
なんと、この「地球の生命」が持つアミノ酸は「特別な比率」だった…地球に飛来した「マーチソン隕石」が、生命科学者に投じた衝撃の波紋

マーチソン隕石に含まれていた多様なアミノ酸
1969年9月にオーストラリア・ビクトリア州に飛来したマーチソン隕石が、その後のアストロバイオロジーに非常に重要なインパクトを与えた、と書かれていました。
小林憲正氏(以下、小林):マーチソン隕石が飛来した1969年は、惑星科学にとって「奇跡の年」でした。その分野で、大きな進展が複数あった年として知られています。
1969年7月20日、アポロ11号が史上初めて人類による月面着陸を成功させました。アポロ11号とマーチソン隕石の関係性については、後ほど説明します。
隕石の中には、最大3質量%程度の有機物を含むものもあれば、ほとんど含まないものもあります。マーチソン隕石は、有機物をふんだんに含む隕石でした。加えて、多くの種類のアミノ酸も含む、非常に珍しいタイプの隕石だったのです。
もちろんマーチソン隕石以前にも、地球に飛来した隕石からアミノ酸が検出されたことはありました。しかし、再検証すると、検出されたアミノ酸は人の指紋やほこりに由来するものではないか、という疑惑が生じることがほとんどでした。
昔は隕石なんて、博物館でほこりをかぶっているのが関の山でした。ほこりとも人の指紋とも判別できるようなアミノ酸が検出されても、仕方のない保存状態だったのです。
そこで、アポロ11号の打ち上げにあたり、月から持ち帰られるサンプルが地球の物質によって汚染されないよう、保管や分析方法の設計がされました。そんな絶好のタイミングで地球に飛来したのが、マーチソン隕石だったのです。
マーチソン隕石は慎重に回収、運搬されました。さらに、分析の対象となったのは汚染の可能性がある表層部ではなく、隕石の中心部でした。
こうした丁寧な分析の結果、マーチソン隕石からアミノ酸が検出された、ということで、アミノ酸を含む隕石が存在しているということが明らかになったのです。

※参考記事:
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現段階で、マーチソン隕石から見つかっているアミノ酸は90種類以上です。
マーチソン隕石に含まれているアミノ酸が地球由来のものでないと断言できるのは、もう一つ理由があります。
マーチソン隕石のアミノ酸が地球由来ではないと断言できる、もう一つの理由
アミノ酸には、同じアミノ酸でも左手型と右手型の2種類がある、という面白い特徴があります。この2種類は、まさに左手と右手のように鏡に映すと同じかたちになる、という構造を有しています。

そしてさらに興味深いのは、左手型でも右手型でも、アミノ酸としてはほぼ同じ性質を有しているにもかかわらず、地球生命は左手型アミノ酸ばかりを使用しているという点です。
マーチソン隕石から検出されたアミノ酸の左手型と右手型の比率は、ほぼ1:1でした。地球由来のアミノ酸であれば、左手型が圧倒的に多いはずです。
この事実が、マーチソン隕石に含まれるアミノ酸が地球由来ではないという決定打となりました。
なぜ、地球生命は左手型アミノ酸ばかりを使用しているのですか。
小林:その謎はまだ解明されていませんので、いくつかの説を紹介したいと思います。
まず、宇宙由来の隕石に含まれるアミノ酸の一部は、左手型と右手型の比率が1:1ではなく、少しだけ左手が多いものがあります。
これは、1997年に行われた、マーチソン隕石に含まれるアミノ酸の再分析によって明らかになったことです。
この結果が発表された直後は、計測ミスではないかと言う研究者も多くいました。しかし、その後、他のチームがマーチソン隕石を再分析して、同様の結果が得られたのです。また、他の隕石からも右手型よりも左手型のほうが多いアミノ酸が、複数発見されています。
現在では、ある種の宇宙由来のアミノ酸は、左手型のほうが多い、ということが定説になっています。
宇宙由来のアミノ酸に「左手型のほうが多い」謎
左手型アミノ酸が、右手型アミノ酸よりも多く存在する理由として、複数の要因が考えられています。
1つ目は、アミノ酸を含む星が形成された直後の内部環境です。
ある種の小惑星は形成直後、多少の氷を内包しています。内部の氷に熱がかかると、さまざまな化学反応が促進されます。アミノ酸合成時に、左手型になるのか、右手型になるのかを、このときの熱や圧力、それらがかかった期間の違いが、ある程度左右しているのではないかと言われています。
次に「光」です。
光は、波の一種です。波が進むとき、その面が時計回りであることもあれば、反時計回りであることもあります。前者の時計回りの光を右円偏光、後者の反時計回りの光を左円偏光と言います。

アミノ酸のように右手型も左手型もとれる分子に円偏光が当たると、右手型、左手型いずれかの分子が多く分解されたり、合成されたりします。これは、実験的にも確認されています。
「β崩壊」が影響を与えている可能性
3つ目は、放射線に関する説です。
ある放射性物質の中性子が陽子に変化する「β崩壊」と呼ばれる現象があります。このときに飛び出す電子は、必ず左巻きです。この左巻きの電子が、先ほどの円偏光と同じようにアミノ酸の右手型、左手型の量に影響を与えている可能性が指摘されています。

最後は、宇宙線の話です。
宇宙線は地球の大気圏に突入する際に、大気中の分子を破壊します。このとき、非常に短寿命のパイオンという粒子が生成します。パイオンはすぐに崩壊し、ミューオンとニュートリノという素粒子になります。このミューオンにも、右巻きと左巻きがあることがわかっており、右手型分子と左手型分子の分解や生成に関係があるのではないかと考えられています。
このように、ある種の宇宙由来のアミノ酸に左手型が多い理由として、さまざまなものが考えられています。
ただ、これらの方法では、それぞれ1%程度しか左手型のほうを多くするのに寄与しない、ということもわかっています。
「左手型アミノ酸:右手型アミノ酸=50.5:49.5」の状態は、地球生命の体内のようにアミノ酸の全てを左手型としている状態とは明らかにかけ離れています。何とかして、左手型アミノ酸比率を99%くらいにできないのか、多くの研究者が知恵を絞りました。
ここで面白いことを考えたのが、東京理科大学の硤合憲三先生(硤(そ):「石へん」に「夾・キョウ」)のグループです。
左手型分子優位を決めたスタート時の触媒濃度差
硤合先生のチームは、自己触媒反応をうまくつかって左手型アミノ酸が増えていったのではないか、という説を導き出しました。
自己触媒反応は、触媒分子が自分と同じ分子を作り出す反応です。触媒分子Cによって、分子Aが触媒と同じCに変化する、というイメージです。

一般的に触媒反応の速度は、触媒濃度に比例します。自己触媒反応では、触媒の量がどんどん増えていくわけですから、触媒反応の速度は次第に増していきます。やがて材料である分子Aの量が少なくなると、反応速度も減少に転じます。
硤合先生のチームは、アミノ酸のような左手型と右手型がある分子では、左手型分子は、自己触媒反応で次々と自分と同じ姿の左手型分子を作っていき、右手型分子もまた、右手型分子を作っていくことを実験で突き止めました。これを、不斉自己触媒反応と言います。
スタート時点での濃度の差がものを言う不斉自己触媒反応
不斉自己触媒反応では、スタート時点での濃度の差がものを言います。反応スタート時、左手型分子の濃度が右手型分子よりも少しでも大きければ、先に爆発的な増加を迎えるのは、左手型分子です。そして結果的に左手型分子は、その場で支配的な存在となります。

小惑星や地球の生命誕生の場で、不斉自己触媒反応が起こっていたとすると、「左手型アミノ酸:右手型アミノ酸=50.5:49.5」の状態から、99%以上が左手型アミノ酸、というところに達するまでを説明することができます。
生命の起源が謎である「歯がゆさ」と、自己触媒機能を持つ分子の合成という夢
以前、戸谷友則先生にインタビューした際「生命の誕生を論理的に説明できないのが非常に気持ち悪い」「物理学者にとって、生命の起源を調べることはラスボスを倒しに行くようなこと」とお話されていました。小林先生にとって、生命の起源の研究は、どのような存在なのですか。
小林:まさに同じです。物理学者の方が「気持ち悪い」と感じるのと同じ意味で「気持ち悪い」と感じている化学者も少なくないと思います。
どうやって生命の材料ができるのか、という研究はこの数10年で飛躍的に進展しました。アミノ酸どころか、核酸の材料もさまざまな環境で生成可能である、ということも明らかになっています。
けれども、いかにしてそれらが組み合わさり自律的に動く生命に変化していくのかは、ほとんどわかっていません。気持ち悪いですし、歯がゆいですね。
研究を通して、実現したい夢や目標がありましたら、教えてください。
小林:まず1つ目は、何でもいいし、どこでもいいから、とにかく生命、あるいは生命っぽいものが見つかってほしいです。
その生命システムが、地球と同じなのか違うのか。違うのであれば、どこがどう違うのか。これがわかることによって、地球上ですべき実験の目途が立ってくるはずです。
次は、私の研究の具体的な夢です。
私は、原始地球に近い環境下でたくさんのアミノ基を有する分子量の大きな有機物ができることを実験的に明らかにしました。
そして、実はがらくた分子の中には、ちょっとした機能を持つものもある、ということも突き止めています。現時点で見つかっているのは、本当に些細な機能です。それでも、他の分子を切断するような触媒機能もあります。
今後、がらくた分子の中から、さまざまな機能を有する分子が発見されていくでしょう。
何らかの機能を有するがらくた分子が1種類だけあったとしても、それを生命と認めることは難しいと思います。だからこそ、自己触媒機能を有していれば、その分子は「きわめて非生命に近い生命」だと言えるのではないか、と私は考えています。
きれいに自己複製ができなくても、自己触媒反応ができれば、その分子が減ることはありません。
分子は、放っておけば壊れます。しかし、生物は、少なくとも地球の場合は約40億年もの間、増え続けています。放っておけば壊れるようなものではなく、自己維持能力を持ち、少しでも増えていけるようなものがなければ、今の地球の状態は実現できません。
自己触媒機能を有する分子を合成する日を夢見て、日々、実験に勤しんでいます。

(聞き手:関瑶子、ライター&ビデオクリエイター)
【著者に聞く】小林憲正さん 動画をYouTubeで公開中
インタビュー映像 https://youtu.be/qEAbWNygswM はこちらから(別ウインドウで開きます)

生命はどこから生命なのか? 非生命と何が違うのか? 生命科学究極のテーマに、アストロバイオロジーの先駆者が迫る!
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