
人々を畏怖させた「最古の自動ドアのしかけ」が凄すぎる…なんと、神秘の発明家が目をつけたのは「気体の性質」

エアコンや冷蔵庫にも使われる「原理」
このシリーズでも紹介してきたように、アルキメデスやクテシビオス、ウィトゥルウィウス、ヘロンら、古代ギリシャの技術者によって発明されたものは、じつに多種多様である。
残念ながら、そのすべてを紹介することはできないが、シリーズの締めくくりとして、現在のエアコンや冷蔵庫にも通じる、気体の性質を巧みに使った“自動扉”を紹介しておきたい。

2000年前の神殿に“自動扉”が!
最近の公共施設やスーパーマーケット、デパートなど、人がたくさん集まる建物のドアはほとんど“自動”になっている。
驚くべきことに、世界で最初の自動ドアは、およそ2000年前の古代ギリシャの神殿に現れている。製作者は、お馴染みのヘロンである。
以下、ヘロンの自動ドアについて述べるが、神殿の雰囲気を出すために“ドア”ではなく“扉”という言葉を使うことにしよう。
舞台装置のような“大仕掛け”
司祭が神殿の外の祭壇に火を灯して呪文を唱えると、神殿の扉が、まるで魔法のごとく、誰の手を借りることもなく自然に開いた。
当時のギリシャ人は、その自動的に開く扉を見て、司祭の“超能力”、神への信心をいっそう篤(あつ)くしたことだろう。
ヘロンの自動扉の構造の概略を次の図に示す。

現在の自動ドアのほとんどすべては、左右に開閉するタイプのものであるが、ヘロンの自動扉は両側で回転開閉する“観音開き”である。祭壇以外の舞台装置のような大がかりな“仕掛け”は、すべて神殿の扉の下に隠されている。
扉が自動的に開くしくみ
かがり火が灯されないときは、バケツとおもりの平衡が保たれ、扉は閉じた状態になっている。祭壇の中の空気室と水槽がパイプでつながれ、それぞれは気密が保たれている。
祭壇の燭台でかがり火が灯されると、その熱で空気室の空気の体積が膨張し、空気室内の圧力が高まる。その結果、空気室の空気がパイプを通って水槽に入り、水槽内の水面が押し下げられて、水がサイフォンを通ってバケツに流れ込む。
すると、それまで保たれていた平衡が崩れ、バケツが下降して、定滑車を経てロープが回転軸を回転させる。この回転軸の動きに連動して扉が開くしくみである。
かがり火が灯されてから、どれくらいの時間で神殿の扉が自動的に開いたのだろうか?
閉じるときはどうする?
残念ながら、扉が自動的に開くまでの時間は知る由もないが、古代の人々が司祭の“超能力”に驚き、神への信心を篤くしたとすれば、“実用的な時間”以内に開いたことだろう。
閉じるときにはどうすればいいか。
かがり火が消され、空気室の温度が低下するにしたがって体積が収縮し、圧力が下がるのでバケツからサイフォンを通って水が逆流する。軽くなったバケツは上昇し、回転軸を逆回転させることで扉は元の閉まった状態に戻るのである。

気体の性質を巧みに利用
サイフォンを通じて水が逆流するのは、空気室の圧力がバケツの水面を押す圧力、つまり大気圧(1気圧)と等しくなろうとするからである。
これは、気体の物理的な性質を巧みに利用したものであるが、ここで読者は、学校で習った「気体に関する法則」を思い出さないだろうか。
たとえば、なるべく低温に置かれた空のペットボトルの栓を閉め、それを炎天下に放置すれば、栓が飛ぶか、容器自体が破裂する可能性がある。高温になったペットボトル内の空気が膨張し、ボトル内の圧力が大きくなるからだ。
温度の上昇に応じて膨張するのは、液体や固体でも同じだが、気体の場合は温度・体積・圧力の関係がきわめて明瞭に実感できるのである。
「ボイルの法則」と「シャルルの法則」
閉じ込められた気体の圧力と体積との関係を最初に定量的に明らかにしたのは、イギリスのボイル(1627〜1691)である。圧力をP、体積をVとすれば、
P・V=一定
という関係があり、これを「ボイルの法則」とよぶ。
気体の温度と体積との定量的な関係については、フランスのシャルル(1746〜1823)が明らかにした、
V/T=一定
という関係があり、これを「シャルルの法則」とよぶ。

「理想気体」とはなにか
ボイルの法則とシャルルの法則を合体させると、
P・V/T=一定
が得られる。
これを「ボイル・シャルルの法則」とよび、この法則が成り立つ気体を「理想気体」という。
現代人が計り知れない恩恵にあずかっている冷蔵庫や冷凍庫、エアコンなどの冷却・冷暖房装置は、いずれもボイル・シャルルの法則を応用したものである。
確かに、気体の温度・体積・圧力の関係を〈定量的〉に明らかにしたのはボイルとシャルルである。
しかし、それらの〈定性的〉な関係は、彼らの時代をさかのぼること1800年ほど前のヘロンがつとに熟知していた。その知識を、ヘロンは実際に神殿の自動扉として応用したのである。
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