
異形のハエ「シュモクバエ」の眼柄はなぜ長くなったのか?「グッピー」のきれいな色はなんのため?性淘汰と自然淘汰の違い、わかりますか?

飛べるのが不思議!? 世にもシュールなハエ
生物は環境に適応するように進化する、と一般には考えられている。ある環境において、その生物が生存できる可能性を高めるように進化していくというわけだ。しかし、じつは、生きていくために不便な特徴が進化することは、そう珍しいことではない。
シュモクバエは、おもにアフリカやアジアの熱帯に生息するハエである。多くの種がいるが、その一部は左右の眼が非常に離れており、かなりシュールな印象を受ける。頭部から、眼柄(がんぺい)と呼ばれる棒のような構造が左右に伸びており、その先端に眼がついているのだ。

眼柄はオスにもメスにもあるが、とくにオスの眼柄は長く、片側だけで体長を上回ることさえある。ちなみに、鐘などを打ち鳴らすための道具を撞木(しゅもく)という。これはT字型をしており、シュモクバエの名前はここからきている。
シュモクバエの眼柄は非常に長いので、飛んだり歩いたりするときに邪魔になるだろう。これは生きていくために不便な特徴と考えられるが、どうしてこんなものが進化したのだろうか。自然淘汰は生きていくために便利な特徴を進化させるのではないのだろうか。
性淘汰:眼柄の長いオスは、多くのメスと交尾できる
あるシュモクバエは、森林を流れる川の近くに棲んでいる。昼間は単独で行動し、地面などを歩いて菌やカビなどを食べている。しかし、夜になると、草木の細い根に集まってきて、集団で休む。川の岸には草木の細い根が垂れ下がっていて、その根にたくさんのハエがつかまって休むのである。
根につかまっているのはたいていメスで、30匹ぐらいが1本の根に集まっていることもある。一方、オスは根の上のほうに止まり、根の下のほうに掴まっているメスたちを守っている。
つまり、川に垂れ下がっている1本の根がオスの縄張りで、その根に掴まっている多くのメスとハーレムを形成しているのである。
縄張りを持っているオスは、多くのメスと交尾して、多くの子孫を残すことができる。
しかし、縄張りを維持するためには、他のオスと争って勝ち続けなければならない。縄張りを狙って外からやってきたオスは、根に止まると、縄張りを守るオスと向かい合う。そして、左右に離れた眼を突き合わせる。
眼柄の先端に眼があるため、自分と相手の眼柄の長さを、正確に見比べることができるのだろう。そして、縄張りを守るオスのほうが眼柄が長ければ、やってきたオスは立ち去る。

しかし、眼柄の長さが同じか、やってきたオスのほうが長ければ、闘いが始まり、おたがいに頭をぶつけ合い始める。だが、この場合も、たいてい眼柄の長いオスが勝者となる。
結局、眼柄が長いほうがメスと交尾するチャンスが増えるので、子孫をたくさん残すことができる。そのため、たとえ生きていくために不便でも、長い眼柄が進化したのだと考えられる。このような進化のメカニズムを、通常の自然淘汰(環境淘汰とも呼ばれる)と区別して、性淘汰と呼ぶこともある。
自然淘汰の仕組みを考えてみると
自然淘汰は「生存」に有利になるように働き、性淘汰は「繁殖」に有利になるように働く、と表現されることもある。つまり性淘汰は、「繁殖」に有利であれば、「生存」に不利な特徴でも進化させるということだ。
それなら、性淘汰は自然淘汰とは違うもののように思えるが、そういう理解で正しいのだろうか。
自然淘汰の仕組みは以下のように表せる。
1:同種の個体間に遺伝的変異(個体間で異なる特徴のなかで、子に遺伝するもの)がある
2:生物は過剰繁殖をする(実際に生殖年齢に達する個体数より多くの子を産む)
3:遺伝的変異によって、生殖年齢に達する子の数が異なる
4:より多く生殖年齢に達する子が持つ変異が、より多く残る
ていねいに書けば以上のようになるが、ようするに「より多くの子を残す変異が増えていく」のが自然淘汰である。
性淘汰は、自然淘汰のひとつ
自然淘汰を説明した1~4の文のなかに、「生存に有利になる」とか「環境に適応する」とかいう言葉は出てこない。自然淘汰によって増えていく特徴は「多くの子を残す」特徴であって、「生存に有利になる」特徴でもなければ「環境に適応する」特徴でもないのである。
とはいえ、たいていの場合、「多くの子を残す」特徴は、「生存に有利になる」特徴や「環境に適応する」特徴と一致する。そのため便宜的に、自然淘汰は、生物が「生存に有利になるように働く」、あるいは「環境に適応するように働く」と表現されることもあるわけだ。
しかし、もしも「生存に有利になる」特徴や「環境に適応する」特徴と、「多くの子を残す」特徴が一致しない場合は、自然淘汰は「多くの子を残す」特徴を持つ個体を増やしていくのである。
だから、性淘汰は自然淘汰の一つである。シュモクバエは、眼柄が長いと、生存には不利だが、多くの子を残せる。眼柄が短いと、生存には有利だが、少ししか子を残せない。
そういう場合、自然淘汰は「多くの子を残す」ほうを増やしていく。つまり、シュモクバエの場合は、眼柄が長くなるほうを増やしていく。その結果、シュモクバエは眼柄が長くなるように進化したのだろう。

たいていの場合、生存に有利で環境に適応する特徴が子を多 く残すが、生存に不利でも子を多く残す場合は「子を多く残す」特徴が増えていく(図版作成:酒井春)
生物が「多くの子を残す」要因には、いろいろなものがある。つまり、自然淘汰が起きる要因には、いろいろなものがある。たとえば、飛ぶ速さの違いや、病気への抵抗性の違いや、受精数の違いなどだ。そして、それらのなかで、要因が受精数の違いである自然淘汰のことを、性淘汰というのである。
グッピーのオレンジ色は、生存のため?繁殖のため?
南米北部などに棲むグッピーは、変化に富んだ美しい色をした魚であり、観賞魚として親しまれている。メスよりもオスのほうがずっと派手で、鮮やかな色や模様が体についている。とくにカリブ海のトリニダード島に棲むグッピーはよく研究されており、オレンジ色の部分が多いオスを、メスが好むことが知られている。

そこで、こんな実験がなされた。グッピーの水槽に、さまざまな色の小さな円盤を入れてみたのである。するとグッピーは、他の色の円盤よりも、オレンジ色の円盤をつつく回数が多かった。
これは、もしかしたらメスが、オレンジ色の円盤をオスと間違えたせいかもしれない。でも、それだけではなさそうだ。なぜなら、メスだけでなく、オスもオレンジ色の円盤をつつく回数が多かったからだ。
グッピーの進化は性淘汰?自然淘汰?
グッピーは、川に落ちてくるオレンジ色の果物を食べる。そのため、オレンジ色の物体を好んでつつくグッピーは、生存に有利である可能性が高い。そうであれば、自然淘汰によってオレンジ色を好む傾向が進化しても、不思議はないだろう。
そういう、オレンジ色を好む集団の中で、たまたま体にオレンジ色の斑点がついたオスが現れたとしよう。すると、そういうオスは、メスに好まれたかもしれない。その可能性は十分にあるし、そうであれば、オスの体はどんどんオレンジ色に進化していくことだろう。そのほうがメスと交尾するチャンスが増えて、多くの子を残せるからだ。
しかし、派手な色をしていれば、捕食者には見つかりやすくなる。そのため、生存には不利になる。つまり、オスの体がオレンジ色に進化すると、「繁殖」には有利になるが「生存」には不利になるので、これはシュモクバエの場合と同様に、性淘汰の例といえる。

でも考えてみれば、「オスの体がオレンジ色に進化する」ためには、「オレンジ色を好む性質が進化する」ことが必要である。体がオレンジ色になることと、オレンジ色を好むことは表裏一体なのだ。
性淘汰と自然淘汰の区別は難しい
では、オレンジ色を好む性質が進化したことも、性淘汰の例だろうか。
たしかに、そういう面もあるだろう。しかし、オレンジ色を好むグッピーは、川に落ちてきたオレンジ色の果物をいち早く見つけて食べることができるかもしれない。そう考えれば、オレンジ色を好む性質が進化したことは、オスにとってもメスにとっても生存に有利だとも考えられる。
また、メスがオレンジ色を好むことによってオスがオレンジ色の体に進化したことは、メスにとっては生存に有利でも不利でもないが、オスにとっては捕食者に見つかりやすいので、生存に不利だとも考えられる。

何だかよくわからなくなってきた。そもそも生物が生存していくためにはさまざまな条件が必要なので、ある現象が、生存に関する一部の条件には有利でも、他の条件には不利だということはあるだろう。
そして、それは繁殖に関する条件についても言えることだ。さらに、生存に有利な条件と繁殖に有利な条件が重なることもあるはずだ。そういう場合は、進化のメカニズムを自然淘汰と性淘汰に分けて考えても、あまり意味はないかもしれない。
ようするに、自然淘汰も性淘汰も、「より多くの子を残す変異が増えていく」現象だ。性淘汰は自然淘汰の一部と考えたほうがよいだろう。
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