものである。 イタリアのボッカチオが書いた『デカメロン』(1348)、フランスのラブレーの『ガルガンチュアとパンタグリュエル』(1532)、スペインのセルバンテス『ドン・キホーテ』(1605)などと比較しても、3百年から6百年早いのである。 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 単に最古というだけではない。__________ アメリカの代表的な日本学者であるドナルド・キーン氏は平安朝を「世界史上最高の文明」と言い、当時は20世紀の傑作であるマルセル・プルーストの『失われた時を求めて』と並ぶ世界の二大小説という評価もあった。 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄源氏物語繪盡大意抄: 江戸時代の庶民の子供のための源氏物語入門書『源氏物語』だけではない。__________ 清...
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日本語が育てる情緒と思考

深い情緒を支える大和言葉の基層の上に、論理的思考を支える外来語の語彙を移入して、我が国は国民同胞感を維持しつつ、先進文明を巧みに導入・発展させてきた。古代の和魂漢才、近代の和魂洋才は、まさに日本語の構造そのものとなっている。 とするなら、我が国の言語教育も、和歌や俳句などの大和言葉を味わうことで子どもたちの情緒を養いつつ、同時に英語の授業で外国の論理と格闘させて、知的鍛錬を行うのが良いだろう。 小学校の国語から和歌や俳句を追放して、子どもたちが情緒を養う機会を奪い、同時に条件反射的な英会話教育で知的鍛錬の場をなくさせることは、情緒と知性を同時に失わせる愚策であろう。 言語教育も、我が先人たちの深い智慧を踏まえたところから、考えなくてはならない。No.702 日本語が育てる情緒と思考 情緒を養う大和言葉の上に、論理的思考を支える外来語を移入して、我が国は独自の文明を発展させてきた。■1.「今、歌ったポップスの歌詞は大和言葉だけだったぞ」 ある新進の言語学者の結婚記念パーティーでのこと。シェイクスピア学者であり、演劇人でもある安西哲雄氏が、ギターを弾きながら、歌を2曲披露した。1曲目はポッ...
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日本語が生み出す思いやり社会

逆に、長期安定雇用のもとで、日本語社会の思いやりに満ちた人間関係を作り、その中で人を伸ばし、チームワークを発揮していく、という方向もある。外国人社員にも日本語を学ばせ、その関係の中に組み込んでいく、という事もできる。このような「人作り」と「人の和」こそ我が国の強味であった。 明治以来、二度のグローバル化の波に際して、二度とも「日本語放棄論」が現れたが、そんな声は黙殺して、我が国は日本語が生み出す「人作り」と「人の和」によって乗り越えてきた。今が3度目の勝負である。No.670 日本語が生み出す思いやり社会日本語では子供が親に向かって「あなた」とは言わないのはなぜか。■1.グローバル化と「日本語放棄論」 オンラインショッピングで有名な「楽天」が、社内の公用語を英語にすると発表して、話題を呼んでいる。「世界27カ国・地域への進出」「海外取扱高比率70%」といった大胆な国際戦略の一環だが、まず役員会議の英語化から始め、段階的に英語化を進めて、2012(平成14)年度までに楽天グループの公用語を英語にするという。 グローバル化の波が押し寄せると、必ず「日本語でやっていてはダメだ」という議論が出...
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大和言葉の世界観

日本語は歴史的に中国や西洋の概念用語も積極的に取り入れつつ、最先端の科学技術論文にも使われている現代的な論理的言語となっている。と同時に、その根源にある大和言葉は太古の日本人の世界観・人生観をそのままに伝える詩的言語である。 言葉と国柄とは、お互いに支えあうもののようだ。「祖国とは国語」という言葉が改めて思い起こされる。No.559 大和言葉の世界観 「鼻」は「花」、「目」は「芽」。大和言葉には古代日本人の世界観が息づいている。■1.目と芽、鼻と花、歯と葉■ 目と芽、鼻と花、歯と葉、耳と実(み)、頬と穂(ほ)。顔と植物の各パーツが、まったく同様の音を持つ言葉で呼ばれているのは、偶然だろうか? 万葉学者の中西進氏の説によれば、これらは語源が共通しているからだと言う。漢字にすれば、まったく別の言葉のように見えるが、古代の日本人は、顔のパーツも植物のハーツも、「め」「はな」「は」「み」「ほ」と同じように呼んで、同じようなものと考えていたようだ。 たとえば、鼻は顔の真ん中に突き出ている。同様に「花」も、植物の枝先の先端に咲く。そして岬の端も「はな」と呼ぶ。薩摩半島の「長崎鼻」がその一例である、...
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国語の品格

言語はこれを話す人民に取りては、恰(あたか)も其血液が肉体上の同胞を示すが如く、・・・日本語は日本人の精神的血液なりといひつべし。  現代なら「日本語は日本人の精神的DNA」と言う所だろう。 本稿で紹介した歌や俳句が、あなたの心の中に響いてくるならば、それはあなたの生まれや人種を問わず、あなたが日本人の精神的DNAを継承している同胞の一人であることを示している。  そして日本語の精神的DNAを継承して、「暮れなずむ」というような言葉に共感できる人は、夕暮れの一時をそれだけ豊かな気持ちで過ごすことができる。言葉は我々の心を豊かにする糧でもあるのだ。  この精神的DNAはここで紹介したように代々の日本人を通じて継承され、発展してきたものだ。本稿では8世紀初頭に活躍した柿本人麻呂の和歌を紹介したが、13百年前の日本人の和歌を現代の日本人がほとんどそのまま理解し、共感できるというのは、驚くべき事だ。  こうした豊かな精神的DNAを受け継いだ幸福を、子孫に受け渡していく義務が我々にもあるのである。No.553 国語の品格  品格ある国語は、品格ある国民を作る。■1.吾々の護るべき第一の文化財は、...
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「ある」日本語と「する」英語

英語、広くはヨーロッパ諸言語では「する」表現が中心であり、その行為者が主語となる、というきわめて能動的・主体的な性格は、ヨーロッパ人が、科学技術をもって自然を征服し、世界中を植民地にしていった歴史と重なって見える。 一方、日本語の方は「ある」表現を中心として、なるべく行為者を表に出さず、常に人智・人為を超えた世界を強く意識している点は、自然の中の「生きとし生けるもの」の一員として生きてきたわが祖先のつつましやかな人生観を連想させる。No.514 「ある」日本語と「する」英語  なぜ日本人は「私はあなたを愛します」と 言わないのか?■1.「来週月曜日から日本語の講師をしてくれないか」■ 9月初めの金曜日、電話が鳴った。カナダ東部の古都ケベッ クのラヴェル大学で言語学を学ぶ金谷武洋氏の人生を、大きく 変えることになる電話だった。大学の教務課からだった。「至 急会いたい」という。 すぐに自転車で駆けつけると、「来週月曜日から日本語の講師をしてくれないか」という。予定していた講師と連絡がとれなくなり、すでに24人の受講者も決まっているので、代理で教えて貰えないか、というのである。「どうせ子供の...
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白川静 ~ 世界をリードする漢字研究者

東洋文明の世界観を【漢字】を切り口に読み解いた記事を紹介します。日本語の凄さ、面白さは何度もこのブログで紹介してきましたが、特に漢字を導入し、自らの母国語として昇華させた昔の日本人の叡智には驚くばかりです。そして、漢字に限らず、東洋的と言われる世界観、精神、美、あるいは思想を完成態として創り上げてきたのは、日本だと思います。No.425 白川静 ~ 世界をリードする漢字研究者白川静のような碩学を持つ日本こそが、東洋文化 の最終リレー走者としての使命を持つ。■1.思う、念(おも)う、懐(おも)う■  漢字研究の第一人者、白川静の世界を覗いてみるには、次の 言葉が良いだろう。今、日本語がもう一度復活しなければならない時期なの に、文字制限なんかがあって、それがうまくいかない。言葉が少なすぎるんです。自分の気持ちを述べようとしても、それができない。たとえば、「おもう」という言葉がありますが、そう読む漢字は今は「思」だけしかないんです。 この字の上半分は脳味噌の形。その下に心を書くから、千々に思い乱れるという場合の「おもう」です。 『万葉集』では、「おもう」というときに「思」と「念」 とがあっ...
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子どもを伸ばす漢字教育

No.320 子どもを伸ばす漢字教育子どもを伸ばす漢字教育  幼稚園児たちは喜んで漢字を覚え、知能指数も高まり、 情操も豊かになっていった。■1.2歳の幼児が漢字を読んだ!■ きっかけは偶然だった。小学校教師の石井勲氏が炬燵(こた つ)に入って「国語教育論」という本を読んでいた。そこに2 歳の長男がよちよち歩いてきて、石井氏の膝の上に上がり込ん できたので、氏は炬燵の上に本を伏せて置いた。  その時、この2歳の幼児が「国語教育論」の「教」という漢 字を指して「きょう」と言ったのである。びっくりして、どう してこんな難しい字が読めたんだろう、と考えていると、今度 は隣の「育」の漢字を指して「いく」と言った。  石井氏が驚いて、奥さんに「この字を教えたのか?」と尋ね ると、教えた覚えはないという。教えてもいないものが読める わけはない、と思っていると、奥さんが「アッ! そう言えば 一度だけ読んでやったことがある」と思い出した。奥さんは音 楽の教師をしており、「教育音楽」という雑誌を定期購読して いた。ある時、息子が雑誌のタイトルを指で押さえて、「これ なあに?」と聞くので、一度だけ読んでや...
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日本語が作る脳

こうした「生きとし生けるもの」の「声」に耳を傾けるという自然に対する敬虔な姿勢は、今後「宇宙船地球号」の中ですべての生命と共生していくために貴重な示唆を与えうる。 我々が受け継いだこの「日本語の脳」の違いを意識的に極め、その独創性をよりよく発揮していくことは、我々日本人の全世界に対する責務とも言えるだろう。No.240 日本語が作る脳虫の音や雨音などを日本人は左脳で受けとめ、西洋人は右脳で聞く!?■1.虫の音に気がつかない!?■ 東京医科歯科大学の角田忠信教授が、1987年1月にキューバのハバナで開かれた第一回国際学会「中枢神経系の病態生理学とその代償」に参加した時の事である。キューバではいまだ戦時体制が続いており、西側諸国からの参加者は角田教授一人だった。開会式の前夜に歓迎会が開かれ、東欧圏から大勢の科学者が参加していた。キューバ人の男性が力強いスペイン語で熱弁をふるう。 しかし、教授は会場を覆う激しい「虫の音」に気をとられていた。なるほど暑い国だな、と感心して、周囲の人に何という虫かと尋ねてみたが、だれも何も聞こえないという。教授には「蝉しぐれ」のように聞こえるのに! 午前2時頃、...
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江戸時代に観る本物の医師の姿と西洋人も恐れた武士道の真髄とは?

江戸時代の日本は、社会システムを始めその芸術・文化も世界最先端であり最高のモノでした。又、「医は仁術」「医は仁術なり」という「医は、人命を救う博愛の道である」ことを意味する格言があります。これは、特に江戸時代に盛んに用いられましたが、その思想的基盤は平安時代まで遡ることができ、また西洋近代医学を取り入れた後も、長く日本の医療倫理の中心的標語として用いられてきました。(wikipediaより)さらに、「武士道」という日本固有の規範があります。武士道に通ずる考えは、武力を持つ者は鍛錬・行使・身の処し方などを徹底すべきであり、独りよがりや私事へ存念するような見苦しいものではあってはならないとする日本独自の規範意識が根本にあります。「独りよがりであってはならない」との考えの対象は、次第に、より普遍的な対象・・・民衆・生き物・学問・芸術・世の中の伝統などへ向かいました。一方、武士は命をかけて組織へ殉ずることが近世には美化されていきました。江戸時代には、支配階級である武士には文武両道の鍛錬と自分の命を以って徹底責任を取るべきことが求められるに至っています。武士が私事で刀を抜くことは重大な責任を問わ...
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漢字と格闘した古代日本人

その国の言語、母国語は民族や国家の基盤です。特に日本語は、世界的に唯一無二の人類本来の世界観を具現化した言語です。現代の日本語は、漢字・平仮名・カタカナ・ローマ字・・・顔文字・行間・空気で構成されています。外国人は、日本人が使う顔文字の豊富さや特殊性、そして「行間を読む」「空気を読む」と表現されるように場の状況、話の流れを言葉だけに頼らずに察知する能力には驚くようです。この辺りが、日本語が世界で最も難し言語で有るとされる要因です。そして、日本語は古代の日本人が「話し言葉」を「書き言葉」に構成していく時点での様々な工夫の積み重ねで出来上がっています。このような「日本語の独自性と多様性」を紹介した記事です。No.221 漢字と格闘した古代日本人外来語を自在に取り込める開かれた国際派言語・ 日本語は漢字との国際的格闘を通じて作られた。■1.日本語と近代中国■ 中国の外来語辞典には、「日本語」とされているものが非常に多い。そのごく一部を分野別に拾ってみると:思想哲学: 本質、表象、理論、理念、理想、理性、弁証法、倫理学、倫理学、、、政治軍事: 国家、国民、覇権、表決、領土、編制、保障、白旗、、...
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外国人だから見える日本の美点。「和の国」が世界中を感動させる理由

「人情」とは他者への思いやりの心、「恩」とは他者から受けた思いやりに対する感謝の心、そして「義理」とはその恩をお返ししなければ、という心。こういう心を一人ひとりが豊かに持っているからこそ、お互いに助け合う「大いなる和の国」が維持されてきたのである。今日のグローバル社会において、日本は、他の世界と共有するものをたくさん持っているという事実にもっと気がつくべきだと思います。ここで紹介した人々が共感した「大いなる和の国」の光景は、まさに「幸福な国民国家のあり方」として、他の世界と共有しうる理想であろう。外国人だから見える日本の美点。「和の国」が世界中を感動させる理由スクランブル交差点を行き交う人々、街中での外国人に対する視線、お墓で遊ぶ子どもたち。そんな「日常的な風景」に、来日した外国人たちが感動を覚えていることをご存知でしょうか。無料メルマガ『Japan on the Globe-国際派日本人養成講座』では、彼らの言を取り上げながら日本人一人ひとりが持つべき「誇り」について考察しています。国柄探訪: 外国人の見た「大いなる和の国」高層ビルのレストランで、アメリカから来た老夫妻との食事を終え...
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日本の美、日本人の感性と世界の見方(西洋との比較)

日本人は独特な感性を持っています。まず、日本語は他に類を見ない構造を持っています。昔から使われている「大和言葉」があり、外国から入ってきてこれを咀嚼し自らのものとした「外来語」もあり、これらを包含して日本語が出来上がっています。これらの「言葉」が私たち日本人の「情緒」と「思考」の基盤を作っています。同じように、空間の把握方法や自然の捉え方にも特殊性があるようです。日本人の世界観は、人も自然もすべての対象を和合し包含し絡合する感覚なのかもしれませんね。このような視点で、日本の美と世界の見方を比較した記事を紹介します。日本の美、日本人の感性と世界の見方(西洋との比較)最近、「あの日本独特の良〜い雰囲気を出しているものはそうだろう」と思う事が多々あったので、色々と漁ってみた。日本と海外の「美」まず、今の「うつくしい」という意味は昔からずっと同じ意味で使われてきたものではなかった。万葉集の時代では、「うつくし」は親や妻子に対する愛情を表す言葉であったし、平安時代になると、竹取物語の「三寸ばかりになる人うつくしうだった」や枕草子「なにもなに」 「近いものはみなうつくし」から分かるように「近いもの...
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桜の花と「やまと心」

2024年3月20日、今日は春分の日です。桜の開花の知らせもちらほら聞こえる季節になりましたね。日本人にとって、桜は特殊な位置にあるように思います。この記事のように私たちの「やまと心」に響いているのかもしれません。在原業平が「世中にたえて桜のなかりせば春のこころはのどけからまし」と詠ったように、開花はいつか、天気はどうか、と一喜一憂する。 散り初めには、紀友則が「久かたのひかりのどけき春の日にしづ心なく花のちるらむ」と詠ったように、花の散りゆく様を惜しむ。日本人の桜を愛でる「やまと心」は千年前と変わっていない。 のどかな春の日には桜を愛でる日本人が、一朝事あれば「義のための勇」を奮い起こして立ち上がるのも、その「やまと心」のゆえである。桜を愛でるのも、「義のための勇」を奮い起こすのも、「やまと心」の働きである。No.896 桜の花と「やまと心」■1.「日本人はなぜ、こんなに桜が好きなのでしょう」 大阪に住む友人から、こんなメールを貰った。__________ 4月11日の日曜日は、車椅子の母を連れて、造幣局の通り抜けに桜を見に行きました。久しぶりに晴れたためもあってか、駅から造幣局の入...
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「お母さん」の語源は「太陽」だった

日本人の世界観を具体的に表現しているのが「言葉」=「日本語」です。その象徴が「お母さん」「お父さん」という名称や「今日は」「さようなら」と言う挨拶の言葉、「日本」という国名「日の丸」という国旗です。特に「お母さん」の語源が「太陽」で有るという分析には誰もが納得するのではないでしょうか?特に母親は明るく温かく子どもを産み育て、一家の世話をしてくれる事から、太陽そのものだ、ということで「お日身(カミ)さん」と呼ばれるようになった。それが「カカさま」や「おっカア」や「おかあさん」になった。日本の子どもは母親を「太陽さま」と呼んで敬っていたのである。 ちなみに父親は「トト様」で、「(太陽のように)尊い人」という意味である。ただ「カカ(太陽)様」「お日身(カミ)さん」の存在感に比べると、やや抽象的で陰が薄い。天照大御神が女性神であったように、日本の古代の家庭は女性が中心だったのである。「今日は、お元気ですか」「はい、おかげ様で元気です」「さようなら、ご機嫌よう」という日本人の挨拶の言葉にも「太陽」や大自然に対する畏敬の念や感謝の念、そしてそれを皆で共有したいという思いが詰まっています。「今日は、...
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日本の「美意識」や「美の概念」説明できますか?「あはれ」「侘び寂び」「かわいい」などを紹介

日本人の「世界観」は本来人類が持っていた「世界観」をそのまま継承しているように思います。「世界観」とは、意識そのものですが、これを具現化、実体化して表現しているのが「言葉」です。「日本語」は世界的にも特殊な言語だといわれていますが、特に「美意識」「美の概念」を表現する言葉にこの「世界観」が良く表れているのではないでしょうか?このような日本人の「世界観」を具体的に表現している「美意識」「言葉」を解説している記事を紹介します。日本の「美意識」や「美の概念」説明できますか?「あはれ」「侘び寂び」「かわいい」などを紹介「侘び」「寂び」のような日本の伝統的な美意識(または美の概念)と「かわいい」「映え」のような現代的な美意識は、時代は違えども同じ日本人が物事に対して感じる美の概念の一部です。日本文学者であるドナルド・キーン氏は「日本人の美意識」で日本人の美の概念の中心的な特徴として以下のように述べています。「暗示、または余情」、「いびつさ、ないし不規則性」、「簡潔」、「ほろび易さ」である。こうした互いに関係する美的概念は、日本人の美的表現の、最も代表的なものを指し示している。とはいえ、これらの反...
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養生訓 ~ 人々がみな幸せに仲良く暮らせる国を創る道

貝原益軒の『養生訓』は健康論を超えて、哲学だと思います・・・「人の身は父母を本(もと)とし、天地を初(はじ)めとす」「諸々(もろもろ)の食物、皆あたらしき生気ある物をくらふべし」「養生の術は先(まず)心気を養ふべし」「心を和(やわらか)にし、気を平らかにし、いかりと慾とをおさへ、うれひ、思ひ、をすくなくし、心をくるしめず、気をそこなはず。是(これ)心気を養ふ要道なり」83歳の貝原益軒は、自身の体験から編み出した、心身ともに健康で充実した幸福な日々を送る術を書き残した。養生訓 ~ 人々がみな幸せに仲良く暮らせる国を創る道■1.「整形手術をした女性がほとんどいない国」 韓国で飲食店を経営している夫婦が、神戸に留学している娘に会いに日本にやってきた。訪日は今回が初めてという母親が、日本での「発見」を知人の日本人に語った。それは「整形手術をした女性がほとんどいない国」ということだった。「そんなこと当たり前じゃないの?」と日本人が聞くと「韓国では当たり前じゃないよ」。その母親によれば「年をとるほど、過去に整形したかどうかが分かってくる。顔に出てくるのよ」という。留学中の娘も母親の発見に全く同感し...
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なぜ日本食は世界で人気があるのか

日本食がおいしく、かつ健康的だという特長は、多くの料理人が先祖から子孫へ、先輩から後輩に伝えられる伝統の中で、神事に携わる使命感を感じとって、愚直な努力を何世代も続けている所から来ている。こういう努力が積み重なって、いまや世界の人々に好かれるほどに、日本料理はおいしく健康的になったのである。数世代、数百年かけて伝えられる技術と伝統がその原動力。なぜ日本食は世界で人気があるのか■1.世界に最も良い影響を与えている国-日本 2006(平成18)年に英国のBBC放送が、世界33カ国、約4万人を対象に世論調査を行った結果、「世界に良い影響を与えている国」としてトップに挙げられたのが日本だった。 全体では肯定が55%、否定は18%だった。この年は平成13(2001)年以来、靖国参拝を続けてきた小泉純一郎元総理が退任した年であり、靖国参拝で「日本は国際的に孤立する」と一部のマスコミは喧伝してきたが、それは事実でない事が判明した。 確かに中国と韓国では否定が肯定を上回ったが、ともに大東亜戦争に巻き込まれたインドネシア、フィリピンの肯定が85%、79%という数字を見れば、中韓2カ国の方が世界の異常値で...
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日本における道理の伝統 「道理」とは、人と人との対話の中から発見される。

「道理」に関連して、聖徳太子の憲法十七条にはこういう一文がある。「然(しか)れども、上和らぎ、下睦びて事を論(あげつら)ふに諧(かな)ひぬるときは、則(すなは)ち事理自ずから通ふ。何事か成らざらむ。」(地位や年齢の上下はあっても、和気藹々(あいあい)と議論を尽くせば、物事の道理が自ずから明らかになる。そうなれば、出来ない事などあろうか)「道理」とは、日常の会話を含め、議論や裁判、宗教論争など、人と人との対話の中から発見されるもののようです。我が国は、専制を嫌い、衆議を重んずる伝統があったからこそ、合理的思考が発達したのです。布教のためにやってきたフランシスコ・ザビエルは、キリスト教の不合理な面をつく日本人に悩まされた。日本における道理の伝統■1.「日本へ行けば、人々は理性豊かである」 1547年12月、キリスト教の東洋への布教のためにマレー半島のマラッカにやってきたフランシスコ・ザビエルは、日本人・池端彌次郎と出会う。彌次郎は武士であったが、商売の争いから殺人を犯してしまい、かねて交渉のあったポルトガル商人に頼んで、マラッカに逃れてきたのだった。 自分の犯した罪に苦悩していた彌次郎は、...