
国際関係論の諸理論からトランプ政権の外交政策を予想する論稿を紹介する:トランプ政権の動きによってアメリカは世界の警察官を辞め、各国は協調し出す

今回は、国際関係論の泰斗、ハーヴァード大学教授のスティーヴン・M・ウォルトによる、国際関係論の理論を使っての第2次ドナルド・トランプ政権の分析を行っている論稿をご紹介する。ウォルトによると、2つの理論で説明できるということで、1つの理論は「力の均衡・脅威理論(balance-of-power/threat theory)」、もう1つは「
(the theory of collective goods)」だ。
脅威の均衡理論の論理は単純明快で、中央権力のない世界では、ある国家が強くなりすぎると、その国家が利用可能な権力をどのように使うか不透明なため、全ての国家が懸念を持つ傾向がある。弱小国は強国を牽制し、攻撃される場合には団結して抵抗しようとする。特に、近隣に悪意を持つ強国が存在する場合、バランスをとる必要性は強まる。
この理論は、アメリカが第二次世界大戦以来、世界最強の経済・軍事大国であったにもかかわらず、ほとんどの国がアメリカとバランスを取るよりも協調することを選んできたという異常事態を説明する。多くの国々は、近隣の危険な国々に対抗するためにアメリカと協力し、冷戦時代の同盟体制が崩壊する結果となった。アメリカは、他国から脅威視されていないため、強力なバランシング連合には直面しなかった。
アメリカの地理的な位置は依然として大きな資産だが、トランプ政権の好戦的なアプローチは前例のないもので、アメリカのパートナー諸国は信頼が揺らいでいる。トランプが新たな脅威を持って現れたことで、他の国々は次に標的になるのではと懸念している。特に、トランプによる大胆な行動が他国の指導者たちを結束させ、トランプの政策に抵抗する動きを生んでいる。 カナダの政治家がトランプに対抗するための会議を提案したり、中東の政府がトランプの提案を拒否したりすることは、トランプの外交政策が新たな抵抗を引き起こしている証拠である。アメリカの外交政策には、大きな変化が生じており、他国が取るべき対応策や、アメリカとの関係を再評価する必要性が増大している。短期的には譲歩を得られるかもしれないが、トランプのアプローチは長期的には裏目に出て、アメリカのライヴァル諸国に新たなチャンスを与える可能性がある。
集合財理論(the theory of collective goods)が作用するには、協調行動と代償を払う意志が不可欠であり、他国がまったくの無策でいることが許される訳ではない。特に政治的に緊張している国々には、バランスを取ることが難しい。
アメリカの力を行使するには一定の自制心が求められるが、トランプ政権にはその意識が欠けている。約束を守り、他国を尊重することがなければ、外交政策の影響力は衰えてしまう。アメリカは個別に譲歩して他国を引き離すことができ、それゆえにアメリカの立場は揺らいでいる。アメリカの強力な武器が存在することは明らかだが、強硬な外交手段がどのような帰結をもたらすかは、これからの課題である。威圧や罰の手段によって、他国との関係は悪化し、アメリカの影響力は減少する恐れがある。現在、我々が目にしているのは、今後の国際政治がどのように変化していくのかを示す重要な分岐点である。
これら2つの理論を用いての分析は、アメリカがこれまでの役割を放棄し、世界各国にとっての不安定要素や脅威となるために、アメリカに対して対抗するために世界各国がまとまるという未来図を提示している。アメリカは成果の警察官であることを辞め(これはバラク・オバマ政権からの動きであるが)、西半球にこもろうとしている。これは、アメリカの国是である「モンロー主義」への回帰である。こうした大きな動きによって、アメリカへの信頼は低下し、世界各国は大変化に備えるために、協調して行動することになる。これは、最新刊『トランプの電撃作戦』(秀和システム)で分析した通りだ。世界は大きな構造変化によって大変化を迎える。私たちはそうした世界史でも稀有な時代に際会していることになる。
(貼り付けはじめ)
国際関係論の理論が予測するトランプ2.0の内容(What IR Theory Predicts About Trump 2.0)
-米大統領の外交政策革命(foreign-policy revolution)に関する学術的評価はこうなる。
スティーヴン・M・ウォルト筆
2025年2月3日
『フォーリン・ポリシー』誌

私は誓う。今週はドナルド・トランプ米大統領以外の話題を書くつもりだったが、ホワイトハウスから噴出する悪質な政策の嵐を無視することはできない。重要な事柄について書くべきであり、世界最強国の外交政策はまさにその1つだ。特に、それが突如として広範囲に及ぶ奇怪な事態へと突入する時はなおさらだ。従って、トランプ政権が実行しようとしている外交政策の革命に焦点を当て続けることをどうか許して欲しい。
重要な問題は、トランプによる関税課税、世界保健機関(the World Health Organization、WHO)からの脱退、そしてその他最近の取り組みがアメリカ国民の生活にどのような影響を与えるかということだ。そして、その答えの一部は、トランプによる強引な威圧と脅迫の試み(Trump’s heavy-handed attempts to browbeat and bully them)に、世界がどう反応するかにかかっている。まずは、最も親密な同盟諸国から。この問題については数週間前にも書いたが、今日は、その根底にあるより広範な概念的・理論的な問題について考察したいと思う。
私が見たように、ここにあるのは、世界の仕組みに関する対立理論の衝突(a clash of rival theories about how the world works)である。1つは、私の古くからの友人である「力の均衡・脅威理論(balance-of-power/threat theory)」であり、もう1つは「集合財理論(the theory of collective goods)」である。どちらの視点も、世界がどのように機能しているのか、その仕組みについて重要なことを教えてくれる。ここで起きる疑問は、今起こりそうなことについて、どちらが最も明確な洞察を与えてくれるかだ。
脅威の均衡理論から始めよう。その論理は単純明快だ。中央権力のない世界では、ある国家が強くなりすぎると、その国家が自由に使える権力をどのように使うか分からないため、全ての国家が懸念する傾向がある。その結果、弱小国は力を合わせて強国を牽制し、強国が弱小国を征服・支配しようとすれば打ち負かそうとする傾向が強くなる。強い国が近くにある場合、他国を征服することを主目的としていると思われる強力な軍隊を持っている場合、特に悪意を持っていると思われる場合、バランスを取る傾向は強まる。
とりわけ、この理論は、世界政治における顕著かつ永続的な異常事態(a striking and enduring anomaly)を説明するのに役立つ。アメリカは第二次世界大戦以来、世界最強の経済・軍事大国であったが、世界の大国や中堅国のほとんどは、アメリカとバランスを取る(balance against it)よりも、アメリカと協調する(to align with it)ことを好んだ。彼らは、アメリカのバンドワゴンに飛び乗る[jumping on the U.S. bandwagon](すなわち、ワシントンをなだめるために同調する[aligning with Washington in order to appease it])のではなく、彼らのすぐ隣にあり、危険な野望を抱いていると思われる国々(ソ連など)に対して、アメリカとバランスを取っていたのである。その結果、アメリカの冷戦同盟体制は崩壊した。 アメリカの冷戦時代の同盟システムは、モスクワと同盟を結ぶ様々なパートナーよりも常に豊かで、軍事的に強く、影響力があった。
アメリカは、その巨大な力にもかかわらず、同等に強力なバランシング連合(an equally powerful balancing coalition)に直面したことがない。これは、他の主要な世界大国から地理的に離れていることも一因だが、カナダなどの近隣諸国を含む多くの主要諸国がアメリカを特に脅威とは見なしていなかったことも一因である。この状況は、アメリカが単独で世界大国の頂点に立ち、他国がその影響力を抑制するためにもっと努力するはずだった一極化時代(the unipolar era)にも続いた。「ソフト・バランシング(soft balancing)」を試みる、ささやかな試みもあったが、ほとんどは中東の「抵抗枢軸(Axis of Resistance)」のような比較的弱いアクター群の間で行われた。アメリカの同盟諸国は、しばしばアメリカの判断力に疑問を呈し、アメリカの政策が意図せず自国に損害を与えるのではないかと懸念していたが(2003年のイラク侵攻は、こうした懸念が正しかったことを裏付けた)、全体としては依然としてアメリカを深刻な脅威ではなく、有用なパートナーと見なしていた。アメリカの優位性(U.S. primacy)は、民主党政権と共和党政権の両方がNATOのような多国間機関を通じて大きな影響力を行使し、同盟諸国の指導者たちにワシントンの要求に応じるよう圧力をかけているときでさえ、一般的に敬意を持って接していたため、容認可能でもあった。
もちろん、アメリカの地理的な位置は変わらず、依然として大きな資産だ。しかし、カナダやデンマークといった伝統的に親米的な国々に対するトランプ政権の好戦的なアプローチは前例のないものだ。アメリカのパートナー諸国は、アメリカがもはや信頼できないのではないかと懸念しているだけでなく(トランプはルールなど無意味だと考えており、火曜日に何かを約束して金曜日に撤回することに何の抵抗も感じないため)、アメリカが積極的に悪意を持っているのではないかとも懸念している。トランプ大統領がパナマ運河の奪還(retake the Panama Canal)、グリーンランドの征服(conquer Greenland)、カナダを51番目の州にする(make Canada the 51st state)と脅迫すれば、既存の条約の内容やパナマ、デンマーク、グリーンランドの人々がそれについてどう思っているかに関わらず、全ての国が次は自分たちかもしれないと懸念してしまうことになる。
脅威均衡理論(balance-of-threat theory)が予測するように、これらの国々の指導者の一部は既に、トランプの危険な政策に抵抗するための協調的な取り組みを提唱している。先週、カナダのクリスティア・フリーランド元財務大臣(ジャスティン・トルドー首相の後任として自由党党首に就任することを目指している)は、トランプの関税と主権侵害への共同対応策を策定するため、メキシコ、パナマ、カナダ、ヨーロッパ連合(European Union、EU)の首脳会議の開催を求めた。カナダのホッケーのファンたちがアメリカ国家「星条旗(The Star-Spangled Banner)」の演奏にブーイングをしたのは(今週末のように)、何か深刻な問題があることを意味している。エジプト、ヨルダン、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、カタール、パレスティナ自治政府、アラブ連盟は、ガザ地区とヨルダン川西岸地区からパレスティナ人を民族浄化する(to ethnically cleanse)という、トランプの提案を断固として拒否する共同声明を発表した。トランプが現在の路線を継続するならば、こうした動きは必然的に拡大し、一部の国々は、たとえワシントンに対する影響力を高めるためであっても、北京の支援を求めることになるだろう。
これは米国の外交政策における大きな変化(a sea change)であり、アメリカとその主要な大国であるライヴァル諸国との間に認識される差異を必然的に狭めることになる。アメリカのアジアのパートナー諸国は、地域のパワー・バランス(power balance、力の均衡)を懸念し、その維持にアメリカが協力することを望んでいるため、ワシントンと協力することを熱望してきた(アメリカの指導者たちを満足させるために、政策の一部を調整してきた)。しかし、アメリカがロシアや中国のように振る舞い始め、新たな貿易戦争の脅威(threatening new trade wars)を与え続ければ、ワシントンと緊密に結びついていることの利点は薄れていくだろう。アメリカに追従することに慣れている国々は、アメリカの気まぐれから自国を守るためにヘッジをかけ、他の戦略を模索するだろう。
まとめると、世界政治のより永続的で強力な理論の1つは、トランプ大統領の外交政策への急進的なアプローチが裏目に出ることを示唆している。短期的には多少の譲歩(concessions)を勝ち取るかもしれないが、長期的には世界的な抵抗が強まり、アメリカのライヴァル諸国にとっては新たなチャンスとなるだろう。
しかし、ここで集合財理論が作用し、それは逆の方向を指し示している。アメリカの力を抑制するには、協調行動(coordinated action)と、反対に伴うコストを負う意図(a willingness to bear the costs of opposition)が必要だ。他国をトランプに対抗させるには時間がかかり、一部の政府はただ乗りして、誰かが大変な仕事をしてくれることを期待する誘惑に駆られるだろう。このような状況下では、アメリカは分割統治(divide-and-conquer)を行い、個別に譲歩することで一部の州を引き離そうとする可能性がある。バランスの取れた連合を組織することの難しさは、特に政治体制自体が緊張状態にある国々にとっては、決して軽視すべきではない。そして、トランプがまさにそれを当てにしている。
しかし、特記すべき点がある。世界を「不均衡(off-balance)」な状態に維持するには、アメリカの力を選択的に行使し、相当の自制心を持つことが求められる。それは、より弱い国々やそれらの指導者たちを屈辱させる機会を常に探そうとしないことである。他国は、アメリカが約束を守ること、そして合意や譲歩が新たな要求を招くだけではないこと(Washington will keep its promises and that cutting a deal or making a concession won’t simply invite new demands)を確信しなければならない。残念ながら、自制心(restraint)を発揮し、約束を守り、他者を尊重することは、トランプの戦略には含まれていなかった。そして、彼が公務員を骨抜きにする一方で、任命した有能な人材は、アメリカの外交政策が巧みに遂行される可能性をさらに低くしている。
アメリカ合衆国が強力な武器(a mailed fist)を持っていることは誰も疑わない。しかし、そのヴェルヴェットの手袋を脱いだ時に何が起こるのか、我々はこれから発見することになる。リアリストたちが何十年も警告してきたように、そして過去の侵略者たちの行動が私たちに思い出させてくれるように、他国を威圧し罰するために強硬な外交手段を用いる国家は、最終的には当初のバランスへの抵抗や集団行動の障害を乗り越え、友好国は減り、敵は増え、影響力ははるかに弱まることになる。アメリカ合衆国が最も近い隣国や多くの長年のパートナーを永久に疎外するなど考えられなかったが、まさに今、我々はその方向に向かっている。
※スティーヴン・M・ウォルト:『フォーリン・ポリシー』誌コラムニスト。ハーヴァード大学ロバート・アンド・レニー・ベルファー記念国際関係論教授。ブルースカイ・アカウント:: @stephenwalt.bsky.social、Xアカウント:@stephenwalt
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