生における性の問題…男と女のあいだは、じつに「さまざまな状態」だった

生命科学
生における性の問題…男と女のあいだは、じつに「さまざまな状態」だった
生命はなぜできたのか? この難題を「神の仕業」とせず合理的に考えるために、アストロバイオロジーの第一人者として知られる小林憲正氏が提唱するのが「生命起源」のセカンド・オピニオン。そもそも生命と非生命のあいだに境界はあるのか? という疑問から【生命のスペクトラム】をテーマに生命を考えていきます。今回は、真核生物でにおいて最も基本的な違い性から、そのあいだにある連続性を考えてみます。

生における性の問題…男と女のあいだは、じつに「さまざまな状態」だった

虹の色から考える連続性

生命と非生命はデジタル的に0と1に区分できるのでしょうか。それとも連続的につながっているのでしょうか。

連続的なものには「スペクトラム」という言葉が使われることがありますが、もしかしたら生命においても「生命スペクトラム」という概念が成り立つのでしょうか。生命と非生命のあいだをどう埋めればよいかを考えていきたいと思います。

空にかかる虹の色は、日本では「虹の七色(なないろ)」といわれています。外側からいえば、赤・橙・黄・緑・青・藍・紫です。これはニュートンが著書『光学』の中で虹の色を音階の7音(ドレミファソラシ)と対応させたからで、ニュートン以前は3色とか5色とされてきました。

しかし、いまも虹を何色とするかは国によってさまざまで、オランダやイタリアなどはニュートンに従って7色としていますが、ドイツやフランスでは5色(赤・橙・黄・緑・青)とされ、アメリカやイギリスでは20世紀以降は、青や紫と見分けにくい藍を7色から除いて6色とすることが一般的です。

実はニュートンも、虹の色がはっきり7つに分かれると思っていたわけではありません。光はプリズムを通すと、虹のように紫から赤までの色に分かれますが、それらは連続的であることを彼は知っていました。

色の違いは光の波長によります。太陽からの光は紫外線、可視光、赤外線など幅広い波長にわたりますが、この中でヒトの目で識別できる可視光は紫から赤までの範囲で、波長でいうと380nm〜780nmあたりになります(図「太陽光のスペクトル」)。太陽から届く光がいちばん強い範囲を認識できるようにヒトの目が進化したことがわかります。

太陽光のスペクトル。地上に届く光が最も強い範囲が、ヒトの可視光となっている

ただ、生物種によって見ることのできる範囲は異なり、チョウは300nm〜700nm
と少し短波長(青寄り)にずれていますので、ヒトの目には見えない花びらの紫外線の模様が見えます。

図「太陽光のスペクトル」のように光の強度を波長成分ごとに表したものを「スペクトル」といいます。

スペクトルという言葉自体の起源は古代ギリシャ・ローマ時代にまで遡りますが、光のスペクトルというような今日的な意味で使ったのは、ニュートンが初めてです。

光にかぎらず、連続的に存在する複雑な量を単純な成分に分け、成分ごとに量の大小の分布を示したものも、スペクトルともいいます。英語では「スペクトラム」(spectrum)といいますので、日本語でも後者の場合はスペクトラムとよぶことが多いようです。単純に0か1か、そうであるか、そうでないかとはいえない、そのあいだが連続的に変化している場合などに用いられます。

有性生殖を獲得した生物

近年は「スペクトラム」という言葉を耳にする機会がふえたように思われます。例えば、発達障害の一つとされる「自閉スペクトラム症」などもその一つですが、「性スペクトラム」も最近よく使われるようになった言葉です。

生命の進化において、多細胞生物の誕生は大きなステップでした。それは単に細胞がたくさん集まっただけのもの(これは「群体」といいます)ではなく、細胞間での役割分担を始めたからです。その中で、一部の細胞にのみ生殖機能を与え、他の細胞は使い捨てにするという選択をした生物が現れました。前者を「生殖細胞」、後者を「体細胞」とよびます。

生殖細胞として卵子を持つものはメス、精子を持つものはオスとなりました。これが有性生殖です。

ヒタキの仲間の親子。有性生殖では、メスが生殖細胞として卵子を持ち、オスが精子を持つ

体細胞は一般に、偶数(2n)個の染色体を持ちますが、有性生殖をする生殖細胞の卵子と精子は減数分裂を経て増えるため、染色体はn個です。卵子と精子が合体(受精)すると、染色体数は2n個に戻り、これが分裂して新たな個体の体細胞をつくります。

ヒトを含む、こうした方法で生殖する生物では、個体としては、卵子を持つメスと精子を持つオスは、はっきりと二分されるように思われます。ところが、話はそう単純ではありません。生物の中には、オスからメスへ、あるいはその逆のように、性を変化させるものがいるのです。

生物に見られる性のスペクトラム

たとえばイソギンチャクと共生していることで有名なクマノミは、生まれたときはすべてオスです。多数のオスが、メス1匹とコロニーを形成して生活しているのです。しかし、もしメスが死んだりしていなくなると、序列1位のオスがメスに性転換して、そのコロニーを支えます。

また、1990年代には、人間が環境中に放出した物質の中に、性ホルモンに類似した働
きを示すものがあることが問題となりました。そのため、多摩川のコイがほとんどメスになってしまったという事例が報告されました。

このように、オスとメスとのあいだでは変換が起きたり、見かけだけではオスかメスかわからなかったりといったことは多くの動物で見られます。これは、100%オスから100%メスまで、さまざまな状態があるということで、これを性スペクトラムとよぶようになりました。

ヒトの場合はどうでしょうか。

男女ともに、どちらの性ホルモンを持っている

ヒトの場合では、生まれた赤ちゃんは、性器の種類により男か女に区別されます(第一次性徴)が、このときはそれ以外の男女差はほとんどありません。思春期になると第二次性徴がはっきりしてきて、より男性的、あるいは女性的になります。これを引き起こすのが男性ホルモン(テストステロンなど)と女性ホルモン(エストロゲンなど)です。どちらのホルモンも男女ともに持っていますが、その比が男女では異なります。

そして、これらのホルモンが細胞の中の受容体に結合することにより、細胞ごとに男性化、女性化を引き起こし、そこに個人差や、年齢、細胞の種類なども関わって、男性的か女性的かという差異が生じます。

つまりヒトでも、男女は0か1かで完全に区別するよりも、その中間も連続的に存在する性スペクトラムとして考えたほうがいいでしょう。

男性的か女性的かという差異は、女性ホルモン、男性ホルモン、それぞれの働きによるが、その差異がどれくらい生じるかは連続的に存在するといえる photo by gettyimages

多次元を示すヒトの性スペクトラム

近年はLGBTQ+についての議論が盛んになり、脳の性の問題がクローズアップされ
てきています。脳の構造については、かつては「男性脳」「女性脳」では違いがあるともいわれていましたが、これは誤りであり、一人の脳の中で両方の特徴が混ざっているとされています。

自分の性をどのように認識しているかという「性自認」、どちらの性を恋愛対象にするかという「性指向」が、体の性と同じか異なるかで、さまざまなケースが存在することもわかってきています。つまり脳の性も、男か女か0か1かで完全に2分されるわけではなく、スペクトラム的に分布していると考えられるのです。

これらのことをあわせると、ヒトの性はn次元のスペクトルとして表せそうです。図「さまざまなヒトの性スペクトラム」は性自認、性指向、性ホルモンの3次元で描かれたもので、従来は(1, 1, 1)と(0, 0, 0)の2つの頂点にほとんどの人が位置していると考えられてきましたが、実際にはAさん、Bさん、Cさんのように、この空間のいろいろなところに私たちは位置していると考えられます。

さらに染色体、性器、性的役割などの軸も考えると、実際の次元はもっと多くなります。

さまざまなヒトの性スペクトラム。実際の次元はもっと多くなる

それでは、生命の話に戻りましょう。こうした連続的なスペクトラムという考え方は、生命と非生命のあいだにも当てはめることはできないでしょうか。生物か生物でないかということは、たびたび議論となるウイルスをヒントに考えてみましょう。

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