シリア・アサド政権は崩壊間近…ウクライナの泥沼にハマったプーチンが迫られる「究極の選択」と、その後に襲う「深刻な打撃」

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シリア・アサド政権は崩壊間近…ウクライナの泥沼にハマったプーチンが迫られる「究極の選択」と、その後に襲う「深刻な打撃」(朝香 豊) @gendai_biz
シリアの反政府勢力がここ数年で最大の攻撃を開始し、シリア内戦が大きな転換点を迎えた。シリア主要都市であるアレッポがあっという間に陥落した。政権崩壊の可能性を察知して、アサド一族が安全のためにモスクワに逃亡という見方もある。ウクライナで手一杯のロシアがシリアを支えられ無ければ、プーチンの権力にも深刻な打撃となろう。

シリア・アサド政権は崩壊間近…ウクライナの泥沼にハマったプーチンが迫られる「究極の選択」と、その後に襲う「深刻な打撃」

シリア・アサド大統領の「モスクワ逃亡」?

シリアの反政府勢力がここ数年で最大の攻撃を開始し、シリア内戦が大きな転換点を迎えた。シリア主要都市であるアレッポがあっという間に陥落した。

シリアは南部のダマスカスが首都だが、北部のアレッポは南部にある首都ダマスカスに次ぐ第二の都市で、日本でイメージすれば、大阪があっという間に制圧されたという感じだ。

そんな重要都市を取られようとしているのに、アサド政権の政府軍はほとんど抵抗らしい抵抗を行わずに逃げ出した。

日本のメディアでは、シリア北部だけでなく、シリア中部においても反政府勢力が攻勢を強めていると報じられているが、現実には反政府勢力の攻勢はもっと進んでいる。

政府軍の最重要拠点であるシリア南部の首都ダマスカスにおいてでさえ、すでに激しい銃撃戦が繰り広げられているのだ。

主流派メディアは報じていないが、すでにアサド大統領がモスクワに脱出したという情報が出ている。私はこれは確実だと見ていいのではないかと考えている。というのは、ロシア大統領府のペスコフ報道官がアサド大統領がモスクワに予定外の訪問を行ったという未確認の報道について、コメントすることを拒否したからだ。公式には認められないけれども、否定もできないということではないだろうか。

アサド大統領  by Gettyimages

アサド支持派の情報筋は、アサド大統領のモスクワ訪問はシリアの復興投資について話し合うためだと伝えているが、それを真に受けることはできない。もしそうであるなら、ペスコフ報道官はそのように話せばよかったのではないか。

今回のアサド大統領のモスクワ訪問には、アサド大統領が単独で乗り込んだのではなく、親族全員も一緒にモスクワに連れてきたと伝えられている。政権崩壊の可能性を察知して、アサド一族が安全のために逃げ出したと見るべきである。

今回、反体制派が一気に攻勢をかけたのは、プーチンがカザフスタンを訪問し、ベロウソフ国防大臣が北朝鮮に向かっているタイミングであった。反体制派はロシア政府側の動きを見たうえで、迅速な対応がロシアにはできないことを見越したうえで、こうした攻勢を行ったと見ればよいだろう。

ロシアの国益としてのアサド政権

ところでシリアはロシアにとって死活的に重要な戦略的な要衝である。

シリアの南東側にはイラク、クウェート、サウジアラビア、カタールなどの石油・天然ガスの重要な産出国がある。そしてシリアより北西側にはトルコがあり、さらにその西側にはヨーロッパ諸国が広がっている。

仮に南東側の石油・天然ガスの重要な産出国と、北西側のヨーロッパ諸国を結ぶパイプラインが建設されると、中東の石油・天然ガスが極めて安価にヨーロッパに供給されることになり、そうなると自国の石油・天然ガスを売りたいロシアとしては、たいへん困ることになる。

だから、シリアを反欧米にしておいて、南東側と北西側がパイプラインで繋がらないようにすることが、戦略的に極めて重要だったのだ。

だから何があっても反欧米のシリアのアサド政権を守るのは、ロシアの国益に極めて重要であった。

さらに言えば、前回のトランプ政権期にイスラエルとサウジアラビアが歴史的和解をしたことも、ロシアには大きな脅威であった。シリアを経由しないでも海底パイプラインを地中海に通せば、トルコやギリシャなどに南東側の国々の石油や天然ガスが送れるようになってしまうことになる。これもまた、ロシアにとっては大変困ることになる。

このイスラエルとサウジアラビアの歴史的和解に対して、大きな邪魔をしたのがバイデン政権だったことも思い出したい。

サウジアラビアのサルマン皇太子の命令でサウジアラビアの反体制派のカショジ記者がトルコにあるサウジアラビア大使館で殺害されたのではないかとの疑惑をバイデン大統領は持ち出して、アメリカとサウジアラビアの関係を悪化させ、サウジアラビアとイスラエルの関係も冷え込ませる働きをした。バイデン大統領の意図がどんなものであったにせよ、客観的にはロシア、イラン、中国を大いに利する動きであったと言わざるをえない。

ウクライナの泥沼に足を取られた結果

話がやや脱線したが、ロシアはこの状況を前にして、どのような対応を取るだろうか。

ここで頭においておくべきは、ロシアがウクライナとの戦争に全力を注がなくてはならなくなっているところだ。ウクライナとの戦争でロシア側は確かに占領地を確実に拡大している。だが、それはロシア側が自らの犠牲を顧みない無謀な攻撃を続けているからで、ロシア側の損耗はウクライナ側の損耗を実は遥かに凌駕している。

人的損失が激しいために、ロシアは北朝鮮軍やイエメンのフーシ派の軍勢もかき集めてウクライナとの戦闘を何とか行っている状態であり、シリアに十分な兵力を割くことはできなくなっている。シリアに展開されているロシア軍も必然的に規模縮小に追い込まれているのだ。

アサド政権を支援するロシアは、反政府勢力の拠点などに空爆を行い、アレッポなどで320人以上が死亡したと報じられてはいる。だが、主要都市アレッポがほぼ一日で陥落したのは、ロシア側の支援が限定的なものにとどまっていることを、如実に物語っているだろう。

シリア政府軍は必死の抵抗をしても、十分な援軍が来ないことを想定しなければならないので、本来は絶対に死守しなければならないはずの主要都市であるアレッポであっても、あっさりと見限ったと見るべきなのだ。

アサド政権の基盤、弱体化

ここで、シリア内戦の主だった勢力を3つに整理しておこう。

まずはアサド政権側のシリア政府軍だ。シリア政府軍は、ロシア、イランに加え、イランから支援を受けているレバノンのヒズボラなどによって支えられてきた。

次にロジャヴァとも呼ばれるクルド人勢力だ。ロジャヴァというのは、「北部及び東部シリア自治行政区」の略称だが、シリア政府から公式に自治権を認められているわけではない。クルド人勢力が強い、主としてシリア北東部を中心に支配領域を広げ、その中で勝手に独立国のように振る舞っている勢力だ。

もう一つが反政府勢力とひとまとめでよくいわれる雑多な勢力だ。こうした勢力は目的が共通しているときには団結するが、いろんな思惑で離れていくこともあり、本質的には統一的に捉えることはできない。なお現在の反政府勢力の主力はHTS(タハリール・アル・シャーム機構)という、かつてはヌスラ戦線とも呼ばれたテロ組織だ。

アメリカは反アサドの立場から、クルド人勢力や反政府勢力を支援してきた。トルコは、アサド政権とも仲は良くないし、クルド人勢力が強くなると、トルコ国内のクルド人勢力にも大きな影響を及ぼすため、反政府勢力、特にHTSを強力に支援する立場に立っている。

アサド政権はその政権基盤を、ロシアばかりでなく、レバノンの武装組織であるヒズボラの支援にも頼ってきた。ところが、ヒズボラはこの間のイスラエルとの戦闘で徹底的に弱体化された。ヒズボラを支える立場にあったイランも、イスラエルと戦える力が自分たちにないことを悟り、イスラエルの強い動きに対して、結局手が出せない状態になっている。

こうなると、アサド政権の支持基盤が極めて弱体化していることが容易にわかるだろう。こうした力学的な変化も、今回の反政府勢力の動きに大きな影響を及ぼしている。

ウクライナも捨てられない、シリアも捨てられない

今回の事態を受けて、プーチンは極めて困難な状況に陥った。

ウクライナとの戦いを優先すれば、シリア援助を切り捨てるしかなくなる。しかしシリア援助を切り捨てれば、中東においてのロシアのプレゼンスを失うことになり、ロシアの国際的な発言力を失わせることに繋がる。シリアに親欧米政権が樹立され、中東の産油国・産ガス国とヨーロッパ諸国を結ぶパイプラインが建設されることになれば、ロシアの経済的な打撃は計り知れないことにもなる。だからシリアを失うことは絶対に避けなければならない。

しかし今アサド政権を守るには、相当な兵力をウクライナからシリアに動かさなければならない。そんなことをすれば、ウクライナが一気に反転攻勢に出てくることは容易に想像ができる。

ロシアはウクライナも捨てられない、シリアも捨てられない中で、究極の二択を今迫られているのだ。

ところで今回の動きは、トランプ政権誕生とつながる動きではないかとの説もある。
トランプはウクライナの戦争を終わらせることを最優先させると明言している。そのやり方はまだ明確にはわからないけれども、

1)ウクライナのNATO加盟を20年間は認めない
2)ウクライナにアメリカは制限なく武器を売却できるようにし、これによってロシアに対するウクライナの抑止力が確保できるようにする
3)800マイルの非武装地帯を設置し、停戦監視団は、ポーランドやドイツ、イギリス、フランスなどヨーロッパ諸国が担う(アメリカは停戦監視団に入らない)

というものではないかと、ウォール・ストリート・ジャーナルは報じた。

このような停戦案はプーチンにはとても飲めるものではないだろうが、そのプーチンに対して停戦案を飲めとするトランプ側の圧力が、トルコを通じてすでに行われているのではないかという見方も出ているのだ。

この真偽はわからないが、トルコのエルドアン大統領がトランプの言うことを素直に聞いているとは考えにくい。私はむしろ、トルコが自らの国益を考えて積極的に動いていると見るほうが正しいのではないかと思う。

ちなみにトルコは単にHTSを支援するだけでなく、シリア領内にトルコ軍を介入させているとの話も出ている。

ポスト・アサドの世界

シリアのアサド政権が崩壊すれば、ロシアやイランを除いたほとんどの中東・南西アジアの国々が得をする流れができることが見通せるようになる。

中東の産油国・産ガス国とヨーロッパ諸国を結ぶパイプラインの重要な要の立場にトルコが立てる見通しが立てば、エルドアン大統領の悲願であるEU加盟に向けて大きく前進することになる。エルドアン大統領は様々な地政学的な変化を踏まえたうえで、こうしたトルコの国益のためにロシアと距離を置く姿勢を見せたのではないかと、私は考えている。

まだアサド政権が本当に倒れるのかどうかはわからないが、ロシアの今後のテコ入れが十分な大きさを持たないものになれば、意外とあっさりと崩壊する可能性が高いと見るべきだろう。もし倒れることになったらプーチン・ロシアに対する打撃は実に大きく、それはロシアの中におけるプーチンの権力にも動揺を与えることになるのは、間違いないだろう。

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