
2万年前の古代洞窟壁画に描かれた点や線が最古の文字である可能性

ヨーロッパ各地の洞窟で発見されている2万年前、旧石器時代の動物の壁画には、「線・点・Y字」といった抽象的な記号のようなマークが描かれている。
新しい研究によれば、こうしたマークは彼らが狩っていた動物の季節ごとの行動を記したもので、「人類史上最初の文字」である可能性があるという。
『Cambridge Archaeology Journal』(2023年1月5日付)に掲載された研究によると、一見したところ抽象的に見える点や線は、じつは高度な文字であり、当時の人類がその地域に生息する動物の交尾や出産の季節を理解していたことを物語っているという。
旧石器時代の洞窟壁画に描かれた謎の図形
狩猟採集生活を営んでいた旧石器時代、ヨーロッパの初期人類は、馬・鹿・バイソンなどを狩って食べていた。
そうした動物が移動・交配・出産する時期は、後期旧石器時代を生きた彼らにとって大きな関心事だったはずだ。
だとしたら、壁画の動物に添えられた線や点のような不思議なマークが、その動物について何かを伝えていたとしてもおかしくはない。

野生のウシを描いた2万1500年前のラスコー洞窟(フランス)の壁画。胴体に奇妙な点(黄色の丸の部分が描かれているが、ここには何か特別な意味があるのかもしれない / Image credit: JoJan; Wikimedia Commons; (CC BY 4.0)
図形は動物の繁殖周期を示す暦である可能性
この仮説を検証するため、独立系研究者であるベネット・ベーコン氏らは、数百の洞窟に描かれている点や線の数を数えてみた。
すると、それらが13個を超えてまとめられるケースがないことに気づいたのだ。
13という数は1年13ヶ月の月の暦に一致する。このことからベーコン氏らは、マークは動物と季節を結びつけたものではないかと推測した
「図形のまとまりは、動物の種類について月単位での情報を伝えている」と論文で説明している。
また春について、「冬の終わりや、それにあわせて繁殖地へ動物がやってくるという明白なサインのおかげで、地域差はあるにせよ、太陰暦のはっきりとした起点となる」とも述べる。

研究で使用された壁画の図形 / image credit:Bacon et al., Camb. Archaeol. J. , 2023 この仮説は、800以上のマークのまとまりを統計的に分析した結果によって裏付けられるという。マークの数とその動物の繁殖月との間に強い相関関係が見出されたからだ。
もう1つ注目されたのは「Y字」のマークだ。ベーコン氏らは、これが動物のライフサイクルにおける特定のイベントを指し示していると考えている。
実際、統計分析の結果、Y字マークが動物の出産時期を意味しているだろうことが示唆されたという。

壁画に描かれたY字のような図 / image credit:Bacon et al., Camb. Archaeol. J. , 2023
果たして本当に原始の文字なのか?反論する研究者も
ベーコン氏らの研究チームは、こうしたマークについて「より単純な記数法・慣習と本格的な文字との中間にある原始的な文字」であろうと主張する。
だがこれには異論も多いようだ。たとえばLive Scienceでは複数の研究者が、必ずしも原始の文字とは考えられないと第三者の立場から反論している。
その1人であるビクトリア大学の旧石器時代を専門とする考古学者エイプリル・ノウェル氏は、「まだ証明されていない多くの仮定」があると述べる。彼女がとりわけ疑問視しているのは、Y字マークの解釈だ。
「この研究で検討されている動物の大半は4本足の動物で、人間は通常しゃがんで出産します」「このマークが出産を表したものだと言われても、私にはピンときません」
ポートランド州立大学の古人類学者メラニー・チャン氏は、Y字マークについて今回の研究とは違った解釈をしている。
チャン氏が考える1つの可能性は、馬の首にある「腕頭筋」の象徴というものだ。
またもう1つの解釈として、「レッグバー」や「ゼブラバー」と呼ばれる馬などの被毛に見られる模様を表したものである可能性も指摘する。
一方、研究チームの1人であるダラム大学のロバート・ケントリッジ教授は、この研究の強みは、「マークのまとまりにおけるY字の位置や、点と線のまとまりの長さの意味を検証し、そこに当時の狩猟採集民にとって重要な情報が含まれていることを示した」ことだと語る。
今回の論文では、その結論について「はっきりとわかる動物とその生物学的重要イベントに関連する文字の存在」を証明したとまとめている。
それは旧石器時代の文字を全体的に理解する手がかりになるとのことだ。

フランス、ニオー洞窟で発見された記号。1万5000年前の狩猟採集民が描いた / image credit:Neanderthal Museum, Mettmann
旧石器時代の文字は解明されるか?
なお10年ほど前、ノウェル氏らは南フランスとスペインに点在する200以上の洞窟を調査し、そこに描かれている記号やモチーフのデータベースを作ったことがあるのだという。
そうした研究からは、少なくとも32種類のマークが繰り返し描かれていることが判明したそうだ。
つまり今回の研究はそのうちの3つだけを取り上げて、かなり特殊な文脈で研究したに過ぎないとも評価できる。

研究で使用された壁画の図形 / image credit:Bacon et al., Camb. Archaeol. J. , 2023
これに対し、研究チームの1人、ダラム大学のポール・ペティット教授は、「シンプルな点と線は圧倒的に一般的ですし、より複雑なマークの中ではY字がもっとも一般的」と、あえて3種のマークに絞ったことには合理的であると反論する。
ノウェル氏もまた、線と点が数を表している可能性については同意している。それでもマークの9割は意味不明のままだというのが現状なのだそうだ。
「私たちはマーク1つ1つの意味ではなく、文字を支える言語的・認知的基盤を調べているのです」
References:An Upper Palaeolithic Proto-writing System and Phenological Calendar | Cambridge Archaeological Journal | Cambridge Core / 20,000-year-old cave painting ‘dots’ are the earliest written language, study claims. But not everyone agrees. | Live Science / written by hiroching / edited by / parumo
コメント