
やはり第5次中東戦争の開始か?イスラエル・イラン軍事的対立の行方と世界経済への影響=高島康司

イランのイスラエル攻撃が始まった。これから第5次中東戦争は始まるのだろうか?その可能性は高まっている。あらゆる情報を総合して、今後どうなるのか予想する。(『 未来を見る! 『ヤスの備忘録』連動メルマガ 』高島康司)
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第5次中東戦争は始まったのか?
第5次中東戦争がこれから始まる可能性について解説する。
10月1日の夜、イスラエルがレバノンに地上侵攻を開始したという報道がメディアに殺到した。
イスラエルは、この作戦は「限定的」なものだと主張したが、一部では懐疑的だとする見方もあった。しかし、今のところは、軍がイスラエルに戻っているため、国境を越えての侵攻は比較的小規模なものにとどまっているようだ。
レバノンの治安当局者はロイターに対し、イスラエル軍の襲撃は国内にわずかな距離しか侵入していないと語った。ヒズボラの戦闘員との直接的な衝突はまだ限定的で、当局者は、イスラエルがベイルートに対して繰り返し空爆を行っているにもかかわらず、首都を標的とした大規模な作戦は「検討されていない」と述べた。
そのような中、イランは1日、イスラエルに向けて弾道ミサイルを発射したと発表した。これは、レバノンの親イラン派武装組織、「ヒズボラ」の最高指導者のナスララ師、ならびにその幹部たちの殺害、さらに7月31日に行われた「ハマス」の最高幹部、ハニーヤの殺害、そしてレバノンに対する軍事行動への報復攻撃である。
イスラエル側は180発を超えるミサイル攻撃を受け、防空システムで迎撃したと発表した。しかし、数発の極超音速ミサイルがイスラエルの防空システムを突破し、イスラエル中部と南部の軍事施設に着弾した。一定程度の被害が出ている模様だ。また、攻撃の対象となったテルアビブでは、迎撃ミサイルの破片で18人がケガをした。
報道よりも多いイスラエルの被害
イランの公式声明では、発射されたミサイルやドローンの80%が目標に着弾したとしているが、これは国内向けの声明であろう。一方、目撃情報と現地のジャーナリストの調査では、発射されたミサイルの12%がイスラエルの標的に命中したという情報もある。イスラエルの主要な3つの空軍基地に直撃し、相当程度の被害が出ている。また、大都市テルアビブの中心街が被弾した情報もある。
日本では報道されていない動画を掲載する。かなりの数のミサイルが実際に着弾しているのが分かる。イスラエル中部の空軍基地を直撃したと思われる動画だ。
このような攻撃に対し、イスラエルも報復を宣言している。ネタニヤフ首相は安全保障に関する会議の冒頭で「イランは今夜大きな過ちを犯した。その代償を払うことになる」と言明。「イランの政権は、イスラエルが自国を守ろうとする決意と敵に報復するという決意を理解していない」と述べた。
第5次中東戦争になるのか?
このような状況なので、これから第5次中東戦争とも呼べる大きな戦争が始まる可能性も否定できなくなっている。イスラエルのネタニアフ首相は、イランのミサイル攻撃に先立ち、9月30日、イラン国民に向けてビデオメッセージを出した。
ネタニアフは次のように述べている。
「イスラエルが到達できない中東の場所などありません。自国民を守り、国を守るために、我々が踏み入れない場所などないのです。イランが最終的に自由になった時、それは人々が考えているよりもずっと早く訪れるでしょう。その時、すべてが変わります。狂信的な神政主義者の小さな集団に、あなたの希望や夢を潰させてはなりません。あなたはもっと良いものを手に入れるべきです。イランの人々は知っておくべきです。イスラエルはあなた方と共にあります」
これは、明らかにイランの体制転換を目指すとするメッセージだ。つまり、今度はイスラエルは、イラン政府を標的にしようとしているという警告であると思われる。2007年前後から、イスラエルはイランを宿敵として見ており、何度も攻撃する意図を示してきた。しかしその都度、中東における大戦争を望まないアメリカの忠告で、攻撃を自制してきた。しかし、今回のイランの予期せぬミサイル攻撃で、イランの本格的な体制転換を目標にした、イスラエルの大規模なイラン攻撃が実施される可能性も出てきた。
このような中、イランはイスラエルの報復に対して次のような警告を発している。イランの主要紙、「テヘランタイムス」に掲載されたものだ。以下である。
・イラン外相アッバス・アラグチは次のように発言している。「イスラエル政府がさらなる報復を招くような行動に出ない限り、我々の行動は完了する。そのシナリオでは、我々の対応はより強力かつ強力なものとなるだろう」
・イラン革命防衛隊(IRGC)系の複数の報道機関およびTelegramチャンネルは、「イランは米国に警告した。もし我々の精製所を標的にするなら、サウジアラビア、アゼルバイジャン、クウェート、アラブ首長国連邦、バーレーンを含む、この地域全体の精製所や油田に火を放つだろう」と報じている。
イスラエルの報復攻撃が実施され、これでイランの石油関連施設が破壊されると、イランは中東の他の国々の精製所や油田が破壊される。ここまで来ると、第5次中東戦争は避けられなくなるかもしれない。
いまの時点ではちょっと考えにものの、こうした攻撃に対するさらなる報復として、万が一イスラエルの地上軍がイランに侵攻するようなことにでもなれば、イスラエルの最大の支援者であるアメリカも軍事的に巻き込まれることになる。
もしそうなると、中東は手をつけられない状態になる。まさに、イランとイスラエル、そしてアメリカも巻き込んだ中東大戦争だ。
思ったほど強くはないイスラエル
このような大戦争が起こる可能性はあるのだろうか?
イスラエルはアメリカに全面的に支援された強大な軍事力を持つ。イランを始め、イスラエルの軍事力は周辺諸国を圧倒しており、そのようなイスラエルであれば、レバノンの「ヒズボラ」やイランに支援されたシリアやイラクのシーア派武装組織、そしてイランそのものの体制転換すら可能ではないかとの印象を受ける。それをイスラエルは、アメリカに支援された強大な軍事力を使い、大きな戦争を通して実現するので、中東大戦争は回避できないのではないかという認識が広まりつつある。
しかし実際にイスラエルの実力を調べて見ると、そうではないことが分かる。
まず、レバノンだが、1982年にはレバノンに侵攻し、首都ベイルートまで占領した。「パレスチナ解放機構(PLO)」を排除することが目的であった。1967年の第三次中東戦争以来続いていた、イスラエルのヨルダン川西岸地区、ガザ地区、東エルサレム占領に対するパレスチナ人の抵抗を鎮圧しようとしたのだ。
1982年は、イランで新たに樹立されたイスラム政権の支援を受けて「ヒズボラ」が結成された年でもある。イスラエルはその後、国境の北側に安全地帯を確保したが、ヒズボラの激しい抵抗に直面した。イスラエルの死傷者が増える中、当時の首相エフード・バラクは2000年に一方的な撤退を行った。
撤退により、「ヒズボラ」はイスラエルとその同盟国に対する強力な政治・準軍事勢力として、その人気と力を増大させた。
またイスラエルは2006年、「ヒズボラ」を壊滅させるためにレバノンに侵攻した。しかし、その目的は達成できなかった。34日間にわたる血みどろの戦闘と双方に多大な犠牲者を出した後、イスラエルは「ヒズボラ」の勝利という形で、国連安全保障理事会の停戦決議を受け入れた。
2006年当時と同じような状況
現在のイスラエルの軍事力は、「ヒズボラ」に敗北した2006年当時よりも強大になっていること間違いない。しかし、「ヒズボラ」はハマスとは異なり、損傷は受けているものの、15万発から20万発のミサイルを持ち、依然としてかなりの武器を保有している。戦略的に有利な位置を占めている。「ヒズボラ」はイスラエルの占領に対して際限のない抵抗を続けることができるだろう。これはイスラエルにとって人的・物的コストの面で大きな負担となり、多くのイスラエル人が北部イスラエルへの帰郷を妨げられる可能性もある。
そのような状態なので、いまイスラエルはレバノン南部に侵攻しつつあるものの、最終的には2006年と同じような敗北を経験する可能性もある。
またイスラエルのレバノン攻撃と侵攻は、「ヒズボラ」がイスラエルに対する防備で手薄になっていた時期に行われた。近年「ヒズボラ」はナスララ師の統治下で、完全に別の戦いに専念していた。シリア内戦である。これは多くの結果をもたらした。イスラエルに対する防御と、パレスチナ解放の闘争の優先順位を下げることになった。
また、「ヒズボラ」は規模と政治的重要性を増すにつれ、イスラエルの「モサド」が浸透しやすくなった。この1か月間に行われた主な作戦のいくつか、例えば、仕掛け爆弾付きのポケベルやトランシーバーの供給などは、何年も前から準備されていた。ヒズボラの掩蔽壕の正確な位置や、それらの間での標的の移動も、何年もの作業と調査の結果であった。
しかしシリア内戦が落ち着いたいま、「ヒズボラ」は目標を本格的に転換しつつある。イスラエルとの戦争である。「ヒズボラ」の副司令官のナイル・カッセルは、「イスラエルがレバノンへの地上侵攻を決断した場合、我々は抵抗勢力とともに地上戦に備えている」と主張した。結局イスラエルのレバノン南部の侵攻と「ヒズボラ」の壊滅作戦は、2006年当時と同じように、イスラエルの敗北で終わる可能性は高い。
軍事力と空軍力で圧倒的な優位性を失うイスラエル
イスラエルの現在の状況を詳細に分析し、今後の方向性を予測している専門家に、シカゴ大学教授で世界的な国際政治学者のジョン・ミヤシャイマーがいる。ミヤシャイマーはおおよそ次のように分析している。
確かにイスラエルは強いが、目標すべてを実現できるような圧倒的な軍事力の優位性はない。多くの先端的ミサイルやロケットを持つ「ヒズボラ」、中距離弾道で武装したイエメンの「フーシー派」、そしてロシアの先端的兵器の支援も受けている軍事大国のイランだ。これらの勢力に対して、イスラエルは軍事力の圧倒的な優位性を誇示できる位置にはない。
こうした状況のよい例はガザ戦争だ。当初イスラエルは、1)「ハマス」を壊滅させること、2)人質全員の解放の2つの目標を短期間で達成するとしていた。しかし、作戦開始後1年になるものの、この目標はまったく達成されていない。「ハマス」は依然として戦闘能力を保持しているし、人質は解放されていない。イスラエル軍の死傷者数はどんどん増えている。
イスラエルは、地上侵攻したレバノンでも同じような状況におかれるはずだ。もちろん、イランを攻撃した場合でも同じである。イスラエルはイランを軍事的に圧倒することは不可能だ。
延々と続く戦争とイスラエルの弱体化
では、こうした状況であるなら今後なにが起こるのだろうか?
ミヤシャイマーはイスラエルの圧倒的な軍事的に優位が確保できていない以上、戦争は長期化して、延々と続くだろうと予想する。
つまり、イランとイスラエルの全面戦争にはならないということだ。イスラエルは今回のイランによるミサイルの攻撃に報復するだろう。しかしこの報復が、イラン国内の軍事施設や核関連施設に限定されている場合、次のイランの報復もやはり限定的な範囲に止まるだろう。
このようにしてイスラエルは、「ヒズボラ」やイランとの間で限定的な攻撃に終始するだろう。
もちろん、イスラエルの地上軍がイランに軍事侵攻する可能性はある。もしこれが起こればイスラエルとイランが全面衝突する大戦争になるだろう。しかし、軍事的な優位性を確保できない状況では、イスラエルがこの全面戦争に勝利する可能性は実質的にない。そのような状況が見えているときに、イスラエルがイランに地上侵攻する可能性は低いと思われる。
このように延々と戦争が続く状態は、イスラエルにとっては壊滅的な状況になる。すでにガザ戦争が始まった昨年の10月以来、イスラエルのGDPは-14.9%と大幅に落ち込み、国内企業の実に40%がすでに破綻したか、または国外に拠点を移している。さらに、格付け大手の「ムーディーズ」は、イスラエル国債の格付けをA2からBaa1へと1ランク格下げした。戦争と経済停滞のリスクの高まりが原因だ。
このように見ると、これから延々と続く戦争でイスラエルは自滅して行くのではないだろうか?その可能性は大きいように見える。
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