まさか、宇宙の生命体の痕跡ではあるまい…隕石の中にあるアミノ酸が「できるまで」を再現した「衝撃の実験」

生命科学
まさか、宇宙の生命体の痕跡ではあるまい…隕石の中にあるアミノ酸が「できるまで」を再現した「衝撃の実験」(小林 憲正)
「地球最初の生命はRNAワールドから生まれた」しかし、生命が存在しない原始の地球でRNAの材料が正しくつながり「完成品」となる確率は、かぎりなくゼロ。ならば、生命はなぜできたのでしょうか? そのスリリングな解釈をわかりやすくまとめた『生命と非生命のあいだ』から、読みどころをご紹介。今回は、隕石などの宇宙に存在するアミノ酸の由来について考えてみます。

まさか、宇宙の生命体の痕跡ではあるまい…隕石の中にあるアミノ酸が「できるまで」を再現した「衝撃の実験」

「地球最初の生命はRNAワールドから生まれた

圧倒的人気を誇るこのシナリオには、困った問題があります。生命が存在しない原始の地球でRNAの材料が正しくつながり「完成品」となる確率は、かぎりなくゼロに近いのです。ならば、生命はなぜできたのでしょうか?

この難題を「神の仕業」とせず合理的に考えるために、著者が提唱するのが「生命起源」のセカンド・オピニオン。そのスリリングな解釈をわかりやすくまとめたのが、アストロバイオロジーの第一人者として知られる小林憲正氏の『生命と非生命のあいだ』です。本書刊行を記念して、その読みどころを、数回にわたってご紹介しています。今回は、隕石や彗星に含まれるアミノ酸がどうやってできたのかを考察してみます。

【書影】生命と非生命のあいだ

*本記事は、『生命と非生命のあいだ 地球で「奇跡」は起きたのか』(ブルーバックス)を再構成・再編集したものです。

一部にみられた左手型過剰

ミラーの実験などでは、アミノ酸は左手型と右手型が同じだけ生成しました。しかし、その後の化学進化でペプチドやタンパク質をつくるときは、両方を混ぜるとうまく構造ができません。

隕石や小惑星などに含まれていたアミノ酸も、左手型と右手型が同量含まれるラセミ体でした。このことは、宇宙でできたことの証明にはなりますが、その後の化学進化を考えると困ったことになります。これらのアミノ酸では生命はつくれないことになるからです。

地球生物がなぜ左手型アミノ酸を使うようになったか。この問題の解決になるかもしれないことが1997年に発表されました。アリゾナ州立大学のジョン・クローニン(1937〜2010)らは、マーチソン隕石中のアミノ酸をもう一度、丁寧に分析しなおしました。この隕石からは90種類ほどのアミノ酸が検出されていて、そのうち、タンパク質アミノ酸は12種類でした。

クローニンたちは、一部のアミノ酸に左手型が右手型よりも多く含まれていることを見つけました。もしそれらがタンパク質を構成するアミノ酸なら、地球上での汚染が疑われます。

しかし、タンパク質アミノ酸には左手型過剰は見られませんでした。左手型過剰が見つかったのは、イソバリンなどの特殊な非タンパク質アミノ酸にかぎられていたのです。

イソバリンの特殊性

イソバリンのどこが特殊かというと、タンパク質アミノ酸ならば必ず持っているα‒水素(COOHがついている炭素に結合した水素)を持っていないことです(図「イソバリンとバリン」)。このようなアミノ酸は地球の自然界にはほとんどありません。しかも隕石に含まれるタンパク質アミノ酸(バリンなど)には左手型過剰が見られないことから、地球上でアミノ酸が混入した可能性は除外できるのです。

イソバリンとバリン。左:イソバリン。非タンパク質アミノ酸(α-水素なし),隕石中でL体過剰あり 右:バリン。タンパク質アミノ酸(α-水素あり)、隕石中でL体過剰なし

ここで、化学進化を考えるうえで重要なのは、アミノ酸には時間がたつと左手型が右手型に変わるという性質があることです。これをラセミ化といいます。イソバリンなどのα‒水素のないアミノ酸は、タンパク質アミノ酸と比べてラセミ化の進み方が遅いため、数十億年たっても左手型過剰が残っているのではないかと考えられます。

そして40億年前の隕石中では、タンパク質アミノ酸にも左手型過剰があったかもしれないのです。

どうして地球ではアミノ酸の左手型過剰が起きるのか、それは一部の非タンパク質アミノ酸にかぎられるのか、などについては、隕石中のアミノ酸の起源が関係してくると思われますので、次に、このことについて考えましょう。

隕石中のアミノ酸はどこでできたのか

隕石や彗星中に生物がいると考える研究者もいないわけではありません。しかし多くの研究者は、そこにある有機物はやはり、非生物起源と考えています。では、それらはどこで、どのようにしてできたのでしょうか。

(A)まず、分子雲とは、「暗黒星雲」ともよばれる夜空で星が見えない領域です。その中で密度の高いところでは、物質が重力で収縮して太陽ができます。太陽に取り込まれなかった物質は周囲を取り囲み、太陽系のもとになる原始太陽系円盤ができます。

(B)円盤上で、塵がくっつきあって直径
10km程度の微惑星がたくさんでき、それらがさらに衝突合体してより大きな惑星ができていきます。

(C)このとき、惑星に成長できなかった微惑星や、惑星が壊れたものが、小惑星になったと考えられます。

(D)また、太陽から遠いところ(エッジワース・カイパーベルトなど)では、水などの氷が残り、彗星のもとになる天体となります。

(E)小惑星や彗星の一部が隕石になり、

(F)さらにそれらから微小な塵が生じ、宇宙塵(惑星間塵)となって、

(G)地球に降りそそぎます。

原始太陽系円盤 illustration by ESO/L. Calçada. NASA

こうした物質の変遷の中では、さまざまな場所で有機物ができる可能性が考えられますが、とりわけ注目すべきなのは、(A)の分子雲や、(C)の小惑星の内部です。

分子雲や小惑星で有機物はできるのか

分子雲の内部には分子や塵が比較的、高密度に存在するため、星からの光を遮って暗く見えます。電波望遠鏡で観測すると、およそ300種類の分子(星間分子とよばれます)が同定されました。その中では一酸化炭素が最も多く観測されますが、エタノールや酢酸なども含まれています。

星の光が入らないため内部は超低温(マイナス260℃ほど)で、塵の表面に水や一酸化炭素などの分子が凍りついて、アイスマントルともよばれる氷の層をつくっていると考えられます(図「分子雲の星間塵での有機物生成」)。これに宇宙線(高速の水素イオンなど)や、宇宙線が物質に当たったときに生じる紫外線が作用すると、氷の層で反応が起きて有機物ができることが期待できます。

分子雲の星間塵での有機物生成

私たちは実験室で、分子雲を模して極低温に冷却した金属板に、一酸化炭素・アンモニア・水などを吹きつけ、これに加速器からの陽子線(加速した水素イオン)を照射しました。そのあと、金属板上に生成した物質を取り出して加水分解すると、アミノ酸が検出されました。欧米のグループは同様の実験を、紫外線を使って試みて、アミノ酸が生じることを確認しています。

また、小惑星の内部には、氷が取り込まれています。これが放射性元素(アルミニウム26など)の放射壊変で生じる熱によって融けて、液体の水ができます。この水にはアンモニアやホルムアルデヒドなどが溶けています。この液体中で、水に溶けた分子どうしが反応してさまざまな有機物ができたのではと考えられるようになりました。

横浜国立大学(現在は東京工業大学)の癸生川陽子(けぶかわ・ようこ)らは、ホルムアルデヒドやアンモニアを含む水溶液を加熱、またはガンマ線を照射したところ、アミノ酸が生成することを見いだしました。はやぶさ2で探査したリュウグウの有機物の分析でも、小惑星内部の液体の水が有機物の生成に関与しているらしいことがわかりました。

これらから、分子雲とともに小惑星もまた、隕石中のアミノ酸の生成の場として有力と考えられます。

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