進化が生み出す「多様性」は!現時点で「進化系統樹」に収まらない異形の生物「タリーモンスター」は本当に不思議な生物なのか?

生命科学
進化が生み出す「多様性」は!現時点で「進化系統樹」に収まらない異形の生物「タリーモンスター」は本当に不思議な生物なのか?(更科 功)
「生物は進化することによって進歩していく」……とかく誤解されやすい「進化論」について、楽しく、わかりやすく語り尽くした『世界一シンプルな進化論講義』。今回は「ターリーモンスター」と呼ばれる異形の生物を例に、生物の多様性についてみます。

進化が生み出す「多様性」は!現時点で「進化系統樹」に収まらない異形の生物「タリーモンスター」は本当に不思議な生物なのか?

奇妙なタリーモンスター

アメリカのイリノイ州には、化石がたくさん見つかる地層として有名なメゾンクリーク層がある。メゾンクリーク層の年代はおよそ3億1000万年前で、時代としては古生代の石炭紀に当たる。

1955年にアマチュアの化石収集家だったフランシス・タリーは、このメゾンクリーク層で奇妙な化石を発見した。後にタリーモンスターと呼ばれるようになるこの化石は、10センチメートルほどの動物の化石で、頭部の先端が蛇のように長く伸びた構造になっていた。

その一番前にはワニのような口がついており、口には歯のような構造も観察された。また、頭部からは細い棒状の構造が左右に突き出していて、その先端は眼になっていたと考えられている。

上・トゥリモンストゥルム・グレガリウム(タリーモンスタ ー)の化石(Paul Mayer/The Field Museum of Natural History)、 下・化石から考えられる復元イメージ(Sean Mcmahon/Yale University)

こんな奇妙な生物は、現生生物の中にも、過去の化石の中にも見当たらない。そこで、タリーは、シカゴのフィールド自然史博物館にその化石を持ち込んで鑑定を頼んだが、博物館でも、この化石がどんな動物のグループに属するのか、まったくわからなかった(ちなみに、学名はトゥリモンストゥルム・グレガリウムと命名されている)。

進化論自体が破綻している証拠なのか!?

アメリカのテネシー州にあるブライアン・カレッジの生物学、地質学、科学史の教授であるニール・ドーランは、2017年に、このタリーモンスターに関する論説を発表した。その論説によれば、タリーモンスターは無限に賢い創造主によって創られたものだという。

進化論によれば、地球のすべての生物は一つの系統樹の中に収まるはずである。しかし、タリーモンスターのような奇妙な生物は、脊椎動物なのか無脊椎動物なのかさえわからない。

つまり、他の生物との類縁関係が不明で、進化論による系統樹の中に収まらない。これは、進化論自体が破綻している証拠である、というのがドーランの考えだ。

ダーウィンによる進化系統樹のメ モ(American Museum of Natural History)

一方、聖書によれば、タリーモンスターのような生物がいることは簡単に説明できる。創造主は生物を個別に作ったのだから、系統樹に収まらない生物がいても何ら不思議はない。

ヒトは最初からヒトとして創られたし、タリーモンスターは最初からタリーモンスターとして創られた。ただ、それだけのことだ。生物は進化なんかしないのである。

タリーモンスターの最新科学研究

もちろん、タリーモンスターは進化によって生まれたと考えて、系統樹のどこに収まるかを科学的に追究した研究もある。

たとえば、2016年には、タリーモンスターは脊椎動物である、という研究結果が発表された。

これは1000個以上のタリーモンスターの化石を分析して得られた結論で、たとえば体を前後に走っている構造は、脊椎動物の発生の初期に現れる脊索である、と解釈している。また、一部の化石では頭部に脳の輪郭が認められる、とも報告している。

その一方で、反論もある。2023年には東京大学のグループが、タリーモンスターは脊椎動物ではないという研究結果を発表したのだ。

タリーモンスターは、脊椎動物を特徴づける構造をいくつか持っているとされていた。しかし、レーザーやX線を使って3次元的な形態解析を行ったところ、それらの構造は脊椎動物のものとは異なることが明らかになったのである。

東京大学による化石の3次元解析から考えられるタリーモンスターの新しい復元図(東京大学、絵・迫野貴大)

ということで、タリーモンスターの系統学的な位置は、今も不明である。いくつか仮説は提出されているのだが、残念ながら決定的なものはないようだ。

タリーモンスターは、本当に不思議な生物か?

たしかにタリーモンスターは、少なくとも今のところは、系統樹にうまく収まらないようだ。したがって、系統樹にうまく収まらないという意味では、ドーランの説に強く反対する根拠はない。実際にアメリカでは、ドーランの考えは一定の支持を得ているのだ。

とはいえ、タリーモンスターが進化によって生み出されたことは確実である。少なくとも私はそう考えているが、そう考える理由は、私に宗教的な信条がないから、というだけではない。タリーモンスターという生物を、それほど不思議な生物とは思わないからだ。

たとえば、タリーモンスターの眼を考えてみよう。タリーモンスターの頭部には、左右に棒のように突き出した構造があって、その先端に眼がついている。じつに奇妙である。しかし、奇妙ではあるけれど、地球の生物として唯一無二の構造だ、というわけではない。こういう眼を持った生物は他にもいるのである。

シュモクバエは、アフリカやアジアの熱帯に生息するハエである。前にも紹介したように、シュモクバエの姿はかなりシュールで、多くの人は一度見たら忘れることができないのではないだろうか。なぜなら、シュモクバエの頭部からは、棒のような構造が左右に伸びており、その先端に眼がついているからだ。

Rob Knell

この棒のような構造は眼柄(がんぺい)と呼ばれ、オスにもメスにもあるが、とくにオスの眼柄は長い。片側の眼柄だけで体長を上回るものさえいる。

構造的にはタリーモンスターの眼と似ているけれど、長さの点では一部のシュモクバエのほうが上だろう。それにしても、こんなに眼が離れていては、飛ぶときに何かに引っ掛かったりして、邪魔になるはずだ。これは生きていくために不便な特徴だが、どうしてこんなものが進化したのだろうか。

シュモクバエの眼は「性淘汰」による進化

じつは、この眼柄は、オス同士が闘うときに役に立つ。長いほうが有利なのだ。オス同士が向かい合って頭を突き合わせ、眼柄の長さを比べるだけで勝負がつくこともある。また、闘いが始まって両者が頭をぶつけあっても、勝つのはたいてい眼柄が長いオスである。さらに、オス同士の争いとは別に、メスのほうも眼柄の長いオスを好む傾向があるようだ。

つまり、眼柄が長いオスのほうがメスと交尾するチャンスが増えるので、たとえ生きていくために不便でも、長い眼柄が進化したのだと考えられる。このような進化のメカニズムを、性淘汰と呼ぶこともある。進化のおもなメカニズムである自然淘汰には、大きく分けて2つの種類がある。

シュモクバエの戦い(Sam Cotton/Data Nuggets)

生存に有利な形質を進化させる環境淘汰と、繁殖に有利な形質を進化させる性淘汰だ。

そして、シュモクバエの奇妙な眼は、性淘汰によって進化したと考えられるわけだ。タリーモンスターの眼も性淘汰で進化したのかどうかはわからないけれど、少なくとも形が似ている形質は他の生物でも進化していることになる。

進化が生み出す多様性は想像を超える!

タリーモンスターが奇妙に見える、もう一つの特徴は、頭部の先端が長く伸びていることだろう。しかし、頭部の先端が長く伸びた構造を持つ生物といえば、古生代のカンブリア紀(約5億3900万年前‐約4億8500万年前)に生きていたオパビニアが有名だ。

もっとも、オパビニアの長く伸びた構造は、口ではなく付属肢が変化したものと考えられているので、タリーモンスターの長く伸びた口(らしき構造)とは起源が異なるだろう。それでも、外見的な形に限っていえば、両者は似ているといえる。

上・オパビニアの化石(National Museum of Natural History, Simon Conway Morris, “The Crucible of Creation” Oxford University Press,1998)下・オパビニア・レガリスの復元図(Junnn11)

タリーモンスターが不思議な生物とされているおもな理由は、その外見的な奇妙さだ。しかし、どんなに奇妙に見える形であっても、およそ40億年にわたる生命の進化を見渡せば、たいてい何度も進化していることが多い。

事実は小説よりも奇なりというが、進化が生み出す多様性は、ときに私たちの想像力を超える。したがって、タリーモンスターのような形を進化によって生み出せることに何の疑問もないのである。

もちろん、タリーモンスターが非常に珍しい生物で、進化的にとても興味深いことは間違いない。また、現時点では系統が不明であることも事実である。だからといって、神秘的な説明を持ち出す必要はないし、進化論が破綻していることにもならないのである。

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