生命は「宇宙で生まれた」…パンスペルミア説の「2つの根拠」から明らかになる「否定はしないけれど、すっかり鵜呑みにはできない」ワケ

生命科学
生命は「宇宙で生まれた」…パンスペルミア説の「2つの根拠」から明らかになる「否定はしないけれど、すっかり鵜呑みにはできない」ワケ(更科 功)
生命は「宇宙で生まれた」…パンスペルミア説。じつは、これまで、意外に多くの科学者からの支持を得て、また多くの研究成果が残されました。今回は、フレッド・ホイルがあげた根拠から、パンスペルミア説の可能性について考えてみます。

生命は「宇宙で生まれた」…パンスペルミア説の「2つの根拠」から明らかになる「否定はしないけれど、すっかり鵜呑みにはできない」ワケ

「生命は宇宙で生まれた」というアレニウスの着想

生命の起源は謎に包まれている。生命は地球で生まれた可能性が高いけれど、起源がはっきりとしない以上、宇宙で生まれた可能性も完全に否定することはできない。

「生命は宇宙で生まれた」という仮説をパンスペルミア説という illustration by gettyimages

この、「生命は宇宙で生まれた」という仮説のなかで、もっとも有名なものがパンスペルミア説である。パンスペルミア説は、スウェーデンの物理化学者でノーベル化学賞の受賞者でもあるスヴァンテ・アレニウス(1859~1927)により、1903年に提唱された。

アレニウスは、胞子のような何らかの強固な構造を取った細胞が、地球の歴史の初期に、宇宙からもたらされた可能性を示したのである。

【写真】スヴァンテ・アレニウス
スヴァンテ・アレニウス photo by gettyimages

細胞が宇宙空間を移動する手段として、アレニウスは光の放射圧を考えた。物体が光を放射したり吸収したり反射したりすると、微弱だが圧力が生じる。この圧力を受けて、細胞が宇宙空間を移動するというのである。

微生物のなかには、マイナス200度以下の超低温に長時間さらしても生き残るものがいるので、低温の宇宙空間でも旅することができると考えたのだ。

また、アレニウスは、宇宙空間にX線が存在することは知らなかったが、強力な紫外線は存在して、それが細胞に致命的な障害を与える可能性には気づいていた。しかし、胞子のような強固な構造をとっていれば大丈夫だろうと、楽観的に考えていたようだ。

さまざまなパンスペルミア説

狭義のパンスペルミア説はアレニウスの説のことだが、その後も、地球の生命が宇宙から飛来した可能性を指摘する研究者が何人も現れた。現在では、それらの説をまとめてパンスペルミア説と呼ぶことが一般的である。

アレニウスの他に、イギリスの物理学者であるケルビン卿ウィリアム・トムソン(1824~1907)、ドイツの物理学者で生理学者のヘルマン・フォン・ヘルムホルツ(1821~1894)、イギリス出身の天文学者であるフレッド・ホイル(1915~2001)、そしてDNAの二重らせん構造を発見したフランシス・クリック(1916~2004)など、ノーベル賞受賞者ないしノーベル賞級の科学者が唱えたことで、パンスペルミア説は広く知られるようになった。

【写真】フレッド・ホイル
フレッド・ホイル photo by gettyimages

ただし、研究者ごとにパンスペルミア説は少しずつ異なる。そこで、広く知られており、内容もパンスペルミア説としては標準的なホイルの説を、ここでは取り上げることにしよう。

生命が進化するためには地球の歴史は短すぎる

ホイルのパンスペルミア説の根拠は、おもに2つである。

そのうちの1つは、突然変異と自然淘汰による進化が遅すぎることだ。生命が誕生してから人間のような複雑な生物に進化するためには、45億年あまりの地球の年齢では短すぎるというのである。

ここでは、実際にホイルが挙げた例を、さらに単純化したもので考えよう。

たとえば、10個のアミノ酸が一列に並んだタンパク質があったとする。アミノ酸が理想的な順番に並んでいるので、このタンパク質はきちんと働くことができる。こういうタンパク質が、ランダムに10個のアミノ酸が並んだタンパク質から、偶然に作られる確率を考えよう。

それぞれのアミノ酸は20種類あるので、特定のアミノ酸が10個並ぶ確率は、20の10乗=約10000000000000(約10京)分の1だ。

さらにホイルは、ヒトとゴリラのヘモグロビンというタンパク質におけるアミノ酸の違いと、ヒトとゴリラの分岐年代から、アミノ酸が置き換わる速さも見積もっている。

両者を考え合わせると、きちんと働くタンパク質が進化するには、長大な時間がかかる。しかも、タンパク質は一つではないし、生物の体を作るには、タンパク質以外にもさまざまな物質が必要である。それらがすべてきちんと働くように進化するためには、地球の年齢(45億年あまり)では短すぎるというのである。

ホイルの論理への違和感の正体

ホイルの論理は一見正しいが、論理がスタートする前の前提が間違っているように思える。ホイルは自然淘汰を誤解しているのだ。

たとえば、1番目のアミノ酸が適切なアミノ酸になったとしよう。それからしばらくして、2番目のアミノ酸が適切なアミノ酸になったとする。ところが、そのあいだに、せっかく適切なものになった1番目のアミノ酸が、ふたたび別のアミノ酸に変化してしまうかもしれない、とホイルはいう。

ホイルは、適切となった1番目のアミノ酸が、ふたたび別のアミノ酸に変化してしまうかもしれない、という photo by gettyimages

たしかに、そうであれば、きちんと働くタンパク質が進化するには長大な時間がかかるだろう。まるで賽の河原のように、積むそばから崩されていくのであれば、なかなか石積みの塔は完成しないだろう。

しかし、自然淘汰が働いていれば、そうはならない。いったん適切なものになった1番目のアミノ酸は、そのまま固定される可能性が高いからだ。その場合は、進化にかかる時間ははるかに短くて済むはずである。

さらにいえば、ホイルは自然淘汰の種類についても誤解しているように思う。

ホイルのもう一つの誤解

自然淘汰の働き方は大きく分けて2つある。

1つは方向性淘汰で、集団の平均から外れた個体が有利な場合、自然淘汰は集団を平均から外れた方向に変化させるように働く。たとえば背の高いほうが有利であれば、背が高くなるように進化するわけだ。

もう1つは安定化淘汰で、集団の平均的な個体が有利な場合、自然淘汰は平均から外れた個体を除くように働く。つまり、方向性淘汰は生物を変化させるように働き、安定化淘汰は生物を変化させないように働くのである。

【写真】ダーウィンのノート
ダーウィンのノート photo by gettyimages

生物が進化していくあいだには、方向性淘汰が働いているときもあれば、安定化淘汰が働いているときもある。しかし、現在の進化学における知見では、ほとんどの時間は安定化淘汰が働いていると考えられている。

つまり、生物の進化を単純化して考えれば、安定化淘汰が働いてほとんど変化しない時期がほとんどで、そのあいだに、方向性淘汰が働いてすばやく変化する時期がときどき挟まる、そんな感じだろう。

進化の速度をあらためて考察すると

さきほどホイルは、ヒトやゴリラのヘモグロビンというタンパク質におけるアミノ酸の変化速度から、アミノ酸が置き換わる速さも見積もった。しかし、ヘモグロビンは優れた機能を持ったタンパク質であり、安定化淘汰が働いていることは確実である。

安定化淘汰が働いているときのアミノ酸の変化速度を使って、すべてのアミノ酸が変化する時間を見積もれば、結果が現実離れした長大な時間になるのは当たり前だろう。

赤血球の電子顕微鏡像。赤血球の主成分であるヘモグロビンは、安定化淘汰が働いているため、変化には膨大な時間がかかる photo by gettyimages

ホイルは、「生命が誕生して現在のような多様な生物に進化するためには、地球の歴史は短すぎる。だから生命は宇宙で生まれて、ほとんど完成した形で地球に送り込まれたのだ」というのである。

しかし、その結論は、おそらく間違っている。その理由は、自然淘汰に対する誤解から、進化速度をあまりに遅く見積もりすぎたためだと考えられる。

パンスペルミア説のもう一つの根拠

ホイルのパンスペルミア説の根拠は、おもに2つあって、1つは進化が遅いことだった。もう1つは、なぜか地球の生物が、地球で暮らすには不必要だが、宇宙空間で生存するためには必要な特徴を備えていることである。

太陽から放射された紫外線のうち、波長の短い紫外線は地球の大気中にあるオゾン層で吸収され、波長の長い紫外線だけが地表に届く。ところがショウジョウバエは、地表に届かないはずの、波長の短い紫外線を感知することができる。なぜ、地表に棲んでいれば必要のない感覚を、ショウジョウバエが持っているかというと、それはかつて宇宙にいたことがあるからだ、というのである。

ホイルは、ショウジョウバエの「紫外線を感知する」という感覚は、宇宙空間で生存するための特徴という photo by gettyimages

もちろん、これは、ショウジョウバエが宇宙にいた証拠にはならない。生物が、生きるために必要な能力をいくつか持っているとしよう。その場合、それらの能力を組み合わせたりすれば、たまたま新しい能力を発揮できることもあるはずだ。

たとえば、狩猟や採集で暮らしている人には、高度な数学は必要ないかもしれない。しかし、狩猟採集民のなかにも、教育すれば高度な数学の能力を発揮する人がいるだろう。自然淘汰によって、狩猟採集などをする能力が進化すれば、付随的に数学などの能力が進化することもある。生物の能力には余裕があるのである。

生命が宇宙から来た可能性はある

ホイルのパンスペルミア説は間違っている可能性が高いけれど、だからといって、生命が宇宙から地球に飛来した可能性が否定されたわけではない。火星で誕生した生命が地球に飛来した可能性は十分にあるし、もっと遠くから生命(あるいは生命のようなもの)が飛来した可能性だってある。

しかし、いくつかのパンスペルミア説では、何らかの高度な知性によって、地球に生命が送り込まれたと考える(ホイルのパンスペルミア説もそうだ)。そのために強引な議論を展開することも少なくない。

生命が地球外から飛来した可能性は否定できないけれど、パンスペルミア説にはさまざまなものがあり、玉石混交であることは覚えておいてよいことだろう。

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