子どもを伸ばす漢字教育

日本の文化
No.320 子どもを伸ばす漢字教育
■■ Japan On the Globe(320)■ 国際派日本人養成講座 ■■■■ 国柄探訪: 子どもを伸ばす漢字教育  幼稚園児たちは喜んで漢字を覚え、知能指数も高まり、 情操も豊かになっていった。 ■■■■ H15.11.23 ■■ 39,033 Copies ■■ 1,002,430 Views■ ■1.2歳の幼児が漢字を読んだ!■  きっかけは偶然だった。小学校教師の石井勲氏が炬燵(こた つ)に入…

No.320 子どもを伸ばす漢字教育

子どもを伸ばす漢字教育  幼稚園児たちは喜んで漢字を覚え、知能指数も高まり、 情操も豊かになっていった。

■1.2歳の幼児が漢字を読んだ!■

 きっかけは偶然だった。小学校教師の石井勲氏が炬燵(こた つ)に入って「国語教育論」という本を読んでいた。そこに2 歳の長男がよちよち歩いてきて、石井氏の膝の上に上がり込ん できたので、氏は炬燵の上に本を伏せて置いた。
 その時、この2歳の幼児が「国語教育論」の「教」という漢 字を指して「きょう」と言ったのである。びっくりして、どう してこんな難しい字が読めたんだろう、と考えていると、今度 は隣の「育」の漢字を指して「いく」と言った。
 石井氏が驚いて、奥さんに「この字を教えたのか?」と尋ね ると、教えた覚えはないという。教えてもいないものが読める わけはない、と思っていると、奥さんが「アッ! そう言えば 一度だけ読んでやったことがある」と思い出した。奥さんは音 楽の教師をしており、「教育音楽」という雑誌を定期購読して いた。ある時、息子が雑誌のタイトルを指で押さえて、「これ なあに?」と聞くので、一度だけ読んでやったような記憶があ る、というのである。
 そんなこともあるのか、と半信半疑ながら、ひょっとしたら、 幼児にとって漢字はやさしいのかもしれない、と石井氏は思い ついた。ひらがなは易しく漢字は難しい、幼児に教えるもので はない、と思いこんでいたが、実はそうではないのかもしれな い。これが石井式漢字教育の始まりだった。

■2.漢字学習で幼稚園児の知能が伸びた!■

 それから石井氏は昭和28年から15年にもわたって、小学 校で漢字教育を実践してみた。当初は学年が上がるにつれて、 子どもの学習能力が高まると信じ込んでいたが、実際に漢字を 教えてみると、学年が下がるほど漢字を覚える能力が高いこと が分かった。
 そこで今度は1年生に教える漢字を増やしてみようと思った。 当時の1年生の漢字の習得目標は30字ほどだったが、これを 300字ほどに増やしてみると、子供たちは喜んでいくらでも 吸収してしまう。それが500字になり、とうとう700字と、 小学校6年間で覚える漢字の8割かたを覚えてしまった。  ひっとしたら就学前の幼児は、もっと漢字を覚える力がある のかもしれない。そう思って昭和43年からは3年間かけて、 幼稚園児に漢字を教えてみた。すると幼児の漢字学習能力はさ らに高いということが分かってきた。同時に漢字学習を始めて からは幼児の知能指数が100から110になり、120にな り、ついには130までになった。漢字には幼児の能力や知能 を大きく伸ばす秘密の力があるのではないか、と石井氏は考え るようになった。

■3.複雑でも覚えやすい漢字■

 どんな子どもでも3歳ぐらいで急速に母国語を身につけ、幼 稚園では先生の話を理解し、自分の考えを伝えることができる。 この時期に言葉と同時に漢字を学べば、海綿が水を吸収するよ うに漢字を習得していく、というのが石井氏の発見だった。漢 字は難しいから上級生にならなければ覚えられない、というの は、何の根拠もない迷信だったわけである。
 同時に簡単なものほど覚えやすい、というのも、誤った思い こみであることが判明した。複雑でも覚える手がかりがある方 が覚えやすい。たとえば「耳」は実際の耳の形を表したもので、 そうと知れば、簡単に覚えられる。「みみ」とひらがなで書く と画数は少ないが、何のてがかりもないのでかえって覚えにく い。
 石井氏はカルタ大の漢字カードで教える方法を考案した。 「机」「椅子」「冷蔵庫」「花瓶」などと漢字でカードに書い て、実物に貼っておく。すると幼児は必ず「これ、なあに?」 と聞いてくる。そこではじめて読み方を教える。ポイントは、 遊び感覚で幼児の興味を引き出す形で行うこと、そして読み方 のみを教え、書かせないことである。漢字をまず意味と音を持 つ記号として一緒に覚えさせるのである。

■4.抽象化・概念化する能力を伸ばす■

 動物や自然など、漢字カードを貼れないものは、絵本を使う。 幼児絵本のかな書きの上に、漢字を書いた紙を貼ってしまう。 そして「鳩」「鴉」「鶏」など、なるべく具体的なものから教 えていく。すると、これらの字には「鳥」という共通部分があ ることに気づく。幼児は「羽があって、嘴(くちばし)があっ て、足が2本ある」のが、「鳥」なのだな、と理解する。ここ で始めて「鳥」という「概念」が理解できる。  これが分かると「鶯」や「鷲」など、知らない漢字を見ても、 「鳥」の仲間だな、と推理できるようになる。こうして物事を 概念化・抽象化する能力が養われる。
 またたとえば「右」、「左」など、抽象的な漢字は「ナ」が 「手」、「口」は「くち」、「工」は「物差し」と教えてやれ ば、食べ物を口に入れる方の手が「右」、物差しを持つ方の手 が「左」とすぐ覚えられる。そう言えば、筆者は小学校低学年 の時、右と左の字がそっくりなので、どっちがどっちだか、な かなか覚えられなかった記憶があるが、こう教わっていたら瞬 時に習得できていただろう。

■5.推理力と主体性を伸ばす■

 また一方的に教え込むのではなく、遊び感覚で漢字の意味を 類推させると良い。石井式を実践している幼稚園でこんな事が あった。先生が黒板に「悪魔」と書いて、「誰かこれ読めるか な」と聞いた。当然、誰も読めないので、「じゃあ、教えてあ げようね」と言ったら、子供たちは「先生、待って。自分たち で考えるから」。
 子供たちは相談を始めて、「魔」の字の下の方には「鬼」が あるから、これは鬼の仲間だ、、、こうしてだんだん詰めてい って、とうとうこれは「あくま」じゃないか、と当ててしまっ た。
 この逸話から窺われるのは、第一に、幼児にも立派な推理力 がある、という事だ。こういう形で漢字の読みや意味を推理さ せるゲームで、子どもの論理的な思考能力はどんどん伸びてい く。第二は、子どもには自分で考えたい、解決したい、という 気持ちがあるということである。そういう気持ちを引き出すこ とで、子どもの主体的な学習意欲が高まる。そして自ら考えて 理解できたことこそ、本当に自分自身のものになるのである。

■6.漢字から広がる世界■

 石井式の漢字教育と比較してみると、従来のひらがなから教 えていく方法がいかに非合理的か、よく見えてくる。たとえば、 「しょうがっこう」などという表記は世の中に存在しない。校 門には「○○小学校」などと漢字で書かれているのである。 「小学校」という漢字熟語をそのまま覚えてしまえば、近くの 「中学校」の側を通っても、おなじ「学校」の仲間であること がすぐに分かる。「小」と「中」の区別が分かれば、自分たち よりやや大きいお兄さん、お姉さんたちが行く学校だな、と分 かる。
 こうして子どもは、漢字をたくさん覚えることで、実際の社 会の中で自分たちにも理解できる部分がどんどん広がっていく ことを実感するだろう。石井氏の2歳の長男も、お父さんが読 んでいる本の2つの文字だけでも自分が読みとれたのがとても 嬉しかったはずだ。だから、僕も読めるよ、とお父さんに読ん であげたのである。
 このように漢字を学ぶことで外の世界に関する知識と興味と が増していく。本を読んだり、辞書を引けるようになれば、そ の世界はさらに大きく広がっていく。幼児の時から漢字を学ぶ ことで、抽象化・概念化する能力、推理力、主体性、読書力が 一気に伸びていく。幼児の知能指数が漢字学習で100から 130にも伸びたというのも当然であろう。
 漢字学習を通じて、多くの言葉を知り、自己表現がスムーズ に出来るようになると、情緒が安定し、感性や情操も豊かに育 っていく。石井式を取り入れた幼稚園では、「漢字教育を始め て一ヶ月くらいしたら、園児たちの噛みつき癖がなくなりまし た。」という報告がしばしばもたらされるという。子供たちの うちに湧き上がった思いが表現できないと、フラストレーショ ンが溜まって噛みつきという行為に出るが、それを言葉で表現 できると、心が安定し、落ち着いてくるようだ。最近の「学級 崩壊」、「切れやすさ」というのも、子どもの国語力が落ちて、 自己表現ができなくなっている事が一因かもしれない。

■7.自閉症児が変わった■

 NTTと電気通信大学の共同研究では、「かな」を読むとき には我々は左脳しか使わないが、漢字を読むときには左右の両 方を使っているということを発見した。左脳は言語脳と呼ばれ、 人間の話す声の理解など、論理的知的な処理を受け持つ。右脳 は音楽脳とも呼ばれ、パターン認識が得意である[a]。漢字は 複雑な形状をしているので、右脳がパターンとして認識し、そ れを左脳が意味として解釈するらしい。  石井氏は自閉症や知的障害を持った子供にも漢字教育を施し て、成果をあげている。これらの子どもは言語脳である左脳の 働きが弱っているため、言葉が遅れがちであるが、漢字は右脳 も使うので、受け入れられやすいのである。
 石井氏が校長をしていた小学校にはS君という自閉症児がい た。授業中、机に座っていることができずに、廊下に出てはぐ るぐると左回りを続けているという子どもだった。校長として S君を引き取った石井氏は、彼が電車に関心を持っているのを 見つけた。絵を描かせると、黄色い電車と新幹線を描く。「黄 色いのは総武線で、東京に行くんでしょ。」と行って電車のそ ばに「東京」と書いてやった。新幹線にほうにも「新幹線」と 書いてやると、S君は本当に嬉しそうに笑った。  翌日、また絵を描かせると、今度は電車の絵に「東京」「新 幹線」という文字に似た模様を書き付けていた。これを生かさ ない手はない、と思った石井氏は、S君のお母さんを呼んで夏 休みの間、毎日5分でいいから「漢字カード」で遊んでやって ください、と頼んだ。
 休みが終わると、お母さんが200枚もの漢字カードを持っ て、「あまりにS君の反応が良いので、どんどんやっていった ら、こんなにできた」という。  夏休み明けのS君にクラスの友だちは驚いた。「S君が授業 中ずっと椅子に座れるようになった」「体育の時間に皆と一緒 に駆け足をやった」そしてついに「S君が教科書を開いた。」
 S君は家でお父さんと一緒にお風呂に入っている時、「学校 で勉強、頑張るからね」と言った。父親は思わずS君を抱きし めて「頑張れよ」と励ましたそうである。[2,p166]

■8.漢字かな交じり文の効率性■

 漢字が優れた表記法であることは、いろいろな科学的実験で 検証されている。日本道路公団が、かつてどういう地名の標識 を使ったら、ドライバーが早く正確に認識できるか、という実 験を行った。「TOKYO」「とうきょう」「東京」の3種類 の標識を作って、読み取るのにどれだけの時間がかかるかを測 定したところ、「TOKYO」は1.5秒だったのに対し、 「とうきょう」は約半分の0.7秒、そして「東京」はさらに その十分の一以下の0.06秒だった。
 考えてみれば当然だ。ローマ字やひらがなは表音文字である。 読んだ文字を音に変換し、さらに音から意味に変換する作業を 脳の中でしなければならない。それに対し漢字は表意文字でそ れ自体で意味を持つから、変換作業が少ないのである。
 日本人はこの優れた、しかしまったく言語系統の異なる漢字 を導入して、さらにそこから、ひらがな、カタカナという表意 文字を発明した。その結果、数千の表意文字と2種類の表音文 字を使うという、世界でも最も複雑な表記システムを発明した。
たとえば、以下の3つの文章を比べてみよう。 朝聞道夕死可矣 あしたにみちをきかばゆうべにしすともかなり 朝に道を聞かば夕に死すとも可なり  漢字だけ、あるいは、ひらがなだけでは、いかにも平板で読 みにくいが、漢字かな交じり文では名詞や動詞など重要な部分 が漢字でくっきりと浮かび上がるので、文章の骨格が一目で分 かる。漢字かな交じり文は書くのは大変だが、読むにはまこと に効率的なシステムである。
 情報化時代になって、書く方の苦労は、かな漢字変換などの 技術的発達により、急速に軽減されつつあるが、読む方の効率 化はそれほど進まないし、また情報の洪水で読み手の負担はま すます増大しつつある。読む方では最高の効率を持つ漢字かな 交じり文は情報化時代に適した表記システムであると言える。

■9.漢字教育で逞しい子どもを育てよう■

 英国ケンブリッジ大学のリチャードソン博士が中心となって、 日米英仏独の5カ国の学者が協力して、一つの共通知能テスト を作り上げた。そのテストで5カ国の子ども知能を測定したと ころ、日本以外の4カ国の子どもは平均知能指数が100だっ たのに、日本の子どもは111だった。知能指数で11も差が 出るのは大変なことだというので、イギリスの科学専門誌「ネ イチャー」に発表された。  博士らがどうして日本の子どもは知能がずば抜けて高いのか、と考えた所、この5カ国のうち、日本だけが使っている漢字に 行き着いたのである。この仮説は、石井式で知能指数が130 にも伸びる、という結果と符合している。
 戦後、占領軍の圧力や盲目的な欧米崇拝から漢字をやめてカ タナカ書きやローマ字書きにしよう、あるいはせめて漢字の数 を減らそうという「国語改革」が唱えられ、一部推進された。 こうした科学的根拠のない「迷信」は事実に基づいた石井式漢字学習によって一掃されつつある。
 国語力こそ子どもの心を大きく伸ばす基盤である。国語力の 土壌の上に、思考力、表現力、知的興味、主体性などが花開い ていく。そして国語を急速に習得する幼児期に、たくさんの漢 字を覚えることで、子どもの国語力は豊かに造成されるのであ る。
 石井式漢字学習によって、全国津々浦々の子供たちが楽しく 漢字を学びつつ、明日を担う日本人としての逞しい知力と精神 を育んでいくことを期待したい。

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