
空から降ってくる「地球外物質X」…素粒子とはいったい何者なのか

空から降ってくる「地球外物質X」
私たちは原子でできていて、その原子をどんどん細かくしていくと、アップクォーク、ダウンクォーク、電子という3種類の素粒子にまで分解できます。私たちの身の回りのものはすべて、この3種類の素粒子からできています。では、この宇宙はアップクォーク、ダウンクォーク、電子の3つだけでできているのでしょうか。
実は、この宇宙にはもっとたくさんの素粒子が存在しています。ものをつくっている素粒子は3種類だけなのですが、何もないと思っていた空間をよく調べてみると、いろいろな素粒子が飛んでいたのです。

これらの素粒子は、宇宙からやってくる放射線(宇宙線)が大気中の窒素や酸素などの原子核にぶつかることでつくられます。このようにしてつくられる素粒子の1つがミューオン(ミュー粒子)です。
普段の生活ではまったく聞かない名前です。実は、発見した当時の物理学者たちも「何だ、それは!?」と思いました。というのも、ミューオンはものをつくるのにはまったく関係なく、何に使われているのかがわからなかったからです。ミューオンの役割があまりにもわからなかったために、高名な物理学者が「いったい誰がこんなものを注文したのだ」と叫んだというエピソードがあるくらいです。
いったい、ミューオンって何?
ミューオンは、電子より200倍も重い粒子です。重さ以外は電子と同じ性質をもっています。宇宙線が大気にぶつかって、たくさんのミューオンがつくられ、たくさんのミューオンが、この地上に降ってきています。このミューオンもこれ以上細かくならない素粒子で、大きさは電子やクォークと同じように、10-18メートルより小さいとしかわかっていません。
ミューオンは、1平方センチメートル当たり毎分1個の割合で地上に降ってきていて、私たちの体を通過していきます。もし、ミューオンを見ることができる「ミューオンめがね」があれば、私たちの手のひらを1秒に1個ぐらいの割合で、ポツ、ポツと雨粒のように通過するミューオンを見ることができるでしょう。ミューオンは、電子に変化するという性質があるために、すべて電子に変わってしまいます。
地上で観測される素粒子は、ほとんどが宇宙線と大気がぶつかってできます。地球と宇宙の境目あたりでつくられるので、厳密に言うと、宇宙から降ってくる物質ではありません。
宇宙からの物質が直接地上にやってこないのは残念な気もしますが、そのおかげで地球は守られているとも言えます。宇宙線は、とてもエネルギーが高い放射線の一種です。そのままの状態で地上までやってくると、生物の遺伝子を傷つけてしまい、その傷が多くなると生物は生きていけません。大気とぶつかってたくさんの素粒子ができることで、エネルギーが低くなり、私たちが暮らせるようになっています。
では、遠い宇宙から降ってくる地球外物質は、まったくないのでしょうか? あります。ニュートリノです。

2002年にノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊博士は、大マゼラン雲で誕生したニュートリノを地球上で観測することに成功しました。ニュートリノは、この宇宙にあるほとんどの物質を通り抜けることができて、しかも寿命が長い(他の素粒子に変化しない)ので、はるか彼方の宇宙の様子を知る手掛かりになることからも注目されています。
ちなみにニュートリノは、ミューオンとは比べものにならないほどたくさん地上に降り注いでいます。その数は1平方センチメートル当たり毎秒660億個。私たちの体を通過するのは毎秒600兆個にもなります。だから、「ニュートリノめがね」をつくることができれば、ゲリラ豪雨のようにニュートリノが地上に降っている様子を目にすることになるでしょう。このニュートリノもまた、大きさがわかっていない素粒子なのです。
数々のノーベル賞を生んだ「魔法の箱」
宇宙線でつくられる粒子はミューオンだけでなく、湯川秀樹博士が予測した中間子などもあります。中間子はクォークと反クォーク(後述します)の組み合わせでできている粒子で、名前は電子と陽子の中間の重さだったことに由来します。これらの粒子を観測することで、素粒子の世界がだんだんとわかってきました。ただし、宇宙線でつくられた粒子たちは、私たちのそばをいつも飛んでいるのですが、目で見ることはできません。これらの粒子を見るには特別な装置が必要です。
実は、宇宙線でつくられる粒子を見ることに初めて成功したのは、気象学者でした。イギリスの気象学者チャールズ・ウィルソン博士が、実験室で雲や霧を再現する箱形の装置をつくったところ、その中を白い筋状のものがたくさん飛ぶのが見えたのです。それが、宇宙線でつくられた電気を帯びた粒子でした。
この箱の中には、とても冷やされた水蒸気がたくさん入っています。そこに電気を帯びた粒子が飛んでくると、その粒子が空気を蹴散らすことで電気のトンネルがつくられます。電気のトンネルに集まってきた水蒸気が小さな水滴になり、粒子の軌跡をなぞる飛行機雲のようなものが見えるのです。この装置は、「ウィルソンの霧箱」と名付けられました。
ウィルソンの霧箱の原理はとても簡単で、身近なものを使って簡単につくることができます。私たち高エネルギー加速器研究機構(KEK)の出張授業でも、この霧箱をつくって観察するプログラムがあります。

でも霧箱が発明された当時は、たくさんの物理学者が驚きました。顕微鏡でも見ることのできない小さな粒子を見ることができたからです。実際には、粒子そのものではなく、小さな粒が通過した跡(飛跡)が見えるのですが、飛跡の密度から電荷を算出でき、磁石を使って飛跡の曲がり具合から粒子の勢いがわかります。このように工夫をすれば必要な情報を十分に得ることができることから、人類は粒子そのものを観測できなくてもいいのだと気が付きました。
最初に素粒子を観測した装置が霧箱でしたが、その後、飛跡の通過位置や時刻をより正確に記録するために電気信号を利用するなどと発展し、現代の素粒子測定器につながっています。ウィルソン博士は、この霧箱の発明によって1927年にノーベル物理学賞を受賞しました。
物理学史上、最も独創的な装置
ウィルソンの霧箱は、物理学の歴史を通じて最も独創的な装置といわれています。それは、この装置により数々の重要な発見がなされたからです。
まず1つは、アメリカの物理学者カール・デイヴィッド・アンダーソン博士による陽電子の発見です。陽電子とは電気的な性質だけが反対になっている電子のことです。電子はマイナスの電気をもっているので、陽電子はプラスの電気をもっています。それ以外の性質は電子とまったく同じという、変わった粒子でした。プラスの電気をもつ陽電子の存在は1928年にイギリスの物理学者ポール・ディラック博士が予測していたのですが、アンダーソン博士が1932年に発見するまでは、本当に存在するとはあまり信じられていませんでした。地球上では発生してもすぐに消えてしまうので、誰も気付かなかったのです。
ところが、当時27歳のアンダーソン博士が霧箱を使って陽電子の飛跡の写真を発表したことで物理学の常識が書き換わり、世界の物理学者の間で大騒ぎになりました。アンダーソン博士は、霧箱を使って撮影したこの1枚の写真のおかげで、1936年にノーベル物理学賞を受賞しました。そしてまた、陽電子の存在を理論的に予測したディラック博士自身はアンダーソン博士が陽電子を発見した翌年の1933年にノーベル物理学賞を受賞しています。

図「アンダーソン博士が霧箱を使って撮影した陽電子の飛跡」はアンダーソン博士が論文に発表した、霧箱を使って陽電子を発見したときの写真です。
アンダーソン博士は霧箱の中央に6ミリメートルの鉛の板を置きました。霧箱が捉えた陽電子の飛跡は、左下から左上に伸びる髪の毛のような細い線です。霧箱全体が磁場の中に入れられているので、荷電粒子の飛跡は曲げられます。鉛の板を通過した後は荷電粒子は勢いを落とすので、曲がり具合が大きくなります。この写真では、荷電粒子が左下から入って左上に抜けたことがわかるのです。
記録された荷電粒子の飛ぶ向きが判明したので、磁場情報からこの荷電粒子はプラスの電気をもつことが判明しました。また、撮影された荷電粒子が形成した飛跡の密度から電荷の大きさがわかり、電子のもつ電荷の絶対値に一致したのです。
対で生まれる素粒子
アンダーソン博士が発見した陽電子は、実は、人類が初めて出会った「反物質」でした。反物質というのは、普通の物質と電気的な性質が反対の物質のことです。
陽電子は、マイナスの電気をもっている電子の反物質になるので、プラスの電気をもっていて、その他の性質は電子とまったく同じです。電気の性質さえ関係なかったら見分けがつきません。なぜ、そんな粒子がこの世界に存在するのかというと、それは素粒子の生まれ方に関係があります。
ものをつくるのに関わっている電子やクォークなどの物質素粒子は、基本的に独りぼっちで生まれることはありません。いつも自分とパートナーになる反物質と一緒に生まれます。
後から詳しくお話ししますが、素粒子のもととなるのはエネルギーです。何もないように見える場所でも、エネルギーがあれば素粒子が生まれます。でも、電気を帯びた素粒子が1個だけ生まれてしまうと、電気の量のバランスが崩れてしまいます。そのバランスを保つために、その素粒子と電気的な性質が反対の、対になる反物質が生まれる仕組みになっています。
一緒に生まれた素粒子と反物質は、とても仲良しなので、消滅するときも一緒です。電子と陽電子のように、その素粒子と対になる反物質がぶつかると、消えてなくなってしまいます。合体してエネルギーになってしまうのですね。このように素粒子が反物質と一緒に生まれることを「対生成」、一緒に消滅することを「対消滅」と言います。

イギリスのパトリック・ブラケット博士は、光が電子と陽電子に変化する現象を見つけました。光は電気をもっていないので、霧箱で観察してもその飛跡を見ることはできません。でも、電子や陽電子が通ると飛跡が見えます。
ブラケット博士は、何もなかったところから、突然、2本の飛跡が生まれる現象を発見しました。しかも、その2本の筋は磁力をかけると逆方向に曲げられたことから、マイナスの電気をもった電子と、プラスの電気をもった陽電子だということがわかりました。つまり、ブラケット博士は、電子と陽電子が対生成する瞬間を撮影したのです。霧箱を使ったこの対生成現象の確認に対して、1948年にノーベル物理学賞が贈られています。
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