
トヨタ「完全勝利」は目前!日中韓の“EV三国志”を終わらせる戦略変更と全固体電池の威力=勝又壽良

中国BYDの低価格EVが韓国市場に進出し、「EV三国志」とも言える日中韓の競争が激化している。政府補助金を活用しながらコストを抑えるBYDに対し、トヨタは大衆向けEV戦略を大きく転換。コストダウンを追求しながらもブランド価値を維持する姿勢を見せる。さらに、全固体電池の開発でも先行し、EV市場の覇権争いに挑む。BYDとトヨタの競争が、EVの未来をどう変えていくのだろうか。(『 勝又壽良の経済時評 』勝又壽良)
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プロフィール:勝又壽良(かつまた ひさよし)
元『週刊東洋経済』編集長。静岡県出身。横浜市立大学商学部卒。経済学博士。1961年4月、東洋経済新報社編集局入社。週刊東洋経済編集長、取締役編集局長、主幹を経て退社。東海大学教養学部教授、教養学部長を歴任して独立。
日中韓の「EV三国志」へ
韓国メディアは、日中韓の「EV三国志」が始まると緊張している。中国BYDが、韓国へ2,000万ウオン(約200万円)という低価格帯EVを販売するからだ。
なぜBYDは低価格のEVを販売できるのか。決算書をみると、その台所事情は決して楽でない。最近の営業利益率は、レッドラインとされる5%を割り込み、4.9%に苦吟している。この穴埋めが「政府補助金」である。
政府補助金のない日本と韓国の企業は、BYDと競争する局面になった。トヨタは、3月に300万円のEV大衆車を発売する。BYDと同じ土俵に合わせた「車づくり」で、BYDの挑戦を受けて立つ姿勢を鮮明にする。
BYDのEVづくりの基本は、EVバッテリーの寿命にあわせて部品を調達することだ。日本では、EVバッテリーの長期寿命に合せて高価な部品で組立てる。これでは、「安かろう、悪かろう」という中国EVに競り負けるのは当然である。商品づくりの「コンセプト」そのものが、BYDと日本では違うのだ。
トヨタは、「カローラ」に代表される大衆車づくりの基本である、「世界同一品質」という掟を捨てることにした。その国のEVメーカー価格に合わせた、大衆車製造方針に切り替える。部品は、トヨタ系列以外からの購入でコストダウンさせる。中国で製造するトヨタEV大衆車は、中国部品で製造する180度の方針転換で対抗するのだ。
トヨタは、大衆車EV三国志で新参メーカーの挑戦を受けて立つ構えである。
トヨタ商品コンセプト変更
日本のEVが、中国EVに先を越されたのは、半導体製造によく似た背景と同じである。
日本の半導体は、大型電子計算機に合せ製品寿命を20年も持たせる高品質を誇っていた。それが突然のパソコンやスマホの普及によって、20年も耐久性のある半導体は必要でなく、2~3年の寿命で低コストの半導体が主流になった。サムスンは、日本半導体メーカーが困惑する隙を突いて躍進した。EVで言えば、BYDがサムスンに該当する。BYDは、時流に合わせた「商品づくり」が当たったのだ。
改めて、BYDのEVづくりのパターンを整理しておきたい。BYDが、競争力を高めた理由は以下の点にある。
- 電池の社内生産
- コスト効率の高い部品調達
- 垂直統合
- 規模の経済
BYDのEV販売台数躍進が、中国経済の成長とバランスの取れた成長に寄与しているかと言えば、その答えは「ノー」である。経済全体に、負の影響を与えているからだ。
少し理屈っぽい話をすると、BYDの過剰生産による値下げ競争が、自動車全体の価格を引き下げ、生産者物価指数を2年以上もマイナス状態へ追い込んでいる。つまり、BYDに良いこと(部分最適)が、中国経済のマクロ最適を破壊していることになる。消費者物価上昇率は、「0%圏」に止まり、デフレ経済の要因になっているのだ。
習近平国家主席の強調する「質の経済」が、結果的に「不良の経済」を生むという矛盾に落ち込んでいる。この事態を改善しなければ、中国経済は浮上できない宿命を負っている。
トヨタは、EV大衆車でBYD方式を採用することになった。BYD方式を分解すれば、「コロンブスの卵」である。かつてサムスンは、日本の家電新製品が発売されると同時に分解して、過剰機能を簡略化させ安価な家電製品を製造して東南アジアへ輸出した。この日本「猿まね方式」が成功したのである。BYDのEVは、このサムスン家電方式に倣ったものだ。日本のEVより安く製造することに腐心してきた表れである。
ならば、トヨタもEV大衆車ではこのBYD方式を取り入れ、安価なEVをつくれば対抗できる。無論、「トヨタ・ブランド」は世界一である。このブランドを汚すことはできないが、大衆車ではBYDと同じ舞台で勝負することになった。トヨタの高級車は、従来通りの系列部品メーカーによる高品質・長期耐用のトヨタ車路線の堅持である。
高級車EVは電池をリース
トヨタは、高級車のEV電池についてリース方式を採用している。EV価格の2~3割が電池コストとされる。それだけに電池リースの採用は、ユーザーにとって初期費用を抑える効果がある。トヨタのEV「bZ4X」は、電池リース方式で次のような価格に設定されている。
FWDモデル:600万円
4WDモデル: 650万円
リース方式の採用は、前述のとおり消費者が初期費用を抑えつつ、電池のメンテナンスや交換の手間を軽減できるメリットがある。リース契約によって、ユーザーは電池劣化に対する不安も軽減されるのだ。
仮に、EV「bZ4X」が電池リース制を採用していなければ、EV価格は1,000万円前後になろう。それが、EV価格の2~3割を占める電池がリースの結果、600~650万円の価格帯へ引き下げられている。
世界のEV大手メーカーで、電池のリース方式を始めたのはトヨタだけである。他社がリースを実施できない理由は、売り切り方式にすれば、それだけ現金回収が早まり経営的に楽になるからだ。トヨタは、「市場をじっくり育て果実を大きくする」財務的余裕がある。24年3月期の現預金総額は、トヨタ単体で4兆2,781億円。売上41兆6,000億円に対して10.3%にも達した。営業利益率は11.9%と過去10年で最高を記録している。これだけの財務的ゆとりを持つ以上、EV電池リースは大きな負担にならないのであろう。
一方のBYDは、24年12月期の営業利益率は4.9%である。自動車メーカーにとっては危険ラインである。BYDは、収益の吃水線ギリギリのところで「乱売合戦」を繰り広げている格好だ。トヨタとは、財務基盤が「天と地」というほどの差がある。
トヨタの電池リースでは、電池容量が70%を下回った場合に保証を付けている。この保証期間が、10年間または走行距離20万kmまでとしている。EVは電池を含めて、生産時のCO2発生量が大きい点が「反環境的」存在である。その面では、HV(ハイブリッド車)がはるかにCO2発生量は少ないのである。
EVが、環境車の代表と言い切るには、できるだけ長い走行距離を実現することが前提になる。ドイツのVW(フォルクス・ワーゲン)の2019年の推計によれば、10万キロメートル以上の走行が必要とされる。EV「BZ4X」が、走行距離20万kmまで電池を保証しているのは、トヨタEVが真の「環境車」といえそうだ。
中国EVは、価格だけが唯一の競争条件になっている。中国電池の耐用年数は一般的に5~8年とされる。前記のVWの推計によれば、総二酸化炭素排出量を上回るに必要な10万Km以上の走行距離に満たないのだ。中国EVは、「環境破壊車」と言えないこともないであろう。
全固体電池で大きくリード
EV電池は現在、リチウムイオン電池が主流である。だが、発火事故が多いこと、走行距離が600Km程度であること、充電時間が数時間かかること、などの欠陥を抱えている。EVの自然発火事故が多発しており、一般駐車場への駐車禁止問題まで引き起こしている。
そこで、次世代電池として全固体電池の開発が急がれている。
トヨタが開発中の全固体電池は、リチウムイオン電池の性能をすべて上回っている。発火事故が少ないこと、走行距離が1,000Km以上であること、充電時間が10分以内であること。これらによって、ガソリン車並みの性能が期待されている。
トヨタの全固体電池のカギは電解質の量産化にある。これは、出光興産が担っており、全固体電池の実用化に向けた重要なステップを踏み出した。2027~28年にはトヨタで全固体電池EVが世界初登場となる。
BYDは2月15日、全固体電池の試作に成功したと発表した。2027年ごろから試験的に車両に搭載し、量産化は30年以降の予定としている。
BYDの全固体電池プロジェクトは、中国科学院・院士で清華大学教授の欧陽明高氏が主導し、6年間の開発期間を経て実現した。肝心の性能は、次のようになっている。
1)BYD
エネルギー密度400Wh/kg、サイクル寿命1,000回以上。
2)トヨタ
エネルギー密度500Wh/kg、急速充電可能で10分以下での充電。
BYDは、トヨタと比べて劣性を否めない。BYDの「サイクル寿命1,000回以上」は、何を意味するか。1日に1回充放電を行うと仮定すると、サイクル寿命1,000回は約3年弱の使用に相当する。BYDの全固体電池の耐用年数が極めて短いことを示しているのだ。トヨタは、20万Kmの走行まで保証している。雲泥の差である。
BYDリチウム電池の孫華軍CTOは、「現時点で、日本や韓国に比べ、私たちの技術が遅れているように見えるかもしれない」としたうえで、「中国の産学の研究開発規模は大きい。国家戦略とも相まって私たちは速いスピードでの発展が可能だ」としている。トヨタが、全固体電池開発に着手したのは、2006年からだ。すでに、19年の歳月をかけている。BYDは、たったの6年間である。この差は3倍。簡単に埋められるものではない。
35年に次世代電池で先鞭
トヨタは、全固体電池の次の電池とされる「全固体フッ化物イオン電池」の開発にも取り組んでいる。2035年以降の実用化を目指すもので、京都大学などの研究グループとの共同研究である。
全固体フッ化物イオン電池とはどのような特性を持つのか。
1)高エネルギー密度
全固体フッ化物イオン電池は、現在のリチウムイオン電池よりも高いエネルギー密度を持つため、より長い航続距離を実現できる。
2)安全性
固体電解質を使用するため、液体電解質を使用するリチウムイオン電池に比べて漏れや発火のリスクが低く、安全性がより高くなる。
3)資源の豊富さ
フッ素は地球上に豊富に存在する元素であり、リチウムに比べて資源の枯渇リスクが小さいというプラス面がある。
最大の特色は、全固体フッ化物イオン電池が、リチウムイオン電池より数倍のエネルギー密度を持つため、EVの航続距離を大幅に延ばすことが期待される点だ。具体的な数値は、まだ研究段階とされるが、現在のリチウムイオン電池の少なくも2倍以上の走行距離が見込まれる。
トヨタは、すでに1,400Km以上の走行距離を睨んだ開発計画を立てている。全固体フッ化物イオン電池の実用化は、2035年以降とされる。今後の研究開発によって、どのように可能性が広がるか分らない「未知の分野」である。
トヨタは、電池の開発で世界トップの位置にある。次のような要因が、トヨタ開発体制を支えている。
1)特許出願件数
トヨタは全固体電池に関する特許出願件数で他社を圧倒しており、その技術力の高さを示している。2007年頃から全固体電池の特許出願を開始し、2018年にピークとなった。
2)研究開発体制
トヨタは大規模な研究開発体制を持ち、多くのリソースを投入して新しい技術の開発に取り組んでいる。年間、約1兆円のR&Dを投入している。
3)パートナーシップ
東京大学・京都大学・出光興産などの研究機関や企業と連携し、全固体電池の実用化に向けた共同研究を進めている。
トヨタは、23年6月に今後の「バッテリー開発計画の概要」を発表している。その一部を再掲すると次のようだ。
電池の種類(実用化の時期):航続距離/急速充電時間
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現行品(2022年):615Km/~30分
パフォーマンス版(2026年):約1,230Km/~20分
全固体電池(2027~28年):約1,476Km/~10分
以上のバッテリー開発計画の概要をみると、トヨタが電池開発で絶対に他社の追随を許さない開発体制づくりを敷いていることが分かる。この「概要」の先には、2035年を開発メドにした「全固体フッ化物イオン電池」の登場がある。
10年先まで、こうした開発計画を立てているところに、トヨタ自動車の底力をみる思いがする。
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