
じつに、恐るべき「太陽フレア」による宇宙線…なんと、地球誕生時には「もっと頻繁に起こっていた」かもしれない

加速器実験でアミノ酸ができた!
筆者が生命の起源についての研究を始めたのは、東京大学で博士号を取得したあと、1982年から1986年まで米国メリーランド大学化学進化研究所に博士研究員として研究をしていた頃のことです。筆者は、進化研究所の4つの研究室(地球化学、惑星化学、有機化学、生化学)のうち、惑星化学研究室を担当し、主としてさまざまに組成を変えた惑星大気から有機物を合成していました。まさに、ミラーの実験の発展版といえます。
帰国後、東京工業大学教授(当時)の大島泰郎(たいろう)先生から、「東工大にある加速器を使って何か実験ができないか」とのお誘いをいただきました。加速器とは、陽子などの粒子にエネルギーを与えて非常に速い速度まで加速する装置で、通常は原子核物理の研究などに使われています。
私はそれまで、ガンマ線を照射する実験は経験がありましたが、加速器を使ったことはありませんでした。まずは、加速器を使うことが何のシミュレーションになるかを考える必要がありました。
文献で知っていたのは、メルヴィン・カルヴィンたちの実験などで、電子線をあてると原子核から電子が飛び出してくるβ壊変といわれる現象のシミュレーションのために電子線を出すのに使っていたくらいでした。

メルヴィン・カルヴィンは、米国の化学者。光合成反応における代表的な炭酸固定反応である「カルビン・ベンソン回路」を、米国の生物学者アンドリュー・ベンソンらと発見した。その経緯と生命誕生への影響は、『生命と非生命のあいだ』に詳説した。
そこで、加速器を担当していた川崎克則博士に電子線は出せるかを尋ねると、「これはバン・デ・グラーフ型の加速器なので、プラスの電荷のものしか加速できません。最も簡単に出せるのは陽子線です」とのこと。そこで、陽子線は何に使えるのかを考えてみました。
陽子あるいは水素イオンは、宇宙線に最も多く含まれているものです。宇宙線は宇宙空間を飛び交っている高エネルギーの放射線で、地球にも常時、飛んできています。ということは加速器による陽子線は、原始地球にやってきた宇宙線の模擬に使えるかもしれないと考えました。
宇宙線の評価は低かった
しかし文献をみると、原始地球上には太陽の紫外線や雷など、さまざまなエネルギーが届いていたと考えられるなかで、宇宙線の評価はとても低いものでした。たとえば、ミラーとオーゲルの共著『生命の起源』(野田春彦訳)にはこうあります。
「現在では宇宙線のエネルギーは無視でき、過去にも重要となるほどあったとは思えない」
そのためか、原始大気中での有機物合成を模した実験で、宇宙線をエネルギー源として考慮したものはほとんどありませんでした。
加速器での実験でアミノ酸が生成された
とはいえ、せっかくの機会ですので、とりあえず実験してみることにしました。反応容器をデザインして、そこに放電実験と同じ窒素ガスとメタンガスと水を入れて、加速器で陽子線を照射してみました。そうして得られた生成物を加水分解して分析すると、予想以上に多くのアミノ酸ができていたのです。
ならば、ということですぐに、メタンを一酸化炭素に替えて加速器実験を行いました。当時、東京大学の松井孝典(たかふみ)や米国ペンシルバニア州立大学のジェームズ・カスティングらが、原始地球の大気には一酸化炭素がかなりあったかもしれない、という理論を言いだしていた頃でした。
ところが火花放電では、メタンを一酸化炭素にするとアミノ酸の生成量が極端に少なくなってしまうのです。そうしたわけで、少し後ろめたさをおぼえながらメタンを実験に使っていたのですが、この加速器実験ではメタンを一酸化炭素に替えて陽子線を照射しても、メタンのときとほぼ同じ量のアミノ酸ができていたのです。これはいける、と思いました。
学会でこの結果を発表したところ、宇宙線が生命の材料をつくったかもしれないということで広く一般の人々の関心をよび、新聞にも取り上げられました。それを見て、東京大学宇宙線研究所(当時)の斉藤威(たけし)博士が声をかけてくださいました。

アミノ酸が生成は、エネルギー量に比例した
当時、東京都の田無市(現・西東京市)にあった宇宙線研究所と同じキャンパスには、原子核研究所の加速器がいくつかあり、バン・デ・グラーフ加速器よりも大型なので、それらを使って共同研究をしようというのです。
加速器が大型になると、照射される陽子線のエネルギーも高くなります。宇宙線研究所で行った実験では、それらの陽子線は、ガスを入れた容器をほぼ素通りしました。しかし、それでもいくぶんかのエネルギーをガスに落としました。そして、そのエネルギー量に比例して、アミノ酸が生成することがわかったのです。
しかもこの結果は、陽子を電子やヘリウムイオンに替えても同じでした。ということは、宇宙線の入ってくるところでは、どこででもアミノ酸ができる可能性があるということです。
エネルギーに比例してアミノ酸ができるということは、この実験ではアミノ酸はストレッカー合成ではない道筋でできることを示しています。もしストレッカー合成であれば、まずシアン化水素、ホルムアルデヒド、アンモニアなどができ、その後、それらが反応してアミノ酸になるわけで、エネルギーに比例してできるという実験事実とは矛盾するからです。
なお、核酸については、一酸化炭素、窒素、水に陽子線を照射することにより核酸塩基ができるかを調べてみると、ウラシルが他のものより多くできていることがわかりました。
太陽からのおそるべき放射線
こうした宇宙線の多くは、超新星爆発のときに高速でまき散らされたイオンや電子だといわれています。これらは太陽系の外から来るので「銀河宇宙線」ともよばれます。
しかし一方で、太陽から来るイオンや電子もあります。つねに太陽から流れ出しているエネルギーの低いものは「太陽風」とよばれています。
また、太陽表面で「フレア」とよばれる爆発(図「太陽フレア」)が起きたときなどに生じる、高エネルギーの宇宙線を「太陽高エネルギー粒子(SEP)」とよびます。フレアには小さいものから大きいものまでさまざまあり、大きいフレアが起こるとSEPのエネルギーも、その個数も多くなります。そのようなときは、地球では磁気嵐が起き、携帯電話やGPSが使えなくなったりします。

高緯度地域で見られるオーロラは、太陽風やSEPと地球の高層大気が衝突することで美しく輝くものですが、ときとして太陽フレアが巨大になると、オーロラが低緯度地域でも見られることがあります。1859年に起きた巨大フレアのときには、赤道域でもオーロラが見えました。このときは無線電信システムが停止し、電信機が発火したりもしています。
この巨大フレアは、リチャード・キャリントン(1826〜1875)が詳細に観測したため「キャリントン・イベント」とよばれています。
当時は携帯電話や電力網がなかったため被害は限定的でしたが、いま、この規模のフレアが起きれば広い範囲で停電が起き、人工衛星も破壊されてしまうため、被害総額は100兆円以上になるのではと危惧されています。
ところが、京都大学の柴田一成教授(当時)のグループが、ケプラー宇宙望遠鏡を用いて太陽に似た恒星を観測していたところ、とてつもないフレアを起こすものが見つかりました。規模でいうとキャリントン・イベントよりもエネルギー量が何桁も上なのです。
太陽がまだ若い頃にはこうしたスーパーフレアがたびたび起こり、非常に高エネルギーの「太陽高エネルギー粒子(SEP)」が大量に地球に降り注いだ可能性が出てきたのです。
また、SEPが、初期の地球で生命の材料を生成に大きく関与していた可能性も見えてきました。
続いては、SEPが初期地球に与えた可能性を、より詳しく探ってみます。
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