
「砂糖の大量生産」の歴史は、奴隷制度の歴史そのもの。血と汗と涙が滲む「砂糖」と「甘味料」の世界史

人間は文明の発達とともに、甘いものを欲し、そして生み出してきました。では、砂糖や蜂蜜はどのようにして普及し、私たちの生活に広がっていったのでしょうか? メルマガ『糖尿病・ダイエットに!ドクター江部の糖質オフ!健康ライフ』著者で糖尿病専門医の江部康二先生が今回語るのは、人類と甘味料についての歴史的考察です。
人類と甘味料 蜂蜜と砂糖の歴史
多くの人が、甘味料に関心を持っていると思います。
今回は人類と甘味料について歴史的に考察してみます。
紀元前6000年頃に描かれた、スペインのアラーニャの洞窟の壁画に、はちみつを採集する人の姿が描かれています。
このように、人類が初めて口にした甘味は、天然の蜂蜜といわれています。
ちなみに蜂蜜に含まれる糖質は、果糖(約40%)とブドウ糖(約35%)とショ糖(数%)で構成されています。
果糖は血糖値をほとんど上げませんが、中性脂肪に変わりやすいので太りやすい甘味です。
蜂蜜にはビタミンやミネラルも多く、その中には18種を越える有機酸が含まれ、pH値は約3.7前後です。
蜂が集めてきた花蜜(主にショ糖)は、働き蜂の唾液腺から分泌される転化酵素の働きによってショ糖からブドウ糖及び果糖へと変化し、水分20%まで濃縮されます。
蜂蜜以外の甘味料として、サトウキビの搾り汁を煮詰めて精製結晶「白砂糖」を作り出すのに成功したのは、紀元前のインド人です。
インド砂糖は、アレクサンダー東征により西方へも伝わりましたが、庶民には高嶺の花、かなりの貴重品だったと考えられます。
長らく西洋では、日常の甘味料としては、蜂蜜が唯一のものでした。
中国では玄奘(三蔵法師)のインド行きがきっかけで、製糖法が伝わり、7世紀以降に砂糖生産が始まったとされています。
砂糖が日本に伝わったのは、奈良時代後期に鑑真和尚が唐から渡来した折りと言われています。
ずっと貴重品だった砂糖はヨーロッパでは貴族だけが嗜むものでした。
産業革命を経て多量にかつ安価に生産できるようになり、庶民にも解禁されて、イギリスでは紅茶とたっぷりの砂糖が一般的となりました。
現在では、その過剰摂取が、世界中で肥満や糖尿病のもとであると問題になっています。
砂糖の主成分がショ糖(スクロース)です。
砂糖きび(甘蔗)と砂糖大根(甜菜)を原料として作ります。
ショ糖はブドウ糖と果糖が結合したものです。
ショ糖の純度の高いものがグラニュー糖(99.95%)や氷砂糖(99.98%)です。
家庭で最もポピュラーな上白糖は、独特のしっとりした感じを持たせるために、ショ糖の結晶に濃厚な転化糖液(ビスコ)を少量ふりかけてあり、純度は97.8%です。
「転化糖」とは、ショ糖の分解(加水分解)によってできたブドウ糖と果糖の混合物で、ショ糖より甘みが強いです。
意外かもしれませんが、ショ糖は大豆、大根、白菜、ねぎ、ほうれん草などの野菜やアーモン、ピーナッツドなどのナッツ類にも少量含まれています。
つまりショ糖は自然界の植物に普通に存在しているわけです。
なお、砂糖の大量生産の歴史は、欧米の西インド諸島植民地のサトウキビ栽培が始まりです。
イギリスやアメリカの白人が、西インド諸島の原住民を奴隷として過酷な労働を強いて、現地の人口が激減します。
そうなれば次はアフリカで黒人をさらって奴隷として西インド諸島で働かせて、といったパターンが始まります。
要するにサトウキビ栽培の歴史は、奴隷制度の歴史そのものと言っても過言ではないようです。
時が経ち、徐々に人種差別反対、抵抗、反乱、革命・・・奴隷制度廃止へと歴史が動きます。
砂糖の話に興味がある方は、「砂糖の歴史」エリザベス・アボット著、樋口幸子訳、河出書房新社がお奨めです。
マニアックな大著ですので読むのに骨がおれますが・・・



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