
台湾で高まる米国への不信感。帰ってきたトランプが大きく変えた「今日のウクライナは明日の台湾」の意味

ロシアによるウクライナ侵攻開始以来、各所で語られ続ける「今日のウクライナは明日の台湾」という言説。しかしながらその意味合いはトランプ氏の再登場により大きく変化したとする見立てもあるようです。今回のメルマガ『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』では著者の富坂聰さんが、ウクライナの頭越しに米ロ2国間で停戦交渉が進められるという「トランプの衝撃」はウクライナのみにとどまるものではないとして、かように判断する根拠を解説。その上で、変質せざるを得ない日米関係の今後についての予測を記しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:「今日のウクライナは明日の台湾」のロジックが完全に通用しなくなった東アジア
日米関係が「台湾有事」だけで成り立つ時代の終焉。変質する「今日のウクライナは明日の台湾」のロジック
「今日のウクライナは明日の台湾」
3年前、ロシアがウクライナに侵攻すると、台湾の蔡英文総統はすかさずこう発信し欧米や日本からの支持を取り付けた。
ロシアとウクライナの問題を中国と台湾の問題と混同するのは、本来、三文小説レベルの話だが、ウラジーミル・プーチン大統領も習近平国家主席も「独裁者」という理由だけで、「台湾有事」の可能性は現実味を帯びて広げられた。
戦争を目の当たりにした人々の熱狂もあってか、国際政治学者の多くも、「床屋談義」にもならない解説を堂々とメディアで披露した。
だが、帰ってきたドナルド・トランプがウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領の頭越しにプーチンと停戦に向けた話し合いを始めると、「今日のウクライナは明日の台湾」の意味は大きく変質してしまった。
台湾ではいま、アメリカに対する不信感を象徴する「疑米論」がかつてないほど高まっている。
いまウクライナに降りかかる悲劇は、トランプという個性から解説されることが多い。しかし、それは正しいのだろうか。
トランプがウクライナに冷淡であることは選挙前から分かっていたことだ。それを選んだのが米国民である。また、アメリカ国内にはインフレ圧力を背景に、ウクライナ支援より国内への投資を求める声が満ちていた。
何より、多くの共和党議員はウクライナ支援の継続に消極的だった。
もちろん、これはウクライナが始めた戦争ではない。だが、あえて厳しい見方をすれば、ウクライナは戦争の危機を判断する場面で、アメリカに訪れるこうした変化も計算に入れるべきだったのではないだろうか。
戦争を不利な形で終えさせられそうになっている現状には同情するが、一方で戦争を継続できれば、様々な問題が好転するのかと質されれば疑問も残る。
ドイツのテレビは以前から徴兵年齢を引き下げても兵士不足が解消されず、前線から脱走するウクライナ兵や徴兵逃れに奔走する若者が後を絶たない現実を何度も報じてきた。
フランスのテレビ「F2」は今年2月6日、ロシア・ウクライナ戦争の特集を組むなかで、ウクライナ軍が直面する大きな困難についてこう伝えている。
この1年でウクライナ軍は約4,168平方キロメートル、パリの面積の40倍もの領土を失いました。ここ数カ月、失われる領土は加速度的に増えています。
3年間の戦いで多くの犠牲者を出したウクライナは、いま領土の回復も難しい状況に直面している。
トランプ政権のピート・ヘグセス国防長官は、戦争終結に絡み、ウクライナが2014年以前の領土を回復することやNATOへの加盟を「非現実的」と切り捨てた。一方でトランプは、支援継続の見返りとしてウクライナに埋蔵されているレアアースを要求したとも伝えられている。
つまりウクライナは大きな犠牲を払い、領土を失い、さらにNATO加盟も危うくなった上にレアアースまで奪われかねない苦境にある。まさに踏んだり蹴ったりだ。この現実は台湾の人々の目にはどう映るのだろうか。
早々と中国との間に安定的な関係を求め始めた東南アジアの国々
事実、トランプの衝撃はウクライナだけに向けられたものではない。
ロシアとの停戦の話し合いで蚊帳の外に置かれたのはEUもNATOも同じだ。さらに関税ではEUも狙い撃ちにされた。
関税に関してEUは当初、アメリカが激しく対立する中国を持ち出せば、米欧対立は回避できると考えていたようでもあった。
象徴的だったのは、EUのカヤ・カラス外交部長の「貿易戦争に勝者はいない。もし…、アメリカが貿易戦争を始めたら、笑うのは中国だ」という発言だ。
中国もいい迷惑だ。
しかし、関税でも安全保障でも、トランプ政権がそういう懐柔策に興味がないことは、ジェームズ・デイヴィッド・ヴァンス副大統領が欧州入りして語った「私が欧州に関して最も懸念する脅威はロシアではなく、中国でもない。その他のいかなる外的主体でもない」(CNN)と断じて幕を閉じた。
前出・ヘグセスも「ヨーロッパの人々は『アメリカのプレゼンスが永遠に続くと思い込むべきでない』」と突き放している。
トランプ政権に翻意を促すため中国を持ち出す手法は、新日鉄によるUSスチールの買収を実現したい米中のチームも用いたが、空振りに終わっている。
台湾海峡でもこれと同じことが起きるという予測は十二分に成り立つのだ。
台湾に対するアメリカの関心の変化は、すでに選挙期間中、トランプが「台湾はアメリカから半導体を盗んだ」と口にしていることからも風向きは予測できた。
つまり「今日のウクライナは明日の台湾」は、ここにきて本当になってしまう可能性が捨てきれないのだ。
こうしたなか東南アジアの国々は早々と中国との間に安定的な関係を求め始めた。顕著なのは、インドネシア、マレーシア、そしてタイだ。
そしていま欧州がここに加わるのか、その去就に注目が集まっている。
米政治誌『フォーリン・ポリシー』(2月20日)は、記事「トランプ大統領の欧州ショックが中国に活路を開く」でそのことを描いている。
もともと対中強硬派として知られ、EUの対中政策の積極的な転換(デリスキング)を主導してきたウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長が発した以下の発言だ。
我々は、ここ数年行ってきたように、経済関係のリスク回避を続けていく。しかし、中国と建設的に関わり、お互いの利益になる解決策を見つける余地もある。そして、貿易・投資関係を拡大するような合意を見つけることもできると思う。それは、私たちが歩まなければならない微妙なラインです。
米欧はもちろん米中においてもその関係に一定の見通しが立つまでには、まだ見極めの時間が必用だろう。
しかしこの間の混乱は、世界がアメリカとの関係の「底」を覗く機会となった。
日米関係も「台湾有事」だけで成り立つ時代は終わるのだろう。
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