ゼレンスキーを突き放す米国防総省、甘やかす欧州首脳

現代の世界各国
ゼレンスキーを突き放す米国防総省、甘やかす欧州首脳
米国防総省は、7月初旬にウクライナへの武器供給を一時停止した。この決定は国防総省上層部が行い、国務省には事前通知されなかった。備蓄兵器の不足が理由で、供給される予定だった防空ミサイルや精密弾薬が含まれている。ウクライナは混乱し、ゼレンスキー大統領はトランプ大統領と電話会談を行い協力を確認したが、米国の軍事支援は今後減少する見通し。

ゼレンスキーを突き放す米国防総省、甘やかす欧州首脳

米国防総省による判断

7月初旬にかけて、米国によるウクライナへの武器供給の一時停止が話題になった。

まず、今回の武器供給の一時停止が国防総省(下の写真)の発意で、国務省に知らせることなく実施されたことに注目したい。実は、国防総省はこの数カ月間、手持ち兵器の棚卸しを実施してきた。その結果、ウクライナへの長年にわたる軍事支援、および昨今の中東での作戦のために米国の備蓄兵器に不足がみられるとの結論に達した。ゆえに、国防総省首脳部は戦略的優先順位の見直しを進め、武器配備の状況も変更しようとしているのだ。

米国防総省(ペンタゴン)Daniel Slim/AFP via Getty Images

(出所)https://www.politico.com/news/2025/07/01/pentagon-munitions-ukraine-halt-00436048

The Economistは、武器の出荷停止を決定したのが国防総省のエルブリッジ・コルビー政策担当次官だとみられると報じている。彼は以前から、米国の軍事資源を欧州や中東から中国との対立に集中させることを主張してきた。国防総省の軍需品備蓄の見直しを監督する立場にあるコルビーは、砲弾や防空兵器、精密弾薬が危険なほど少なくなっていることを懸念し、優先順位の低いウクライナへの武器供給を一時的に停止するよう求めたと考えられている。彼は、中国と太平洋での潜在的な紛争への準備が優先されるべきであり、ウクライナへの軍事支援は欧州勢に提供してもらうべきであると考えている。

何が起きたのか

7月1日に「米国防総省、ウクライナ向け約束の軍需品の一部を停止」と報じた『ポリティコ』も、ウクライナへの防空ミサイルやその他の精密弾薬の出荷停止決定をコルビーが下したと報じている。この問題に詳しい3人の関係者によれば、国防総省の軍需品備蓄を見直した結果、砲弾、防空ミサイル、精密弾薬の総数が減少していることが懸念されたためだという。

7月2日になって、ピート・ヘグセス国防長官がウクライナへのミサイルと弾薬の輸送を一時停止するよう命じたと伝えたNBCニュースは、供給が延期される兵器には、以下のものが含まれるという。すなわち、ロシアのミサイルから防衛できるパトリオット迎撃ミサイル数十基(下の写真)、155ミリ高爆発榴弾砲数千発、ヘルファイアミサイル100発以上、GMLRSと呼ばれる精密誘導ミサイルシステム250発以上、スティンガー地対空ミサイル、AIM空対空ミサイル(ただし、配給される予定のAIM-7ミサイル一式は航空機から発射されるように設計されているが、ウクライナによって防空弾薬として使用できるように改良されている)、グレネードランチャー各数十発である。

ウクライナ空軍のパトリオット防空システムの発射台 valentyn ogirenko/Reuters

(出所)https://www.wsj.com/world/what-the-halt-in-u-s-weapon-supplies-means-for-ukraine-485bf0df

なお、6月、カタールの米軍基地に対するイランの報復攻撃は、米国史上最大のパトリオット防空ミサイルの交戦を促したと国防総省はのべている。だからこそ、中東でも同防空システムの必要性が再認識されたことになる。注目すべきは、「ウクライナに提供されているこの高度なシステムは10億ドル以上し、迎撃ミサイルのいくつかのバージョンは1発400万ドル近くする」という点だ(「ワシントンポスト」を参照)。

さらに、「ウォール・ストリート・ジャーナル」(WSJ)は、「20数基のパトリオットPAC-3ミサイル」がポーランドの積み替え地点に待機されていると書いている。

ロイター通信によれば、今回の供給停止について、ホワイトハウスのアンナ・ケリー副報道官は、国防総省が世界各国の軍事支援を見直した結果、「アメリカの利益を最優先するため」の決断だと説明した。つまり、一時的な武器供給の停止はウクライナだけの問題ではない。さらに、CBSニュースは7月2日、コルビー国防次官が同日夜、「国防総省は、この悲劇的な戦争を終結させるという彼の目標に沿い、ウクライナへの軍事援助を継続するための強固な選択肢を引き続き大統領に提供する」とのべた、と報じた。つまり、ウクライナへの軍事支援を全面的に凍結するといった話ではないことが確認されたことになる。

困惑するウクライナ

それでも、唐突に米国からの武器供給が途絶えたウクライナは大混乱に陥った。7月2日、ウクライナ国防省は、「ウクライナ側は、米国から過去に割り当てられた防衛援助パッケージの一部要素の引き渡しが遅れているとの報告を受け、引き渡しの実態を明らかにしている」との声明を出した。事態を重くみたウォロディミル・ゼレンスキー大統領は、米国の独立記念日の7月4日に、ドナルド・トランプ米大統領と電話会談するところまでこぎつけた。

会談後、ゼレンスキーは、「我々は、防空における機会について話し、我々の空の保護を強化するために協力することで合意した。また、両チームの会談にも合意した。防衛産業の能力と共同生産について詳しく話し合った」とXに投稿した

Photo by gettyimages

しかし、これは一件落着を意味しない。なぜなら、ここ数週間、ウクライナ当局は何度も、重要な防空ミサイルやその他の弾薬の供給拡大について、米国に要請中とのべてきたからである。6月25日にオランダで開催されたNATO(北大西洋条約機構)サミットの会場でも、二人は会話した。その際、トランプはウクライナに防空システムとミサイルを売ることを検討するとのべたが、米国とイスラエルは武器そのものを必要としていると付け加えた。

だが、「ニューヨークタイムズ」は「その時すでに、国防総省では一時停止が計画されていた」と書いている。それどころか、「フィナンシャル・タイムズ」は、情報筋の話として、この決定は6月上旬に下されていたという。つまり、トランプはゼレンスキーの要望を小バカにして聞き流していただけなのだ。

先細る米国のウクライナ軍事支援

わかってほしいのは、今後も、米国がウクライナへの武器供給を継続するにしても、その規模は確実に先細りとなるだろうという点である。

これは、米国によるウクライナ支援の推移を示した下図をみれば一目瞭然だ。この支援は、主として、国防総省が自国の在庫からウクライナに武器を提供する大統領即時削減権限(PDA、下図の赤色棒グラフ)と、ウクライナ安全保障支援イニシアティブ(USAI、同ピンク棒グラフ)からなされてきた。「トランプ政権は1月の就任以来、PDAに関する発表を行っていないが、USAIの下で発注された武器は2028年後半まで供給されつづけると予想されている」と、The Economistは書いている。つまり、軍事支援は当面、継続される見通しだが、将来的には「トーンダウン」することが見込まれている。

トーンダウンする米国の対ウクライナ軍備配備支援(単位:10億ドル)赤色:大統領即時削減権限(PDA)ピンク:ウクライナ安全保障支援イニシアティブ

(出所)https://www.economist.com/europe/2025/07/02/americas-ominous-new-halt-on-weapons-to-ukraine

この米国の先細りを埋めるのが欧州による軍事支援であると考えられている。キール世界経済研究所は6月、「2022年6月以来初めて、欧州の軍事援助総額が米国を上回り、総額720億ユーロ(1ユーロ≒170円、以下同)となった」と明らかにした(下の図を参照)。欧州のウクライナ支援は、昨年3月と4月に急増した。わずか2カ月の間に、欧州は104億ユーロの軍事援助と98億ユーロの人道的・財政的援助を行ったのである。これは、「戦争がはじまって以来、2カ月間の合計としては最高額」という。

米国および欧州諸国などのウクライナへの軍事支援と非軍事支援の月平均(2022~2024)

(出所)https://www.ifw-kiel.de/publications/news/ukraine-support-europe-largely-fills-the-us-aid-withdrawal-lead-byn-the-nordics-and-the-uk/

具体的には、北欧諸国による支援が際立っている。3月にはスウェーデンが16億ユーロ、4月にはノルウェーが6億7000万ユーロを拠出した。合計すると、北欧諸国は昨年1月から4月の間に58億ユーロの援助を増加させたことになる。

軍事支援に注目すると、昨年4月11日付の「キーウポスト」が欧州の国別軍事支援について書いている。たとえば、英国はノルウェーとともに、ウクライナに「数十万」の無人機、対戦車地雷、ウクライナ国内の戦闘車両の資金として総額5億8000万ドルを割り当てる予定である(英国は4億5600万ドル相当を支援パッケージに拠出し、ノルウェーは残りを英国が運営するウクライナ国際基金と呼ばれる武器および軍事支援プログラムに拠出)。

オランダは3月31日、ウクライナの攻撃用無人機部隊を強化するために5億6800万ドル(5億ユーロ)を「大規模な無人機購入」を支援するために提供することを発表した。

5月10日付のNYTによれば、「ドイツは最近、ウクライナに60台以上の耐地雷装甲車、約5万発の砲弾、巡航ミサイルを撃ち落とすIRIS-T迎撃ミサイルを含む防空弾薬を送った」。ウクライナが入手したがっているパトリオットミサイルについて、ドイツはウクライナが既存の4基のパトリオット防空システムに加え、さらに2基のパトリオット防空システムを手に入れるのを支援したいと、情報筋の話を引用してBildは報じている。

不可思議な欧州指導者

ここで、なぜ欧州の政治指導者は、ウクライナへの軍事支援を減らすことでウクライナに停戦・和平を促さないのかという疑問が湧く。たとえば、人類学者のエマニュエル・トッドは「欧米の分裂と日本の選択」(文藝春秋、2025年5月号)と題した記事で、欧州の指導者らを厳しく批判している。欧州の「敗北」を認められず、いまだプーチンを「悪魔」扱いし、好戦的態度に出ている欧州の指導者たちは、「ロシアに妥協してはならない!」とヒステリックに叫んでいるだけだというのである。対ロ経済制裁の最大の被害者は欧州なのだから、「欧州こそ、本来は和平を望むべき」なのだとも書いている。

Photo by gettyimages

私は、彼の言う通りだと思う。

スポンサーリンク

コメント

タイトルとURLをコピーしました