・・・少しでも外国に暮らしたことのある人間であれば、日本のカスタマーサービスの素晴らしさには改めて感動するはずです。
我々は生活のあらゆるシーンでカスタマーサービスに接しています。ショッピング、レストラン、ホテル、駅、病院、美容院、保育園、老人介護施設、結婚式場、葬儀場、銀行、ゴルフ場、コールセンター、ありとあらゆるところで最良のサービスを受けることができます。・・・
こうした日本のような良質のサービスは諸外国で簡単に真似できることではありません。長い歴史と教育に裏打ちされてはじめてできる技だからです。
日本企業が元気を取り戻す近道。
世界ダントツのサービス品質が未来を拓く
■1.ガラパゴス化
最近、日本の技術は「ガラパゴス化」しているとよく言われる。南太平洋で、南米大陸から900キロも隔絶したガラパゴス諸島では、ゾウガメやイグアナなど、独自の進化を遂げた種が多く存する。それと同様に、日本の技術も世界と隔絶してしまっており、そのために世界市場に打って出ることもできず、孤立した国内市場の中でのみ生き残っている、という見方である。
その典型的な例として挙げられるのが、携帯電話である。日本独自の通信方式に固執した結果、海外メーカーの日本市場参入を難しくするとともに、日本メーカーの海外進出も阻害した。
2009年の世界の携帯電話市場の生産量は12億台だが、シェア1位は「ノキア」(フィンランド)の4億4千万台強、36パーセント、第2位は「サムソン」(韓国)の2億3千万台強、20パーセント、第3位は「LG(ラッキーゴールドスター)」(韓国)1億2千万台強、10パーセントとなっている。フィンランドや韓国など、市場の小さな国のメーカーが、国際市場に出て、大きなシェアを稼いでいる。
一方、日本国内市場トップのシャープは520万台と言うから、世界シェアではわずかに0.4パーセントである。日本企業は世界でトップレベルの技術を持つと言われながら、この内弁慶ぶりはどうだろう。
ガラパゴス諸島のゾウガメは島内でこそ我が物顔にのし歩いているが、外では生きていけない。これが「ガラパゴス化」現象である。
■2.海外の売り場では見かけなくなった日本製品
かつては世界市場を席巻した日本のエレクトロニクス製品は、今や海外では見る影もない。
欧米のスーパーに行くと、液晶テレビ売り場で並んでいるのは、サムスンやLGばかりで、隅の方にソニーが少し置いてある、というのが一般的な光景である。世界シェアを見ても、1位サムソン(23パーセント)、2位LG(13パーセント)、3位にようやくソニー(11.5%)が登場する。
パソコンでも、1位ヒューレット・パッカード、2位エイサー、3位デル、4位レノボと来て、ようやく5位が東芝である。
日本では、テレビでもパソコンでも日本製品が売り場の中心を占めているので、日本企業はまだまだ強いと思ってしまうが、一歩、国外に出ると、ほとんど売り場では日本製品を見かけない、というギャップに驚かされてしまう。
日本が「世界の工業大国」というイメージは急速に失われつつある。
■3.日本企業が圧倒的なシェアを誇るゲーム機
しかしエレクトロニクス製品で、日本企業が頑張っている分野がある。ゲーム機である。2009(平成21)年の世界シェアは、1位任天堂66パーセント、2位のソニーが40パーセントと、2社で96パーセントを占めている。ちなみに3位の米マイクロソフトは3パーセント強に過ぎない。
日本企業が脱落した携帯、液晶テレビ、パソコンと、未だに圧倒的なシェアを誇るゲーム機の違いはどこにあるのか。
一つは、携帯、液晶テレビ、パソコンなどはハード単体であり、電子部品を買い集めて組み立てれば、そこそこの製品は作れる。デザインや性能で差別化する事は難しく、あとは価格勝負となってしまう。
こういう商品は人件費などの安い国の方が有利である。現在はサムソンやLGなど韓国系が制覇しているが、中国系企業が急速に追い上げている。
一方、ゲーム機はハードそのものよりも、ゲーム・ソフトの質、豊富さが決め手になる。したがって、どれだけ多くのソフトハウスが自社のゲーム機用のソフトを開発してくれるかが、鍵である。そしてゲームソフトの分野では、我が国は昔からマンガやアニメの伝統があり、他国が一朝一夕には真似できない力を持っている。
この点で、サムソンやLGがいかに安いゲーム機を作っても、ソフトがなければ、誰も買ってくれない。逆に、任天堂やソニーは、ハードのほとんどを中国の台湾系企業「鴻海(フォックスコン)」という従業員60万人の巨大製造企業に作らせているから、たとえ互換ハードを作っても価格で勝てる見込みもない。
「もの作り」は我が国の伝統的な強みであるが、単にどこでも作れるようなものだけ作っていても未来はない。独自の付加価値によって差別化しなければならない。
■4.文化伝統が差別化の源泉
我が国は、単なる「モノ作り」から脱却して、ソフトやサービスという無形の価値を提供して、日本の優れたカルチャーを世界に売り込むべし、と提唱しているのが、元ソニー・チャイナ会長・小寺圭氏の近著『ヘコむな、この10年が面白い!』である。
日本の経済的衰退に「ヘコむ」ことなく、自らの優れた文化伝統を財産に、新しい産業を興していこうという著者の主張は、多くの日本人に希望を与えうるものである。
そこでは環境・エネルギー、観光など、いくつかの分野が論じられているが、本稿ではサービス産業に絞って紹介したい。著者はこう主張する。[1,p160]
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・・・少しでも外国に暮らしたことのある人間であれば、日本のカスタマーサービスの素晴らしさには改めて感動するはずです。
我々は生活のあらゆるシーンでカスタマーサービスに接しています。ショッピング、レストラン、ホテル、駅、病院、美容院、保育園、老人介護施設、結婚式場、葬儀場、銀行、ゴルフ場、コールセンター、ありとあらゆるところで最良のサービスを受けることができます。・・・
こうした日本のような良質のサービスは諸外国で簡単に真似できることではありません。長い歴史と教育に裏打ちされてはじめてできる技だからです。
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■5.日本の家電量販店のサービスはすごい
日本の良質のサービスの一つとして、家電量販店を挙げているのは、いかにもソニーで長らく営業を担当していた小寺氏ならではの指摘である。[1,p162]
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どこがどうすごいのか、まずはディスプレー(展示)です。商品の特徴がひと目でわかるばかりではなく、売れ筋がどれかも、聞くまでもなく見ているだけで分かります。店員さんはほとんど知らないことがないほど商品知識が豊富です。
それに加えてポイントシステムでお客さんの囲い込みを行い、IT機器であれば通信回線のサービスも売ったり、テレビの衛星放送のサービスもどうですかと声をかけます。
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客には見えない部分のオペレーションはもっと進んでいて、商品モデル毎の売上・利益管理を毎日行い、売れ筋モデルの特定と適正在庫の管理を行う。客の動線(歩く順路)分析、チラシの効果測定などは常識である。
2003(平成15)年に氏が中国へ初めて赴任した時に、日本とよく似た家電量販店ができていたので、「中国もここまできたか」と感じた。しかし、その実態はひどいものだった。
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店員同士でおしゃべりしていて、お客さまはほったらかしです。商品のPOP(店頭販促物)があまりないので機能やスペックがわからない。ポイントシステムもありますが、その申し込み方が複雑面倒なので、客は結局諦めるなどなど、およそサービスの精神に欠けているものでした。
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■6.「イトーヨーカドーが負けることは絶対ない」
小寺氏は、かつてイトーヨーカドーの鈴木俊文社長と交わした会話を紹介している。ちょうどアメリカの「ウォールマート」の日本進出がマスコミで騒がれていた頃である。売上40兆円の超巨大スーパーが上陸したら、当時、セブンイレブンと合わせても売上2兆円程度のイトーヨーカドー・グループはひとたまりもないだろう、という声に対して、鈴木俊文社長はこう小寺さんに言った。[1,p165]
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日本のスーパーマーケットはものをたくさん並べ、安く売ればよいというものではない。日本のお客さんのニーズに対しては大変キメの細かい対応が必要である。
アメリカのように2、3週間分の食糧を一時に買い込むお客さんが全体のどれだけいるか。日本にはほんの1パーセントぐらいしかいない。多くのお客さんが毎日の惣菜を必要なだけ買いにくる。その日の天気にも左右されるから、あらかじめ長期天気予報を調べ、それと週間天気予報を合わせ見ながら、店に並べる商品を変える。
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そのために、気象予報士より気象に詳しい人間がいる。こんなキメの細かいマーチャンダイジングがウォールマートにできるわけがないから、イトーヨーカドーが負けることは絶対ない、と鈴木社長は言い切った。
その後、平成14(2002)年、ウォールマートは西友を傘下にし、さらに平成20(2008)年には1千億円を注ぎ込んで、完全子会社にした。それでも売上シェアは低迷し、赤字が続いている。
■7.「卓越企業」成都イトーヨーカ堂
イトーヨーカドーは国外でも元気で、「ガラパゴス化」とは無縁のようだ。中国では北京と四川省で14店舗を設立している。
四川省は三国志の諸葛亮孔明でおなじみのかつての蜀の国だが、その省都、成都市の中心街は今や銀座と見まごうばかりの繁華街となっている。
立派な外観のデパートやスーパーがあちこちに並ぶが、これ見よがしの建物の中で、日本人には見慣れた、あの清楚な鳩の看板がかえって目立つ。
その同社の幹部の一人からお話しを伺ったことがあるが、当初雇った店員たちはお客に釣り銭を投げて返す、というようなレベルだった。それを何年も教育して、ようやく「ありがとうございます」と自然に言えるようなったという。
同店のサービスの質の高さが評価され、2008年に行われた中国の商業・サービス業の近代化・改革開放に貢献した人物・企業の表彰で、成都イトーヨーカ堂の総経理・三枝富博氏が外国人で唯一、最高ランクの「功績人物」として表彰され、成都イトーヨーカ堂も「卓越企業」に選ばれた。[2]
筆者も店内で買い物をしてみた。カバン売り場で商品を見ていると、店員がそばに寄ってきたが、押しつけがましくなく、にこやかに近くに立って、何か聞かれたら答えようと待っている。
「こんなカバンが欲しいのだけど」と言うと、「それならこれはいかがでしょうか」といくつか、良さそうなものを並べて、違いを丁寧に説明してくれた。英語で話した点以外は、日本で買い物をするのと全く変わらなかった。
店内は夜8時頃にも関わらず、夕食後の家族やカップルで大賑わいであった。その後、近くの別のデパートにも入ってみたが、建物ばかりは立派だが、客はまばらで閑散としていた。
成都イトーヨーカ堂の商品は決して安くはなく、ジーンズなども1万円近いものが並んでいる。それでも、質もデザインも良いものを、心地よいサービスで売る、という日本流の商売が中国人客の心を掴んでいる様子が見てとれた。
■8.「お陰様」の文化伝統
日本以外の多くの国では、販売とは「商品と現金との交換」であり、対等な商行為という考えであろう。だから、客が物色している間に店員同士でおしゃべりしていても構わない、という事になる。
日本の売り場が全く違うのは、「お客さま」の「お陰」で商売が成り立っている、という感じ方である。それは、顧客に商品を買っていただく事で、店の経営が成り立ち、店員は給料が貰える、という金銭的な次元だけではない。
客に喜んで頂くことが、店員の働きがいをもたらす、という精神的な意味合いもある。そしてお客さまにさらに喜んで貰おうとすれば、にこやかな応対、客にとってより良い商品の選択、開発、展示、さらにはチラシのデザインや、バーゲンのタイミング、ひいては天候にあった商品の陳列などと、工夫が進む。
単に利益を増やそうとか、給料を上げて貰おう、という金銭的な動機だけでは、なかなかここまでの心配りは出てこない。「お客さまのお陰」という姿勢が、我が国での高いサービスの質を生み出している、と考えられる。
欧米でも、事業理念としてこういう考え方を徹底して素晴らしい成果を上げている企業もあるが、国民全般に「お陰様」という感じ方が広く浸透している文化伝統こそ、我が国独自の強みである。
この文化伝統の源流は、かつての近江商人が唱えた「三方よし」にさかのぼる事ができるだろう。商売は「売り手よし、買い手よし、世間よし」で、売る方、買う方、そして社会全体のためになるものでなくてはならない、という考え方である。
考えてみれば、我が国の製造業がかつての繁栄を失いつつあるのも、単に良い物を安く作れば売れるはずだ、という「売り手」のみの発想で、「買い手よし、世間よし」の視点を見失ってしまったからなのかも知れない。
もう一度、「お陰様」「三方よし」というご先祖様の知恵に立ち戻ることが、日本企業が元気を取り戻す近道なのではないか。
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