
「お前は私たちの国王じゃない」アボリジニの豪国会議員がチャールズ国王を面罵、植民地主義の清算を迫られる英国

■「私たちの民族に対して大虐殺を行った」
[ロンドン発]「お前は私の国王じゃない。私たちの国王でもない。植民地などクソ食らえだ」英連邦王国の一つ、オーストリアを訪問中のチャールズ国王とカミラ王妃は10月21日、オーストラリア議会でアボリジニ(先住民)のリディア・ソープ上院議員から罵声を浴びせられた。


【写真】チャールズ国王を「お前は私たちの国王じゃない」と罵倒したアボリジニの女性議員が議事堂から連れ出される瞬間
「お前たちは私たちの民族に対して大虐殺を行った。私たちの土地を返せ。私たちから盗んだもの、私たちの骨、私たちの頭蓋骨、私たちの赤ちゃん、私たちの人々を返せ。私たちの土地を破壊したのだから、(オーストラリア政府は)協定を結べ。ここはお前たちの土地ではない」
ソープ上院議員が言及した協定とは、オーストラリア政府が先住民の土地が歴史的に奪われたことを認め、先住民コミュニティーの土地の権利、賠償、自決、主権といった問題に取り組むための枠組みを提供することを目的としたものだ。
オーストラリアと同じ英連邦王国のニュージーランドやカナダでは土地の使用や権利、その他の主権に関する協定が政府と先住民グループとの間の法的合意として存在する。オーストラリアは先住民との正式な協定を結んでいない数少ない入植地国家の一つだ。
■土地を奪われた先住民の主権国家として認めよ
ソープ上院議員は、協定は過去の不正を正した上で、先住民の権利を確保し、意味のある和解を達成するための道だと主張している。単に先住民を既存の政治構造の中に組み込むのではなく、土地を奪われた主権国家として認めることの重要性を強調している。
チャールズ国王が2年前に即位して以来初のオーストラリア訪問は衝撃的な展開となった。オーストラリアでは英国の君主を仰がず、共和制に移行する是非を問う国民投票が1999年に行われ、賛成45%、反対55%で退けられた。しかし英連邦王国はもはや歴史の遺物でしかない。
昨年9月に行われたユーガブ(YouGov)の世論調査では「君主を捨て、できるだけ早く共和制に移行する」ことを望むオーストラリア国民は32%。「チャールズ国王が亡くなってから共和制に移行する」が12%。「長期的に立憲君主制を継続する」と考えているのは35%だった。
歯に衣着せぬ発言と政治的な行動力で支持を集めるソープ上院議員は22年、エリザベス女王の死を悼むナショナルデーに、手を偽の血で染めてデモ行進し、植民地主義の「負」の遺産に抗議した。議会での英君主への宣誓でも拳を上げて反対意見を述べ、メディアの注目を集めた。
■カナダではビクトリア女王やエリザベス女王の像が引き倒された
カナダでは21年にビクトリア女王やエリザベス女王の像が先住民によって引き倒される事件が起きている。先住民の子どもたちを家族から引き離し同化教育を強制したカナダの寄宿学校跡地から大量に子供たちの遺骨が見つかったのが発端だった。
白人警官による黒人暴行死事件に端を発した20年の抗議運動「ブラック・ライブズ・マター」で奴隷制という米国の暗黒の歴史に改めてスポットライトが当てられた。南北戦争で南部連合の軍司令官を務めたロバート・E・リー将軍の記念像や南軍兵士の追悼記念碑が撤去された。
英国でも奴隷貿易や植民地支配に関わった歴史上の偉人の記念像が次々と引き倒された。チャールズ国王は英国の奴隷貿易や植民地支配によって引き起こされた悲劇に対する悲しみと深い遺憾の意を表明しているものの、正式な謝罪や賠償は慎重に避けている。
22年、ウィリアム皇太子(当時はまだ王子)とキャサリン妃がカリブ海に浮かぶベリーズ、ジャマイカ、バハマの英連邦王国を歴訪した際も凄まじい逆風に見舞われた。ジャマイカでも共和制に移行する動きが強まり、奴隷貿易の歴史に対する謝罪と賠償を求める声が渦巻いている。
■「奴隷制という恐るべき残虐行為」
バルバドスは21年、エリザベス女王を君主に仰ぐのを止め、共和制に移行した。独立55周年と同時に行われた式典に出席したチャールズ皇太子(当時)は「奴隷制という恐るべき残虐行為」を認めた。しかしパンドラの箱を開けるのを恐れ、歴史の当事者としての謝罪はしなかった。
チャールズ国王は皇太子時代の1983年、ダイアナ皇太子妃(故人)とオーストラリアツアーを行い、旋風を巻き起こした。しかしダイアナ妃の人気が爆発的で、やっかんだ皇太子との間で摩擦が生じたとダイアナ妃は後に振り返っている。
今年2月、がんと診断されたチャールズ国王は英連邦政府首脳会議のためサモアに向かう。カリブ諸国の首脳は英国に対し、奴隷貿易における役割や気候変動によって島々に生じた損害に対する賠償金を支払うよう改めて求めると予想される。チャールズ国王の心労は相当なものだろう。
欧州連合(EU)離脱によって欧州諸国の外交的支援を失い、経済も失速する。エリザベス女王の死去で英国最大のソフトパワーを失った。チャールズ国王だけでなく、キャサリン皇太子妃もがんと診断され、英国は今にも倒れそうになっている。
■チャゴス諸島の主権をモーリシャスに返還
10月3日、英国はインド洋のディエゴ・ガルシア島を含むチャゴス諸島の主権をモーリシャスに返還すると発表した。湾岸戦争やアフガニスタン、イラク戦争の出撃拠点となった戦略的要衝であるディエゴ・ガルシア島の米英軍事基地は今後99年間にわたって英国の管轄下に置かれ、これまでと同じように引き続き使用される。
基地建設で強制退去させられた島民はモーリシャスやセーシェルに数千人、3000~1万人が英国に移住。英国に対し「アフリカ最後の植民地」を放棄するよう求める声が高まっていた。モーリシャスは今後、ディエゴ・ガルシア島以外のチャゴス諸島への再定住を自由に進められる。
しかし気になるのは中国の習近平国家主席のインフラ経済圏構想「一帯一路」との関係だ。グローバルサウスを牽引する中国はブラック・ライブズ・マター運動と連動して、米欧諸国に対して黒人差別や奴隷制度の責任を追及する情報戦を密かに展開してきたとされる。
19年、バルバドスは一帯一路への協力文書に署名。ジャマイカも一帯一路に参加する10番目のカリブ諸国に名を連ねた。22年に外交関係樹立50周年を迎えた中国とモーリシャスは重要なパートナーだ。自由貿易協定(FTA)を結び、経済関係を強化している。
植民地主義という「負」の遺産の清算を突き付けられた英国の終わりが確実に近づいているのかもしれない。
【木村正人(きむら まさと)】 在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争 「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
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