じつは、この地球の「全生物の起源」は、1つとは限らない…系統樹から浮かび上がった「とうてい科学では明らかにできない」世界
地球の全生物の共通祖先「ルカ」
地球のすべての生物は、ただ一つの共通の起源を持つと考えられている。この、共通の起源となった生物集団をルカと呼ぶことがある。これはLast Universal Common Ancestorの頭文字を繋げたもの(LUCA)で、「全生物の共通祖先」などと訳される。
ルカは「地球における最初の生物」ではない
ちなみに、「全生物の最終共通祖先」のように「最終」をつける意味は、ルカを一つの生物集団に特定するためだ。なぜなら、ルカは、地球における最初の生物というわけではないからだ。おそらく、ルカより古い時代に生きていて、ルカに至る系統と分岐した後で、絶滅してしまった生物もたくさんいたはずだ。
そう考えると、じつは、ルカの祖先ならすべて「全生物の共通祖先」になってしまう。それでは不便なので、時代的に最後の共通祖先だけをルカと呼ぶために「最終」がついているのである(図「ルカは最初の生物ではない」)。ちなみに、この図では、現生生物としてアーキアと細菌だけを表示して、真核生物は省略してある。
さて、ルカはおよそ42億年前に生きていたと考えられている。これは、現生生物のDNAの情報から推定されたものだ。さすがに42億年まえの化石は残っていないので、現生生物のDNAの情報から推定するしかないのである。
ところで、ルカを含めた系統樹が描けることも、考えてみれば不思議な話である。なぜなら、ある生物のグループの系統樹を作成するためには、そのグループの共通祖先よりさらに昔に分岐した生物の情報が必要だからだ。
ところが、ルカは、現在の地球に棲むすべての生物の共通祖先なので、ルカより古い生物の情報は、現在の地球に棲む生物から知ることはできない。それなのに、どうしてルカを含めた系統樹が描けるのだろうか。
ヒトとチンパンジーとゴリラ…身近な例で考えてみる
まず、身近な例から考えていこう。
ヒトとチンパンジーとゴリラの進化の道筋、つまり系統樹は、以下のようなものと考えられている。昔は3種すべてが同じ種だったが、まずゴリラが分岐して、その後チンパンジーとヒトが分岐したのである(図「ヒトとその近縁種の系統樹」)。
それでは、このような系統樹を、DNAの情報から推測することを考えてみよう。かりに3者のDNAの塩基配列の違いが、ヒトとチンンパンジーで4塩基、ヒトとゴリラで5塩基、チンパンジーとゴリラで5塩基だったとする。そして、図「3種の無根系統樹」のような系統樹が描けたとしよう。
3種に至る分岐の順を示す
しかし、この系統樹では、3種に至る系統がどんな順番で分岐したのかがわからない。この系統樹の中でもっとも古い場所(「根」と呼ぶ)をどこに取るかによって、分岐の順番がわかる系統樹は3通りに描けるからだ(図「無根系統樹から有根系統樹への変換」)。
そこで、この系統樹の根を決めるために、外群を導入する。
外群というのは、3種のどれよりも古い時期に分岐したことがわかっている生物のことで、ここではオランウータンを外群としよう。
系統樹の中での「共通祖先」の位置も決まる
オランウータンを入れた4種で系統樹を描いてみると、図「外群を入れた場合の系統樹(1)」のようになったとする。オランウータンは他の3種より先に分岐したことがわかっているのだから、この系統樹における根は、オランウータンに至る線分(枝と呼ぶ)の途中にあるはずだ。
そこで、根のところで枝を折り返して系統樹を作ると図「外群を入れた場合の系統樹(2)」のようになる。このような系統樹を有根系統樹と呼び、根の部分が共通祖先を表している(ちなみに(1)のような系統樹を無根系統樹と呼ぶ)。
有根系統樹を作れば、まずゴリラが分岐して、それからチンパンジーとヒトが分岐したという順番もわかるし、系統樹の中での共通祖先の位置も決まるのである。
どうやってルカを含む系統樹を描くか
ところが、ルカを含めた系統樹を描こうとすると、根を付けることができない。現在地球に棲んでいるすべての生物はルカの子孫なので、ルカより古い時代に分岐した外群は存在しないからだ。それでは、どうしたらよいのだろうか。
ここで、系統樹に対する見方を少し変えてみよう。系統樹を描くためにDNAの情報を使う場合、具体的には特定の遺伝子(あるいは遺伝子の組み合わせ)の塩基配列を使うことが多い。つまり、そういう系統樹は、正確にいえば、種の系統樹ではなくて遺伝子の系統樹なのだ。種の系統樹と遺伝子の系統樹はおおかた一致するだろうと仮定することによって、遺伝子の系統樹を種の系統樹と解釈しているのである。
さて、種の系統樹と解釈した場合、ルカより古い時代に分岐した外群は、存在しない。しかし、遺伝子の系統樹として解釈した場合、ルカより古い時代に分岐した外群は存在するのである。
ある遺伝子が重複して、2つの類似した遺伝子が作られることがある。たとえば、EF-1α/TuとEF-2/Gは、遺伝子重複によって作られた一対の遺伝子の遺伝子だ。この一対の遺伝子は、現在地球に棲んでいるすべての生物が持っているので、ルカも持っていたと推測できる(というか、ルカが持っていたので、現在の地球のすべての生物に受け継がれたと考えられる)。
すでにルカが重複した一対の遺伝子を持っているということは、遺伝子が重複した時期は、ルカが生きていた時代よりも古いことを意味する。つまり、ルカ以降の遺伝子の系統樹を書くときには、一対の遺伝子の片方を外群として使えるのである。そのようにして描いたのが、図「重複遺伝子EF-1α/TuとEF-2/Gの系統樹」である。
重複遺伝子EF-1α/TuとEF-2/Gの系統樹
こうすれば、ルカを含めた系統樹が描けるわけだ。
ルカと生命の起源
地球が形成されてから、生命が何回生まれたのかはわからない。たった1回だったかもしれないし、何百回も生まれたのかもしれない。確かなことは、現在まで生き残っているすべての生物は、その中のたった1回の生命の誕生に由来しているということだ(図「生命の誕生とルカの関係」)。
また、現在まで生き残っているすべての生物の起源についても、よくわからない。
現生生物のDNAの情報から遡れるのはルカまでで、それより古い祖先については、DNAの情報からは知りようがないのである。もしかしたら、化石からある程度の情報がもたらされるかもしれないが、それはかなり限られたものになるだろう。科学の手が届かなくて夢を見るしかない領域は、この世界にたくさんあるのかもしれない。
コメント