
なぜトヨタは「25%関税」に動じず、駆け込み輸出もしないのか。大荒れの自動車業界を制する次の一手=勝又壽良

米国の自動車市場が、4月3日からの「25%関税」に揺れるなか、多くの海外メーカーが駆け込み輸出に走る一方で、トヨタ自動車は冷静な対応を見せている。過剰在庫を抱えない経営方針に基づき、一時的な混乱に左右されない姿勢を貫くトヨタ。その背景には、強固な財務基盤と戦略的な事業展開がある。さらに、EV市場の変化を見極めながら、自動運転技術の開発にも着実に取り組んでいる。トヨタの未来戦略は、世界の自動車業界にどのような影響を与えるのか。(『 勝又壽良の経済時評 』勝又壽良)
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プロフィール:勝又壽良(かつまた ひさよし)
元『週刊東洋経済』編集長。静岡県出身。横浜市立大学商学部卒。経済学博士。1961年4月、東洋経済新報社編集局入社。週刊東洋経済編集長、取締役編集局長、主幹を経て退社。東海大学教養学部教授、教養学部長を歴任して独立。
トランプ関税にも動じないトヨタ
米国自動車市場は、4月3日からの「25%関税」で大揺れだ。トランプ米大統領は、これまで自動車関税に言及してきたので、海外メーカーは駆け込み輸出に大わらわである。
この中で唯一トヨタ自動車だけは、駆け込み輸出を見送っている。トヨタの説明では、過剰在庫を持たないのが「経営原則」としている。一時の騒ぎに巻き込まれない。こういう「自信」をみせているのだ。
トヨタが、2月の世界の販売・生産実績を発表した。世界販売(トヨタ単体)は、前年同月比5.8%増。世界生産も同5.8%増で、いずれも2カ月連続で前年を上回った。新車を投入した効果で、国内販売が引き続き好調。海外は生産・販売とも2月として過去最高を記録した。
海外販売では、中国が15.0%増と好調。前年より稼働日が多かったほか、当局の補助金施策や販売店の販売促進策が奏功した。北米は、同6.5%減と対照的だ。米国需要は引き続き堅調だが、前年に比べ稼働日が少なかったことと、人気の高いハイブリッド車(HV)の在庫不足が響いた結果だ。
注目された日本から米国への輸出は、前年同期比1.7%減と、駆け込みがなかった。関税発動前に米国輸出を増やして、在庫手当を厚くする対策をまったく講じなかったのだ。3月に入っても変わらない姿勢である。
トヨタが、ここまで「冷静」な理由は何か。米国でのHV人気の高さと、関税分の値上がりがあっても他社との競争で勝ち抜けるという見通しだ。そうでなければ、米国への駆け込み輸出へ傾斜したであろう。
財務力がリスク吸収
トヨタが、眼前のアクシデントに右往左往せず、悠然と自社の経営ポリシーに従っているのは、あらゆる状況変化に立ち向かえる財務体質の強靱さが裏付けだ。目的に向って、すべてのリスクを計算しながら経営プロセスを踏める余裕があるのは、びくともしない財務力なしでは不可能だ。これが、トヨタの長期的安定戦略の基盤を構築している。
トヨタは、EV(電気自動車)も電池が勝負であることを早くから見抜いて、世界で最も早く全固体電池開発に着手していた。現在のリチウム電池が持つ固有の欠陥によって、EVブームが頓挫することを見抜いていた。現実は、その通りになって欧米の自動車企業を苦しめている。トヨタは、EVに代わってHV人気が来ると読んでいたが、ズバリこの戦略が当って大受けである。「人の行く裏に道あり花の山」を実践している。
トヨタが挑戦する最終目標は、全自動運転車(FAV)の開発である。米国アップルは、過去10年にわたり1,000億ドル(約15兆円)の研究資金を投入し、最後は諦めるほかなかった。世界最高峰のIT企業ですら、放棄せざるを得ないほどの「難路」である。トヨタは、ほとんど宣伝もせずに地道な開発を続けている。
トヨタの全自動運転車開発で、最終的なライバルとなるのは米国テスラであろう。
テスラと言えば、マスクCEOがトランプ大統領の側近に名を連ね政治へ没頭している。マスク氏の目的が、全自動運転車実験の規制緩和にあると指摘する向きもある。だが、かりに目的が叶って「レベル3」への実験が早まっても、人命損傷事故が起こればお手上げである。その意味で、当局の規制緩和は全自動運転車を実現する上で何の意味もないのだ。
マスク氏は、政治へ深入りすることで世論の反発を受ければ逆効果になろう。
全自動5段階レベル
ここで、全自動運転車への規制レベルを明らかにしたい。運転システムの支援度合いによって5段階のレベルに分類される。
レベル1:ハンドル操作などを補助する
レベル2:システムが運転を部分的に支援する
レベル3:特定条件下でシステムが運転操作を行う
レベル4:特定条件下で完全にシステムが運転を行う(無人運転も可能)
レベル5:すべての状況でシステムが運転を行う(無人運転)
全自動運転車は、レベル5の段階を指す。現状はレベル2の段階だ。それだけに、レベル5へ達するまでには、多くの実証実験を重ねなければならない。自動運転車は、世界の中で日本が最も切実に必要としている「モビリティ」(移動手段)である。
日本では、すでにドライバー不足でモビリティ社会に大きな影を落としている。バス路線では、運行バス本数を減らす事態になっているほど。こうして、高齢化社会における公共移動手段の確保が困難になっている。それだけでない。物流業界の人手不足など、多くの難題解決に自動運転車の一日も早い実現が待たれる。
それには、着実な実証実験が不可欠である。人命の損傷は絶対に許されない領域だけに、レベル5実現はまだ先の話になる。そのためにも、現在の実験継続が不可欠である。
日本政府は3月26日、国家戦略技術として8分野を選定した。日本企業の海外展開を後押しする政策決定である。このなかに、モビリティが入っている。これは日本企業が、全自動運転技術の国際標準になると宣言したことだ。政府が、日本の全自動運転技術を世界最先端にあると認め、支援することを公表したのだ。この最先端技術こそ、トヨタが開発している「MTC=モビリティ・ティームメート・コンセプト」方式にそったものだ。
MTCは、次のような内容だ。ドライバーは、運転を楽しむ自由を持ちながらも、必要な時には自動運転技術によるサポートを受けられるよう設計されている。例えば、高速道路では「ショーファーモード」を選択して自動運転を行い、都市部では「ガーディアンモード」による安全運転支援を受けることが可能だ。こういう柔軟さが、レベル5の全自動運転車に必要な条件になろう。
テスラを上回る評価
トヨタの自動運転技術開発は、次のような目標の実現を掲げている。単刀直入な「レベル5を目指せ」というものでなく、段階を追った開発目標を立てている。いわば、「急がば回れ」方式である。具体的には、次のようなものだ。
1)交通事故死傷者ゼロを目指す安全性の向上
2)効率的な交通の実現
3)環境負荷の軽減を目的
4)2020年代前半 高速道路での自動運転を可能にする
5)2020年代中盤以降 一般道での自動運転を目指す
SNS上の投稿によれば、トヨタ・レクサスが高速道路上でレベル2の「ほぼ自動運転」という声まで上がっている。例えば、レクサスRXで体験したとして、高速道路での長距離移動に体力的負担がないとしている。渋滞時支援も強力なので、渋滞が予想される週末でも心配なく出掛けられるというのだ。中には、「テスラを上回る」とまで高い評価が出ているほど。こういう生の声について、トヨタは決して宣伝に使うことがない。テスラの宣伝上手とは天と地ほどの違いだ。
上記のように高速道路上の自動運転が条件付きで実現した以上、次は一般道での条件付き自動運転を目指すことになろう。ここで十分な実証実験を積まなければならない。レベル2までの積み重ねたデータが、レベル3へ引き上げる上で重要なステップになる。
レベル3は、「特定条件下でシステムが運転操作を行う」もので、システムが運転を操作することになる。レベル2までは、ドライバーが主体でシステムは従の立場だ。これが、レベル3では逆転する。「レベル3」「レベル4」「レベル5」の段階では、人命損傷事故の責任がすべてシステムを提供した企業側に転嫁される。
こうなると、自動車メーカーは、慎重の上にも慎重を期すほかない。単なる功名心で、「全自動運転」などと気軽に宣伝できなくなる。テスラは、米当局から「全自動運転」なる言葉の使用を禁じられている。
トヨタは、「レベル3」以降の高いレベル実現に向けて技術開発の手を打った。生成AIが自動運転のクオリティーを大きく変えるという認識に立ったことだ。そこで、多くのパートナー企業との連携重視戦略に転換している。その一つが、NTTとの提携である。
NTT提携がプラス
トヨタは、「交通事故死傷者ゼロ社会の実現」を目指す、先進運転支援システム(ADAS)など車両の改良を進めている。ただ、これだけでは効果に限界があるので、車両やドライバーに加え、交通環境としてNTTの通信基盤「IWON=アイオン」を事故防止に生かすことになった。車と車、車と道路なども連携させて事故の予知や回避に役立てるとしている。
NTTは24年11月、名古屋市でシャトル便としてバス定期運行の実証実験を始めた。交通量の多い都市部における幹線道路で、自動運転車両による定期運行は全国初の取組である。運転席にドライバーが座る「レベル2」で、都市部の幹線道路を走るものの、将来は運転手なしで運行が可能になる「レベル4」の実現を見据えたデータ収集である。定期運行の実証実験は、往復9.3キロメートルを走る。片側3〜4車線ある大通りで、制限速度は時速60キロメートルだ。ここで得られるデータが、トヨタにとっても有益だ。
総務省は、「レベル4」の自動運転の普及に向け、2026年度にも専用の電波を割り当てる。車線合流や隊列走行といった、完全自動に近い安定した通信で自動運転の精度を高めるもの。米欧と同じ周波数帯にすることで、対応車両や関連部品の開発を後押しする。関連するルール制定などの環境を整えるものだ。これは、日本が全自動運転車で世界標準技術への「前準備」を意味する。「ガラパゴス化」を避けようという配慮であろう。
車両が、専用電波を通じて近くの車や道路上の管制設備と情報を直接やりとりし、人が介在せずに周囲の車の動きに合わせた車線変更、合流などができるようになるという。車載センサーやカメラの情報に追加することで、衝突を回避しやすくなるもの。ここで用いられるのは、NTTが開発した「IWON」とみられる。
IOWNは、光通信技術を基盤とした次世代ネットワーク構想で、低遅延・高容量・低消費電力を実現する。この技術は、自動運転車両間の通信や遠隔操作、リアルタイムデータ処理において極めて有効と太鼓判を押されている。特に、車線合流や隊列走行といった高度な自動運転機能には、安定した通信環境が不可欠である。IOWNの技術がその基盤を支えるとみられる。IWONは、次世代通信網「6G」の最有力候補である。世界標準技術化が予想される技術システムだ。日本にとって、「お宝技術」である。
トヨタは、ソフトが車両の機能や特徴を決める「ソフトウエア・デファインド・ビークル(SDV)」の開発を進めている。NTTとの提携では、この車載ソフトとNTTの通信基盤に加え、両社でAI基盤を開発して組み合わせることになった。データを収集してAIに学習させ、危険な状況を探知することで、ドライバーの運転を支援するのだ。
政府が描いている自動運転車へのスケジュールは次の通りだ。
1)2030年頃に 専用電波対応の自動車が普及
2)2040年頃に レベル4の自動運転が一般化
政府が、ここまで具体的なスケジュールを立てていることは、技術的な裏付けができているからだろう。
ラピダス裏方で大役
ホンダは、2021年3月に世界初のレベル3自動運転車「レジェンド」を発売した。この車は、「トラフィックジャムパイロット」という機能を搭載し、高速道路の渋滞時において一定条件下で自動運転が可能である。ただし、レジェンドは限定販売であり、普及率が高くないため、一般的な認知度や市場での影響力は限定的とされている。
ホンダが、トヨタに先行して自動運転車に取り組んでいることは、日本の技術水準の高さを証明するものである。このように、日本技術の厚みが全自動運転を実現させる上で必須条件になっている。
だが、これだけではない。国策半導体企業ラピダスの存在も重要だ。
ラピダスは、4月以降に「エッジAI半導体」の試作品を発表する。端末(エッジ)でAI(人工知能)機能を発揮するものだ。推論型AI半導体である。これが、全自動運転車に欠かせない「即断即決」機能を果す。学習型AIでないので、状況しだいで自ら判断する機能を持つのである。
全自動運転車(レベル5)が、推論型AIで動作する場合、日本の自動車メーカーが持つ「安全性へのこだわり」や「精密な技術」が、国際市場での競争力を大いに高める可能性がある。特に、日本の推論型アプローチは、多様な交通環境や複雑な状況に対応する柔軟性を備えており、世界中での普及条件に適した特性と指摘されている。
推論型AIを採用することで、次のような点が日本車の利点となる。
1)未知の環境への適応能力
新しい地域や未経験の交通条件にも対応可能で、国際展開がしやすくなる。
2)安全性の向上
リアルタイムでの判断能力が高まるため、事故リスクが減少し、利用者の信頼を得やすくなる。
3)国際基準への対応
世界各国が異なる規制を設ける中で、柔軟な推論能力を持つAIシステムは、法規制の違いにも迅速に対応できる。
日本経済は、最先端技術で見事に「カムバック」できる足がかりを得た。ラピダスの技術的発展は、国際的な支援網による盤石な形で支えられている。国際的支援網は、大きな支柱になっているが、日本の多くの人は無関心である。政府は、詳細な情報を公開しない「潜行型」を選んでいる。他国を刺戟しないという配慮であろう。
政府が、挙げた国家戦略による国際規格8業種中、デジタル・AI、モビリティ、量子技術の3業種に深く関わっている技術が、ラピダスの「2ナノ」最先端半導体である。すでに、「1.4ナノ」も製造可能になっている。日本経済を再生させる技術「母体」の一つは、ラピダスである。それほど、大きな貢献が期待されている。このラピダスは、27年量産化に向けて、海外から500人以上のスタッフ派遣を受け入れる契約も結んだ。現有500人の社員と合せ、1,000人態勢で本格操業だ。
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