
ドル覇権の終焉は近い。加速する国際決済手段の多様化と暗号通貨テザーの台頭=高島康司

脱ドル化の流れが国際決済で加速している。特にウクライナ戦争以降、ドル以外の通貨や暗号通貨が急速に台頭しており、BRICSや中国のデジタル通貨が注目を集めている。この動きは、米国主導の金融制裁やSWIFTシステムの限界を背景に、より多様な決済手段へとシフトしている。果たして、ドルの覇権は終焉を迎えるのだろうか?(『 未来を見る! 『ヤスの備忘録』連動メルマガ 』高島康司)
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※本記事は有料メルマガ『未来を見る! 『ヤスの備忘録』連動メルマガ』2024年10月18日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。
国際決済における脱ドル化と暗号通貨の使用
基軸通貨のドルから離れる動きについて解説したい。
いま、国際決済における脱ドル化の流れが確実に加速している。この大きな背景になっているのは、2022年2月24日に始まり、現在も続いているウクライナ戦争である。ロシアに対する厳しい経済制裁にもかかわらず、ロシアのエネルギーや食料の輸出は逆に大きく伸びている。ロシアの中国に対する石油輸出はウクライナ戦争前の8倍に、またインドへの輸出はなんと33倍になっている。
こうした急増の理由のひとつは、ロシアが約3割のディスカウントで石油を販売しているからだが、インドはこれを絶好の機会として利用し、輸入したロシア産石油を他の石油とミックスして、ロシアから全面的に禁輸しているヨーロッパに輸出し、大きな利益を上げている。現在石油の価格は比較的に高いので、掘削コストの安いロシアは3割のディスカウントでも利益は大きい。インドはそれを利用して儲けているが、これはまさにウインウインの関係だ。
そうした状況なので、ウクライナ戦争後ではロシア、中国、インド、そして対ロシア制裁に加わっていないグローバルサウスやBRICS+と呼ばれる国々の間では、ドルを決済通貨として使う必然性が急速に薄れつつある。いつになるかはまだはっきりしないものの、将来は基軸通貨としてのドルが全面的に放棄され、ドルとは異なる通貨が基軸通貨となる多極型の決済システムに移行する可能性が高くなっているのだ。
この状況はこのメルマガの第731回の記事で書いたが、今回は新しい状況が出てきたので、これを中心に紹介する。
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人民元と現地通貨の使用
もちろんいまは、国際決済の手段としてはドルの使用が圧倒的に多い。ドルの使用の割合は下がっているものの、いまだに国際決済の42%がドルで決済されており、各国の中央銀行の外貨準備も58%がドルである。これは2000年の71%からは低下しているものの、いまだに主要な準備通貨である。
しかし、それでも、ロシア、イラン、ベネズエラ、北朝鮮、そして一部の中国企業への制裁から、こうした国々や企業へのドルベースの決済システムからの排除が進んでも、制裁下にある国々や企業との取引が増えているため、ドルとは異なる通貨が使われる傾向が加速している。ドルとは異なる決済手段が積極的に使われているのは、BRICS+や「一帯一路」諸国である。
決済手段で拡大しているのは、やはり中国の人民元である。「中国人民銀行」は先週、ウェブサイトに掲載した報告書の中で、1月から8月までの商品貿易における人民元建ての国際決済額は、外貨を含む総決済額の26.5%を占めたと発表した。また、報告書によると、世界最大の銀行間メッセージサービスである「国際銀行間通信協会(SWIFT)」は、8月の人民元の国際取引におけるシェアは4.69%だった。人民元は10ヶ月連続で4%を超え、決済通貨としても4位を維持している。
さらに、「中国人民銀行」の主導で現地通貨建ての決済も盛んになっている。中国がより多くの貿易相手国と合意に達し、国際貿易および金融取引における現地通貨の利用を強化するにつれ、中国と他国間の国境を越えた取引はより利便性が高まることが期待される。これは二国間および地域貿易、そして投資における協力に新たな機会をもたらす。
2023年初頭、ブラジルは、中国との二国間貿易決済を現地通貨で行うと発表した。これにより、ブラジルレアルと人民元の資本が大幅に増加し、直接投資を促進することになると期待されている。人民元やその他の現地通貨を決済に使用する流れは、「一帯一路」のパートナー諸国や、「地域包括的経済連携(RCEP)」の他の加盟国、また、インドネシア、ベトナム、ラオス、ロシアなど中国が緊密な関係を持つ国々との間で拡大する見込みだ。
デジタル決済「m-CBDCサービス」
これと同時並行に進んでいるのが、デジタル通貨による決済である。中国が中心となって、各国の中央銀行が発行するデジタル通貨のリアルタイム、ピアツーピア、クロスボーダーの外国為替取引を可能にするシステムの「m-CBDCサービス」がある。
すでにこの計画は、中国、タイ、香港、アラブ首長国連邦の中央銀行によって計画が進められている。これが導入されると、ドルベースの送金システムである「SWIFT」を使う必要性はなくなる。「m-CBDCサービス」を使うと、中国は「デジタル人民元」ですべての決済を行うことが可能になる。
いま計画段階は終了し、すでに7月から中国南部の広東省でサービスが始まっている。これは、デジタル通貨の国際決済への応用における重要な進展となる。時間のかかるプロセスを伴う商業銀行に依存する従来の国際決済と比較して、「m-CBDCサービス」はリアルタイム取引をサポートし、効率を大幅に改善し、コストを削減しながら、国際取引の透明性を高めることができると期待されている。
ちなみにこのサービスは、参加する中央銀行および商業銀行間で共有されるデジタル通貨プラットフォームを、ブロックチェーンの分散型台帳技術を基盤として構築し、即時の国際送金および決済を可能にする。また、高コスト、低速度、業務の複雑性など、国際送金の主な非効率性のいくつかに対処することも目的となっている。
このサービスは、さまざまな中央銀行デジタル通貨による国境を越えた決済をサポートしており、異なる国や地域間の決済が、為替取引なしでより便利に行えるようになる。その結果、国際貿易の円滑化がさらに促進される。また、このプロジェクトにより、デジタル人民元の国境を越えた決済への適用がより広範かつ便利になる。これは、デジタル人民元の国際的地位と影響力を高め、そのグローバルな流動性を強化することにつながることが期待されている。
仮想通貨「テザー」の使用
このように、いまドルベースの既存の銀行間送金システムである「SWIFT」を使わないで国際決済を実現する多様なシステムが出現している。こうしたシステムを使うと、決済通貨としてのドルに依存する必要がないので、ロシア、イラン、ベネズエラ、一部中国企業、そしてこれらの国々や企業と経済関係が強い諸国や地域によっては願っても国際決済方法になっている。これからも、この動きが加速し拡大することは間違いないだろう。ゆっくりとしたペースながらも、脱ドル化の流れは確実に進展する。
一方、こうした中、注目されている動きがある。それは、仮想通貨のテザーが国際決済に使われるようになっていることだ。以前はビットコインが使われると見られていたが、価値の変動の激しいビットコインは嫌煙され、その価値がドルに固定されたステーブルコインのテザーの使用が拡大している。
ちなみにテザーは、発行したテザーの総額を上回るドルや米国債を、価値の根拠として「テザー社」が保有することで、ドルとテザーとの交換を保証している。2014年前後からドルの価値に固定された多くのステーブルコインが発行されているが、価値の根拠を明確に示すことで高い信用力を獲得したのは、テザーだけである。単位は「USDT」だ。この信用力が背景となり、ドルに代わる国際決済の手段として利用されるようになっているのだ。
ビットコインのような他の暗号通貨同様、テザーの送金もユーザーが保有するデジタルウォレット間で瞬時に行われる。「テザー社」はそれぞれのトランスアクションにわずかの手数料を取り、これが「テザー社」の利益になるというシステムだ。すでに「テザー社」の保有する米国債は976億ドルに達してる。これは、ドイツ、アラブ首長国連邦(UEA)、オーストラリアが保有する額を上回り、世界で見ると18位にランクインする規模だ。すさまじい規模だ。
また「テザー社」は、1131億ドルの負債に対して、1184億ドルの準備資産を保有している。つまり、「USDT」を裏付ける準備金は、発行総額(時価総額)よりも53億ドル多い。
「テザー社」の利益も凄まじい。昨年は62億ドルの利益を上げ、世界最大の資産運用会社である「ブラックロック」を7億ドルも上回っている。「テザー社」の従業員は100人に満たない。一人当たりの利益額でいかなる企業も上回っている。
使用が拡大し続けるテザー
すでにテザーは毎日3億回も使われ、トランスアクションの総額は1,900億ドルに達している。ドルのトランスアクションの日々の総額は6兆ドルなので、まだドルには及ばないものの、決済手段としてのドルが使えないか、またはドルの使用を回避したい国々にとっては、絶好の決済手段になっている。
ロシアでは、テザーのような銀行システムを回避できる一部のデジタル金融資産を使用した決済が認められている。また、ロシア議会では、外国貿易における決済手段としてすべての暗号通貨を合法化する法案が検討されている。周知のように、欧米の制裁により、ウクライナでの戦争を継続するために使用される可能性のある軍民両用製品のロシアへの出荷は禁止されている。米政府は、中国を、ロシアが軍事用資材(半導体や無人機部品など)を調達する上での重要なグローバルハブと見ている。
実は、その決済手段のひとつになっているのがテザーだ。
また、ロシアの政治家や兵器のディーラーは、国外でテザーをやり取りして不動産を購入したり、制裁対象の商品の納入業者に支払いに使っている。ベネズエラの制裁対象の国営石油会社は、貨物に対してテザーで支払いを受けている。さらに、ハマスなどの抵抗組織は、テザーを利用して収入を洗浄している。
イランでも状況は同様である。イランでは「TetherLand」と呼ばれる暗号通貨取引所で、イラン人が現地通貨のリアルをテザーに交換することができる。テザーは、より広い市場に出回ると、取引所や地元の証券会社を通じて他のトークンや従来の通貨と交換できるようになっている。
さらに、テザーの使用が拡大しているのは、アメリカの金制裁下にある国々だけには限定されない。アルゼンチンやトルコのような機能不全に陥った経済では、ハイパーインフレや外貨不足に悩まされているため、テザーは日常的な支払い手段として、また貯蓄を守る手段として、人々にとっての生命線ともなっている。
ゆっくりとだが確実に進む脱ドル化の流れ
このようなテザーの動きを見ると、脱ドル化の動きはゆるやかだが、確実に進んでいることが分かる。
いま拡大している決済方法は、人民元、現地通貨建て、デジタル人民元を基礎にした「m-CBDCサービス」、そして暗号通貨のテザーだ。一時は中国とロシアが計画しており、価値が商品バスケットによって裏付けられた「BRICS共通通貨」が、ドルに代わる基軸通貨として登場するのではないかとも見られていたが、これはまだ計画段階にあり、導入はかなり先になると思われる。
ロシアも中国も、そしてBRICS+のどの国の中央銀行も、莫大なドルを準備金として保有し、またかなりの額の米国債も持っている。各国が基軸通貨を一斉に別な通貨に変更してしまうと、ドルと米国債の価値は暴落するので、これらの国々にとっても大きな損失になる。
だから、どの国も急速な脱ドル化と基軸通貨の転換は望んでいない。
一方、ドルベースの決済システムを使い続けると、アメリカの金融制裁の対象となるリスクは避けられない。いまはアメリカと良好な関係にある国でも、政治的な状況の変化によっては将来どうなるか分からない。
このような状況なので、ドルと米国債の価値を維持しながら、比較的にゆっくりとしたペースで、ドルから離れるという方向に向かっている。この動きは、国際決済手段の多様化という形で現れているのが現状だ。
この多様化の動きは、徐々に加速すると思われる。いまロシアでは、ビットコインを国際決済に使う方途も検討されている。ウクライナ戦争に端を発した欧米の金融制裁によって脱ドル化は進み、多極型の世界システムに合致した多様な決済システムが出てくる方向には我々はいま向かっている。
これは、アメリカの一極覇権と基軸通貨のドル体制が確実に終焉し、多極型の世界秩序へと移行する確実なステップであることは間違いない。注目したい。
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