
気づいたら日本ブームがすごいことになっていた

俳優の真田広之さんがプロデュース・主演したドラマ「SHOGUN 将軍」が、アメリカのテレビ界の栄誉である「エミー賞」で主要部門の発表を前に14部門で受賞した。
せりふの大半が日本語という作品が、アメリカでこれだけの賞を獲得することは画期的なできごとだと言える。
ただ、これは“点”のできごとではない。関係者への取材を積み重ねると、いまアメリカで、日本へのうねりのような追い風が吹いているのが見えてきた。
(ロサンゼルス支局 佐伯敏)
お金、稼ぐ、私はスター
車のラジオから流れてきた日本語の曲に耳を疑った。
アメリカにきて1年あまり、この間K-POPの曲は何度もラジオでかかっていたが、日本語の曲をきいたのは初めてだった。
曲はアメリカの女性ラッパー、ミーガン・ザ・スタリオン(Megan Thee Stallion)が、日本のラッパーで「チーム友達」でことし大きな話題となった千葉雄喜をフィーチャーした「Mamushi」。
ことし6月にリリースされると、SNSのTikTokなどで振り付けとともに世界中に拡散した。
この曲の人気が確固たるものであることを示したのが、アメリカ大統領選挙の集会のひとこまだ。

与党・民主党の候補、カマラ・ハリス副大統領が南部ジョージア州アトランタで7月に行ったこの集会では、ハリス氏が登壇する前にミーガンがパフォーマンスを披露し「Mamushi」を歌った。
会場を埋め尽くした観客が盛り上がる様子に、SNSには「観客はハリスではなくミーガンを見に来たのだ」とやゆする投稿も見られた。
ミーガンは、アニメ「セーラームーン」にインスパイアされた衣装でコンサートに登場したこともあり、アニメ・日本好きとして知られる。

とはいえ、いまのアメリカで起きている日本ブームは、どうやら有名なアーティストが偶然、日本好きだったというだけの話にとどまらないようだ。
ストリーミングと多様性
ことし4月、西部カリフォルニア州で開かれた世界最大級の野外フェス「コーチェラ」には、4人組の音楽ユニット「新しい学校のリーダーズ」など、日本のミュージシャン4組が参加し、その盛況ぶりはライブ配信されて話題になった。

このステージをしかけたのは、アジアのポップカルチャーを世界に発信するアメリカの音楽レーベル「88rising」だ。
コーチェラの合間には、ロサンゼルスで「新しい学校のリーダーズ」の新曲のお披露目ステージも開かれた。
会場に招かれていたのは、大手配信サービスや地元ラジオ局の関係者たち。
日本のアーティストがアメリカで成功する可能性についてどう見ているのか意見を求めると、次のような答えだった。

「可能性はあると思います。ラテン系やK-POPのように、いまは英語ではない言語圏の音楽を後押しするトレンドがあると思います。
そしてアメリカには日本の文化を知りたいという強い欲求があります。そこにスター性などが加われば、きっと誰かが成し遂げるでしょう」
取材していたときは、一種のリップサービスかと思っていた。しかし調べてみると、こうした見方は、実はデータに裏付けられている。
アメリカの大手調査会社ルミネイトの調査によると、アメリカでJ-POPの曲が再生された回数は4年前の2020年が7億6210万回。それが2022年は14億4000万回、2023年にはおよそ16億7000万回。3年で実に倍以上の伸びを見せている。
アメリカでJ-POPを聴く人の95%はZ世代、つまり10代~20代の若者と見られるという。K-POPには遠く及ばないが、確実に勢いが出ているのだ。
アジアの音楽を世界に向けて発信してきた88risingのショーン・ミヤシロ代表は、ストリーミングとSNSで日本の音楽をめぐる環境が大きく変化したと話す。

「世界中の人が簡単に音楽を見つけられるようになったことで、日本の音楽にいよいよ勢いが出てきたということです。
TikTokやインスタグラムのようなバイラル(拡散)プラットフォームによって炎が広がるようにシェアされ、拡散されるのです。人々は日本の音楽をアジアの確かな勢力として認識し始めています」
先述の調査によると、ストリーミングサービスを通じてアメリカで再生された曲をジャンル別で比較すると、前年から最も伸びたのは「ワールドミュージック」で+26.2%、次いで「ラテンミュージック」が+24.1%だったという。ワールドミュージックには「K-POP、J-POP、アフロビート」が含まれる。
なぜアメリカでいま英語以外の音楽が聴かれているのか。長年、日米の音楽業界に身を置き、現在ロサンゼルスで音楽レーベルを運営する加藤公隆さんは、複数の要因を指摘する。
音楽レーベル運営 加藤公隆氏
「BLM(ブラック・ライブズ・マター。2020年にアメリカで起きた黒人の人権を尊重すべきだという運動)以降、アメリカでは多様性を求める機運が高まり、映画界でもアジア系の作品がアカデミー賞で評価されるという大きな流れができました。
そして何よりも、K-POPの成功です。K-POPは北米で成功を収め、それが世界的な成功につながりました。これによって、アメリカでもアジアの音楽に目線が向いて、J-POPに対する心理的なハードルが下がったということがあります」
北米市場に切り込むコンテンツ企業
この状況を追い風と捉え、いまアメリカでの活動に力を入れるコンテンツ企業が相次いでいる。そのひとつが老舗のレコード会社、ポニーキャニオンだ。

ことし、ロサンゼルスにアメリカの拠点を設け、7月にはハリウッドで記者発表会を開いて北米市場への売り込みを本格化させた。攻めに出る背景にはこの数年で得たいくつかの手応えがある。
1979年に当時のキャニオン・レコードからリリースされた松原みきの「真夜中のドア~stay with me」は40年以上の時を経て爆発的に聴かれた。
2019年3月から2024年6月にかけての総再生数は、全世界で3億5000万回以上。地域別で見ると、最も聞かれた地域はアメリカで全体の28%。メキシコ、インドネシアと続き、日本は4番目だ。
さらに、吉村隆社長が自社の強みと捉えているのが、アニメ作品を数多く手がけてきた実績だという。

吉村社長
「『進撃の巨人』の音楽はいろんな形で聴かれていて、(主題歌を歌った)SiMというアーティストは日本以外で8割聴かれているというような状況もあります。
今はまだ海外進出していないアーティストでも、ちゃんとプロモーションできればアメリカでも確実に受け入れられる土壌があるんじゃないかと思っています」
コロナ禍で拡大した日本アニメ人気
日本のアニメが世界的な評価を受けていることは周知のとおりだ。
この1年のアメリカの映画賞を見ても、アカデミー賞とゴールデングローブ賞ではいずれも宮崎駿監督の「君たちはどう生きるか」が部門賞を受賞し、日本アニメのレベルの高さを改めて証明した。
その日本アニメの人気の広がりも、実はこの数年で急加速したという。
関係者が共通して語るのが「コロナ禍の巣ごもり生活が日本のアニメファンを増やした」という指摘だ。
JETRO=日本貿易振興機構がことし7月にまとめた「アニメ関連サービス・商品に関する米国市場レポート」は次のように分析している。
人々が家で過ごす時間が増えエンターテインメントへのアクセス需要が増加する一方、密集空間や移動、接触を伴うサービスが制限されたことによって、米国では様々なエンターテイメント分野の撮影・制作が中断していた。
そのような中、アニメ・マンガは自宅待機期間中でも新しいコンテンツを制作し続けられたため、その需要を満たすことができた。
全米でアニメ・マンガのファン層が広がったのもこの時期の特徴だ。Netflix やCrunchyrollなどのプラットフォームを通じて、今まで観たことがなかったアニメコンテンツにも触れる機会が増え、若年層やカジュアル層を中心にファン人口が拡大した。
ぐんまちゃんと高崎だるま
日本のアニメ人気の勢いは、ソフトコンテンツの消費にとどまらず、モノや体験の消費へと広がっている。
そのことを肌で感じたのが、ことし7月にロサンゼルスで開かれた北米最大級のアニメイベント、「アニメエキスポ」でのできごとだ。

広大なロサンゼルスのコンベンションセンターはどこを見渡しても人、人、人。
さまざまなコンテンツ・プラットフォーム企業がブースを設けた会場を、所狭しとコスプレした愛好家たちが行き来していた。
決してアニメに詳しいわけではない私の目を引いたのは、アメリカのファンたちと愛想良く記念写真に応じていた群馬県のキャラクター「ぐんまちゃん」だった。なぜここにいるのか。

もうずいぶん前から地道に活動しているぐんまちゃんだが、公式ウェブサイトを見ると、アニメの配信プラットフォームを通じて「世界200の国と地域でストリーミングされています。見てね!」と英語でさらりと書いてある。
担当者に聞くと、群馬県がロサンゼルスのアニメエキスポに出展したのはこれが2年目。
ことしはブースを2か所に増やし、群馬県の物産や観光情報のPRも行っていた。並べられた特産品の「高崎だるま」は購入もできるという。果たして売れるのだろうか。

篠原さん
「ブースにいると『どういう意味なのか』などだるまの問い合わせが多く、パンフレットを使って説明しています。 売れ行き上々なので、最終日まで在庫がもつか心配しているところです」
篠原さんに話をきいたのは、4日間にわたるアニメエキスポが開幕してまだ2時間も経っていない時点でのことだ。
ぐんまちゃんがアニメになり、そのアニメが世界中で見られるようになり、アメリカのアニメファンが高崎だるまを買う時代なのだ。

アメリカで拡大する日本の“ゲーセン”
こうした恩恵を受ける産業のすそ野は広い。そのひとつが日本のエンターテインメント企業だ。
東京に本社があるエンターテインメント会社「GENDA」のグループ企業は、日本のいわゆる「ゲーセン」に欠かせないクレーンゲームを取り扱う。
ことしアメリカの企業を買収して、全米での設置か所をこれまでの20倍の8000か所に増やす計画だ。

ロサンゼルスで生活していると、この数か月で目に見えて設置場所が増えているのがわかる。
GENDAのアメリカ事業最高責任者は、アメリカの利用者たちの好みにも変化が見られると話す。

伊与田 米国事業最高責任者
「最初はアニメ景品を中心に展開していたんですが、(アニメでなくても)日本スタイルのカワイイ景品というものが非常にウケています。
もともとアメリカの方は少し日本とは違った趣向のものを好む傾向にありましたが、最近は日本式の(カワイイ)デザインのものも非常に良い反応がありまして、今、我々の主力商品はこういったものになります」
屋内型娯楽施設を展開する「ラウンドワン」は、7月に57店目の施設を中西部イリノイ州シカゴ郊外にオープンさせた。
開店時には無料で配布されるノベルティグッズを求めて、100人ほどが行列をつくる賑わいぶり。

人気に応えるため、店内にはクレーンゲーム200台近くを設置した。
音楽に合わせて体を動かす「音ゲー」のコーナーでは達人のレベルと思われるアメリカ人たちが競うように華麗な舞を披露していた。ゲーム機には「日本直送」のポップが掲げられていた。

高橋 米国社長
「日本から直で高品質のぬいぐるみやフィギュア、マスコットを調達していて、『日本から持ってきたぬいぐるみ』というのが大変な人気だと思っています。
もちろん日本から持ってきた音楽ゲームというのもやはり非常に人気です。日本的なものを欲しいとか、日本的なもので遊びたいっていうニーズも日々強くなっているなと感じますね」
店内で客に話を聞くと、旅行先でも各地の店舗を訪れて遊んだという熱心な利用者もひとりやふたりではなかった。
アメリカの人たちはいま、外国向けではない、日本の「本物」を求めるようになっているのだ。

日本ブーム 専門家の見方は
アメリカでいま起きている日本ブームとも言える状況を専門家に聞いた。
ローランド・ケルツ氏は日本のポップカルチャーとアメリカについての著書がある第一人者だ。

ローランド・ケルツさん
「アニメの受け手はいくつかの重要な変化を遂げています。
驚くべきことに、いまアニメの大きなファンベースはラティーノや黒人の文化のなかにも見られます。
ミーガン・ザ・スタリオンのようなヒップホップ・アーティストも大のアニメファンです。
最近ではオリンピックに出場した陸上のノア・ライルズ選手が『遊戯王カード』を取り出し、『ドラゴンボール』のポーズを披露しました。NFLチームにはアニメ愛好者たちがいるし、NBAのスターたちもアニメが大好き。アニメは人種や民族を超えています。
もうひとつ重要なのは、アニメファンが年齢を重ねているということです。
かつて10代だったアニメファンが、35歳や45歳になったときアニメファンのままでいるかという問いがありました。それがいま、アメリカで起きていることです」
そして、重要な別の側面にも目を向けなければならない、とケルツ氏は指摘した。この記事に登場した関係者たちも口々に話していたことだ。
「出生率の低下、そして若者たちの収入が比較的少ない中で、マンガやアニメ、ゲーム産業が日本国内でさらなる成長を見込むのは容易なことではありません。
日本の産業が海外進出し、日本人ではないオーディエンスの情熱に応えることは極めて重要なのです」


ロサンゼルス支局長
佐伯 敏
2001年入局 2023年8月から現所属
2014年から2017年までエルサレム支局
沖縄戦や東京大空襲、ガザなどでの取材を通じて戦争と平和の問題を考える
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