
トランプ関税で米国内も大混乱…始まった深刻な不況と「ふさわしくない市民」の排除=高島康司

トランプ政権の高関税の発動に各国は脅えている。しかしながら、高関税適用で懸念される米国内の余波も大きい。新たな不況は始まる可能性が高い。これらのリアルな状況を詳しく伝える。(『 未来を見る! 『ヤスの備忘録』連動メルマガ 』高島康司)
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※本記事は有料メルマガ『未来を見る! 『ヤスの備忘録』連動メルマガ』2025年4月4日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。
高関税の導入で米国内で起こっていること
日本時間の4月3日、午前5時にトランプ大統領は相互関税が適用される国々が発表になった。すでにトランプ政権は、カナダとメキシコに25%、中国に20%の関税の適用、ならびにアルミ、鉄鋼、自動車、自動車部品にはすべての国に一律25%の適用を発表している。
今回、新たに発表になった高関税は、すべての国々に一律10%の関税を適用した後、それぞれの国の条件によって関税を上乗せするというものだ。以下が今回発表になった主要国の関税率だ。
日本:24%
中国:34%
韓国:25%
台湾:32%
EU:20%
インド:26%
英国:10%
これから各国の報復関税が発動され、自由貿易のシステムが実質的に終焉することになる。1930年代のような保護貿易の時代に逆戻りするような状況になる。
ときおり日本の主要メディアでは、トランプは行き当たりばったりの予想のつかない人物なので、高関税適応のマイナス効果がはっきりしてきたら、すぐに政策を改めるのではないかという観測が見られる。
しかし、そうならないことは明らかだ。基本的にトランプ政権は、連邦政府を大幅に縮小して州政府に権限を委譲し、キリスト教の倫理によって統治される分散国家の構築を目標にするキリスト教ナショナリストの政権である。
そうしたトランプ政権がモデルとして目標にしているのが、現在よりもはるかに連邦政府の規模が小さかった1913年以前のアメリカである。この時代、連邦政府の歳入のほとんどは25%から30%程度の高関税に依存していたので、所得税は存在していなかった。トランプ政権は、現在の連邦政府の規模を高関税の歳入だけで維持できるレベルに縮小すると同時に、所得税の廃止で投資と国内消費を活性化して、米経済を成長させる計画だ。
このように、高関税の適用はトランプ政権の基本的なアイデンティティである、その基本的な世界観にねざしたものである。だから、状況が悪くなったからといって、簡単に撤回できるものではない。どれほど国内が不安定になったとしても、撤回はしないはずだ。
各国はそのような状況に対処するために、米国市場への依存を減らす方向に動いている。地域で連携を強化し、地域間の経済活動を活発化させようよしている。日本と中国、韓国は30日、5年ぶりとなる経済貿易担当相会合をソウルで開き、自由貿易を強化することで合意した。
日本と韓国は主要な自動車輸出国であり、中国も米国の追加関税によって大きな打撃を受けている。共同声明によると、日中韓は包括的な3国間自由貿易協定に向けた交渉を加速させるとともに、貿易と投資環境を整備することで一致した。
このような動きは、BRICSを含む世界の各地域に拡大している。地域間市場の活性化で米国依存を減らす方向だ。
強制送還される合法移民と市民権を有する米国民
高関税適用による米国内のインフレ昂進懸念で、米経済は非常に厳しい不況に入る可能性が高くなっている。これは以前の記事も何度か紹介したが、今回の記事でもリアルな状況を紹介する。しかしその前に、トランプ政権下で起こっているリアルなパニックについて紹介する。
周知のようにトランプ政権は、不法移民の強制送還や国境管理の厳格化などを実施しているが、不法移民対策は拡大適用され、「移民局」が米国入国がふさわしくないと恣意的に判断された合法移民、また市民権を持つ米国民なども強制送還の対象になっている。これがパニックを引き起こしつつあるのだ。
トランプが大統領に就任してから、不法移民の強制送還を含む10の大統領令を出している。その代表的なものが「大統領令14159号」だ。これは、「侵略からアメリカ国民を守る」と題されたもので、裁判所の審理なしに個人の強制送還を認めたものだ。これと類似した内容の大統領令が10ほど出されている。
もしこれが不法移民だけに適用されるのであれば、大きな問題はないかもしれない。しかしながらこれらの大統領令は、「移民局」の捜査官が恣意的に「米国民としてはふさわしくない」と考えた個人すべてに適用され、強制送還が行われている。
その対象になっているのは、合法的な移民の許可証である「グリーンカード」の保有者だ。彼らには、選挙権を除いて、米国民に保障されているすべての権利が与えられている。しかし、「移民局」によって「グリーンカード」が無効化され、元々の出身国に強制送還されてしまうケースが一気に増えている。
「グリーンカード」の保有者は選挙権を除いた米国民並の権利が保障されているので、米国への出入国はまったく自由に行える。ところが、一度出国した「グリーンカード」保有者が帰国して米国に入国しようとすると、「グリーンカード」を取り上げられて無効が宣言され、強制送還されてしまう。送還される理由は、説明されないことが多い。
また、「グリーンカード」の保有者ばかりではなく、市民権を持つ外国出身の米国民も強制送還の対象になることもある。アメリカに帰化して50年経つ64歳の女性は、フィリッピン旅行から帰国後、「移民局」に拘束されて強制退去になっている。
さらに、一般の旅行者もアメリカへの入国が認められないケースも多い。アメリカで開催される学会に出席するためにやってきたフランス人の研究者には退去勧告が出て入国は認められなかった。また、カナダ人の一般の旅行者は「移民局」の収容施設に19日間拘束された後、退去が命じられた。このようなケースが毎日山ほど報告されている。ドイツ、カナダ、フィンランドは、アメリカへの旅行者が恣意的に拘束される恐れがあるとして、渡航勧告を出した。前例のないことである。
「TikTok」のようなSNSには、現状を報告し、助けを求める米国民や合法移民、そして旅行者の声であふれている。大抵「移民局」はパソコンとスマホを没収するので、没収される前に証拠として動画を撮影し、それを家族や友人に依頼して投稿してもらっているようだ。
この際限のない強制退去の理由のひとつになっているのが、押収されたパソコンやスマホから「移民局」が回収したデータだ。電子メールやSNSへの投稿、また保存されている文書などに、トランプ政権を批判する書き込みが見つかった場合、米国民を脅かす好ましくない侵略者として認定され、排除される。
こうした状況に対し、出入国に詳しい弁護士は「二度とアメリカには入れなくなるので、グリーンカードの保有者はアメリカを出国してはならない。また、これからアメリカを訪問しようとしている旅行者は、いまはこの国には来てはならない」と注意している。
イスラエルに抗議した学生の収監と放逐
さらにこのような動きとともに、イスラエルのガザ攻撃に抗議した学生の収容施設への収監や、国外退去も進んでいる。ガザ戦争は全米各地の大学を中心に、イスラエルに対する広範な抗議運動が起こった。多くの学生が参加した。
しかしトランプ政権は、抗議運動を容認する姿勢を見せた大学への補助金を停止し、運動に参加した学生をしらみつぶしに調べ上げ、対処している。もし抗議運動に参加した学生が外国出身だった場合、長期滞在ビザを持っていたとしても、不法移民の収容施設に強制的に収監されている。収監されている人々の中には、外国出身だが、アメリカに帰化した米国市民もいるようだ。これも米国内では、相当な反発を引き起こしている。
不況入りが確実になりつつあるアメリカ
いまこのような状況なので、トランプ政権に対する抗議が殺到している。抗議はトランプの支持者の間にも広がり、自分がトランプに投票したことを後悔する動画もSNSに多くなっている。トランプの支持層は、「ペンテコステ派」や「福音派」など、トランプを神から選ばれた人物として信奉する宗教右派に、これから限られてくるのかもしれない。
トランプ政権に対するこうした反発をさらに助長しているのが、米経済の不況入り懸念である。トランプ政権の高関税の導入により、高止まりしていた米国内の物価はさらに高くなり、国内消費を縮小させていることが背景の一つになっている。「アトランタ連銀」の「GDPNow」が予測する−2.8%という水準までGDPが一気に落ち込む可能性も大きくなっている。代表的な数値を見てみよう。
米国の消費者心理は3月に3か月連続で下落し、トランプ大統領就任前の2024年12月から22%下落したことが、新たな調査で明らかになった。
ミシガン大学の調査によると、消費者心理指数は今月、29か月ぶりの低水準となる57.9まで落ち込んだ。この指数は、参加者の個人資産や株式市場の将来に対する期待が低下していることを示している。また、多くの人がレジでの価格上昇を心配している中、アメリカ人はインフレが悪化すると予想していることも示している。
この結果、最近の調査では、経済が悪化していると考えるアメリカ人の割合は、経済が良くなっていると考えるアメリカ人の割合の2倍以上であることが分かった。「エコノミスト誌」と「YouGov」が実施した最新の世論調査によると、回答者の48%が景気悪化を信じていると答え、19%が景気回復を信じていると答えた。
不動産と銀行の下落
米経済の悪化懸念を反映して、不動産市場の下落も止まらなくなっている。そのため伝説的な投資家のウォーレン・バフェットは、全米第4位の不動産仲介業の売却を検討している。
また、「ウォールストリート・ジャーナル」によると、全米最大の不動産仲介会社、「コンパス」は、業界第4位の規模を誇る「バークシャー・ハサウェイ」の「ホームサービス・オブ・アメリカ」の買収に向けた最終交渉に入っているという。
言うまでもなく、住宅市場の混乱は金融機関に大きな打撃を与えている。
ウォールストリートの大手投資銀行である「モルガン・スタンレー」は、今月末に約2,000人の従業員を解雇する計画であることが分かった。匿名を条件に語った関係者によると、ファイナンシャル・アドバイザーを除く従業員の2~3%の削減は業務効率の改善を目的としたものであるという。
消費者心理の悪化によって小売業の落ち込みも時間を経るごとに深刻になってきている。
安売り大手の「ドル・ジェネラル」は、先週の第4四半期の収益報告で、2025年第1四半期中に「ドル・ジェネラル」96店舗と系列店の「ポップシェルフ」45店舗を閉鎖し、さらに「ポップシェルフ」6店舗を「ドル・ジェネラル」店舗に転換する計画を発表した。
小売業全体では、2025年には米国でおよそ15,000店舗が閉店する見通しである。この予測が正しければ、それはまったく新しい過去最高記録となる。
こうした状況を見ると、金融危機から始まった2008年と2009年の深刻な不況が再び繰り返される可能性が大きくなっているのが分かる。心の準備をしておいたほうがよいかもしれない。これから先は、荒波の航海になるだろう。
怒りの拡大はあるか?
さて、これがいまのアメリカ国内の状況だ。「グリーンカード」を保有する合法的な移民、そして一般の米国民が、トランプ政権が定義するアメリカ人のイメージに合わないとして、国外に退去させられている。また、イスラエルの蛮行に反対する学生が、収容施設に収監されることも起きている。今後もこの混乱は続くはずだ。
こうした状況にさらに不況が加わるのである。トランプ政権による高関税の適用は、これから始まる。しかし、まだ適用されていない時点で、すでに消費者心理は大きく落ち込み、不況入りは避けられない状況になっている。高関税が本格的に適用され、その余波で米国内のインフレが一気に昂進すると、不況はさらに深刻なものになる。
いまアメリカ国内では、トランプ政権に対する怒りが次第に高まっているのが分かる。2024年の大統領選挙ではトランプは圧勝したが、トランプに投票した多くの国民が自分の投票を後悔し、トランプを激しく非難するようになっている。それとともに、トランプの岩盤支持層である「福音派」や「ペンテコステ派」との亀裂は一層拡大しつつある。
いまのところ、トランプ政権に対する暴力的な抵抗のようなものは見られない。しかし、深化する不況を背景に、合法的な在住者や一般市民を含む人々の強制的な放逐のようなことが一層進むと、トランプ政権に対する暴力的な抗議運度が起こり、それこそ人種差別反対運動と不正選挙への抗議に揺れた2020年のような混乱に、これからアメリカは突入するのかもしれない。
日本もそうした環境に適応が迫られるだろう。
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