じつは、それほどコスパが良くない…飛ぶことをやめた「ドードー」にみる、「発達した特徴が進化とは言えない」、じつに納得の理由

生物の生存戦略として、まず考えられるのは、食料の確保や、生命の保存(捕食者からの逃避)が考えられます。また、より生存に適した環境を選んで移動することもあるでしょう。
こうした生存に有利な行動は、鳥のように翼があって飛べることが非常に有利に働くと思われますが、はたして本当にそうでしょうか。
今回は、発達した生物の特徴は「進化」と言えるのかを、鳥の飛翔能力を通して考えていきます。
初めて長距離を走ることができた人類「ホモ・エレクトゥス」
ものごとがうまくいかないとき、私たちはため息を吐いて、空を見上げる。そして、大空を飛んでいく鳥を見ながら、ふとこう思う。
「あぁっ、私も鳥のように、自由に空を飛んで、自由に生きたいなあ……」
空を飛ぶことに憧れる人は多いが、実際に空を飛べば、生物にとってよいことがたくさんある。たとえば、餌を見つけやすくなる。
約200万年前にアフリカに現れた化石人類、ホモ・エレクトゥスは、初めて長距離を走ることができた人類だと考えられている。
何のために走ったかについては、「獲物を追跡するため」などいくつかの説があるが、その一つに「死肉を手に入れるため」という説がある。
たとえば、遠くの空でハゲワシが旋回している。その下には死んだ動物がいるに違いない。ホモ・エレクトゥスは、かなり遠くても、そこまで走っていくことができるのだ。そうすれば、ときにはハイエナよりも早く着いて、肉を手に入れることができるかもしれない。そういう説である。
この説が正しいかどうかは、ここでは検討しない。注目するのは、この説の前提だ。
空を飛べることの優位性を考えてみると
ホモ・エレクトゥスが走ることによって競争する相手は、ハイエナであってハゲワシではない。なぜなら、ハゲワシと競争しても勝負にならないからだ。
ハゲワシは餌を見つけるために、かなり高いところまで舞い上がって、地面を見下ろす。そうすれば、かなり広い範囲を見渡すことができるので、死肉を見つけるだけでなく、ライオンが狩りをしているところだって見つけることができる。ライオンが獲物を仕留めれば、肉を食べ終わったあとに死肉が残るからだ。
このように、死肉を最初に見つけるのは、たいていハゲワシである。空を飛べれば、見渡せる範囲が広くなるからである。
ちなみに、ワシやハヤブサのように生きた獲物を捕らえる鳥は、ハゲワシほどは高く舞い上がらない。生きている動物は、何かの下に隠れたりして見つけにくいし、もし見つけたら一刻も早く急降下して、捕らえなくてはならないからだ。
獲物を捕らえるために急降下しているハヤブサの速さは、時速300キロメートルにも達するといわれている。とはいえ、ワシやハヤブサでも、飛べない肉食獣よりは獲物を見つけるのが得意だろう。
また、捕食者から逃げやすいことも、飛べることの利点である。スズメがネコに襲われても、飛び上がってしまえば捕まることはない。それだけでなく、巣を作るときも、飛べない肉食獣に襲われにくいところに作ることができる。
たとえば、家屋の軒下や断崖の岩棚に巣を作ることができるのだ。
生き物が「渡り」をする意味
さらに、空を飛べれば、環境のよい場所に移動することもできる。典型的な例が、季節ごとに長距離を移動する「渡り」である。
もちろん、渡りをする動物は、鳥だけではない。季節ごとに大移動するアフリカのヌーや回遊魚として知られるサケなどは、その例だ。しかし、鳥のように、多くの種が大規模に渡りをするものは、他にはいない。
季節があるということは、同じ場所に棲んでいても気候が変化する、ということだ。逆にいえば、餌を手に入れたり子を育てたりするのに最適な場所は、季節によって変化する、ということになる。そのため、最適な場所に棲み続けたければ、移動しなければならない。
その典型がキョクアジサシだ。キョクアジサシは、毎年北極圏と南極圏を往復する。北極と南極は直線コースでも2万キロメートル離れているが、キョクアジサシはいろいろな事情から迂回しながら飛ぶので、実際には4万キロメートルぐらい飛ぶらしい。往復で8万キロメートルだ。
毎年こんな長距離を移動できるのは、空を飛べるからである。おかげでキョクアジサシは冬を知らない。1年間に夏を2回経験しながら生きているのである。
生存に有利な「飛行」なのに、飛べなくなった鳥がいる
しかし、飛ぶことがこれほど素晴らしいなら、どうしてすべての動物が空を飛ぶようにならないのだろうか。あるいは、かつては空を飛べたのに、今では飛べなくなった鳥がいるのだろうか。
こういった疑問に答えるためのモデルケースとして、島に渡った鳥について考えてみよう。
大陸から遠く離れている島には、コウモリ以外の哺乳類がいないことが多い。コウモリ以外の哺乳類には翼がないので、空を飛んで来ることができないからだ。つまり、島に渡ってきた鳥には、天敵があまりいない。そのため、飛んで逃げる必要がなくなって、翼が退化したのだと考えられる。
たとえば、モーリシャス島に渡ってきたハトの仲間は、飛ぶことができないドードーに進化した(ちなみに「退化」は「進化」の対義語ではない。「退化」も「進化」の一種である)。こういう例は、枚挙にいとまがない。もっとも、残念なことに、ドードーは絶滅してしまったけれど。
ところで、ドードーというと、『不思議の国のアリス』の挿絵にあるようなデップリと太った鳥を、つい思い浮かべてしまうが、川端裕人の著書によると、野生のドードーは、あそこまでは太っていなかったようだ(『ドードーをめぐる堂々めぐり』岩波書店)。
たしかに、それほど俊敏な鳥ではなかったらしいが、いくらなんでもあんなに太っていては、自然界で生きていくことは難しいだろう。
なぜ、「ドードー」の翼は退化したのか
さて、島に渡った鳥に話を戻そう。たしかに、島にいれば捕食者に襲われる危険性は低いので、空を飛ぶ能力はそれほど必要なかったかもしれない。それでも、空を飛べて悪いことはないだろう。
それに、それを飛ぶことのメリットは捕食者から逃げることだけではない。餌を見つけるためにも役に立つはずだ。たしかに島に来れば、空を飛ぶ能力の必要性は下がったかもしれないが、それでもないよりはあった方がよいのではないだろうか。
それなのに、どうしてドードーは、空を飛べなくなってしまったのだろう。
「自然淘汰による進化は、有益な特徴を増やし、有害な特徴を除く作用がある」とよく言われる。それはそうなのだが、少し言い方を変えて、「自然淘汰による進化は、かなり有益な特徴を増やし、少し有益な特徴と有害な特徴を除く作用がある」というほうが、実際のイメージには近いだろう。
なぜなら、ある特徴を発達させるためには、何らかのコストがかかることが多いからだ。
空を飛ぶ能力を進化させるためには、かなりのコストがかかる。翼を作るだけでなく、筋力の強化や脳におけるバランス感覚の処理能力も向上させなければならない。しかも、空を飛べるようになった後も、その能力を維持するためにはコストがかかる。
たとえば、餌をたくさん食べ続けなければならない。したがって、たとえ空を飛ぶ能力が有益であったとしても、その効果が少なければ、その能力を失うことはあるのである。
人類だって同じことをしているじゃないか
この話で思い出すのは抗生物質のことだ。
たとえばペニシリンという抗生物質(細菌を殺す物質)があるが、ペニシリンがあっても死なない耐性菌は、すでに何十年も前から出現している。それなら、ペニシリンなんてもう役に立たないはずだが、なぜか現在でもペニシリンは使われ続けている。
その大きな理由は、細菌がペニシリンに対する耐性を獲得するにはコストがかかるからだろう。
ペニシリンに対する耐性を獲得した代償に、耐性菌は何らかの能力を失っているはずだ。したがって、ペニシリンがある環境では、感受性菌(耐性のない細菌)より耐性菌のほうが有利だが、ペニシリンがない環境では、耐性菌より感受性菌のほうが有利なのだ。
そのため、感受性菌がいなくなることはなく、ペニシリンも一定の効果を持ち続けているのである。
ヒトは空を見上げ、鳥に憧れるべきなのか
それにしても、空を飛ぶことって、本当に私たちが憧れるようなことなのだろうか。
非常にすぐれた鳥の観察記を著したイギリスのレン・ハワードによれば、あるシジュウカラが餌を貰いに彼女の部屋に来るときには、真っすぐに庭を横切って飛んでくるのではなく、いつも庭の端にある塀のほうを通って、遠回りをして来たという。
庭のなかは何羽かのシジュウカラのなわばりになっており、そのシジュウカラにとっては立ち入り禁止区域だったのだ。鳥はかならずしも自由に空を飛べるわけではない。禁を破れば争いになってしまう。
シジュウカラ同士が足を絡ませて、激しく地面を転げまわるのだ。そんな同種同士の争いのせいで片足が使えなくなったり、無残に羽毛が毟り取られたりしたシジュウカラが、ハワードの著作には何羽も登場する。
しかも、空を飛んでいるときに、カラスや猛禽類などの捕食者に襲われれば、隠れるところがない。そんな捕食者にいつ出会うともわからない場所が大空なのである。
ものごとがうまくいかないとき、私たちはため息を吐いて、空を見上げる。そして、大空を飛んでいく鳥を見ながら、ふとこう思う。
「でも、鳥になったところで、空を自由に飛べるわけではない。しかも、同種の仲間によって大怪我をさせられるかもしれないし、捕食者に出会って食べられてしまうかもしれない。今のままの方が、まだマシかもしれないなあ」
空を飛ぶことって大変なことなのだ。飛ばなくてよいのなら、なるべく飛ばないで済ませたい。それが進化というものらしい。



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