司会の問題と言われてもよくわからないだろうから、まずはこちらを解説しておきたい。
ABCニュースの看板版ニュース番組である「ワールド・ニュース・トゥナイト」は、アメリカの番組の中でもハリスに最もやさしく、トランプに最も厳しいと指摘されている。
保守系のメディア評価団体のメディア・リサーチ・センター(MRC)によれば、ハリスが大統領選挙候補としてクローズアップされるようになった7月21日から9月6日までに同番組で放送されたすべての大統領選挙に関係する報道のうち、明らかにハリスに対して好意的な発言が25あったのに対して、否定的な発言はゼロであった。したがってハリスに対する肯定的な発言割合は100%となる。
これに対し、トランプに対して明らかに好意的な発言は5つにとどまる一方で、否定的な発言は66に達していた。ここからトランプに対する否定的な発言割合は93%ということになる。
このハリスに対する肯定度の高さ、トランプに対する否定度の高さは、同様の傾向を持つCBSのイブニング・ニュースやNBCのナイトリー・ニュースなどをも上回り、ぶっちぎりなのだ。
そしてこの「ワールド・ニュース・トゥナイト」の司会を行うデービッド・ミュアと、同番組の日曜版の司会を行うリンジー・デイビスが、今回のトランプとハリスの討論会の司会だった。
明らかなウソに、司会の印象操作…米大統領選「テレビ討論会」でハリスの優勢はこうして作り上げられた!(朝香 豊) @gendai_biz11日にABCニュース主催で、共和党トランプと民主党ハリスの両大統領候補者による討論会が開かれた。この討論会については、主流派メディアの一般的な評価では、ハリスの方が勝っていたとの見方が優勢である。例えばCNNは討論会後に63対37でハリスが勝ったと報じた。そこには大きな要因としては2つあり、1つはトランプの側の事前準備の不足で、もう1つは司会の問題である。
明らかなウソに、司会の印象操作…米大統領選「テレビ討論会」でハリスの優勢はこうして作り上げられた!
「63対37でハリス」というが
ABCニュース主催で、共和党トランプと民主党ハリスの両大統領候補者による討論会が開かれた。

この討論会については、主流派メディアの一般的な評価では、ハリスの方が勝っていたとの見方が優勢である。例えばCNNは討論会後に63対37でハリスが勝ったと報じた。
確かに討論会全体を通じての印象としては、ハリスが意外と善戦した雰囲気が伝わったのは事実だと思う。
そこには大きな要因としては2つあり、1つはトランプの側の事前準備の不足で、もう1つは司会の問題である。
司会の問題と言われてもよくわからないだろうから、まずはこちらを解説しておきたい。
ABCニュースの看板版ニュース番組である「ワールド・ニュース・トゥナイト」は、アメリカの番組の中でもハリスに最もやさしく、トランプに最も厳しいと指摘されている。
保守系のメディア評価団体のメディア・リサーチ・センター(MRC)によれば、ハリスが大統領選挙候補としてクローズアップされるようになった7月21日から9月6日までに同番組で放送されたすべての大統領選挙に関係する報道のうち、明らかにハリスに対して好意的な発言が25あったのに対して、否定的な発言はゼロであった。したがってハリスに対する肯定的な発言割合は100%となる。
これに対し、トランプに対して明らかに好意的な発言は5つにとどまる一方で、否定的な発言は66に達していた。ここからトランプに対する否定的な発言割合は93%ということになる。
このハリスに対する肯定度の高さ、トランプに対する否定度の高さは、同様の傾向を持つCBSのイブニング・ニュースやNBCのナイトリー・ニュースなどをも上回り、ぶっちぎりなのだ。
そしてこの「ワールド・ニュース・トゥナイト」の司会を行うデービッド・ミュアと、同番組の日曜版の司会を行うリンジー・デイビスが、今回のトランプとハリスの討論会の司会だった。
あまりに偏った2人の司会者
トランプ側はこの司会者の人選を当然嫌がったが、結局は受け入れないと討論会自体が成立しないので、渋々受け入れたということを、まずは理解しておきたい。そしてこの司会者の偏った進行に、ハリスは実際に大いに助けられた。
そしてこのことを理解するには、発言部分だけでなく、発言の背景も理解しなければならなくなる。
討論会の全体はかなりの分量になるので、今回はまず、冒頭に扱われた経済の部分と、その次に扱われた中絶に関する部分のみを扱っていき、この全体構図を理解したい。
さて冒頭に司会のミュアは、ハリスに対し、経済に関して、副大統領になる4年前との比較で今のほうがいいと思うかと質問をした。
これに対してハリスは、自分は中流階級の子どもとして育ち、中流階級と労働者を引き上げるための計画を持っているが、トランプは20%の売上税を課すという構想を持っていて、億万長者に減税する一方で中流階級の家族には年間4000ドルの負担増になるのだと話した。
4年前と比べて今の経済状態がよくなっているかを尋ねた質問に対して、この回答では全く噛み合っていないのがわかるだろう。
さらにハリスはトランプが売上税を課すという、明らかに情報として間違ったものを持ち出してトランプを攻撃する動きにも出た。
なお、ハリスが売上税と呼んだものは、トランプが打ち出している輸入品に対して課す関税のことで、関税がかかれば輸入物価が上昇することに繋がり、その値上がりの負担はアメリカの消費者が負うことになるということを表現したものであるが、明らかに不適切な言い方であった。
こうしたハリスの回答に対してミュアは、今の回答では質問の回答になっていないとか、事実に即していないとして、ハリスをたしなめるようなことを全くしなかった。ハリスの傷になりそうなことを意図的に避けているのは、わかる人が見ればわかるが、普通に画面を見ている人は気が付かないだろう。
ハリスに甘く、トランプはたしなめる
ミュアがトランプ側に同じ件についての回答を求めると、トランプはまずこの売上税という構想を自分は持っていないし、ハリスはそれはわかっていると発言した。そのうえで、トランプ時代に中国に対する厳しい関税政策を採用しても、インフレは起きなかったし、バイデン政権になってからもトランプ時代に設定された関税の引き下げをやらなかったことを指摘し、自分たちの政策が間違ってなかったということを、間接的に主張した。そのうえで、バイデン政権期には歴史的にも稀なインフレが起こり、最悪になった、問題を抱えた移民たちが大量に入ってきたから、彼らを連れ出さなければならない、それによって偉大な経済を取り戻すのだと発言した。
これに対してミュアは、移民と国境警備の問題は後で扱うとして、トランプをたしなめる発言を入れた。これにより、ハリスの発言には全く問題がなかったが、トランプの発言には問題があったかのように印象操作が植え付けられた。
そのうえで、ミュアは、ハリスに経済の話を続けることを求めた。
ハリスは、トランプは大恐慌以来の最悪の失業をもたらした、この100年で最悪の疫病の流行を招いた、南北戦争後最悪の民主主義の破壊をもたらしたとし、トランプがメチャクチャにしたことを自分たちはきれいにしてきたのだと発言した。トランプは嘘ばかりを言うし、トランプは再選されたら「プロジェクト2025」という危険な計画を実行しようとしているのだと、トランプを非難した。
これに対してトランプは、「プロジェクト2025」と自分は何の関係もないことを明らかにしたうえで、パンデミックが襲った後で自分たちは人工呼吸器、感染防御用のガウン、マスクを国内で一気に生産する驚異的な仕事を成し遂げ、パンデミック前よりも株価が高い状態にしたうえでバイデン政権に政権を引き継いだと話した。
疫病の流行は中国発の全世界的な現象であり、その流行を抑え込むための処置の結果として失業が大量に生まれたことをトランプのせいにするハリスの姿勢は明らかにフェアではない。だが、司会のミュアはやはりこの点でハリスをたしなめることはやらなかった。
なお、「プロジェクト2025」はシンクタンクのヘリテージ財団がまとめたもので、トランプの公式発表の政策とはかなり違いのあるものであり、トランプに結びつけて評価するのは問題があるはずだ。だが、ミュアはこの点でもハリスを問題視することを避けた。
一方トランプの反論は、事実関係に基づけば正確なものだと思う。
公正ではない論争
さて、ミュアは、ハリスが「国家消費税」と呼ぶ関税について深堀りしたいとし、ガソリン、食料、衣類、医薬品の価格が上昇することで、典型的な家庭には年間4000ドルの費用がかかるとハリスが主張していることを受け、トランプに対して、アメリカ人がそれだけの費用を支払う余裕があると思うかと質問した。
関税を「国家消費税」と呼ぶのは明らかに誤りであるのに、ミュアはそれを問題視してハリスに注意を与えることをせずに、逆にハリスの勝手な用語を事実を表現するものであるかのように扱った上で、トランプに質問をしているのだ。ここにも公正な扱いはなかったことがわかる。
これに対してトランプは、トランプ時代に関税分を支払ったのはアメリカ国民ではなく、輸出国側が輸出代金を引き下げたことで、実質関税分を負担したのは輸出国側だということを主張した。そのうえで、自分のときにはインフレは起きなかったではないか、だがバイデン政権になってインフレが亢進してひどいことになったと主張した。
これに対してハリスは、トランプ政権が歴史上最悪の貿易赤字をもたらし、貿易戦争をもたらし、中国に半導体を売って、中国の軍隊の近代化に貢献したのだと非難した。
このハリスの主張も明らかに誤りだ。トランプ政権期の貿易赤字額(年間5138億ドルから6540億ドル)は、リーマンショック前の子ブッシュ政権期の2期目(年間7110億ドルから7635億ドル)と比べると2割ほど少ない。その後のバイデン政権期の7734億ドルから9512億ドルの方が貿易赤字額として圧倒的に大きいだけでなく、アメリカ史上最大になったことからすれば、ハリスの発言は明らかに異常だ。
そもそも中国の脅威を認識して、中国に対するプレッシャーを掛けるようになったのはトランプであり、バイデン政権はその流れを引き継いだのではなかったか。こうした点でもハリスの主張は事実に基づかない。
こうした明らかに事実に反する話でも、ミュアはハリスを咎めることを全くしなかった。
中絶論争、トランプの失敗
ここで司会はデービスに変わり、話題は中絶問題になった。
トランプは中絶に関しては、全米で統一した基準を作るべきではなく、各州が州法で独自の基準を作ればよいとの立場だ。
そしてトランプが居を構えるフロリダ州では妊娠6週間までしか中絶を認めていない州法があり、この州法の是非について、11月の大統領選挙と同時に住民投票にかけることが決まっている。それでこの住民投票に関してのトランプの態度も求められているのだが、トランプが今の州法の規定の6週間は短すぎるんじゃないかと言ったら、恐らく熱烈な支持者からかなりの反対が出たのだろう。翌日には6週間で大丈夫だと判断を変えた。
デービスはこの件を取り上げ、このように判断を変える人物を信用すべきではないとハリスが主張しているのをどう思うかと尋ねた。
これに対して的確な答えができなかったのはトランプの失敗だと言うべきだろう。「私の個人的な見解がどうであれ、私は自分の見解を全米に押し付けるつもりは全くない。各州がそれぞれの州の事情に合わせて独自にルールを決めればよいとの考えは何度も表明している。私個人の考えが幾分変わったことに何の問題があるのか。州によって文化も気質も違うのに、全米一律のルールを作って従わせようという野蛮なことを考える必要はないだろう。なぜハリス民主党は全米一律でゆるい中絶のルールを作らないといけないと考えるのか」のように返せばよかったのではないか。
ところがトランプは、民主党は妊娠9ヶ月での中絶でも賛成していると言い、前のウェストバージニア州の知事は、赤ちゃんが生まれてきてからどうすればいいかを決めればいいと話したではないか、ハリスの副大統領候補のワルツも、妊娠9ヶ月での中絶を認める州法にサインし、中絶に失敗して生まれてきてしまった場合でも、その生命を奪うことは可能だとしていると話した。この回答は質問とは全く噛み合っていないだろう。ウェストバージニア州とバージニア州を取り違えているのもミスである。
ただ、バージニア州の話は軽く見過ごすべきものではない。2019年1月の段階で、バージニア州では民主党側から、かなり過激な中絶緩和法案が提出されていたのだ。
この法案では、出産間近の妊娠後期でも中絶を可能なものとし、中絶手術を行うのは指定病院だけという制限を外していた。また中絶の可否について、3人の医師が認めた場合という規定を1人の医師だけでよいとしていた。
そして当時のバージニア州知事が、この法案についての話をする中で、生まれ出た赤ちゃんを「中絶」扱いで死に至らしめることを容認するような発言を行っていたのも事実である。但し、一般には妊娠後期の中絶は特殊な事例だけだとされていて、当時のバージニア州知事は、出産後の「中絶」が可能なのは、重度の奇形があって生存の可能性が低い場合に限られるものであるのが前提なのだと釈明を行った。
だが問題の法案が可決されると、現実の運用においては、そうした建前通りにことが運ばなくなるのではないかということが問題視された。エゴの強い母親が、倫理観の薄い医師に対して、すでに生まれてきた赤ちゃんを中絶扱いにしてくれと依頼した場合に、できてしまうのではないかということが、懸念されたのだ。
結局当時の知事の発言が大きな波紋を呼んだこともあって、この法案は廃案となったのだが、生後の赤ちゃんでも親の都合で中絶扱いにされるようなことまで容認しようとする流れが、民主党の中にあることが明らかになった。トランプの発言はこうしたことを伝えているという点では、決して間違った発言をしているわけではない。
これは印象操作だ
だが、このトランプの回答に対して、デービスは、アメリカには赤ちゃんが生まれた後に殺すことが合法とされる州はないとコメントし、あたかもトランプが荒唐無稽なウソを垂れ流したかのような印象操作を行った。そのうえで、ハリスにトランプの見解を尋ねたのだ。
そうするとハリスは、たくさんの嘘を聞くことになるんだと私は話しましたよねと語り、トランプが嘘ばかり言っているんだという印象操作を行った。トランプが最高裁判所に3人の保守系の裁判官を送り込んだ結果、20以上の州で中絶が禁止になり、医師や看護師が中絶行為に関わると犯罪とされるようになった、しかもレイプや近親相姦でも中絶は禁止にされない、トランプが当選すると、全国的な中絶禁止が行われるのだと、明らかな嘘を並べた。
だが、ハリスが述べた、トランプが当選するとレイプや近親相姦でも中絶は禁止にされない、全国的な中絶禁止が行われるというのが嘘だということを、デービスは全く指摘せず、「ありがとう、ハリス副大統領」と述べて、トランプにバトンを渡した。
これに対してトランプは、また嘘だ、私は一律の禁止なんてやらない、州ごとに決定できるようになって、みんなが望む状態に戻ったのだと話した。
ここでデービスは、全米一律の中絶禁止法案が俎上に上がった時に、これに拒否権を発動するのかという、完全に空想的な仮定についてトランプに尋ねた。
これに対してトランプはveto(拒否権)とvote(投票)を勘違いしたのか、質問と全く噛み合わない回答をし、さらに民主党は学生ローンをなくすと言って大混乱に陥れることになったなどといったところに話が飛んでいった。
これに対してデービスは、イエスかノーかだけで答えてもらいたい、あなたの副大統領候補のJDヴァンスは、全米一律の中絶禁止法案が俎上に上がれば、トランプは拒否権を発動しないだろうと言っていると言い直した。
だがトランプは勘違いの修正ができずに、噛み合わない話を続けてしまった。
その後トランプは、ハリスは妊娠7ヶ月以降の段階での中絶を認めるのかについて答えるべきだと主張し、一方ハリスは、トランプは拒否権を行使するかの質問に答えていないという応酬が続くなかで、この中絶に関する議論は打ち止めにされた。
トランプがハリスに的確な打ち返しができなかったのは、トランプの準備不足や勘違いの側面も強い。だが、司会の進行の問題がそれ以上に大きかったことも理解しておきたい。
バイデン、ハリスは、そして大統領選で地元の歓心を買うという理由のみで、日本製鉄のUSスティール買収を阻止するという、アメリカの国益に反する愚かな政策を進めている。詳しくは、関連記事「いったい誰が得するのか…日本製鉄の『USスティール買収』阻止に動いている『犯人』と『思惑』」を読まれたし。
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