【停戦案をスッパ抜く!】米国はクリミア放棄を通告、どうするゼレンスキー?

ウクライナ戦争の停戦・和平をめぐって大詰めを迎えている。ロイター通信は、4月25日、戦争終結のための提案を記した2つの文書を報道した。米国が17日、パリでの会合で、スティーブ・ウィトコフ特別代表が提示した枠組みおよび23日、外相級から格下げされたロンドンでの会談の後、ウクライナと欧州諸国の代表が米国に手渡した回答案である。
ここでは、この二つの案を紹介しながら、戦争継続か、停戦合意を受け入れるかの土壇場に置かれた、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領の現状について分析する。
米国はクリミア半島のロシア支配を承認
米国案では、恒久的停戦が前提とされており、ウクライナの安全保障として、(1)ウクライナは北大西洋条約機構(NATO)への加盟をめざさない、(2)ウクライナは欧州連合(EU)加盟をめざす可能性がある――という項目があり、安全保障の保証国として、欧州諸国と非欧州諸国からなるアドホック(臨時)グループが記されている。
領土については、(1)米国はクリミアのロシアによる支配を法律上(de jure)承認する、(2)ルハンスク、ドネツク、ザポリージャ、へルソンのロシア支配地域を事実上(de facto)承認する、(3)ウクライナはザポリージャ核発電所を米国が管理・運営し、双方に電力を配給し、カホクカ・ダムも同様に管理する、(4)ウクライナはドニエプル川を自由に通行できるようになり、キンバーン岬を支配する――と定められている。
経済をめぐっては、Ⓐ米国とウクライナは経済協力/鉱物協定を実施する、Ⓑウクライナは完全に復興し、金銭的補償を受ける一方、Ⓒ2014年以降、この紛争に起因するロシアへの制裁は撤廃される、Ⓓエネルギーおよびその他の産業分野における米ロ経済協力、という項目も盛り込まれていた。
領土はあくまでも「協議」という欧州案
この案に対して、ウクライナと欧州諸国が米国に渡した提案には、停戦については、「空、陸、海における完全かつ無条件の停戦にコミットする」とあり、ゼレンスキーが主張する「無条件の停戦」の文言が相変わらず入っている。他方で、「停戦監視は、米国が主導し、第三国が支援する」とある。
ロシアに対しては、国外追放されたウクライナの子どもたちや不法に避難させられた子どもたちを無条件で返還することや、すべての捕虜を交換することを求めている。不可思議なのは、「無条件の停戦」になっていないことだ。
ウクライナに対する安全保障については、(1)ウクライナは、米国を含む強固な安全保障を受ける(第5条のような合意)一方、NATO加盟については同盟国の間でコンセンサスが得られていない、(2)ウクライナ国防軍を制限しない、(3)保証国は、欧州諸国と意欲的な非欧州諸国からなるアドホック・グループ(その目的のためだけの特定のグループ)とし、ウクライナ領土内における友好的な外国軍隊の駐留、武器、作戦を制限しない、(4)ウクライナはEU加盟をめざす――という項目が挙げられている。
領土をめぐっては、Ⓐ領土問題は、完全かつ無条件の停戦後に協議・解決される、Ⓑ領土交渉は支配線を基礎として開始される、Ⓒウクライナは、米国の関与の下、ザポリージャ核発電所とカホフカ・ダムの支配権を回復する、Ⓓウクライナはドニエプル川を自由に通行できるようになり、キンバーン岬を支配できるようになる――と書かれている。
最後に、経済については、米国とウクライナは経済協力/鉱物協定を実施する、ウクライナは完全に復興し、ロシアがウクライナへの損害を補償するまで凍結されたままとなるロシアの公的資産を含め、財政的に補償される、2014年以来ロシアに科せられている米国の制裁は、持続可能な和平が達成された後に段階的に緩和される可能性があり、和平合意に違反した場合には再開される――と記述されている。
クリミア半島の主権をめぐる攻防
主要メディアが注目しているは、クリミア半島の取り扱いをめぐる軋轢(あつれき)かもしれない。4月23日にロンドンで開催予定だった外相級会談を前に、ゼレンスキーは、クリミアをロシア領と承認する提案を断固として拒否し、事実上、会談は中止となった。マルコ・ルビオ国務長官、ウィットコフ、そしてそれに続いてフランス、ドイツ、英国の外務大臣も、この会談への参加を直前にキャンセルした。
4月24日には、英紙「フィナンシャル・タイムズ」は、欧州の高官の情報として、EUは、クリミア半島をロシアの領土として認めないこと、またウクライナにクリミアへの領有権主張を放棄するよう説得しないことを、米国政府に伝えたと報じた。4月24日、CNNも、複数の同盟国外交官がトランプ政権の提案に動揺していると語った、と報じた。さらに、アジアの外交官たちも、ウクライナの国境を侵すような和解が世界的な影響を及ぼすことへの懸念を明確に表明した、と書いている。
しかし、こうしたメディアの報道には、「嘘」が含まれている。なぜなら、米国側の提案は、ただ、米国がクリミアのロシア領有を国際法上、承認するといっているだけで、ウクライナや欧州諸国に同じようにしろと命じているわけではないからだ。
思い出してほしいのは、2019年3月、当時、大統領だったトランプがゴラン高原に対するイスラエルの主権的権利を認める大統領布告に署名したことである。イスラエルは1967年、外部の脅威から自国の安全を守るという理由から、ゴラン高原を掌握した。トランプはこれを認め、ゴラン高原に対するイスラエルの主権を承認したのだ。
しかし、フランスも他のヨーロッパ諸国も、イスラエルのゴラン高原における主権を、いまも認めていない。同じことが起こるだけの話なのだ。
もう一つ、思い出してほしいのは、ビル・クリントン大統領が、2008年2月、コソボがセルビアからの独立を宣言すると、即座に承認したことである。その後、欧州諸国や日本はコソボの独立、すなわち国家主権を認めたが、スペインのように自国の分離主義を恐れていまだに承認していない国もある。
つまり、クリミア半島の領土主権がロシアにあると承認しても、米国と同じようにするかどうかは各国の判断に任せられている。もちろん、ウクライナがこれを認めなくても、それは仕方がないことにすぎない。
こうした歴史的事実を解説しないまま、トランプ提案がとんでもないことのように報道するのは、明らかにおかしい。「オールド・メディア」が情報操作をしたがっているのである。
あくまでも戦争継続を望む人たち
どうして欧州は、ウクライナの「無条件の停戦」に肩入れするのだろうか。残念ながら、その理由はウクライナのゼレンスキーと同じく、いろいろと「いちゃもん」をつけて、戦争を継続させたいからにほかならない。
すぐに停戦が破棄されるようなものであってはならないから、しっかりした停戦・和平のための条件を整える必要があるというのは建前だ。そんな条件を整えるのは不可能だから、事実上、「あと数年は戦争を継続せよ」と、彼らは主張している、と考えられる。
なぜ彼らが停戦・和平の妨害をするかといえば、それは、停戦が2014年以降のEUのウクライナ支援政策全体を無駄にすることを意味しているからにほかならない。同時にそれは、EUおよびその加盟国のうち、ハンガリーを除くほとんどの国の指導者の権威失墜を意味している。
「ウクライナのゼレンスキー=善」、「ロシアのプーチン=悪」という、きわめて短絡的な見方しかできないまま、多くの税金を投じてウクライナを支援してきた国は、その責任を負わなければならない。2022年2月24日からはじまったロシアによるウクライナへの全面侵攻後、5月までの間に、ウクライナとロシアとの間で和平協議がまとまりかけていたにもかかわらず、これを停止させて「代理戦争」という形でウクライナに戦争を継続させた元凶は、当時のジョー・バイデン大統領とボリス・ジョンソン首相だった。
その尻馬に乗って、戦争支援に動いたのがNATO加盟国や日本の指導者だ。彼らには、きわめて大きな責任がある(詳しく知りたい人は拙著『ウクライナ戦争をどうみるか』、『知られざる地政学』〈上下巻〉、『帝国主義アメリカの野望』を読んでほしい)。
同じく、ウクライナ戦争を「ウクライナのゼレンスキー=善」、「ロシアのプーチン=悪」という視点から報道してきた西側諸国のテレビや新聞も、重い責任を負っている。だからこそ、それらの多くはいまでも、トランプを批判することで、戦争継続派のゼレンスキーの肩を持ちつづけているのだ。日本の場合でいえば、テレビや新聞に登場するほぼすべての「専門家」と呼ばれている人々も「同じ穴の貉(むじな)」ということになる。
トランプとゼレンスキーの「15分会談」
4月25日、ウィトコフはこの3カ月間で4度目のロシア訪問を果たした(下の写真)。クレムリンでは、3回目のプーチンとの会談に臨んだ。3時間にわたる会談で、両者はロシアとウクライナの直接協議再開の可能性について話し合ったという。ウシャコフは、今回の会談は「建設的で非常に有益」であり、「ウクライナだけでなく、他の多くの国際問題についてもロシアとアメリカの立場を近づけることができた」と付け加えた。
どうやら、米国側は、ウクライナと欧州案にもかかわらず、これを一顧だにせず、米国案を中心にゼレンスキーに決断を迫っているようにみえる。
4月26日、フランシスコ教皇の葬儀に列席するためにイタリアに飛んだトランプとゼレンスキーは、サン・ピエトロ大聖堂で15分間会談した(下の写真)。会談について、ゼレンスキーは「テレグラム」に「いい会談だった」と書いている。しかし、これは意図的に不正確な情報を流して騙そうとするディスインフォメーションにすぎない。
なぜなら、NYTによると、ウクライナの報道官が、26日にローマでさらなる会談が行われることを示唆したにもかかわらず、トランプ氏は足早に出発したからである。トランプがエアフォース・ワンに搭乗して出発した後、報道官は「大統領のスケジュールが非常にタイト」であるため、2回目の会談は行われないだろうとのべたという。しかし、同じNYTは、「トランプ氏は、今日中にニュージャージー州のゴルフリゾートに戻りたいと側近に語った」と記している。つまり、ゼレンスキーよりもゴルフを優先させたのだ。
これが何を意味するのかは、現時点では不明だ。いずれにしても、ゼレンスキーが停戦に応じなければ、最悪の事態が待ち受けているだろう。
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