ゾッとする。絶対逃れられない、その速さ…筋組織を持たないはずの「ハエトリグサが獲物を狩る」方法…動物にはできない、驚愕のしくみ

生物学
筋組織を持たないはずのハエトリグサが獲物を逃さない、その早すぎる動き…動物にはできない、驚愕のしくみ
食虫植物という、昆虫などの動物を食べる植物がいるのをご存知でしょうか。日本でも高山や湿地などにいくつかの種が自生しています。植物なので自ら光合成しますが、貧栄養の土壌などで、不足する栄養分を補うために、捕虫すると考えられています。多くは動かずに、あるいはわずかに動く程度で、よってくる虫を捕らえますが、北米原産のハエトリグサは、筋組織を持つ動物以上の素早さで捕虫します。その素早さは、どこから生まれてくるのでしょうか。同様の仕組みは、動物にも備わっているのでしょうか。植物ならではの、驚きの狩りの仕組みから、進化を考えてみましょう。

ゾッとする。絶対逃れられない、その速さ…筋組織を持たないはずの「ハエトリグサが獲物を狩る」方法…動物にはできない、驚愕のしくみ

食虫植物という、昆虫などの動物を食べる植物がいるのをご存知でしょうか。日本でも高山や湿地などにいくつかの種が自生しています。植物なので自ら光合成しますが、貧栄養の土壌などで、不足する栄養分を補うために、捕虫すると考えられています。

多くは動かずに、あるいはわずかに動く程度で、よってくる虫を捕らえますが、北米原産のハエトリグサは、筋組織を持つ動物以上の素早さで捕虫します。その素早さは、どこから生まれてくるのでしょうか。同様の仕組みは、動物にも備わっているのでしょうか。

植物ならではの、驚きの狩りの仕組みから、進化を考えてみましょう。

動物を食べる植物

植物が動物を食べる。少しぞっとする話だが、そういう植物は実際にいる。それが食虫植物だ。

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食虫植物にはいろいろな種類があるが、その大部分は動かないか、ゆっくり動くか、のどちらかだ。ところが、ハエトリグサは、素早く動いて昆虫を捕らえることができる。ハエトリグサは植物なのに、どうして動物よりも速く動くことができるのだろうか。

有名な食虫植物「ウツボカズラ」

まず、食虫植物についてかんたんに述べておこう。食虫植物の中でもっとも有名なものは、おそらくウツボカズラだろう。東南アジアを中心に生息するウツボカズラ属の総称だが、その中の代表種であるNepenthes rafflesianaを指すこともある。

【写真】ウツボカズラ

ウツボカズラは、葉の先端から下向きに蔓が伸びて、その先端に壺のような形の捕虫嚢を付ける。捕虫嚢の上には蓋があり、その蓋には蜜腺がある。その蜜腺で昆虫をおびき寄せるのである。ちなみに、蓋が閉まることはない。昆虫が捕虫嚢に落ちても開いたままである。

捕虫嚢の縁(ふち)は滑りやすいワックスの層で覆われていて、縁に止まった昆虫が滑り落ちやすくなっている。そして、いったん壺の中に落ちてしまえば、まず逃れることはできない。壺の底には粘性のある液体が溜まっているし、壺の内壁は滑りやすいので、這い上がることもできない。

昆虫は、液体の中でゆっくりと消化されていく。液体には、消化酵素が含まれているからだ。

ウツボカズラは食虫植物の中では比較的大きく、捕虫嚢の長さが30センチメートルを超えることもある。そのため、昆虫だけでなく、小さなカエルなどが餌食になることもあるらしい。

イモリを食べている食虫植物「サラセニア」

また、ウツボカズラではないが、やはり食虫植物のサラセニアについては、イモリを普段から食べていることが正式に報告されている。

サラセニアの仲間は、ウツボカズラとは独立に進化したと考えられる食虫植物で、北米に分布している。ウツボカズラに似て、落とし穴によって昆虫を捕まえるタイプの食虫植物だ。

そのサラセニアの1種であるムラサキヘイシソウは、イモリの幼体を常食にしている可能性がある。カナダの湿地に生えている多数のムラサキヘイシソウを観察した結果、その約20パーセントにイモリの幼体が捕らえられていたのである。

動物は、ありがたい栄養補助食品

食虫植物も光合成をするので、動物を食べなくても枯れることはほとんどない。とはいえ、光合成だけですべての栄養がまかなえるわけではないので、少しは地中から栄養(窒素やリンなど)を吸収することも必要だ。そのため、きびしい環境で生きている場合には、地中からの栄養が不足することもあるだろう。

そういうときに、昆虫などの動物を食べれば、栄養を補うことができる。イモリのような脊椎動物は昆虫よりも栄養価が高いので、食虫植物にとってはありがたい獲物なのかもしれない。

ほぼ世界中に分布…日本にも生息する「モウセンゴケ」

ウツボカズラと同じくらい有名な食虫植物に、モウセンゴケがある。ユーラシアから北米にかけて広く分布し、日本にも生息している(モウセンゴケの仲間であれば、南極大陸以外のほぼ世界中に分布している)。モウセンゴケというがコケではなく、種子植物の仲間だ。

ご飯をすくうときに使う「しゃもじ」のような形の葉をいくつも放射状に伸ばした食虫植物で、「しゃもじ」の平たい部分にたくさんの線毛が生えている。線毛の先端から粘液を出し、その香りで昆虫を引き寄せて捕らえるのである。

いったん捕らえられると、多くの線毛がペタペタとくっついてくるだけでなく、線毛や葉が昆虫を包むように曲がってくるので、もはや逃げることができない。そして線毛から消化酵素を分泌して、捕らえた昆虫をゆっくりと消化していくのである。アリやハエだけでなく、ときには小さなトンボも犠牲になることがあるようだ。

動く食虫植物「ハエトリグサ」…驚きの速さで捕虫

ハエトリグサ(ハエトリソウ、ハエジゴクともいう)も食虫植物だが、ウツボカズラやモウセンゴケの仲間と違って、動きが素早い食虫植物である。

ハエトリグサは、北米の一部に生息する食虫植物だ。葉は二枚貝のような形をしており、2枚の貝殻に当たる部分はそれぞれ裂片と呼ばれる。2枚の裂片は普段は開いていて、その内側に3本ずつ感覚毛がある。

ハエが裂片に止まって歩き回り、感覚毛に2回触れると、裂片があっというまに(0.5秒ほどで)閉じて、ハエを捕まえるのである。もし1回触れただけで閉じるようになっていると、たまたま葉か何かが落ちてきたときにも閉じてしまうことになり、無駄である。そのため、2回触れないと閉じないようになっているのだろう。

裂片が閉じたときには、まだ裂片と裂片のあいだには隙間があり、ハエは歩くこともできる。だが、裂片の縁には突起がたくさんついており、その突起がちょうど牢屋の柵のように噛み合うので、逃げることはできない。

そうこうしているうちに、裂片はゆっくりと閉じていき、最後にはハエのアウトラインが浮き出るほど、きつく閉じてしまう。それから消化液を分泌して、ハエの栄養分を吸い取るのである。そして10日ほど経つと裂片が開いてハエの死骸を落とし、ふたたび獲物が来るのを待つことになる。

ハエトリグサがハエを食べる瞬間を映した動画

ハエトリグサが裂片を閉じる速さは動物並みか、あるいは動物を上回る。動物の素早い動きを生み出しているのは筋組織だが、もちろん植物に筋組織はない。それでは、何がハエトリグサのスピードを生み出しているのだろうか。

筋組織がないハエトリグサが、虫を捕らえる仕組み

ハエトリグサが裂片を閉じることに関係しているのは、細胞内の膨圧である。水が細胞内に過度に流入すると細胞内の圧力が高くなり、細胞を膨らまそうとする圧力(正確には細胞膜が細胞壁を押す圧力)が生じる。それが膨圧である。

ハエトリグサの裂片の内部の葉肉細胞は、膨圧が高い状態になっており、裂片を伸長させようとしている。いっぽう、裂片の表面と裏面の表皮細胞は、細胞同士の結合により張力が生じて、内部の葉肉細胞の膨圧と拮抗している。

この状態では、裂片はどちらかの面を凸にして反った状態になっている。子どものおもちゃで、半球形のゴムを指で押すとひっくり返るものがあるが、ちょうどそんな感じだ。半球形のゴムは、上に膨らんでいるか下に膨らんでいるかのどちらかで、中間で止まることはない。上か下に膨らんでいるときが安定な状態で、中間は不安定な状態だからである。

ハエトリグサの場合も同じである。葉が開いているときは、裂片の内側が膨らんでいる状態だ。そして、裂片内部の葉肉細胞は膨圧でパンパンになっている。

その状態で、裂片の外側の表皮細胞が変化して、張力が少しずつ緩んでいったらどうなるだろうか。しばらくは何も起こらないだろう。しかし、あるところまで外側の張力が緩んで、内側の張力が勝った瞬間に、とつぜん裂片は引っ繰り返る。今までは内側が膨らんでいたのに、一瞬で外側が膨らんだ形に変化するのだ。そして牢屋は完成し、ハエの命運は尽きるのである。

【図】ハエトリグサの捕虫葉の動き

なぜ動物は細胞の膨張する力で動かないのか?

動物の動きは、筋細胞が収縮することによって起きるが、ハエトリグサの動きは、細胞が膨張しようとする力が原動力になっている。仕組みはまったく逆である。

両方とも素早い動きを生み出せるのだから、さまざまな動きをする動物なら、筋細胞のほかにハエトリグサの仕組みを進化させてもよさそうに思える。しかし、おそらくそういうことはできないのだ。

植物細胞は頑丈な細胞壁に囲まれているので、細胞の膨圧を高くすることができる。しかし、細胞壁のない動物細胞で膨圧を高くしたら、動物細胞は破裂してしまうだろう。

基本的な細胞の特徴によって、進化は制約されているのである。

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【図】植物細胞と動物細胞

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