高校物理の定番公式《力=質量×加速度》…しかしこのうち2つは「現実にはない」─ないのに認識できる「脳の不思議」

科学論
高校物理の定番公式《力=質量×加速度》…しかしこのうち2つは「現実にはない」─ないのに認識できる「脳の不思議」(田口 善弘)
「いつの日かAIは自我を持ち、人類を排除するのではないか――」2024年のノーベル物理学賞を受賞した天才・ヒントンの警告を、物理学者・田口善弘は真っ向から否定する。理由は単純だ。人工知能(AI)と人間の知能は「本質的に異なる」からだ。しかし、そもそも「知能」とは何なのだろうか。その謎を解くには、「知能」という概念を再定義し、人間とAIの「知能の違い」を探求しなくてはならない。生成AIをめぐる混沌とした現状を物理学者が鮮やかに読み解く田口氏の著書『知能とはなにか』より、一部抜粋・再編集してお届けする。

高校物理の定番公式《力=質量×加速度》…しかしこのうち2つは「現実にはない」─ないのに認識できる「脳の不思議」

「いつの日かAIは自我を持ち、人類を排除するのではないか―」2024年のノーベル物理学賞を受賞した天才・ヒントンの警告を、物理学者・田口善弘は真っ向から否定する。

理由は単純だ。人工知能(AI)と人間の知能は本質的に異なるからである。しかし、そもそも「知能」とは何なのだろうか。その謎を解くには、「知能」という概念を再定義し、人間とAIの知能の「違い」を探求しなくてはならない。生成AIをめぐる混沌とした現状を物理学者が鮮やかに読み解く田口氏の著書『知能とはなにか』より、一部抜粋・再編集してお届けする。

『カリフォルニア工科大の新入生は「半分以上が女子」!?…制度面では男女平等な日本で「理系女子」が極端に少ない意外な理由』より続く。

進化で獲得した「現実シミュレーター」古典力学

「生成AIと脳という2つの別の『知能』があり、それらは全く異なった形で現実を解釈するシミュレーターだ。今後も無限個の『異なった現実シミュレーター』としての知能が出現するだろう」という話をしたら、違和感を覚えるかもしれない。

しかし、実は我々はすでに、「異なった現実シミュレーターとしての知能」を持っている。それは古典力学である。古典力学とは高校で習う普通の物理学のことである。多くの読者は高校で習った物理学の内容を覚えていないだろうから、ごく簡単におさらいをしてから先に進みたい。

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高校の物理で習ういわゆる力学の分野にはいくつかの定理のようなものがある。そのすべてを思い出す必要はない。必要なものだけちょっと思い出してもらおう。例えば

力=質量×加速度

という式がある。質量とはなにか、みたいな話はとりあえずしない。簡単には「何kg」みたいな重さだと思っておけばいいだろう(もっと正確に思い出したいという向きには拙著『学び直し高校物理』〈講談社現代新書〉をお勧めしておく)。

「力」と「加速度」なんて存在しない

加速度、というのは速度の時間変化である。時速100km(毎時)で走っている車が1時間で110km(毎時)まで加速したら、加速度は10km(毎時・毎時)になる。「毎時」が2回ついてしまうのは速度のときにすでに毎時が1個ついているのでその1時間あたりの変化量が加速度なのでもう1個毎時がついてしまうことによる。ややこしい話だが、これ以外に定義しようがないのでご勘弁いただきたい。

またこの式は「ある質量にある力が加わったときの加速度」の式とみることもできるし、「ある質量にある加速度が生じているときの力」の式、とみることもできるが、最悪、その意味がわからなくても以下の議論には関係ない。

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さて、ここでちょっと爆弾発言をするのであるが、この3つの登場人物、「力」「質量」「加速度」のうち、「実際に存在する」のは質量だけで、力と加速度は人間の脳が作り出した概念構築的な構成物だ、と言ったらびっくりするだろうか?

「そんな馬鹿な。物理法則というのは人間の存在と関係なく成立する絶対的な真実だと習ったぞ」と言われるかもしれない。それはそうなのだが、我慢してもうちょっとお付き合いいただきたい。

この概念自体は別に人間が考え出したものではない

まず、この式は確かに数学的な式ではあるが、この概念自体は別に人間が考え出したもの、というわけではなく、他の生物と共有されている概念である。

例えば、あなたが犬を飼っていると考えよう。ご存じのとおり、犬を飼っていれば、定期的に散歩に連れて行かなくてはならない。散歩の途中で、紐を外して、犬を自由に走らせることのできる「ドッグラン」で飼い犬とたわいない遊びに興じることもあるだろう。

一番簡単(?)な飼い犬との遊びといえば、棒を投げて取ってこさせるお馴染みの奴だろう。あなたが棒をえいっとばかりに投げれば、飼い犬は、棒が落下するのを待たずにだっとばかりに落下地点に走り出すはずだ。

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これはつまり、あなたが棒を投げた瞬間に、犬はそれがだいたいどのあたりに落ちるのか想像できているということである。つまり、(空気抵抗を無視すれば)棒の落下地点は初速と投擲位置(つまり、あなたの手から棒が離れた位置)だけで決まるということ(前記の式から導かれる帰結)を知っている、ということだ。

いまは犬の例をあげたが、ある程度高等な哺乳類は同じ世界観を共有しているはずだ。そうでなければ、捕食者と被食者の争い、食物を得るための争い、子孫を作るための配偶者の争い、すべてで敗北してしまうだろう。この世界観を共有できなかった個体は淘汰圧で絶滅したはずだ。逆に言うとこの式は、進化の過程で生命体が構築した概念だ、ということがわかる。

しかし、生物が構築した概念だからといって現実の法則とは言えない。

知能とはなにか ヒトとAIのあいだ

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「AIは人類を上回る知能を持つか?」

「シンギュラリティは起きるのか」。

今世紀最大の論点に機械学習に精通した物理学者が挑む

チャットGPTに代表される生成AIは、機能を限定されることなく、幅広い学習ができる汎用性を持っている、そのため、将来、AIが何を学ぶかを人間が制御できなくなってしまう危険は否定できない。しかし、だからといって、AIが自我や意識を獲得し、自発的に行動して、人類を排除したり、抹殺したりするようになるだろうか。この命題については、著者はそのような恐れはないと主張する。少なくとも、現在の生成AIの延長線上には、人類に匹敵する知能と自我を持つ人工知能が誕生することはない、というのだ。

その理由は、知能という言葉で一括りされているが、人工知能と私たち人類の持つ知能とは似て非なるものであるからだ。

実は、私たちは「そもそも知能とはなにか」ということですら満足に答えることができずにいる。そこで、本書では、曖昧模糊とした「知能」を再定義し、人工知能と私たち人類が持つ「脳」という臓器が生み出す「ヒトの知能」との共通点と相違点を整理したうえで、自律的なAIが自己フィードバックによる改良を繰り返すことによって、人間を上回る知能が誕生するという「シンギュラリティ」(技術的特異点)に達するという仮説の妥当性を論じていく。

生成AIをめぐる混沌とした状況を物理学者が鮮やかに読み解く

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