
五大商社「株式まとめ買い」のバフェットがいよいよ伊藤忠と協業開始…その対象となった、意外すぎる「衰退産業」
バフェットの日本を代表する総合商社へのラブコール
投資の神様バフェットが、日本の五大総合商社を「まとめ買い」したことは多くの注目を浴びた。
ウォーレン・バフェット by Gettyimages
その意図などについては、2020年9月4日公開「バフェットが認めた『日本の強さ』の正体…5大商社株式取得に動いたワケ」、同9月16日公開「結局、『総合商社』は何がスゴいのか?“投資の神様”バフェットはこう考える」、同10月2日公開「バフェットの『商社投資』で、生き残る日本企業の共通点がわかった…!」、2021年3月6日公開「投資の神様・バフェットが『日本の商社』に投資した『本当の理由』がわかった…!」、同10月19日公開「バフェットがまとめ買いの5大総合商社、買い増し候補の勝者と敗者」、2022年5月7日公開「投資の神様バフェットなら“5大商社の次に狙う”日本銘柄はどこか?」を含む多数の記事で解説したので、そちらを参照いただきたい。
重要なのは、バフェットが「日本を代表する企業」としての五大総合商社に投資をしたことである。
バフェットの金言には「世界最大の米国市場で稼げないのに、河岸(市場)を変えれば儲かると思うのは浅はかだ」というものがある。実際、4月3日公開「バフェットの警鐘『ヘビの油売りに気をつけよ』の意味~投資で成功するためには『自分の範囲』を見極めることだ」で述べたように、20世紀の間(70歳を越えるまで)バフェットの投資は「自分の範囲」である米国市場にほぼ限定されていた。初めての本格的な海外投資は2003年のペトロチャイナである。
しかし、この投資も「国際石油メジャー」よりもペトロチャイナが割安であったという理由によるものである。バフェットは「石油(エネルギー)企業への投資は原油(エネルギー)価格がポイントだ」と述べる。つまり、中国企業に投資したというよりも、国際商品である原油(エネルギー)に投資したと解釈するのが正しい。
五大総合商社という「日本」への投資である
また、中国のバッテリー・EVメーカーであるBYDへの投資も、Sience Portal China 2017年11月14日「王伝福-中国電気自動車産業のパイオニア」で紹介されている創業者の人物と経営手腕に、バフェットと相棒のマンガーがほれ込んだことから実現した。
こちらも優秀な「人物」に投資をしたのであって、決して「中国企業」だから投資をしたのではない。
それに対して、五大総合商社は、川上から川下までほぼ日本のすべての産業と関りを持つ「日本を代表する企業」である。しかも、商社は世界中にあるが、いわゆる「総合商社」は日本独特の業態だとされる。
もちろん、2月29日公開「バフェットからの手紙2024年~米国市場暴落は不可避か? だから日本市場へ」、5月25日公開「投資の神様バフェットは生涯3度目の『待機』に入っているのか~米国株暴落、そして日本市場の関係を考える」で述べたように、米国内でバフェットのお眼鏡にかなう投資対象が少なくなっているという事情はある。
だが、それでも世界の他のどの国よりも「日本」(企業)に注目した事実は重要だ。
「業界」のことは「業界人」に聞け
バフェットは、他の日本企業への投資の可能性にも言及しているが、その際に既存の総合商社のビジネスネットワークの活用をほのめかしている。
実際、バフェットがM&Aを行うときには、すでに買収した傘下企業経営者の助言を重視する。要するに「あなたが推薦する業界の『優良企業』はどこですか?」と聞くわけである。
「投資の神様」バフェットも万能であるわけではない。だから、業界固有の状況や個々の企業の内部事情については、「業界の中にいる専門家」=「経営者」の方がはるかに詳しい。
しかも、バフェットは敵対的買収を絶対に行わないため、創業者を含めた既存の経営者が買収された後もそのまま経営を続ける。つまり、傘下企業の経営者たちは業界の古株で知識が豊富であるということだ。さらに、彼らとバフェットは友好的な関係を築いているから、情報の信頼性を疑う必要もない。
五大総合商社への投資でバフェットは、総合商社の持つネットワークに期待しているが、まさに前記のような「信頼関係」に基づく「Win-Win」の関係が基本だ。
いよいよ総合商社とバフェットの協業が始まる
ロイター 昨年5月9日「バフェット氏との協業検討、伊藤忠CFO『今後もしていく』」との方針はすでに明らかであった。
バフェットは多くの経営者が、割高な企業買収を行う際の言い訳に多用する「シナジー効果」には否定的だ。1+1=2を上回る結果を出せるM&Aは実際のところ少なく、むしろ「2」を大きく下回る残念な結果に終わることが多いからだ。
したがって、バフェットのM&Aはあくまで単体の企業の評価に基づいて行われ「シナジー効果」を見込むことは基本的に無い。
その結果、バークシャー・ハサウェイ傘下の企業は幅広い産業に分布しているが、それらの企業間の「協業」はほとんど行われていないのが実情だ。
もちろん、経営者同士の仲が悪いとか疎遠であるということは無い。例えば、新たにバークシャー傘下に入った企業の経営者はバフェットに声をかけられ、一緒にラウンドするという栄誉を与えられる。
また、前述のような同じ業界の傘下企業だけではない。バフェットが買収に踏み切るということは優良企業の証であり、被買収先企業の経営者たちは「バークシャー・グループ」の一員であることを、例えば三井、三菱などの財閥系企業と同じようなステイタスとして捉えている(HPなどでもそのことを強調している)。
当然、財閥系企業と同じようにグループ各企業の経営者や社員たちの一体感もある。ただ、それが具体的な協業に結びついていなかっただけである。
五大総合商社の投資に踏み切った時にバフェットは、昨年9月22日公開「投資家の8割は損をする、勝ち組になるためには『市場のゆがみ』と『アイディア」を」5ページ目「勉強・研究が投資の基礎」で述べたような徹底的な調査・研究を当然行っているはずである。
その際に、バークシャー・グループでは実現できていない総合商社の、ビジネスにおけるシナジーの優秀さに気が付かなかったはずがない。
昨年12月13日公開「『分散投資を有難がるとは気が違っているとしか思えない』~より過激なバフェット、『盟友』チャーリー・マンガーを偲ぶ」3ページ目「『学び上手』だから偉大」で述べたように「学び上手」なバフェットが総合商社から学べる絶好のチャンスを見逃すとは考えられない。
その結果、日本経済新聞 6月28日「伊藤忠とバフェット氏『協業』アジアで衣料ブランド」という結果になったわけだ。
下着やTシャツは30年後もニーズがある消耗品
伊藤忠と協業した(バークシャー傘下の)フルーツ・オブ・ザ・ルームの「公式オンラインストア」を見るとどのような企業なのかイメージできるであろう。
同社は2002年からバークシャー・ハサウェイの傘下にあるが、1851年創立の伝統ある会社だ。1999年に一度倒産を経験してはいるが、1850年創業のアメックス、1886年デビューのコカ・コーラ同様「歴史と伝統」があるバフェット好みの企業だといえよう。
また、日用品の強力なブランドもバフェットが好むところだ。
バフェットは、コカ・コーラに投資したのはなぜかと聞かれて「30年後も人々がコカ・コーラを飲んでいることを確信できる」ことを理由の一つにあげている。フィンテックなどが騒がれているが、アメックスのクレジットカードも、30年後みんなが使っているサービスの一つだと考えているのであろう。
しかも、コカ・コーラを飲み干したら、次の1本を買わなければならない。また、クレジットカード保有者が毎月買い物をするたびに手数料が入ってくる。
同様に、下着やTシャツも「消耗品」であるから「次の需要」が途切れることが無い。つまり、「フルーツ・オブ・ザ・ルーム」はバフェット好みの典型的企業であるということだ。
繊維の伊藤忠
一方、伊藤忠は伊藤忠兵衛が麻布(まふ)の「持ち下り商い」を始めたことに起源がある(なお、伊藤忠と丸紅はルーツが同じ)。
ちなみに、バークシャー・ハサウェイは、元々日本を始めとするアジア勢の攻勢によって経営が芳しくない繊維企業であった。繊維企業としてはその幕を閉じたが、コングロマリットとして世界を代表する企業に成長した。「繊維」が起源である点は、伊藤忠と同じである。
日本の繊維産業も、かつての米国と同じようにアジア勢の攻勢にさらされて厳しい状況に陥った。実際、「【トップに聞く 2023】伊藤忠商事 繊維カンパニープレジデント 諸藤雅浩 常務執行役員」で述べられているように、大手総合商社において伊藤忠商事以外は(同根の丸紅も含めて)繊維分野からほぼ撤退している。繊維を看板として掲げているのは伊藤忠だけといえよう。
現在の伊藤忠の繊維事業は、「繊維カンパニー」「Textile Company Overview」 「繊維カンパニーの成長戦略」などに詳しい。
同社は多数の世界的ブランドを取り扱っているが、東洋経済オンライン 2019年4月26日「9割反対でも伊藤忠がデサントを買収した理由」のような敵対的買収は世間を驚かせた。
だが、前記記事にあるように「やむにやまれぬ事情」が背景にあり、敵対的買収は本意ではなかったと考える。
基本は「友好・信頼」をベースとする「日本型経営」であり、だからこそ、総合商社の中でバークシャーとの協業第1号に選ばれたのであろう。
乾電池も消耗品
実際、フルーツ・オブ・ザ・ルームに続いて、Bloomberg 7月2日「伊藤忠がバークシャー傘下企業と相次ぎ提携、『デュラセル』販売」との報道が飛び込んできた。
大手家電量販店やネット通販などでの販売を予定し、5年から7年後に年間50億円の売り上げを目指すと伝えられる。こちらもバフェット好みの日用品かつ消耗品であるから、今後の展開が期待される。
もちろん、伊藤忠商事だけではなく、他の総合商社との間でも協業の話は進行しているであろう。今後が楽しみである。
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