誰が予想した? AIとグーグルが席巻した2024年のノーベル賞

科学論
誰が予想した? AIとグーグルが席巻した2024年のノーベル賞 変わりゆく科学のアプローチ、ノーベル賞はあるべき姿は | JBpress (ジェイビープレス)
2024年のノーベル物理学賞は機械学習の基礎原理の発見・発明に、化学賞はタンパク質の設計と、機械学習を利用したタンパク質の構造予測に授与されました。この受賞に、研究業界の人々は衝撃を(1/4)

誰が予想した? AIとグーグルが席巻した2024年のノーベル賞

2024年のノーベル化学賞発表の様子。(写真:新華社/アフロ)

(小谷太郎:大学教員・サイエンスライター)

 ノーベル賞は秋の季語です。10月7日の生理学・医学賞を皮切りに、今年もノーベル賞が発表されました。

 ノーベル物理学賞は機械学習の基礎原理の発見・発明に、化学賞はタンパク質の設計と、機械学習を利用したタンパク質の構造予測に授与されました。

 この受賞に、研究業界の人々は衝撃を受けました。

 機械学習というのは世間でおおざっぱに「AI」と呼ばれる技術の基礎で、つまりAIの基礎と応用がノーベル物理学賞と化学賞を獲ってしまったのです。しかも受賞者5人中3人がグーグルの関係者です。20世紀には誰も予想しなかった新展開です。

 また、ノーベル賞は頑迷なほどの実験重視で知られています。いかに画期的で優れた理論研究であっても、実験によって実証されなければ、ノーベル賞が授与されることはまずありません。例えばブラックホールの「ホーキング放射」を理論的に導いたスティーブン・ホーキング教授は、ついにノーベル賞を受賞しませんでした。

 それなのに今年のノーベル賞選考委員は、コンピューター科学という、他の分野から「あれは自然の法則を研究する学問ではない」とか「人間の作った問題を解いているにすぎない」とか「実在する物の理(ことわり)を研究するものではなく仮想科学だ」などと陰口を叩かれている分野に、両手(もろて)を挙げてサレンダーしてしまったかのようにみえます。

 これは来たるべきAI時代の先触れでしょうか。今後のノーベル賞はどうなってしまうのでしょうか。どんどんAI関連の研究が賞を獲って(それはそう)、これまで科学の王道を自称してきた「正統派」物理学は凋落し、やがては隅に追いやられるのでしょうか。科学の観点から解説いたしましょう。

ノーベル化学賞はタンパク質構造の設計と予測に

 2024年のノーベル化学賞は、計算によるタンパク質の設計の功績と、タンパク質構造の予測の功績に、2分の1ずつ授与されました。前者は米国ワシントン大のデイヴィッド・ベイカー教授(1962-)が、後者を英国グーグル・ディープマインドのデミス・ハサビス博士(1976-)とジョン・ジャンパー博士(1985-)が受賞しました。主に後者について説明しましょう。

 タンパク質は、生命が生命活動のために利用している複雑な形状の分子です。あなたの体内では今この瞬間もさまざまな種類のタンパク質が盛んに合成され、化学反応の触媒として、細胞を形作るパーツとして、ミクロな建設機械や工作機械として、情報伝達物質として、その他まだ解明されていない複雑かつ重要な役目を担ってばりばり働いています。

 基本的にタンパク質は、アミノ酸という部品が数十個〜数万個も鎖のように連結された、ひも状の分子ですが、このひもがあちこちで折れ曲がり、たたまれ、あっちの部位とこっちの部位がくっついて、立体構造が完成すると、高度な機能を発揮します。

 生命はアミノ酸の鎖を器用に折りたたんで、立体的な構造のタンパク質を作るのですが、人間がアミノ酸配列から立体構造を予想しようとすると、これが非常に面倒で厄介なのです。まともに計算しようとすると、超高速の計算機が膨大な計算時間をかけてもうまくいかない難問です。研究者は何年も、うまい予想方法はないものかと探し求めました。

衝撃のアルファフォールド

 そういう状況下の1994年から開催された「CASP(Critical Assessment of protein Structure Prediction)競技会」は、タンパク質構造を予想する技術を競う大会です。腕に覚えのある(?)プログラムやアルゴリズムが世界から出場し、出題されたアミノ酸配列からタンパク質構造を予想し、実際の構造に最も近かったものが優勝するという趣旨です。1994年に始まり、毎年開かれています。

 最初の数年は、どのプログラムも大した性能ではなかったのですが、2018年に「アルファフォールド」という、AI技術を用いた手法が登場し、停滞気味だったそれまでの記録を一気に10%も上回るスコアを叩き出して話題となりました。

 それ以来CASP競技会は、アルファフォールド・チームの進歩を観察する会と化していたのですが、2020年には、改良版の「アルファフォールド2」の行なう予想が、実際のタンパク質構造と約90%の「精度」で一致しました。ついにAIによるタンパク質構造予想が実用レベルに達したのです。

 現在、アルファフォールド2のプログラムと学習用データは世界に公開され、すでに200万種以上のタンパク質の構造が計算されています。これにより医薬品開発、医学、生物学に革命的進歩が現在形で進行中です。これが今回のノーベル化学賞の受賞対象です。

グーグル、ノーベル賞を席巻

 アルファフォールドはAI技術を売り物にする企業「ディープマインド」の(無料の)製品です。今回受賞のハサビス博士とジャンパー博士はディープマインドの所属で、ハサビス博士はディープマインドの創立者の一人でもあります。ディープマインドはまた、碁をプレイするプログラム「アルファ碁」の開発でも知られています。アルファ碁もまた機械学習を応用したAIで、その強さは人間を圧倒します。

 ディープマインドは現在グーグルの傘下にあるので、ハサビス博士とジャンパー博士の受賞はグーグル関係者の受賞といえます。

 実は2024年のノーベル賞受賞者の中には、他にもグーグル関係者がいます。物理学賞は、機械学習技術の基礎原理を発見・発明した功績で、米国プリンストン大のジョン・ホップフィールド教授(1933-)とカナダ・トロント大のジェフリー・ヒントン名誉教授(1947-)が2分の1ずつ受賞しました。ヒントン名誉教授は「AIの父」と呼ばれ(る人々の一人で)、かつてグーグルに所属していました。ただし現在は辞めていて、最近はAIが社会に悪影響をおよぼす可能性を指摘しています。

 大学や国立の研究機関ではなく、企業の研究者がノーベル賞をもらうことは珍しいことではありません。日本でも島津製作所の田中耕一氏が2002年にノーベル化学賞を受賞しています。しかしこれまでの受賞企業はほとんどが、島津製作所やIBM、ベル研究所など、ハードウェア(機械装置)を製造・販売するメーカーでした。それが今年は、ソフトウェアを開発する企業がいきなり3人も受賞者を出したのです。

 これは極めて示唆的で象徴的なできごとです。

21世紀はノーベルAI学賞が新設される?

 ノーベル賞は、人類に大きな貢献をした者を表彰する目的をもって、1901年に創設され、以後(数回の中断はあるものの)120年以上にわたって、研究者や文学者や活動家などに授与されてきました。自然科学の分野では、生理学・医学と物理学と化学の3分野がノーベル賞の対象となっています。ノーベル賞が創設された当時、この分野が人類の利益に貢献著しい科学分野だということに、特に異論はなかったでしょう。

 しかし科学という営みは、進歩とともに、内容や重心が変化していくものです。19世紀は化学の時代と呼ばれましたが、20世紀は物理学の時代でした。1920年代に、ミクロな物体の物理法則である量子力学が発見され、物理学は予想外の跳躍を遂げました。化学は量子力学の手法なしでは成立しなくなり、ノーベル化学賞は量子力学の成果にも与えられるようになりました。

 また、周期表に未記載の新しい元素を発見することは、重要な科学的業績です。これは従来、例えば鉱石を溶かしたり分析したりするといった化学的手法が中心でしたが、20世紀には、粒子加速器で原子核を合成するという物理学的手法で行なわれるようになりました。

 つまり、科学の重心が化学から物理学へ移動したのです。

 量子力学と並んで、20世紀の科学を変えたもうひとつの発見があります。生物の遺伝情報がDNAという物質に記録されるしくみが判明したのです。DNAやそのしくみの研究は分子生物学と呼ばれ、たちまち人類の興味関心の中心となりました。生命の仕組みは精妙で意外で、分子生物学は次々と驚きの新発見を報告しました。ノーベル生理学・医学賞も化学賞も、分子生物学分野への授与を連発するようになりました。ノーベル分子生物学賞が必要な勢いです。

 さて2024年のノーベル賞は、物理学賞がAIの基礎原理に、化学賞がAIの応用に授与され、突如として3分野のうち2分野がAI研究に占められました。そして受賞者の背景には、AI研究をリードする巨大ソフトウェア企業グーグルの影が見えます。

 今回の授与はもしかしたら21世紀の科学を暗示しているのかもしれません。20世紀に化学から物理学へのシフトがあったように、今度は「科学の王道」物理学から、コンピューター科学あるいはいっそ「AI学」へ、科学の重心が移り変わっていくことの予兆なのかもしれません。20世紀の社会と生活を量子力学の応用製品(電子機器、レーザー、原子力、医薬品、・・・)が劇的に変えたように、今世紀はAIの応用製品が革新するのでしょう。

 21世紀のノーベル賞は、分子生物学とAI応用技術が次から次へと奪っていくと予想されます。かつてはIBMやベル研などのハードウェアメーカーが受賞者を輩出したように、グーグルなどのIT企業が常連となるでしょう。

「ノーベルAI学賞」あるいは「グーベル賞」が、新たな時代の賞として必要になるのかもしれません。

 今後の動向に注目です。

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