
ロシア勝利で変わる「ナラティブ」…ゼレンスキーとウクライナはなぜオワコン化したか?「自由と民主主義」の物語の終わり

ウクライナ戦争におけるロシアの実質的な勝利によって、私たちを取りまく「ナラティブ」が急速に変化している。なぜゼレンスキー大統領とウクライナは急速にオワコン化したのか?欧州を含む世界が「自由と民主主義」に疑いの眼差しを注ぎ、「ウクライナ戦争の責任はNATOと米国にある」と考え始めた理由とは?日本の主要マスコミがいまだ正面から報じないこの劇的変化の背景について、『未来を見る! 「ヤスの備忘録」連動メルマガ』著者の高島康司氏が詳しく解説する。
ロシア勝利で覆された、自由と民主主義という「ナラティブ」
トランプ政権の仲介で見えてきたウクライナ停戦。今後も難しい問題はあるだろうが、ウクライナ戦争の停戦、そして和平条約の締結に向けた動きが加速し、最終的にはウクライナにおける占領地のロシア併合容認、そしてウクライナのNATO加盟断念と中立化、ゼレンスキー政権の退陣などを骨子とするロシアの要求を容認した和平条約が実現される可能性が高くなっている。ロシアの勝利と言ってもよい状況に、次第になりつつある。
このような状況の変化とともに、ウクライナ戦争をめぐるこれまでの「ナラティブ」が根本的に変化しつつある。
ちなみに「ナラティブ」とは、「語り口」の意味で、現実を描写する手法のことを指す。「ナラティブ」には、それを生成している当事者の価値観や世界観が色濃く反映される。その意味で「ナラティブ」とは、特定の価値観や世界観を前提にして、それと合致する形で出来事の意味を解釈し、切り取る方法のことを指す。
今では主要メディアも、「ナラティブ」という用語を一般的に使うようになった。しかし彼らは、自分たちが報道する現実解釈以外のものを「フェイク」として否定する目的で「ナラティブ」という用語を用いる。つまり、自分たちの報道こそが真実であり、それ以外の解釈はすべて「ナラティブ」が作り出したフェイクであるという誤った認識だ。
しかしながら、このような見方は現実をまったく反映していない。主要メディアが報道している現実も、彼らの価値観と世界観を土台にして切り取った1つの解釈にすぎない。つまり「ナラティブ」だということだ。
そのように見ると、今の言論空間は、相互に矛盾する解釈の複数の「ナラティブ」が競合している状態だ。現実の状況の変化によって、これまで主流だった「ナラティブ」が後退し、わきに追いやられていた「ナラティブ」が中心になることはよくある。
ウクライナ戦争をめぐる「ナラティブ」の変化
これまでのウクライナ戦争においては、「アメリカとその同盟国が構築した、『自由と民主主義』の国際秩序を蹂躙するロシアが引き起こした侵略戦争」という「ナラティブ」が中心であった。
この「ナラティブ」においてロシアは、ソビエトの領土の復活を望み、際限なく領土の拡大を続ける権威主義の独裁国家として描写された。自由と民主主義の体制を守るものは、ロシアに全力で抵抗しなければならないと喧伝されてきた。このような「ナラティブ」は、日本を始め欧米の主要メディアのほとんどの報道を支配してきた。
現在の日本の報道番組でも、いまだにこのような「ナラティブ」が主流だ。
しかしながら、トランプ政権の仲介でウクライナ戦争の終結が見えてきて、しかもロシアの実質的な勝利で終わる可能性が濃厚になるにつれ、この「ナラティブ」が根本的に変化してきた。
「『自由と民主主義』の秩序を蹂躙する拡張主義の独裁国家としてのロシア」という「ナラティブ」から、「『自由と民主主義』を口実に、不当なアメリカ一極支配を進めるネオコンに抵抗し、あらゆる国々の生存権を主張するロシア」という「ナラティブ」に変化しつつあるのだ。
この新しい「ナラティブ」は欧米各国にも波及しており、「『自由と民主主義』という価値観は、グローバリゼーションであまりにも拡大した社会的格差と矛盾を隠蔽し、エリートが自らの支配を合理化する都合のよい口実」であると受け取られるようになっている。
それを反映して、「自由と民主主義に基づく国際秩序」という概念も、エリートに都合のよい空虚なスローガンとして見られるようになった。
「ナラティブ」の決定的変化を象徴するサックス教授の講演
この「ナラティブ」の決定的な変化を象徴するのが、ジェフリー・サックス教授がEUの欧州議会で2月21日に行った1時間のスピーチであった。
ちなみに、このジェフリー・サックスはコロンビア大学教授であり、アメリカの歴代政権の経済コンサルタントとして、多くの発展途上国に派遣され、経済再生プログラムの立案を主導してきた人物である。
彼は計画立案の過程で、米政府の外交問題担当の高官たちと一緒に仕事をした長い経験を持つ。米政府の外交政策の立案をどのような人物が行っているのか、生々しい実体験を持っている。こうした経験から、政策立案者の実態に幻滅し、米外交政策のもっとも厳しい批判者になっている。
いまアメリカでは、シカゴ大学の国際政治学者、ジョン・ミアシャイマーがいるが、ジェフリー・サックスは、ミアシャイマーとともに米外交政策の実態と偽善性を暴く二大巨頭になっている。
ジェフリー・サックスは崩壊寸前のソビエトに派遣され、経済の市場化と自由化の計画を作成した。しかし、ロシア経済の段階的で緩やかな市場経済化のプランが、当時の国務省によって徹底的にねじ曲げられ、ロシア経済を破綻させるための手段として使われた。この体験がひとつの契機となり、米外交政策の鋭い批判者に転向したのは興味深い。
そのようなジェフリー・サックス教授が2月21日、EUの欧州議会の招きに応じ、ウクライナ戦争の原因を語る1時間程度のスピーチを行った。
いま、ロシアの権利を容認してウクライナ戦争を終結させるというトランプ政権が仲介する停戦と、そして和平交渉に強く抵抗しているのが、イギリス、フランス、ドイツを中心にしたヨーロッパのNATO加盟国である。
これらの国々は、「『自由と民主主義』の秩序を蹂躙する拡張主義の独裁国家としてのロシア」という「ナラティブ」に強く固執し、ロシアの打倒を叫んでいる。
その中心である欧州議会にジェフリー・サックスは出向き、彼らの「ナラティブ」を全面的に否定する講演を行ったのだ。以下でその講演を見ることができる。
意外にも欧州議会では、サックス教授の新しい「ナラティブ」は拍手で迎えられ、多くの賛同者を生んだ。サックス教授の講演は、それほど説得力のあるものだった。
では、サックス教授が提示する「ナラティブ」はどのようなものなのか?それは、一言で言うと、ウクライナ戦争の原因はNATOの東方拡大であり、それを主導した米外交政策の立案部隊こそ、すべての責任を負うべきだというものである。
NATOの東方拡大を主導した米ネオコンが悪の根源
この立案部隊には、米国の覇権の永続化を目標にしたズビグニュー・ブレジンスキーのグループ、そしてソビエト崩壊後にアメリカの一極支配を計画したネオコンなどのグループが入る。
以下、サックス教授の実際の語り口を引用してみよう。1991年のソビエト崩壊から、アメリカは世界を一元的に支配する一極主義の体制に移行したとして、その傲慢さを批判している。
サックス教授は何を語ったか?(1)
「私はこの36年間、東欧、旧ソ連、ロシアの出来事を間近で見てきました。1989年にはポーランド政府、1990年と91年にはゴルバチョフ大統領、1991年から1993年にはエリツィン大統領、1993年から1994年にはウクライナのクチマ大統領のアドバイザーを務めました。エストニアの通貨導入にも貢献した。旧ユーゴスラビアの数カ国、特にスロベニアを支援した。
私は36年間、この出来事を間近で見てきた。マイダン革命の後、私は新政府からキエフに来るよう要請され、マイダンのあちこちを案内してもらい、直接いろいろなことを学んだ。
ロシアの指導者たちとは30年以上交流がある。アメリカの政治指導者たちとは、以前の…財務長官は51年前、私のマクロ経済学の先生だった。ですから、私たちは半世紀にわたって非常に親しい友人でした。私はこの人たち全員を知っている。
私が言いたいのは、私の観点から説明したいことは、二番煎じではないということです。イデオロギーでもない。この期間に自分の目で見て、経験してきたことだからだ。ウクライナ危機だけでなく、セルビア、1999年、イラク、シリアを含む中東での戦争、スーダンを含むアフリカでの戦争、ソマリア、リビア。これらは非常に重要な範囲であり、おそらく皆さんは驚かれるでしょうし、私がこれから言うことについて非難されるでしょう。これらは米国が主導し、引き起こした戦争である。
そして、これはもう40年以上も続いている。正確には30年以上前と言うべきですが、米国は、特に1990年、91年、そしてソビエト連邦の崩壊とともに、今や米国が世界を牛耳っており、米国の見解、レッドライン、懸念、安全保障上の観点、国際的義務、国連の枠組みなど、誰の意見にも耳を傾ける必要はないと考えるようになったのです。
はっきり言って申し訳ないが、理解してほしい。私は1991年、現代における最も偉大な政治家であると私が考えるゴルバチョフに助けを求めようと懸命に努力した。米国はソ連の財政安定化と改革を支援すべきだと私が言ったとき、米政府のエリートはそれを完全に否定し、一笑に付した。特にハーバードの私の元同僚たちは、災害を防ぐために最低限のことはするが、最低限のことしかしないと言っている。助けるのが私たちの仕事ではない。全く逆だ。助けることは私たちの関心事ではない。
サックス教授は何を語ったか?(2)
1991年にソビエト連邦が崩壊すると、その見方はさらに誇張されたものになった。そして、私はその章と節を挙げることができるが、その見解は我々がショーを運営するというものだった。チェイニー、ウォルフォウィッツ、そして皆さんが知っている他の多くの名前は、文字通り、今は米国の世界であり、われわれの思いのままにできると信じていた。
旧ソ連を一掃する。残っている同盟国はすべて排除する。イラクやシリアのような国々は出て行くだろう。そして、我々はこの外交政策を実質的に33年間経験してきた。この間、ヨーロッパには私が理解できるような外交政策がなかった。発言力もなく、統一性もなく、明確性もなく、ヨーロッパの利益もなく、アメリカの忠誠心だけがあった。
特に重要だったのは2003年のイラク戦争で、フランスとドイツが、この戦争のために国連安全保障理事会を迂回する米国を支持しないと言ったときです。ところで、あの戦争はネタニヤフ首相と米国防総省の同僚たちが直接仕組んだものだった。私は、それがつながりや相互関係だったとは言っていない。直接的な戦争だったと言っているのだ。それはイスラエルのために行われた戦争だった。ポール・ウォルフォウィッツとダグラス・ファイスがネタニヤフ首相と調整した戦争だった。
そして、それがヨーロッパが声を上げた最後の時だった。私はそのときヨーロッパの指導者たちと話をしたが、彼らは非常に明瞭で、とても素晴らしかった。
その後、ヨーロッパは完全に発言力を失いましたが、特に2008年にはそうでした。NATOはブリュッセルからウラジオストクまで、一歩一歩拡大していくだろう。 NATOの東方拡大には終わりがない。これが米国の一極世界である。これがアメリカの考えだ。
米軍基地のない場所は基本的に敵である。中立は、米国の政治用語で最も汚い言葉かもしれない。少なくとも、敵であれば敵であることがわかる。中立であるならば、あなたは破壊的である。中立を装っているのだから。
このような考え方があり、1994年にクリントン大統領がNATOの東方拡大について署名し、正式に決定された。1991年2月7日、ハンス=ディートリッヒ・ゲンシャー、ジェームズ・ベーカー3世がゴルバチョフと会談したことを思い出してほしい。ゲンシャーはその後、記者会見し、こう説明した。NATOは東進しない。われわれはワルシャワ条約機構の解体を利用しない。そして、それは法律的な文脈での話であって、カジュアルな文脈での話ではないことを理解してほしい――。
サックス教授は、NATOの際限のない東方拡大がロシアを追い詰め、アメリカはどのようにウクライナ戦争へと導いていったのか、その具体的なプロセスを内部からの視点で実に生々しく説明した。
そして、ウクライナ戦争をはじめとする、1991年のソビエト崩壊以降に発生したすべての戦争は、アメリカの一極支配の永続化を目標にするネオコンが引き起こしたものだとして、アメリカの歴代政権を強く断罪した。
そのうえでヨーロッパに対して、アメリカとは異なった独自の外交政策を持ち、即刻ロシアと交渉し、欧州の安全保障の枠組みを構築するように促した。
一極主義の政策とネオコンを排除したトランプ
トランプ政権になってから一極主義の米国覇権の政策は排除され、それを推進してきたネオコンの勢力も弱体化している。一極主義に代わってトランプは、米中ロの地域覇権国が相互の勢力圏を容認する、力の均衡による新しい国際秩序を構築する方向に動いている。
この過程ではサックス教授の提示する「ナラティブ」こそが真実だと認められ、現実の認識は根本的に変化するはずだ。
そして、そうした中、アメリカでも大変に注目されるようになっているのが、プーチンのブレーンとも目されているロシア保守派の思想家、アレクサンドル・ドゥーギンである。
このドゥーギンの提示する「ナラティブ」もまた説得性のあるものとして、アメリカでも広く受け入れられるようになってきた。最近のドゥーギンの記事から引用する。
名目上ではなく実質的な主権を有し、何らかの形で米国と競合できる他の大国の競合になっている。これらは、何らかの形で競い合える国々である。つまり、二極の冷戦世界でもなく、単極の新保守主義の世界でもなく、リベラルなグローバリストの非極世界でもない。トランプ主義は、3極または4極の世界を想定しており、そのパワーバランスが未来の世界秩序の構造を決定する。そのためには、ほぼすべての国際機関を再設立し、過去の時代の幻影の残骸ではなく、現実を反映したものとなるよう、ほぼすべての国際機関を再構築する必要がある。
このような認識の「ナラティブ」に基づく新たな世界秩序が、トランプ政権とともに出現しつつある。そのとき、「自由と民主主義」という価値観を全面に出した「ナラティブ」にいまだに固執している主要メディアはどう対応するのだろうか?見物である――(この記事は、『未来を見る! 「ヤスの備忘録」連動メルマガ』2025年3月28日号を一部抜粋・再構成したものです。最新号はメルマガ登録の上お楽しみください。初月無料です)
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