
西側諸国で蔓延する「ロシア経済崩壊論」の嘘八百を暴く

ロシア経済の弱点
アメリカでドナルド・トランプ政権が発足する直前になって、欧米諸国では、根拠があるとは思えない悲観論が頻繁に流れるようになっている。その背後には、もう少しウクライナ戦争を継続すれば、ロシアは必ず消耗戦に敗れるという、根拠のない希望があるようだ。
たとえば、昨年12月に『フォーリン・アフェアーズ』のサイトに掲載された、セオドア・ブンツェル(ラザード地政学アドバイザリーのマネージング・ディレクター兼ヘッド)、エリナ・リバコワ(ピーターソン国際経済研究所およびブリューゲルの非常勤シニアフェロー)の共著「ロシア経済はプーチンの最大の弱点であり続ける」では、ロシア経済の弱点があげつらわれている。
(1)戦時中の多額の支出と労働力の減少により経済が過熱し、ロシアのインフレ率は8%を超え、中央銀行は金利を20%以上に引き上げざるを得なくなった、(2)失業率は2%前後で推移しており、これは驚くほど低い数字である、(3)11月末には、ルーブルは2年で最低の水準まで下落した、(4)ロシアの予算も圧迫されている(現在、国防費はロシアの国家予算の3分の1を占め、社会サービスへの支出の2倍以上となっている)――といった問題点を指摘している。

今年に入っても、たとえば『The Economist』は、「経済の見通しがこれほど暗いなか、ロシアには時間がない」として、いまこそ、「ロシアに対する経済的圧力を高め、シャドー・フリート(影の艦隊)の使用を含め、制裁逃れを不可能にする必要がある」と主張している。
シャドー・フリートとは、錆びつき、保険もかけていないタンカーを使って、ロシア産の原油を秘密裏に世界中に輸送し、EUやG7が課しているロシア産の原油や石油製品の価格上限を蝕(むしば)んでいるシステムを意味している。
ロシア経済はすでに弱体化しつつあるのだから、もっと制裁を厳しくして、戦争を継続しろということらしい。
アレクサーシェンコらの議論
ここで紹介した悲観論の多くは、戦争継続をさせるための歪んだ議論と言えるのではないか。なぜなら、現実のロシア経済分析としては、間違っているからだ。
もう少し真摯にこの問題を考えれば、『ニューヨーク・タイムズ』が先月2日に記事「経済成長鈍化でロシアのエリート間に緊張が高まる経済成長の鈍化はクレムリンにとって懸念材料だが、戦争に大きな支障をきたすほど深刻ではない」で報じたように、実際のロシア経済は偏向したロシア経済悲観論とは異なっているようにみえる。

そこで、セルゲイ・アレクサーシェンコ(1993年から1995年までロシア連邦財務次官、1995年から1998年までロシア銀行第一副総裁、2014年よりワシントンDC在住)、ウラディスラフ・イノゼムツェフ(2011年から2014年までモスクワ大学コーポレート・ガバナンス学部長、高等経済学院教授。 2014年からはロシア国外で、人間問題研究所、戦略国際問題研究所およびジョンズ・ホプキンス大学、ドイツ外交政策協会などの研究センターで上級研究員として勤務。 2024年より欧州分析戦略センター[CASE]の共同設立者)、ドミトリー・ネクラーソフ(2012年から2013年にかけて、ロシア野党調整評議会の事務局長。昨年からはCASEの創設者兼所長)の共著論文「Надёжный тыл диктатора: российская экономика на фоне войны, CASE-Center, 2024」をもとに、ロシアの特殊性について熟知した専門家の意見に耳を傾けてみよう。
その結論は、「ロシア経済には不安定さを引き起こすような問題は存在しない」というものである。とくに、彼らは、「2022年1月から2024年9月までの間に、銀行預金はこのような短期間としては記録的な53.8%の伸びを示し、戦争継続に伴う不安感を軽減した」点に注目している。
インフレ率上昇の解釈の重要性
彼らは、預金の増加の重要性を強調している。なぜかというと、自国内に自国通貨以外にドルが深く流入・蓄積されている国では、自国通貨安になると、自国通貨を売ってドルに換える動きが広がり、それが自国通貨の売りに拍車をかけるからだ。
ロシアの場合、ルーブル建てでみたインフレ率の向上に対して、ルーブル建ての預金金利が引き上げられたことで、ルーブル預金が急増した。つまり、国民はルーブルという自国通貨をまだ信頼していることが示されたことになる。
この点こそ、彼らが「ロシア経済安泰説」をとる核心部分だ。ロシア、トルコ、アルゼンチンなどの中進国や新興国では、自国通貨だけでなく外貨(とくにドル)が、決済に利用されたり預金されたりしている。すなわち、二重通貨制のような状況にある。こうした国では、自国通貨がインフレになっても、自国通貨を外貨に移行して厳しいインフレに抵抗することができる。

ロシアの場合、2014年以前であれば、ロシア国内にドルが浸透していたから、ルーブル安を見込んでドルを買う動きが広がり、それがルーブル安やインフレ加速につながったかもしれない。しかし、いまのロシアでは、ルーブルを信じてとりあえず、比較的高金利のルーブル建て預金をする者が多い。
それは、通貨ルーブルのインフレによる将来の目減りまでは予想していないからにほかならない。もし将来、ルーブルの目減りを予測していれば、ルーブル預金ではなく、ルーブルを売って人民元建て預金のようなものに流れるかもしれない。しかし、実際にはそうなっていない。
しかも、銀行にルーブル建て預金が集まれば、その預金を使って、ロシア政府の発行する債券を購入することもできるようになる。経済がうまく循環できる。加えて、ロシア政府発行の国債残高の対GDP比は低水準にとどまっているからだ。
昨年4月段階でIMFが予測したところでは、ロシアとその構成団体の債務総額は、2023年の19.7%から2024年にはGDPの20.8%になる。財政赤字を賄うために国債を発行する余力が十分に残されているのだ。ちなみにアメリカの場合、米議会予算局は、米国債が昨年末のGDP比約99%から今後上昇していき、2054年までにGDP比166%に達すると予測している。
今後の展望
昨年11月20日、アレクサーシェンコらの共著論文の著者の一人、イノゼムツェフは『モスコー・タイムズ』に登場し、ロシア経済について語っている。彼の現状認識は、つぎのような内容である。
「財政収支の管理は改善されつつあるが(2025年の予算がほぼ赤字なしになる可能性は依然として高い)、軍事費は一方では企業への圧力を強め、他方では収入を増やし、需要とインフレを煽る。ロシア中銀の主要金利は非常に高く、今年半ば以降の企業や組織の均衡した財務実績は、2023年の数字に達していない。ルーブルの為替レートは下落しており、輸入のための外貨購入の可能性にも問題がある。」
ゆえに、彼は、「景気減速の兆候は明らかである」と書いている。それでも、最終的な結論としては、「2025年と2026年の経済の安定を脅かす可能性は低い」とのべている。

さらに、インフレ下の経済停滞を意味するスタグフレーションは、「起こらない」と断言している。そのうえで、「インフレ率は来年から緩やかに低下し始め、経済成長が止まることはないだろう」とのべ、楽観的な見通しを変更していない。
とくに、金利上昇のなかで、預金が急増している点に注目している。この点は、すでに紹介したように、アレクサーシェンコらの論文でも指摘されている。
露骨な情報操作
昨年4月に公表された論文「戦争の永遠のエンジン」では、「政府高官は、原油が1バレル60ドルを割り込み、インフレが再び加速する可能性があることを念頭に置き、『非従来型』の財源を探している」としたうえで、「その一つがロシア人の個人貯蓄だ」と書いている。
「個人はロシアの銀行に45兆ルーブルを預けているが、そのうち約8兆ルーブルは満期が1年以上の預金である」として、当局はこの短期預金をターゲットにして経済に呼び込む仕組みを考案しようとしているのだという。
個人投資口座、3年間の取消不能貯蓄証書、非政府年金基金への預金などである。「市民の資金を受け入れた基金は、もっとも確実な手段として国内国債の購入を増やすことができるのは明らかだ」と説明している。

このようにみてくると、「ロシア経済はすぐにでも破綻する」といった論調は、ロシア経済の現実をまったく無視しているようにみえる。例によって、ウクライナ戦争を継続するための世論づくりのために、「もう少し戦争をつづければ、ウクライナの勝利につながる」といった、まったく根拠のない希望的観測が主要マスメディアによって広められつつあるのではないか。
こうした情報操作は、実に露骨に行われている。しかも、ロシア経済や旧ソ連経済について造詣(ぞうけい)の深くない「似非(えせ)専門家」ほど、こうした情報操作に加担している。だからこそ、気をつけてほしいのだ。
私は、ロシア科学アカデミー付属中央数理経済研究所の主宰する学術誌『現代ロシアの経済学』の編集委員として、たくさんの論文を読む機会を得てきた。その結果として、世界中の学者・研究者を簡単に信用してはならないことを知っている。もちろん、だれを信頼するかの判断するのは、一人ひとりの読者である。どうか、だまされないでほしい。
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