ゼレンスキー大統領を操る「ウクライナのラスプーチン」の正体

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ゼレンスキー大統領を操る「ウクライナのラスプーチン」の正体(塩原 俊彦) @gendai_biz
ウクライナのヴォロディミル・ゼレンスキー大統領は9月に入って、大幅な内閣改造に踏み切った。訪米前に新しい陣容にして、政権に「新しいエネルギー」を注入するのがねらいだと大統領は説明している。しかし、これは体のいい嘘にすぎない。今回の内閣改造は、「影の権力者」とだれしもが認めている大統領府長官アンドリー・イェルマークの権力強化と連動したものだ。とくに、2020年から外相だったドミトロ・クレバを、イェルマークの子飼いアンドリー・シビハ第一外務副大臣に代える人事と、別の最側近のオレクシー・クレバを副首相兼地方担当相として入閣させる人事が重要な意味合いをもっている。

ゼレンスキー大統領を操る「ウクライナのラスプーチン」の正体

ウクライナのヴォロディミル・ゼレンスキー大統領は9月に入って、大幅な内閣改造に踏み切った。訪米前に新しい陣容にして、政権に「新しいエネルギー」を注入するのがねらいだと大統領は説明している。

しかし、これは体のいい嘘にすぎない。今回の内閣改造は、「影の権力者」とだれしもが認めている大統領府長官アンドリー・イェルマークの権力強化と連動したものだ。とくに、2020年から外相だったドミトロ・クレバを、イェルマークの子飼いアンドリー・シビハ第一外務副大臣に代える人事と、別の最側近のオレクシー・クレバを副首相兼地方担当相として入閣させる人事が重要な意味合いをもっている。

「民主主義国家であり、民主主義の名のもとにロシアの帝国主義的専制主義に対抗する戦争を繰り広げている国として、この国の高官たちの解任、交代、配置転換のやり方はふさわしくない」という意見通り、すでにウクライナは頼りない俳優(ゼレンスキー)と剛腕なプロデューサー(イェルマーク)による専制国家化しつつある。

イェルマークとは何者か

まず、イェルマークなる人物について説明しよう(以下の記述は主に記事「アンドレイ・イェルマークはいかにしてゼレンスキーの右腕となったのか?」を参照)。それをわかってもらうためには、下の写真(1)が参考になる。写真は2019年5月20日、ゼレンスキーの大統領就任式の日に写されたものだ。満面の笑みを浮かべ、彼とその一行は、儀仗兵によって開け放たれたマリインスキー宮殿の扉から、大統領府に向かって歩いている。

写真(1) 2019年5月20日、大統領に就任したばかりのゼレンスキー大統領一行 (出所)https://www.pravda.com.ua/eng/articles/2024/06/25/7462409/

ゼレンスキーの両脇には親しい党人が並んでいた。大統領の向かって右隣はドミトロ・ラズムコフ、向かって左隣の太った人物はルスラン・ステファンチュクで、ともに与党「人民の奉仕者」党の指導者だ。ステファンチュクの左隣にいたのは、ゼレンスキーの親友で最初の補佐官であったセルヒイ・シェフィールだ。

イェルマークとは何者か(2)

このとき、この二人の後方でサングラスをかけた一人の顔が映っている。彼こそアンドリー・イェルマークである。こんなに後ろを歩いていた人物がいまや、ゼレンスキーの右腕となり、「影の権力者」として、ウクライナの政治・外交を一手に握るようになっているのである(写真(2))。

写真(2) 左から駐スイス・ウクライナ大使のイリーナ・ヴェネディクトワ、ゼレンスキー、イェルマーク。ゼレンスキーとイェルマークはめったに顔を合わせないという。(アレッサンドロ・デッラ・ヴァッレ/AFP/Getty Images) (出所)https://www.washingtonpost.com/world/2024/05/18/andriy-yermak-power-chief-ukraine/

頭角を現したイェルマーク

イェルマークは、ゼレンスキーがウクライナ大統領になるずっと前から、ゼレンスキー一家や彼のプロダクションである「クヴァルタル95スタジオ」と親交があった。彼は、メディア関係の弁護士だった。新指導部が政権を握った後、イェルマークは大統領補佐官の一人として、かなり控えめな地位を与えられた。伝統的に大統領のスケジュールや会議を担当する第一補佐官でもない。この新しい役職には明確な責任範囲が定められていなかったが、それがかえってイェルマークにとって有利に働いた。

降って湧いたような問題である「囚人交換」を担当するようになったのである。そして、イェルマークは2019年9月7日、クレムリンに囚われていた人々とウクライナの船員を連れ帰った。実際、飛行機のドアが開き、イェルマークが外に出た瞬間が、彼の大政治家への出世のはじまりだった。その後、ゼレンスキーが引き継いだもっとも困難な課題であるロシアとの交渉を主導するのは、間違いなく彼となった。

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大統領府長官に抜擢

ゼレンスキー大統領は2020年2月11日、イェルマークを大統領府長官に任命した。彼の職務は、大統領に対する行政、法律、諮問、助言、報道、分析、その他の支援とサポートを提供することであり、その立場を利用して、イェルマークはゼレンスキーへの影響力を次第に強大化することに成功するのだ。

映画プロデューサーでもあったイェルマークは、ゼレンスキー大統領にとってのプロデューサーの役割を果たすようになる。前任のアンドレイ・ボーダン長官は、書類にサインしたり、役人や判事、国会議員に電話をかけたりするのが大好きな人だった。彼はいつも署名すべき書類を山のように引きずり回して、ゼレンスキーに、時には非常に無礼なやり方で、他の人々がいる前でさらに多くの政令や命令に署名するよう強要していたという。

イェルマークは、こうしたふるまいはしなかった。その代わり、イェルマークにとって不都合な大統領側近たちは、相次いで職を失った。ゼレンスキーの面前で彼らを非難するのだ。これこそ、「イェルマークがだれかを排除したいときに好む戦術の一つ」とされている。

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こうして、俳優(ゼレンスキー)にとって、ありふれたことを考えずにクリエイティブな仕事ができるプロデューサーほど重要な人物はいなくなる。「ゼレンスキーとイェルマークの側近のほとんど全員が、二人の関係をスターとプロデューサーの連合体だと語っている」という、最初に紹介した記事にある記述はきわめて的確な指摘となっている。

邪魔な外相

イェルマークは、彼の直接かかわる範囲を広げた。制裁グループ、安全保障、ウクライナのパートナーとの二国間協定、平和サミット、拉致された子供たちの帰国、囚人交換などなど、外交政策の大きな話題のほとんどを、何らかの形でイェルマークが担うようになる。この担当範囲の拡大の結果、イェルマークは国際的な人脈を築くようになった。とくに、ウクライナが主要国と個別に締結している安全保障協定の策定にかかわったことで、彼の国際人脈はますます広がった。

こうなると、2020年3月から外相を務めるクレバは目障りな存在となる。イェルマークは当初、2021年9月から、キーウ国際問題大学で同級生だったミコラ・トチツキーを外務副大臣に据えた。トチツキーはベルギー大使やウクライナのEU代表を務めた外交官だったから、違和感のない人事だった。

興味深いのは、今年4月、トチツキーを大統領府副長官として国際担当とし、代わりに、もう一人の子飼い、シビハを外務省第一副大臣に据えたことである。シビハは、1997年から外交官として勤務し、駐ポーランド・ウクライナ特使参事官、駐トルコ大使を歴任、2021年5月から今年4月までは、イェルマークの副官を務めていた。つまり、イェルマークは外交問題に精通した二人の「手駒」をもち、クレバ外相の外交を監視・牽制してきたのである。

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結局、今月の内閣改造で、シビハは外相に昇格した一方、トチツキーは「文化・情報政策省」から「文化・戦略的コミュニケーション省」に名称変更された省の大臣におさまった。どちらも、イェルマークが「影の権力者」であることを証明するような人事と言えるだろう。

もう一人の子飼い

それだけではない。今回の人事では、イェルマークのもう一人の子飼い、オレクシー・クレバが副首相兼コミュニティ・領土・インフラストラクチャー開発省を一時的に率いることになる。同省は後に二つに分割され、クレバはウクライナの地方を担当する方を率いることになる見通しだ。

クレバは、シビハ以上にイェルマークと深いつながりがある。2019年、イェルマークはクレバをキーウ市議会の都市開発局長に、のちにキーウ市国家管理局の第一副局長にするよう働きかけたという。さらに戦争中、クレバはキーウ州行政長官(知事)に昇進した。

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昨年夏、地域政策を担当していたキリロ・ティモシェンコが、汚職問題で大統領府を解任されると、クレバはすぐに大統領府副長官としてその空席を引き継いだ。大統領府の副長官として地域開発を担当していたから、今度は副首相兼務で地方担当大臣となるわけだ。

ウクライナ政権の「闇」

ウクライナでは、民主主義国家ではありえない不可解な指導部人事がつづいている。ウクライナ軍に納入されたF-16戦闘機の墜落事故の翌日の8月30日、ゼレンスキー大統領は空軍司令官であるミコラ・オレシュチュクを更迭した。ただし、明確な理由は明らかにしなかった。9月2日夜には、電力会社などを統括する国営エネルギーシステム会社ウクルエネルゴのトップ、ヴォロディミル・クドリツキーが解任された。3日には、解任を決めた監査役会のダニエル・ドベニー会長と同委員のペーダー・アンドレアセンが抗議のために辞任通知を出した。

9月4日にはじまったウクライナ政府の人事異動に対する議会承認でも、不可解な出来事が起きた。当初、議会は、国有財産基金のヴィタリイ・コヴァル代表とイリーナ・ヴェレシュチュク副首相兼領土再統合担当相の辞任要求を承認しなかった。さらに、最重要なクレバ外相の解任について採決をする勇気すらなく、採決を延期したのである。

同日夜遅く、ゼレンスキー大統領、デニス・シュミガル首相、政府ポスト候補者たちが与党「人民の奉仕者」党との会談に臨んだ。彼らは、疑心暗鬼に陥っている議員たちを説得し、閣僚交代の障害を取り除くことに成功したらしい。その結果、9月5日、議会は、前日に罷免できなかった、あるいは罷免する勇気のなかった閣僚をすべて罷免したのである。

まるで、日本の自民党が「国会対策」という「闇」のなかで蠢(うごめ)いていた時代と同じような状況が、いまのウクライナには存在するのだ。

いずれにしても、こうしてイェルマークは着々と権力を拡大している。つまり、それはゼレンスキー大統領がますますイェルマークの掌で踊らされるだけの俳優に成り下がりつつあることを意味している。すでに任期切れで、大統領である法的根拠も薄弱なゼレンスキーを、イェルマークというプロデューサーが支え、見栄えだけは保っている。

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今回説明した「舞台裏の真実」は、欧米諸国や日本のマスメディアが、ウクライナ政府のあきれた実態を報道しないことによって隠蔽されているにすぎない。そのことにも気づいてほしい。

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