左翼も、右翼もその「痛み」を先送りすることで勢力を伸ばしている。したがって、どちらが政権を取ったとしても明るい未来はやってこないであろう。
ギリシャ危機の際には、IMFやEUが救いの手を差し伸べた。しかし、英・独・仏という大きな経済圏が破綻したとしたら、いったいどこが助けてくれるのであろうか?
極めて暗い未来を想像せざるを得ない。
「やけくそ解散」の英・仏に、「原発全面停止」の独…大混乱の欧州が「世界で真っ先に沈没する」と言える理由
ギリシャ危機から15年
2009年にギリシャの財政不安が表面化し「ギリシャ危機」となってから約15年が経過した。
多くの人々にとっては、その前年の2008年に起こったリーマンショックの記憶の方が鮮烈であろう。また、日本や世界に与えた衝撃もこちらの方が大きかったといえる。
だが、欧州(EU)にとって「ギリシャ危機」は、超弩級の衝撃であった。ギリシャがEUの一員というだけではなく、ユーロ導入国のうちの一つであったため、EU全体やユーロという通貨システムへの「連鎖反応」が警戒されたのである。
事実、当時リーマンショックの打撃もあり、疲弊していたスペイン・イタリアなどの南欧諸国の経済・金融・財政(破綻)への大きな懸念もささやかれていた。
詳しくは、日経ビジネス 2020年4月20日「ヨーロッパの火種に?〔ギリシャ危機〕の混乱を振り返る」などを参照いただきたい。
2008年のリーマンショックについては、昨年12月6日公開「世界的金融・経済の惨劇はある日突然~ブラック・スワンはいつやってきてもおかしくない」2ページ目「金融システムの『脆弱性』と社会の『二極化』」で述べたように、「問題が先送りされただけで、状況はむしろ悪化」している。
リーマンショックの2つの大きな原因である、
1.(モノの裏づけのない)ペーパーマネーの過剰供給により引き起こされる金融システムの脆弱性
2.(マネーゲームなどによって生じる)「二極化」
は改善されるどころか、むしろ悪化している。
その結果、2022年3月22日公開「“リーマン級”で済めば幸運、これから『大恐慌クラスの経済混乱』やってくる…!」危険を抱えながら、我々は「綱渡り」をしているのだ。
3月18日公開「今、目の前にある1989年のデジャヴ~上り調子の市場で損をする人々の生態とは」で述べた「米国バブル崩壊」はそれほど先のことではないだろう。また、もし「崩壊」した場合の世界に与える影響も甚大だ。
「やけくそ解散」が続く
リーマンショック同様に、「ギリシャ危機」への対応も、欧州(EU)の抱える問題を先送りしただけであった。
ジェトロ 2022年4月14日「ギリシャ、IMFへの債務返済を完了」と報道されている。しかし、IMFやEUの助力でギリシャが危機を脱出し(表面的に)健全化しても、EU全体の抱える問題はむしろ悪化している。
例えば、EU経済をけん引してきたはずのドイツの惨状は、昨年9月11日公開「ドイツを見よ! EV化の惨めな結末~フォルクスワーゲン減産、結局、脱炭素は『三流国」への道?」などで述べた。
フランスも欧州議会選で与党が大敗したことを理由に、マクロン大統領が6月9日に国民議会(下院)の解散と総選挙の実施を発表。
この「やけくそ解散」とでも呼ぶべき出来事に、金融市場は衝撃を受けた。その結果、NRI 6月18日「フランス総選挙の危険な賭けにフランス国債市場が動揺:欧州債務危機と似た構図に」で述べられているような通貨安、債券安、株安の「トリプル安」に見舞われたのである。
さらに英国も、エリザベス2世が亡くなる直前に自ら任命したリズ・トラス氏が、たった45日で辞任するという最短記録をつくった。減税を打ち出したが、その財源が不明だとして国債市場が暴落(金利急騰)。ポンド安も招き、英国の「基幹産業」とでも言うべき金融市場に大混乱を起こした責任を取った形だ。
そして、後任のリシ・スナク氏も、読売新聞 5月24日「英首相がサプライズ解散…与党支持率18%、移民・経済対策の評価に望み託し『最大の賭け』」と報道される「やけくそ解散」を行った。
案の定、ロイター 7月5日「英総選挙、野党労働党が圧勝し14年ぶり政権交代へ 『変革』約束」で伝えられるように、スナク氏が率いる保守党が惨敗。キア・スターマー氏が率いる労働党の圧勝となった。
「やけくそ解散」そのものは、政治家個人の資質の問題ともいえる。しかし、そのような「にっちもさっちもいかない状況」に、欧州各国が追い込まれる「根本的問題」が存在する。そしてその根本的問題は、「ギリシャ危機」当時よりも深刻化していると考える。
「経済制裁」の大ブーメラン
そのように、少なくともギリシャ危機まで遡ることができる欧州(EU)の根本的問題に加えて、各国を追い込んだのが2022年2月24日のウクライナ侵攻に伴う「ロシアに対する経済制裁」である。
この経済制裁によってロシア経済は一時的な打撃を受けたかもしれない。しかし、ジェトロ 2月25日「2023年の実質GDP成長率は3.6%、内需が牽引」と好調だ。
それに対して、ロイター 1月15日「ドイツ経済、23年は0.3%マイナス成長 下期の景気後退は回避」である。また、ジェトロ 2023年12月25日「フランス中銀、2024年のGDP成長率を0.9%と予測」で述べられているように、フランスの2023年の成長率は0.8%(予測)である。
そして英国は、ジェトロ 2月19日「第4四半期のGDP成長率、前期比マイナス0.3%、景気後退入り」であり、2023年通年の成長率は0.1%と推定している。
英・独・仏、いずれもロシアと比較すると惨憺たる結果である。
「経済制裁」なるものの効果については、2022年6月24日公開「ナポレオン大陸封鎖令の大ブーメランに学ぶ経済制裁で自滅する歴史」で詳しく述べた。
経済原理で動くはずの国際貿易を「政治の都合」で制限しても、うまくいかない場合が多い。むしろ「ブーメラン」として自分に返ってくるということだ。
そもそも、ドイツを中心とする西欧は、ロシアが産出する安定的かつ安いエネルギーの恩恵を受けて経済を発展させた。ところがロシアに対する「制裁」を行ったことによって、その「安定的かつ安い」エネルギーを自ら放棄したのだ。
しかも、ロシアからエネルギーを輸入するために活躍していたパイプラインである、ノルドストリームが爆破された。ウクライナ戦争が終結し、平和になったとしても簡単には元通りにできないということである。
このように、ロシアにとっても欧州にとってもメリットが無いノルドストリーム爆破を行う「動機」がある国は限定される。
昨年2月24日公開「米政府が関与か? ノルドストリーム爆破疑惑のバイデンと『迷走』岸田のコンビでは日本が危うい」4ページ目「米国のお家芸の秘密工作!?」で述べた、ピューリッツァー賞受賞記者のシーモア・ハーシュ氏の指摘が真実かどうかは非常に気になるところだ。
7月3日公開「バイデン・TV討論会の『惨劇』にア然…!不安を抱えた大統領が『核ミサイルボタン』を持っているという『やばすぎる恐怖』」で述べたように、(出馬辞退を含めて)バイデン氏の再選が無ければ明らかになるのではないだろうか?
もちろん、欧州諸国が米国に追従してロシアと激しく敵対していることも、今後の「欧州のエネルギー問題」に影を落とす。
今回「やけくそ解散」が続いたのは欧州固有の問題に大きな原因がある。しかし、「ダメ押し」をしたのは、バイデン民主党政権主導の対ロシア「経済制裁」のブーメランによる経済的疲弊であるように思える。
「左」から見ると「真ん中」が「右」である
新聞・テレビなどのオールドメディアの多くが左翼(共産主義)系で、「左」の立場で報道していることは、よく知られている。
その左翼オールドメディアが、「マクロン氏の『やけくそ解散』の結果『極右』が台頭する」と、フランス国民の不安を煽った。実際、解散時点ではマリーヌ・ルペン氏が実質的に率いる「極右」政党、国民連合(RN)がフランス下院で過半数を獲得するのではないかと騒がれていた。
選挙結果が事前の予想を裏切り、ロイター 7月9日「仏総選挙、極右失速に欧州安堵 宙づり議会で前途多難」となったことを見れば、左翼オールドメディアの「反『極右』キャンペーン」が功を奏したといえよう。
だが、左側の人々が「自分が真ん中だ」と考えれば、真ん中(中道)が右になるのは自明の理である。
マリーヌ・ルペン氏の主張のすべてに賛成するわけでは無く異を唱えたい部分も少なくない。しかし、「反移民」、「反EU」のスタンスを「極右」と主張するのは奇妙だと考える。
むしろ、2月5日公開「無断で自宅に侵入する人々を許すべきか、テキサス州国境問題は他人事ではない」、2月14日公開「欧州『農民一揆』は『21世紀のフランス革命』へ、米国テキサス州国境問題は『第2次南北戦争』へと向かうのか」で述べた「不法侵入者」を歓迎するような「人権・環境全体主義者」や、昨年1月9日公開「環境イデオロギーが世界を破壊する、欧州の政治家も『狂っている』!?」のような、「環境テロリスト」を含む人々が「極左」と言えるのではないだろうか?
つまり、フランスを始めとする欧州の人々は、「極左」を始めとする「左翼」の人々が政治を牛耳るのにうんざりして、「左」に「右」を加えて(中和して)「真ん中(中道)」に戻したいと考えているように思える。
また、EUも「人権・環境全体主義者」に牛耳られた左翼系の硬直した組織であり、各国国民からの評判はすこぶる悪い。
英・仏・独どこもかしこも
もちろん、英国における過去14年間の保守党政権の間の英国経済が順調であったわけではない。むしろ、ボリス・ジョンソン、リズ・トラス、リシ・スナクの3代にわたっての政治・経済は「悲惨」であったといってもよいだろう。
だが、左翼労働党政権になったから改善されるということはまずないはずだ。英国の抱える問題は、これまで述べてきたような労働党にも手に負えないような「根源的」なものであるからだ。むしろ、考えたくはないが、もっと悪化させる可能性が高いであろう。
また、ドイツは、2020年9月21日公開「メルケル独裁16年間のつけ、中国がこけたらドイツもこけるのか?」、2022年1月6日公開「ドイツは3度目の『敗戦』? メルケル16年の莫大な負の遺産」で述べた「メルケル独裁16年間」で左傾化した後遺症が大きい。
企業や国民がエネルギー不足で苦しんでいるのに「原発全面稼働停止」という「人権・環境全体主義」を押し通す政府では、ドイツの「経済発展」はあり得ない。6月4日公開「GDPでドイツに抜かれ、インドが抜くかもしれないといわれるが、気にする必要はない」で述べたように、ドイツのGDP世界第3位の地位などすぐに失われるはずである。
そして、「現代のマリー・アントワネット」とも呼ばれるほど、国民に不人気なのがマクロン大統領である。実際、昨年5月20日公開「7公3民、21世紀のフランス革命は起こるか、そして5公5民の日本では?」冒頭「フランスは革命前夜?」と述べるほど激しい暴動が頻発している。
だが、マクロン氏は不人気だが、その政策は「まっとう」だともいえる。フランスは、「国民が痛み」を共有する大胆な改革を行う必要に迫られている。だがフランス国民は、まるで「ギリシャ危機」の際のギリシャ国民のように「痛みを受け入れる」ことを拒否しているのだ。
左翼も、右翼もその「痛み」を先送りすることで勢力を伸ばしている。したがって、どちらが政権を取ったとしても明るい未来はやってこないであろう。
ギリシャ危機の際には、IMFやEUが救いの手を差し伸べた。しかし、英・独・仏という大きな経済圏が破綻したとしたら、いったいどこが助けてくれるのであろうか?
極めて暗い未来を想像せざるを得ない。
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