意外と核心を突いている米ウクライナ停戦案を「ロシア寄りだ」と批判する日本メディアの能力不足

現代のロシア
意外と核心を突いている米ウクライナ停戦案を「ロシア寄りだ」と批判する日本メディアの能力不足 - まぐまぐニュース!
ウクライナ戦争の停戦を巡り、キリストの復活祭に当たる4月20日までに実現したいという希望をヨーロッパの当局者に伝えたとされるトランプ大統領。日本ではトランプ政権が進めつつある停戦案について、「ロシア寄り」等の理由で否定的に報じられているのが現状ですが、はたしてそれは正鵠を射ていると言えるのでしょうか。今回のメ

意外と核心を突いている米ウクライナ停戦案を「ロシア寄りだ」と批判する日本メディアの能力不足

ウクライナ戦争の停戦を巡り、キリストの復活祭に当たる4月20日までに実現したいという希望をヨーロッパの当局者に伝えたとされるトランプ大統領。日本ではトランプ政権が進めつつある停戦案について、「ロシア寄り」等の理由で否定的に報じられているのが現状ですが、はたしてそれは正鵠を射ていると言えるのでしょうか。今回のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』ではジャーナリストの高野孟さんが、「トランプ案を非難することは馬鹿げている」として、そう判断せざるを得ない背景と理由を解説しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:ウクライナ戦争を終わらせるペグセス提案は意外に核心を突いている/それを「ロシア寄り」で切り捨てる日本のマスコミ

プロフィール高野孟たかのはじめ
1944年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任。2002年に早稲田大学客員教授に就任。08年に《THE JOURNAL》に改名し、論説主幹に就任。現在は千葉県鴨川市に在住しながら、半農半ジャーナリストとしてとして活動中。

「ロシア寄り」で切り捨てる日本メディアの愚。意外に核心を突いているトランプのウクライナ停戦案

2022年2月24日に始まったロシアによるウクライナ侵攻から丸3年というタイミングで、これを終戦に導こうとする機運が俄かに盛り上がっている。

それを主導しているのはトランプ政権で、なぜ直接の戦争当事者でもない米国がしゃしゃり出てロシアとの間で終戦交渉の開始について合意し、「米露交渉が始まれば、2回目からはウクライナを同席させることを検討する」などと偉そうなことを言っているのかは謎だが、裏返せば、米国は当初からウクライナを操ってロシアと戦わせてきたのであって、自分こそが本当の当事者だという意識なのだろう。

傀儡にすぎないゼレンスキーに任せておいても百戦錬磨のプーチンを相手にまともな交渉などできるはずがなく、自分が出ていくしかないと思っているに違いない。

それはともかくとして、日本のマスコミは依然として、バイデン政権時代の米国が流布した「ウクライナ=民主国家=善、ロシア=独裁国家=悪」という虚偽の図式に絡め取られているので、この展開を正しく解説することが出来ずに、専らトランプがプーチンの要求を丸呑みしてウクライナに不利な条件を押し付けることへの「懸念」を表明している。

ということは、ゼレンスキーの言い分が正しく、そのウクライナを莫大な軍事支援で支えつつ対露経済制裁を強化してプーチン政権の崩壊を待つというバイデン政権の方策も正しかったのに、それを覆そうとしているトランプは誤っていると主張するに等しい。本当にそうなのか。

へグセス長官が表明した「米国の立場」の劇的な転換

ヘグセス米国防長官は2月13日、ブリュッセルで開かれた「ウクライナ防衛コンタクトグループ」の会合で演説し、ウクライナ戦争とその和平の見通しについての米国の立場を劇的に転換することを表明した。その要点は以下の通り(ペンタゴン発表の全文より抄訳)。

▼ウクライナ戦争に対するトランプ大統領の取り組みを説明する機会を頂き感謝する。我々は重大な瞬間にある。戦争が3年目を迎えようとしている時、我々のメッセージは明確で、殺戮は止めなければならず、そしてこの戦争は終わらせなければならないということだ。

▼トランプ大統領は米国民に対し、また各国の指導者に対し、戦闘を終わらせ永続的な平和を達成することが最優先課題だと表明してきた。大統領は、この戦争を外交によって終わらせ、ロシアとウクライナをテーブルに着かせようと考えている。

▼この破滅的な戦争を終わらせ、長続きする平和を打ち立てるには、我が方の力に頼るだけでなく、戦場の状況に対する現実的な評価をも勘案すべきだろう。我々は、皆さんと同様、独立し繁栄したウクライナを望んでいる。しかし、ウクライナの2014年以前の国境を回復しようとするのは非現実的な目標であることを認識することから出発しなければならない。このような幻想的な目標を追うことは、戦争を長引かせ、より多くの犠牲を出すだけである。

▼ウクライナにとっての長続きする平和には、二度と再び戦争が始まることがないようにするための強力な安全保障の確約が含まれなければならない。これは「ミンスク合意3.0」ではない。つまり米国は、ウクライナのNATO加盟は、これからの交渉による合意に含まれるべき現実的な結論ではないと考えている。

▼安全保障の確約は、NATOではなく、能力ある欧州および非欧州の部隊によって支えられなければならない。もしこれらの部隊が平和維持部隊としてウクライナ各所に配備されるのであれば、彼らは非NATOの任務の一環として配備されるのであり、NATO条約第5条〔集団的自衛権の発動〕が適用されるべきではない。また彼らの接触ラインは強力な国際的監視の下に置かれなければならない。

▼はっきりしていることは、いかなる安全保障の確約の下であっても、米国の部隊がウクライナに配備されることはないということである……。〔以下略〕

「ウクライナのNATO加盟は非現実的」の真っ当至極

ヘグセスの構想は、バイデン政権時代の米国がゼレンスキーべったりだったのに比べれば、ロシアの主張を大幅に取り入れているのは事実だが、肝心なのは「どっち寄り」という浅薄な決めつけではなく、それが歴史と現実を踏まえて戦争終結への道を開くのに役立つのかどうかという客観的・論理的な見極めである。

第1に、ヘグセスがウクライナのNATO加盟は現実的でないと断言しているのは、正しい。なぜなら、米国が旧東欧諸国や旧ソ連傘下のバルト3国などを次々にNATOに加盟させ、ついにはロシアが“兄弟国”とみなすグルジア、ベラルーシ、ウクライナにまで触手を伸ばすという挑発行為に出たことが、この戦争の根本原因であるからで、それを取り除かない限りいかなる和平も成り立たない。

本誌が繰り返し語ってきたように、冷戦終結によって戦後の東西両陣営による核を含む脅し合い・睨み合いの構造が解体され、当然にも東側のワルシャワ条約機構(WPO)と西側の北大西洋条約機構(NATO)は存在意義を失った。

ソ連のゴルバチョフ大統領は粛々と91年7月にWPOを解散し、ドイツやフランスをはじめ西欧にもそれに対応してNATOを解消しようとする流れが生じた。しかしブッシュは、欧州およびユーラシア大陸への米国の覇権のテコとしてのNATOを手離したがらず、「ヨーロッパにはもはや敵が存在しないのに、何のために軍事同盟を存続させるのか」という疑問に対しては、「ヨーロッパ域内よりも域外の特にイスラム圏の脅威に共同対処すべきだ」として“域外化”を強調する新戦略概念を策定させた。

単に存続しただけならまだしも、問題は1999年以降NATOが旧東欧諸国を次々に併呑し、さらにウクライナ戦争勃発後は北欧の2カ国をも加盟させ、地図で見れば明らかなように、露骨に「ロシア包囲網」を作り上げてきたことである(図1)。

こうしたNATOの東方拡大戦略は、94年に始まった中立国や旧ソ連傘下の諸国との「平和のためのパートナーシップ」に始まり、その中でもとりわけロシアと国境を接するウクライナとは97年から、ジョージアとは08年から、それぞれ加盟問題を話し合う「委員会」を設置し、さらにロシアの反発を抑えるために02年には「NATOロシア理事会」を設置するなどして、最終的にはロシア自身をも加盟させる方向でことが進められた(図2)。

しかし、2003年のジョージア「バラ革命」、04年のウクライナ「オレンジ革命」、05年のキルギス「チューリップ革命」など、いずれも米国のブッシュ子政権に巣食ったネオコン過激派が仕組んだ独裁政権打倒の“市民運動”が起きたことから、ロシアが急激に態度を硬化させ、米およびNATOとの関係が険悪化した。

その中でもしかしネオコンの暴走は止まらず、2014年ウクライナ「マイダン革命」による親露派大統領の追放、親欧米的なポロシェンコ、次いでゼレンスキーの政権が成立する。

ここまで冷戦終結から3分の1世紀。現在のNATOの司令部および軍の配置図を見れば、NATOにとっての空白はベラルーシとウクライナだけで、ロシアはほとんど窒息状態に追い込まれていることが分かる。逆にロシアから西方を眺めればどういう景色が見えているかについて、想像力を働かせる必要がある(図3)。

大いに歓迎すべき「トランプ2.0」のウクライナ停戦案

こうして、いま始まろうとしているのは、ブッシュ父以来の米国の「唯一超大国」幻想に基づくNATO東方拡大という大誤謬の修正、それに悪乗りして世界を散々撹乱させたネオコン過激派の「全世界の共産政権・独裁政権を打倒せよ」路線の完全清算である。

皮肉なことに、トランプ第2期政権がそこへ踏み出そうとしているのは、冷静・深遠な歴史的な検証に基づく戦略転換の結論ではなく、何もかも損得勘定でしか計算できない軽薄な商売人根性、プラス、トランプ個人の独裁者=プーチンへの憧れによる衝動的な選択の結果でしかない。

とはいえ、それを「ロシア寄り」などと非難するのは馬鹿げていて、長年にわたり世界の大迷惑だった米国の迷走に少しでも歯止めがかかるのであれば、それはそれで大いに歓迎しなければならないだろう。

ヘグセス構想の中で第2の注目点は、「ウクライナの2014年以前の国境を回復しようとするのは非現実的」と言い切っていることである。

ゼレンスキーは一応建前として「全領土の回復」を言い続けなければならないが、クリミアの回復が不可能なことは分かっているだろうし、東部地方のロシア系住民が多数を占める地域についても、もしウクライナの一部として奪還するのだとすれば、ロシア系住民のロシア語を話す権利の法的保証をはじめ、2014年以降22年までに国内的に解決しておけばそもそも戦争などしなくて済んだはずで、仮に東部が帰ってきても直面するのはその問題だということを、多分理解しているだろう。

第3に、停戦後のウクライナに国際社会が「平和維持部隊」を派遣しなければならないのは必須だが、それが「NATOではなく、能力ある欧州および非欧州の部隊」であり、そうであれば当然のことながら「NATO条約第5条が適用されるべき」ものではないし、従ってまた「米国の部隊がウクライナに派遣されることはない」のである。これは全く正しい。

上述のように、冷戦終結後に米国がNATOの存続とその東方拡大という誤った路線に突き進んだ時、ドイツやフランスはじめ大陸欧州では反対論が強かったのだが、その際に欧州側から出ていた有力な提案は、

  1. NATOは解散し、米国には大西洋の向こうに帰って貰う、
  2. 代わって欧州防衛を担うのは新たに結成される独仏中心のコンパクトな「欧州共同軍」となる、
  3. しかしその軍が出るのは紛争が起きてしまった場合のことで、これからの欧州の安全保障の前面に立つのは、信頼醸成を主眼に紛争予防に徹するCSCE(全欧の安全と協力のための会議――後に常設機構化してOSCEに)である。域内で平和維持部隊が必要となった場合にそれを担当するのはCSCEであってNATOではあり得ない……、

というものだった。改めて言うまでもないが、NATOは、日米安保条約や米韓相互防衛条約などと同様、伝統的な「敵対的軍事同盟」であり、これは2ないしそれ以上の国が(たいていの場合)盟主国を中心に味方同士で結束し、予め仮想した敵と対峙する。その場合、ある加盟国が軍事攻撃を受けると他の加盟国もそれを我がこと受け止めて共に肩を並べて戦うことを約束するのが「集団的自衛権」である。

それに対して国連やOSCEは、ラウンドテーブル型の安保対話の組織で、そこ――全世界なら国連、欧州地域ならOSCEのように、存在するすべての国(場合によって地域も)が敵も味方もなく加盟して、普段から信頼を醸成し、紛争が生じてもそれを武力に委ねることなく話し合いで解決することを主眼とする安保概念で、全てが参加することから「普遍的安全保障」とか「協調的安全保障」とか呼ばれたりもする。

このように、19~20世紀的=冷戦的なNATO型の敵対的軍事同盟と21世紀的=ポスト冷戦的なOSCE型の普遍的安全保障とを概念的に対立するものとして理解し、前者から後者への転換を図るのが時代の中心課題なのだが、ブッシュ父以来の米国はとうとうそこを理解さえすることが出来ずに終わった。

トランプも理解していないと思うが、上述のように、商売人根性のどっちが損か得かの勘定に基づく直感として、「ウクライナにこれ以上の支援金を注ぐのはもったいなく、ましてや米国の若者の命を投げ込むなどとんでもない」と思ったのだろう。それでも何でも、これが米国が誤りを正すきっかけになるなら結構なことである。

各国首脳とウクライナ問題の意見を交わすのは困難な石破首相

さて、付け加えると、読者の皆さんは最近、この「NATO」と「OSCE」という言葉のワンセットを日本国内で耳にしたのをご記憶だろう。

石破茂首相は「アジア版NATO構想」が年来の持論なのだそうで、昨年11月には米ハドソン研究所のサイトに論文を寄稿した(本誌No.1280)。しかしその後は、日本国内ではもちろん米国内でも疑問の声が上がっているとかでこの構想を封印し、先の訪米でも口にすることはなかったし、どうしてそうなのかの説明も一度もない。

【関連】プーチンから「お前は馬鹿か」と嘲笑されること必至。石破氏「アジア版NATO」構想で露呈したウクライナ問題の歴史的経緯を知らぬ新首相

ところで面白いのは公明党で、山口那津男=元代表が1月8日石破茂首相と面会し、「アジア版OSCE」を創設する同党の構想について説明し、さらに13日から自公両党幹事長が訪中して開かれる「日中与党交流協議会」の席でその構想を中国側に提案するつもりだと伝えた。それにに対し石破は「しっかり勉強してみたい」と応じ、さらに翌日、東南アジア訪問に先立つ記者会見で「アジア版OSCEを念頭に置いて各国と対話していく」考えを示した(本誌No.1294)。

【関連】第2期トランプ政権は「カオス状態」必至。ど素人&出来損ないのトラブルメーカーで溢れかえる米ホワイトハウスの絶望

これってかなり凄い話で、山口は明らかに、石破の「アジア版NATO構想」への対抗概念として提起していて、ある意味、このところじわじわと目立つようになった公明党の「脱自民」=独自性発揮の一環とも受け取れる。

ところが石破は「しっかり勉強してみたい」「アジア版OSCEを念頭に置いてアジアと対話していきたい」などと軽々しいことを言っていて、もしOSCE型で行くならNATO型は否定されるのだということをまるで理解していないように見える。

こういう基礎概念さえ整理できていないのでは、トランプやプーチンにせよ欧州首脳やゼレンスキーにせよ、切迫したウクライナ終戦問題について意見を交わすのは到底難しいのではあるまいか。

スポンサーリンク

コメント

タイトルとURLをコピーしました