これは、本当に生物だったのか…あまりに小さすぎる「火星の芋虫」が起こした「地球外生命への期待」

生命科学
これは、本当に生物だったのか…あまりに小さすぎる「火星の芋虫」が起こした「地球外生命への期待」(小林 憲正)
1976年の6月19日、前年の10月に打ち上げられたヴァイキング1号が火星の周回軌道に入ったことにちなんで、地球以外の天体への生命や、原始地球で起こった「生命起源」の謎に対する探究の流れについて、アストロバイオロジーの第一人者、小林憲正氏の解説で、火星の生命探索の動きを追ってみます。

これは、本当に生物だったのか…あまりに小さすぎる「火星の芋虫」が起こした「地球外生命への期待」

火星探査のみならず、地球外生命研究にも影響

1976年のヴァイキング1号、2号が採取した火星土壌から生命が存在する証拠となるものが発見されなかったことから、火星探査も下火になっていましたが、1996年8月7日、その後の火星探査のみならず、地球外生命研究の方向をも一変させる発表が、NASAのダニエル・ゴールディン長官によって行われました。日本でも多くの新聞やテレビがトップニュースとして報じましたので、ご記憶の方もいらっしゃると思います。

それは米国の研究チームが「ALH84001」とよばれる隕石中に、生命の痕跡を発見した、というものでした。1984年に南極のアランヒルズで発見されたその隕石は、内部に閉じこめられていたガスの分析から、火星から飛来したものであることがわかっていました。その中に生命の痕跡があったということは、火星に生命が存在していたということになります。

火星由来の隕石「ALH84001」 photo by NASA

火星の「芋虫」から始まったアストロバイオロジー

この火星隕石を観察したのは、デイヴィッド・マッケイ(1936〜2013)らの研究チームでした。彼らが電子顕微鏡で見つけたのは、微生物の化石と思われる芋虫状の構造(図「火星隕石ALH84001中の微生物状の構造物」)と、ヴァイキング計画では見つからなかった有機物(多環芳香族炭化水素)などでした。それらを総合して、「生命の痕跡」と判断したのです。

火星隕石ALH84001中の微生物状の構造物 photo by NASA

この発表に対しては、支持する意見や、生命の痕跡とはいえないと反対する意見など、数多くの議論がありました。代表的な反対意見は、微化石のサイズが1μm
もなく、地球の微生物に比べて小さすぎる、というものでした。

しかしのちに、地球にもそのような微小なバクテリア(ナノバクテリア)が見つかり、生物なのか非生物なのかが論争になりました。したがってサイズだけで火星生命の痕跡ではないと否定するのは難しそうです。なお、その後の2022年には、理化学研究所の加藤真悟らが古細菌(アーキア)の中に微小なもの(ナノアーキア)を発見し、培養することに成功しています。

再認識された火星探査の必要性

火星隕石中の生命の痕跡については、いまだ評価は分かれ、定まっていません。しかし、さらにくわしく調べるには火星探査が必要であるということでは、意見は一致しました。NASAは新たな学問領域の名称として「アストロバイオロジー」を掲げ、1998年にNASAアストロバイオロジー研究所(NAI)を設立して宇宙と生命の問題に積極的に取り組むことを表明しました。

欧州でもこれに呼応して、2001年に研究者ベースでアストロバイオロジーを推進するための組織として「欧州アストロバイオロジーネットワーク協会」(EANA)を設立しました。

なお、NASAはアストロバイオロジーを「宇宙(地球も含む)における生命の起源・進化・分布と未来を探る」と定義しています。それまで「圏外生物学」とよばれていたものとほぼ同じですが、あえて「未来」を加えたところが新しいといえます。

火星には水も有機物もあった

さっそくNASAは、下火になっていた火星探査を再開しました。今度は、ヴァイキングのときの反省に立って、一足飛びに生命探査に向かうのではなく、足下を固めながら進んでいくという戦法を採りました。地球型の生命が誕生し、生存するためには液体の水が不可欠です。

そこで、火星にはかつて液体の水があったのか、現在もあるのか、あるとしたらどこにあるのかを探ることにしたのです。掲げた標語は「水を追え」(Follow the Water!)でした。

ヴァイキング着陸機は降りた地点周辺の土壌しか調べられませんでしたが、ローバー(ロボット探査機(車両)。ランダーに比べ、より広範囲に探査できる。写真「オポチュニティ」参照。)を使うことにより、さまざまな場所での分析が可能になりました。

オポチュニティ(マーズ・エクスプロレーション・ローバーB) photo by gettyimages
オポチュニティから撮られた火星の地表写真 photo by Universal History Archive/Universal Images Group via Getty Images

やがて2008年には、高緯度地点を調べていたフェニックス・マーズ・ランダーが表土をすくったところ、水が凍結した氷と思われる白い物質が見つかりました。ほかにも次々と成果があがったことで、過去には火星に大量の水が存在したこと、その一部は地下に氷として残されていることが確実となりました。

有機物探査への動き

水の次は、有機物です。NASAが本格的に火星の有機物探査に乗り出したのは、「マーズ・サイエンス・ラボラトリー」という宇宙船でのミッションからで、そこでは「マーズ・キュリオシティ・ローバー」が用いられました。「キュリオシティ」は「好奇心」という意味です。

マーズ・サイエンス・ラボラトリーに搭載された「マーズ・キュリオシティ・ローバー」 photo by gettyimages

2012年に火星のゲール・クレーターに着陸したキュリオシティには、「SAM」とよばれる有機物分析装置が搭載されていました。SAMはさっそく、塩素が結合した炭化水素を確認しました。ヴァイキング計画では有機物が検出されなかったので、これは大きな進歩です。

この炭化水素は、火星の有機物が土壌に含まれる過塩素酸塩と一緒に加熱されたときに生じたものと考えられています。実はヴァイキング計画でも、同様な分子は検出されていたのですが、もとの有機物が火星起源かどうかが不明だったため、有機物が存在したとは認められていなかったのです。

しかし今回は、火星起源の有機物であることが確認されました。さらに、2018年にはゲール・クレーター内の泥岩を加熱してみたところ、ベンゼン環や硫黄を含む複雑な有機物が存在することもわかりました。ゲール・クレーターはかつて湖だったとされており、過去の生物がつくった有機物の痕跡である可能性が考えられています。

火星のクレーター“ゲール”。軌道上の観測をもとにCGで再現したもの photo by Universal History Archive/Universal Images Group via Getty Images

キュリオシティの次には、「MARS2020」とよばれる新たなミッションが行われました。2021年にジェゼロ・クレーターに着陸したローバーには「パーサヴィアランス」(忍耐)という名前がつけられ、また、「インジェニュイティ」(想像力)と名づけられたロボットヘリコプターも、探査に用いられました。

火星探査ロボット・ヘリ「インジェニュイティ」 photo by NASA/gettyimages

このミッションの目的は、火星の土壌サンプルを集めて、将来、別の探査機で地球に持ち帰る準備をすることです。火星の生命の存否は、最終的には土壌サンプルを地球に持ち帰ったあと、最先端の分析装置で分析することによって明らかになると期待されています。

一方、欧州でも欧州宇宙機関(ESA)が立案した「エクソ・マーズ計画」が、NASAの協力のもと進行中ですが、その経緯については、拙著『生命と非生命のあいだ』にまとめましたので、お読みいただければと思います。

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