日本の歴史

日本の歴史

「科学から空想へ」 ~ 現代日本の教育思想の源流

教育とは、誰もが認める「美徳」を教えることだと思います。「美徳」とは、「仁・義・信」「道徳心・人情」・・・日本人が古来より持つ「規範」であり、これが人格教育の原点だと思います。現代は「自由・平等・博愛」「人権・個人」だけを尊重するような「近代思想」教育が生んだ歪みが噴出してきているのではないでしょうか?これが「ギスギスした社会」「事実に蓋をしてしまうような思考」を生んでいるように思います。「子供の権利」「自己決定権」「個性尊重」などの教育思想の源泉にある「空想」「科学から空想へ」 ~ 現代日本の教育思想の源流■1.「近代教育学の祖」ルソー■「近代教育学の祖」と言われるジャン・ジャック・ルソーは、こんな「自然人」を理想としていた。__________(理想の人間である「自然人」の)男性と女性とは出会いがしらに機会があり次第、欲望に赴くままに偶然に結合した・・・別れるのも同じように容易だった。 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄「理想」と言うより「空想」と言うべきだろう。ルソーは少年時代に、レイプしたさに、若い女性の前でズボンもパンツも脱ぎ捨てたため、警官に逮捕されたことがあった。そんな経験から生まれた空...
日本の文化

江戸日本はボランティア教育大国-花のお江戸はボランティアで持つ

江戸時代の教育システム、寺子屋の紹介です。江戸時代は、識字率をはじめ、規範性、道徳性や思いやりの高さに象徴されるように教育水準は世界的にも高く、260年余の長い平和と繁栄の時代の基盤を作っていました。その秘密は、寺子屋という教育システムとこれを支えるボランティアボランティア精神、自分たちの生きる場は自分たちで作る、という志があったからだと思います。江戸日本はボランティア教育大国-花のお江戸はボランティアで持つ■1.戦う西洋、平和の日本■ 戦国時代には世界一の銃砲生産大国だった日本が、江戸時代に入ると、銃を捨て、平和な国造りに向かった様子を、前回の記事で紹介しました。 今回はその続編として、その後に建設された社会がどのようなものだったのかを見てみよう。同時代のヨーロッパでは、内では30年戦争を行い、ドイツでは人口が1/2とか、1/3になるような悲惨な状態であった。また外に対しては、植民地収奪に明け暮れて、 はやい話がスペイン人が現れる前には、中央アメリカの推定人口は7千万人から9千万人はいたとされているが、私がすでに書いたようにスペイン人の侵入のわずか一世紀後には、350万人に激減してい...
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平和と環境保全のモデル社会-江戸

江戸時代は当時の西欧諸国と比較し遅れた社会であった、というように教科書には書かれています。しかし、事実は全く異なり、江戸時代の人々は、世界最先端の文化を育み、技術を駆使した社会制度、システムを構築していました。現在「SDGS」を掲げていますが、日本の江戸時代には平和と環境保全のモデル社会がすでに出来上がっていました。江戸時代に戻ることはできませんが、当時の「社会ステム」「知恵」「世界観」には学ぶべきところがたくさんあるように思います。地球史探訪: 平和と環境保全のモデル社会-江戸■1.過酷な近代世界システム■ 21世紀の人類を脅かす二大危機は、核兵器と地球環境危機であろう。これに対し、250年間も平和を維持し、環境保全にも成功した社会が、今、注目を集めている。日本の江戸時代である。 核兵器も地球環境危機も、科学技術をもって諸大陸と自然を征服しようとしたヨーロッパ文明の鬼っ子である。そのヨーロッパ文明による「近代世界システム」がどれほど過酷なものであったか、明治大学の入江隆則教授は次のように描写する。 はやい話がスペイン人が現れる前には、中央アメリカの推定人口は7千万人から9千万人はいた...
日本の歴史

100年前の日本人は世界最強の体力を誇る民族だった!昔の日本人は尋常じゃなかった…

100年前の日本人は世界最強の体力を誇る民族だった!昔の日本人は尋常じゃなかった…100年前の日本人は世界最強の体力を誇る民族だった!昔の日本人は尋常じゃなかった…100年前の日本人は世界最強の体力を誇る民族だった明治期までの日本人が今と比べればとてつもない体力を持っていたということは、当時日本を訪れた外国人の残した多くの文献に記されている。その一つにドイツ帝国の医師・ベルツの手による「ベルツの日記」です。ベルツの日記ベルツ(本名:エルヴィン・フォン・ベルツ)はライプツィヒ大学で内科を修めた後、27の歳に明治政府によって招聘され、以後29年間日本に滞在する。幕末から明治にかけて日本が「殖産興業」を目的に先進技術や学問・制度を輸入するために雇用した、いわゆる「お雇い外国人」の一人だった。東京医学校(後の東京大学医学部)において医学や栄養学を教授し、滞在中日本人女性(花子)を妻に娶っている。そのベルツがある日東京から110km離れた日光に旅行をした。当時のこととて道中馬を6回乗り替え、14時間かけやっと辿り着いたという。しかし二度目に行った際は人力車を使ったのだが、なんと前回よりたった30...
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日本の国柄、日本の経営

株主資本主義的経営は、必然的にグローバル化、ボーダーレス化、貧富の差の拡大を推し進め、各国文化の衰退、社会の荒廃を招く。現代世界の各国民国家は、株主資本主義的経営から攻撃されているのである。 逆に「三方良し」を目指す経営は、各国の歴史、文化、社会を尊重し、国民国家を護る。その最も進化した形である「日本的経営」は、「日本の国柄」から生み育てられたもので、「日本の国柄」を護る手段でもある。「日本の経営」が「日本の国柄」を護り、幸福な国民国家を築く。日本の国柄、日本の経営■1.『五箇条の御誓文』と日本的経営 上記にご紹介したように来週16日に、横浜で『日本の国柄 日本の経営』と題した講演をさせていただくが、本号ではその一部をご紹介する。ご好評をいただいている『世界が称賛する 日本の経営』のあとがきで次のように書いたが、この点を敷延したい。__________ 本書でとりあげた日本的経営の「三方良し」の理想とは、実はわが国建国の理想を事業面で語ったものだと言えます。日本的経営はわが国の建国以来の伝統に根ざしているのです。 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄『五箇条の御誓文』は慶応4(1868)年、明治政府発足...
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歴史教科書読み比べ ヨーロッパとの出会い

歴史教科書は、事実を記述していません。江戸時代の鎖国政策とは何だったのか?キリシタン禁制が日本の植民地化と宗教戦争を防いだという事実を紹介す記事です。キリスト教宣教師を尖兵として世界を植民地化しようとする西洋諸国に、日本はいかに対峙したか。歴史教科書読み比べ ヨーロッパとの出会い■1.「ポルトガルとスペインの世界分割」 16世紀にイスラム文化の影響によって天文学や地理学が発達し、羅針盤や帆船の技術が進むと、大西洋に面したスペインとポルトガルが競って海外に乗り出した。その様子を育鵬社版の中学歴史教科書は次のように記述する。__________ポルトガルとスペインの世界分割 ポルトガルとスペインは,軍隊や商人,宣教師をアジアの諸地域と南北アメリカ大陸に送り,キリスト教を広めるとともに武力で多く国々や地域を征服しました。両国はローマ教皇の仲立ちで勢力範囲を定め(2),それぞれの地域の支配力を強めていきました。 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 同じ頁の世界地図上には「植民地分界線」が引かれ、ブラジルより東、アフリカ、インド、東南アジアを含めて朝鮮まではポルトガル領、残りの日本から太平洋、北米大陸、ブラジル...
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「懐かしい未来」を開く里山資本主義

懐古趣味ではなく、現実の「懐かしい未来」が日本には実在します。美しい自然と豊かな伝統に恵まれた我が国には、すぐ手の届くところに、「懐かしい未来」が待っている。意識や価値観を変えるだけで実現しそうです。里山の資源を有効活用すると「懐かしい未来」が見えてくる。「懐かしい未来」を開く里山資本主義■1.裏山の木の枝でご飯を炊く楽しさ 広島県の北部、中国山地の庄原(しょうばら)市に住む和田芳治(よしはる)さん(70歳)は毎朝の御飯を小さな「エコストーブ」で炊いている。 ガソリンスタンドからタダで貰ってきた石油缶に、ホームセンターで数千円ほどで買ってきた管を煙突がわりに付けて、手作りしたものだ。裏山から集めた木の枝を数本くべて炊くと、御飯はピカピカ光って旨い。 訪ねてきた客に食べさせたら、「しもうた」と思わず、漏らした。「つい先日、7万円やら8万円出して、電気釜を買ったのに、あれとは全然違う、こっちの方が旨い」と悔しがっていた。__________ 毎回できが違うかもしれないと思って気を遣うこと、いろんな木をくべることも含め、不便だといわれるかもしれません。でも、それが楽しいんですね。結果、おいし...
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「人民の本当の幸福の姿」を実現した村落共同体

「人民の本当の幸福の姿」を実現した村落共同体米国初代領事ハリスが賛嘆した「人民の本当の幸福の姿」を実現したのは、高度な自治と助け合いの村落共同体だった。■1.米国初代領事ハリスのみた農民の暮らし 渡辺京二氏の名著『逝きし世の面影』を読むと、幕末から明治初年のかけて来日した欧米人たちが、我々の先人たちの暮らしを見て驚いている様に、我々がかえって驚かされてしまいます。たとえば幕末、米国の初代駐日領事として伊豆下田に領事館を構えたタウンゼント・ハリスは、その地の住民が貧しく、生活するだけで精一杯だと述べた後、こう記しています。__________それでも人々は楽しく暮らしており、食べたいだけは食べ、着物にも困ってはいない。それに家屋は清潔で、日当りもよくて気持がよい。世界のいかなる地方においても、労働者の社会で下田におけるよりもよい生活を送っているところはあるまい。 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ハリスは貿易商としてインド、東南アジア、中国を6年も渡り歩いて来た人物ですから、「世界のいかなる地方においても」という比較は、実際の見聞に基づいた信頼できる証言でしょう。■2.土地は村のもの ハリスがこの幸福...
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日本は帝国主義国だったのか?・・・事実としての【収奪性】【強制性】の違い

帝国主義とは? 帝国主義とは、19世紀から20世紀初めまでヨーロッパを中心に広まった、自国の利益のために他国を、政治や経済、軍事を用いて支配する思想のことです。 主には、当時の欧州列強によるアジアやアフリカの支配をさす言葉として用いられています。 また、その背景には、ダーウィンの進化論「適者生存(環境に適応できたものが生き、適応できないものは滅んでいくという考え方)」とこの進化論および遺伝学を人間に当てはめ、集団の遺伝的な質を向上させることを目的とした一連の優生学の信念により。この思想を正当化しています。日本も明治維新以降、大東亜戦争敗戦までは、「帝国主義」であったと、教科書に書かれています。 日本帝国主義(にほんていこくしゅぎ、略称: 日帝)とは、日本における帝国主義を指す用語。一般的には明治から第二次世界大戦終結までの、いわゆる「大日本帝国」における植民地主義、覇権主義、膨張主義、軍国主義などを指す場合が多いが、それ以外の時代も含めて批判的に使われる場合もある。また特に社会主義や共産主義の立場からは、日本における帝国主義論の用語としても使われている。戦前の日本は「帝国主義であった」...
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【日本】を知らない日本人・・・幕末から明治初期の【日本人】の能力的特質

【日本】が生んだ【日本人】の能力的特質外国人から見て、幕末から明治初期の日本人の能力は、特筆すべきモノがあったようです。それは、日本の生活様式や食文化が生んだ「体力」、生まれたときから育まれ、日本語そのものや地域の教育力、寺子屋で鍛えられた「知力」「工夫する力」「器用さ」です。これらは、現代にも脈々と受け継がれています。体格的には決して恵まれていない中、オリンピックや様々なスポーツの世界で活躍する日本人がいます。また、日本は技術立国・職人国家 世界シェア1位の日本企業と製品 で紹介していますが、その「知力」「工夫する力」「器用さ」は現在も世界一だと思います。体力江戸時代の「飛脚」は驚異的な体力の持ち主でした。江戸から京都までの約492キロを3〜4日で走り、手紙を届けていました。徒歩だと約2週間もかかる距離です。もちろんこの距離を一人で走り抜いていたわけではなく、数人でリレー形式で走っていました。中には通飛脚と呼ばれる一人で出発地から目的地まで走る飛脚もいたそうです。現代のように舗装された道ではなく、ランニングシューズもない状態で東海道を走り抜いていた事実は驚異的です。また、ごく普通の人...
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【日本】を知らない日本人・・・幕末から明治初期に日本を訪れた外国人から見た【日本】の事実

幕末から明治初期に日本を訪れた外国人から見た【日本】の事実幕末から明治初期に日本を訪れた外国人の紀行記、手記や手紙、報告書などから当時の日本の風土、文化、風俗を紹介します。当時、日本を訪れた外国人は皆、日本人の道徳心と倫理観、規範性の高さに驚いています。現在も、日本を訪れる外国の方々の日本の評価は、同様であり、その本質、心の奥底にあるモノは全く変わっていないのではないでしょうか?ドイツの考古学者シュリーマン「日本人が世界で一番清潔な国民であることは異論の余地がない。」「どんなに貧しい人でも、少なくとも日に一度は、町の至る所にある公衆浴場に通っている。」「浴場は道路に面した側が完全に解放されている。(中略…) 夜明けから日暮れまで、禁断の林檎をかじる前の我々の先祖と同じ姿になった老若男女が、一緒に湯につかっている。彼らはそれぞれの手桶で湯を汲み、丁寧に身体を洗い、また着物を身に着けて出て行く。『なんと清らかな素朴さだろう!』初めて公衆浴場の前を通り、30~40人の全裸の男女を目にしたとき、私はこう叫んだものである。」「道を歩きながら日本人の家庭生活のしくみを観察することができる。家々の奥...
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【日本】を知らない日本人・・・幕末から明治初期の【日本】の俯瞰的事実と植物学者ツンベリーの見た日本

【日本】を知らない日本人私達が学んできた【日本】の歴史、風土、文化、風俗には大きな誤りがあり、しっかりとした事実を元に学び直す必要があるように思います。明治維新以降の欧米追従の考え方、戦後の自虐史観など、事実より価値観を先行させたプロパガンダを盲信し、固定観念に囚われていては、次代の可能性も見えてきません。事実を発掘、直視して次代の可能性を追求していくことが求められているように思います。OLYMPUS DIGITAL CAMERA幕末から明治初期の【日本】の俯瞰的事実アメリカの初代駐日公使のタウンゼント・ハリスの言葉「これがおそらく人民の本当の幸福の姿と言うものだろう。私は時として、日本を開国して外国の影響を受けさせることが、果たしてこの人々の普遍的な幸福を増進する所為であるかどうか、疑わしくなる。私は質素と正直の黄金時代を、いずれの他の国におけるよりも多く日本において見出す。生命と財産の安全、全般の人々の質素と満足とは、現在の日本の顕著な姿であるように思われる」当時の日本人は道徳心と倫理観、規範性が非常に高く、西洋人が驚くほどだったのです。物質的には決して豊かではなかったと思いますが...
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大東亜戦争(太平洋戦争)の真実はどこに? 世界が日本を称賛するのはなぜ?

大東亜戦争の真実 世界が日本を称賛するワケ大東亜戦争と聞くとあなたはどんなイメージを持っているでしょうか?実際に体験した人から直接話を聞く機会はどんどん失われています。フランスの作家であるミラン・クンデラがこんな言葉を残しています。一つの民族を抹殺するには、その記憶を失わせることである。その歴史を失わせたうえで、新しい歴史を与えればよい。そうすれば、その民族は自らの現状も過去も忘れてしまうだろう。私たちは学校の授業でかつての日本人は極悪非道な侵略者だと教えられてきました。しかし本当にそうなのでしょうか?海外には日本を絶賛する国がたくさんあります。今回は大東亜戦争の真実をご紹介します。大東亜戦争の真実世界の著名人は先の大戦についてこう語っています。 それぞれの内容について見ていきましょう。アジア植民地解放ゴー・チャクトン シンガポール首相「日本の統治は過酷なものだった。しかし日本軍により欧米のアジア支配は粉砕された。これはアジアに自信を与えた。大戦後、15年以内にアジアの植民地は全て解放された。」ジャヤワルデネ スリランカ大統領「なぜアジアが日本が自由であることを望むのか。それはアジアに...
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大東亜戦争(太平洋戦争)の真実はどこに? 開戦時と終戦時の疑問

今年も大東亜戦争の日本敗戦の日、8月15日が近づいています。この戦争については、様々な見解、見方がありますが、善悪判断やプロパガンダによる価値判断を排してその真実をしっかり掴んでいくことが重要だと思います。大東亜戦争(太平洋戦争)の経緯詳細はウィキペディア等の資料で紐解くことができます。二つの素朴な疑問開戦時 なぜ、米国と開戦したのか? 日本は日中戦争の泥沼にはまる中、天然資源の最大の輸入国であり、約8倍の国力を有する米国に対して、なぜ、勝てるはずのない、負け戦に突入していったのか?  この疑問についての答えは、戦後のマッカーサー元帥の発言、開戦時の永野修身(おさみ)・海軍大将の発言にあるように思います。マッカーサー元帥 の発言1951年5月3日。朝鮮戦争に於ける戦争方針でトルーマン大統領と対立し、GHQ最高司令官を解任されたマッカーサー元帥の米国上院軍事外交共同委員会の場での発言「太平洋において我々は彼らを迂回しました。我々は包囲したのです。日本は八千万に近い膨大な人口を抱へ、それが四つの島にひしめいてゐるのだといふことを理解していただかなくてはなりません。その半分近くが農業人口で、...
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リシャールの名詩『日本国に告ぐ』

フランスの詩人、ポール・リシャールの名詩『日本国に告ぐ』を紹介します。 この詩を読むことで、日本の国柄、歴史、価値、そしてその使命、それらに対する彼の期待が強く感じられます。 日本人とはどのような存在なのか、どのように世界に貢献すべきか、期待されるものが何かが見えて来ると思います。ポール・リシャールは、フランスの詩人、弁護士、キリスト教の牧師でした。彼の生涯は、東西の精神文化の交流と人種差別撤廃の活動に捧げられました。 20世紀初頭、西欧文明に行き詰まりを感じていたリシャールは、西欧文明の欠点を克服するには東洋の精神に学ぶしかないと考えました。そしてすべての事業をなげうって、アジアへの旅に出ました。 大正5年(1916)に日本を訪れた彼は、約4年間の滞在期間に、日本の愛国者たちと交友を結び、彼らに多大な影響を与えました。 大正8年に、第1次世界大戦後のパリ講和条約で日本が人種差別撤廃案を提案しました。日本国内では人種差別撤廃を求める期成大会が行われるなどの動きが高まりました。これに感激したリシャールは、大会の決議文をフランス語に翻訳して、各国の指導者に送るなど、人種差別撤廃の実現に努め...