
進化の速度を決定するものとは何か?進化を目撃することはできるのか?グッピーの体色はたった2年で進化したという事実!

ヒトが一生の間に進化を見ることはできない?
最近、「進化はとても速く進む」という話を、よく聞くようになった。
これまでは、進化はとてもゆっくりと進むので、人間の一生のあいだに進化を目の当たりにすることはできないと言われていた。でも、そんなことはなくて、一生のあいだに進化を見ることは十分に可能だというのだ。
たとえば、中部アメリカ原産のグッピーという魚は、捕食者(グッピーを食べる魚)がいない環境では、オスの体色が派手になる。そのほうがメスに好まれるからだ。
一方、捕食者のいる環境では、オスの体色は地味になる。そのほうが捕食者に見つかりにくいからだ。地味になるとメスに好まれなくなるというデメリットはあるものの、捕食者に見つかりやすいほうが、デメリットとしては大きいのだろう。

プリンストン大学に在籍したジョン・エンドラー(1947-)は、このグッピーを使って、進化の実験を行った。
グッピーの生息地に似せた、長さ十数メートルの川や滝を作って、そこにグッピーを放したのだ。そして、体色に差のないグッピーの集団を、捕食者のいる環境といない環境で生息させて、どのように進化するかを観察した。
たった2年で起こったグッピーの体色の進化
実験の結果は驚くべきものだった(もっともエンドラー自身は、そういう結果を予想していたふしがあるので、驚かなかったかもしれない)。
同じ体色のグッピーの集団は、だいたい2年で自然界と同じ体色に進化したのだ。グッピーは生後2ヵ月弱で繁殖可能になるので、2年といえば十数世代だ。こんなに速く進化するなら、人間が一生のうちにグッピーの進化を見ることは十分に可能だろう。
別の話もある。ハワイ諸島には、コオロギに寄生するハエがいる。コオロギが鳴くと、このハエに見つかりやすくなる。そのため、ハワイ諸島のコオロギは、鳴かないように進化した。

この進化は5年弱、だいたい20世代で起きたという。じつは、こういう話はたくさんある。数年のあいだに、目で見てはっきりとわかる進化が起きる例は珍しくないのである。
進化の速度は速いのか?遅いのか?
でも、何か変な気もする。やはり、進化は長い時間をかけて起きるというイメージも、捨てきれない。たとえば、私たちヒトとチンパンジーは、昔は同じ種の生物だった。ところが約700万年前に分岐して、現在ではヒトとチンパンジーという異なる種に進化した。
つまり、ヒトとチンパンジーぐらい違う生物に進化するのに約700万年もかかったわけだ。

進化は数年で起きるというけれど、やっぱり進化には莫大な時間がかかるのではないだろうか。だって、5年や10年経っても、チンパンジーもヒトも全然進化したようには見えない。いや、百年や千年経ったとしても、ほとんど進化しないのではないだろうか。いったい進化は速いのか遅いのか、どちらなのだろう。
「シン・わらしべ長者」
ある家に男の子が2人いた。のんきな兄としっかり者の弟である。
ある朝、兄は母親から、隣の家に行って着物を借りてくるように言われた。兄は玄関から外へ出た。するとアブが寄ってきて、顔の周りを飛び回りはじめた。うるさくて仕方がない。
そこで、近くに落ちていた藁の先に、アブを結びつけた。アブは藁に結ばれたまま飛び回る。兄はそれが面白くて、着物を借りに行くことなど、すっかり忘れてしまった。そして近くの石に腰かけたまま、しばらくアブを眺めていた。
そんなことをしているうちに、昼になってしまった。
道を歩いてきた男の子が、兄が持っていた、アブが結んである藁を見て、欲しがった。男の子の母親は、ミカンと交換しようともちかけてきた。そこで兄はミカンと交換した。それから兄は、ミカンを手に持ったまま、また石に腰かけて、ぼんやりしていた。
そんなことをしているうちに、夕方になってしまった。
そのとき商人が、道をこちらに向かって歩いてきた。喉が渇いてたまらなかった商人は、男(兄)がミカンを持っているのを見て、商品の着物と交換してほしいと言ってきた。そこで男(兄)は着物と交換した。兄は着物を膝に載せたまま、日が暮れていくのを眺めていた。
そんなことをしているうちに、暗くなってしまった。
兄が家に帰ると、母親が怒っていた。隣の家に着物を借りに行くのに、どうして朝から晩までかかるのだと。のんきな兄は、隣に着物を借りに行くことなど、すっかり忘れていた。でも、たまたま商人からもらった着物があったので、怒っている母親にそれを渡した。

翌日、母親は、こんどは弟に、隣の家に行って着物を借りてくるように頼んだ。
しっかり者の弟は、玄関から出ると、真っすぐに隣の家に行った。そして10分も経たずに、着物を借りて戻ってきた。「まったく同じ兄弟なのに、どうしてこうも違うんだろうねえ」そう言って、母親はため息をついた。
さて、兄も弟も結果的には着物を家に持ってきたのだから、同じことをしたわけだ。しかし、それにかかった時間は全然違う。なぜだろうか。
進化における「道草」とはなにか?
進化にも、この話のような兄と弟がいる。
最初に述べたグッピーやコオロギは弟だ。たとえば、捕食者のいる環境に棲んでいるグッピーは、体色が地味なほうが捕食者に見つかりにくいので有利である。そのため、もし体色が派手なら、少しでも地味になるように自然淘汰が働く。
さらに、もし体色がすでに地味でも、さらに地味になるように自然淘汰が働く。つまり、いつも同じ向きの自然淘汰が働く。進化の方向が同じで、ぶれないし止まらない。こういう場合は、進化が速く進むと考えられる。

でも、兄のような進化もある。たとえば、鳥の翼だ。翼がない状態から翼のある状態まで、同じ向きの自然淘汰によって進化することはできない。つまり、一直線に進化をすることはできないのだ。
たとえば、仮に翼がない状態から少しだけ翼が進化したとする。つまり、小さな翼に進化したとする。でも、それでは飛べないので、そんな翼は役に立たない。役に立たないものをつくるのは、エネルギーの無駄遣いなので、むしろないほうがよい。
つまり、小さな翼など、ないほうがよい。というわけで、翼がない状態から小さな翼には進化しない。でも、小さな翼の段階を通らなければ、ちゃんとした翼には進化しない。
では、どうやって翼は進化したのだろうか。
翼の進化を「道草」から考えてみると
たしかに、弟みたいなしっかり者なら、翼は進化しない。進化の方向がぶれなかったら、翼は進化しない。でも、兄みたいにぶれまくれば、翼だって進化するのだ。
おそらく最初は体温を保つために、羽毛が進化したのだろう。それから、オスがメスにアピールするために、羽毛の生えた小さな翼が進化した。それからグライダーのように滑空するために翼が使われるようになり、そしてついには空を飛ぶために翼が使われるようになった。
さらにその途中には、進化による変化がほとんど起きない時期もある。ある程度環境が安定していれば、その環境に適応したまま、ほとんど変化しないことはよくある。

兄がのんびり日が暮れるのを眺めていたような時間が進化にはあるのである。
もちろん、このような翼の進化の道筋は一つの可能性であり、これ以外にも、進化の途中で、いろいろな使い道があったかもしれない。ただはっきりしていることは、進化の方向がぶれまくっていたことだ。そうでなければ、空を飛べる翼は進化しなかっただろう。複雑な構造が進化するには、弟だけでなく兄も必要なのだ。
進化の速度には「道草」が影響する
進化速度に影響を与える要因はたくさんある。変異がどれくらいあるかとか、子をどのくらいつくるかとか、そういうことも影響する。
しかし、それ以上に重要なのは、兄のように道草を食う時間である。関係ない方向に行ったり、ぼんやり立ち止まったりしていれば、いくらでも時間は経っていく。いくらでも進化速度は遅くなっていく。

人生で一番楽しいことは、無駄遣いと道草だという。無駄遣いはともかく、道草は進化にとって重要である。目的に向かって一直線に進むような進化だけでは、生物の複雑で素晴らしい構造をつくることはできないのである。
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