プーチン「核兵器」を実戦投入か?停戦の意思なき独裁者が“一線を超える”最悪シナリオ
開戦から2年5ヶ月を迎える現在も膠着状態が続くウクライナ戦争。そんな中にあって、プーチン大統領がこれまで威嚇の手段としてきた核兵器を実戦投入する動きを見せつつあるとの情報も伝わり始めています。果たしてプーチン氏は核のボタンに手をかけてしまうのでしょうか。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田さんが、国際交渉人として知り得た情報を総合しロシアによる核兵器使用の可能性を考察。さらにその後の国際社会に起こり得るシナリオを検討しています。
プーチンが進める核攻撃の準備。さらなる窮地に陥った賞味期限切れのゼレンスキー
「ゼレンスキー大統領はもう終わった。混乱を極める今の国際情勢を修復する方向に向けるには、ポスト・ゼレンスキーのウクライナの在り方を考えないといけない」
そのような見解が、今週行われた協議において繰り返されました。
「彼は劇場型の世界においてはうけがいいだろうが、現状のように戦況が膠着状態に陥り、長引く戦争をいかに戦いきるかという観点からは適任とは言えない。特に劣勢と言われる状況から巻き返すための術や知恵を持ち合わせておらず、かつてほどのカリスマ性も期待できない。事態を動かすにあたり考えうる方法があるとすれば、ゼレンスキー大統領が辞任することを条件に、停戦協議をスタートさせるという駆け引きぐらいだろうか」
調停グループの中でもウクライナ寄り(何分、彼はウクライナ出身なので)の専門家でさえ、このような見解を示していました。
「ただ彼が下野した場合、考えうる後任は、選挙で“民主的に”選ばれるという前提なら、ザルジーニ氏(現駐英大使で、前統合参謀本部議長)が最有力だが、彼はゼレンスキー大統領とは比べ物にならないほどの反ロシア・反プーチンだから、元軍人として攻勢を強めることを主張したり、または戦い続けることを主張したりするかもしれない。ただ大統領になったら、もしかしたら自身のロシア観は一旦横において、一刻も早く戦争を終わらせるプロセスに入るかもしれない。期待は高い。大事なことは、やはりゼレンスキー大統領の辞任だろう。それがないと何も始まらない」とも言っていました。
なるほどと思うのですが、大前提となっている“ゼレンスキー大統領の辞任”はなかなか起こりそうにありません。少なくとも今年中には。
それはゼレンスキー大統領自身も、そしてウクライナを一応は支えて反ロシアの柱に据えているアメリカ・バイデン大統領も「ウクライナはロシアに対してもう一度反攻できるし、もしかしたら今度はロシア軍をウクライナ領内から押し戻せるかもしれない」と真剣に考えているようで、「その反攻の結果が分かるまでは戦い続けないといけない」という意図が明確に働いています。
バイデン大統領にとっては、米民主党内で撤退圧力がかかっているものの、来年1月まではアメリカ合衆国大統領を務めますし、仮に別の方が民主党の大統領候補になっても“民主党政権下”での成果を強調することで、大統領選も上下院連邦議会議員選でも有利に進めたいという思惑が働くため、ゼレンスキー大統領という“駒”と欧州各国を操り、可能な限りウクライナ軍による米国製兵器の使用条件を緩和してロシアへの攻勢を強め、少しでも目に見える成果を上げさせようとすることになります。例えそれがウクライナ市民のさらなる犠牲を生むことになっても。
ゼレンスキーに残されている「好ましい内容」ではない選択肢
ゼレンスキー大統領については、すでにプーチン大統領と交渉することを禁ずるという大統領令で自らの選択肢を絞っているため、プーチン大統領が治める現在のロシアと停戦協議をすることは出来ないことになっていることと、自らの大統領として付託された任期が5月20日に切れていることから、大統領職に留まるための正当性を示すためには、ウクライナが戦争状態にあることが必須条件になります。
ゆえに分が悪いことも、すでに他国の関心が薄れていることも重々承知しつつ、様々な会議を行脚し、ウクライナがロシアに対して戦い続けるための支援を各国に必死に訴えかけ、いろいろな面で不利な情勢にありつつも、ただただ戦い続けることを選ぶしかない状況に直面しています。
ちなみにプーチン大統領ははじめから“ゼレンスキー大統領”を交渉相手とは見ておらず、こちらも大統領令でゼレンスキー大統領との交渉を禁じていますので、現状下ではロシア・ウクライナ間での停戦協議が行われることはないと思われますが、仮に翻意し、停戦協議を持ち掛ける場合、ゼレンスキー大統領に残された選択肢はあまり好ましい内容はありません。
残された選択肢の1つ目は【降伏して戦争を終わらせること】ですが、これはウクライナの主権と領土の喪失に繋がり、恐らくウクライナという国が無くなることを意味します。
プーチン大統領サイドは、恐らくクリミア半島の支配の確定・固定化と、一方的に編入した東南4州を獲得すれば十分な“勝利”として国内外に向けてアピールできるでしょうが、ウクライナが降伏した暁には、要求はエスカレートする可能性がかなり高まります。
ウクライナを“残す”ような方向に持って行くのであれば、有効な調停プロセスが必要になりますが、それには欧米サイドのかなり強力なサポート(政治外交的なサポートと、軍事介入オプションの明示)が必要となりますが、ロシアによる報復を恐れて大胆な介入を躊躇する各国の姿勢からして、この実現は限りなく困難だと思われます。
2つめは【勝つことはできなくてもひたすら抵抗を継続して、少しでも有利な条件をロシアから絞り出す】という戦略でしょう。
これはぱっと見、美談として語られそうなシナリオですが、現実的にはかなりの人的犠牲を強いる戦略となりますし、徹底的に抗戦してロシア軍を疲弊させ、かつロシアから何らかの妥協を引き出すためには、今まで以上に欧米諸国が本気でウクライナを軍事的・経済的に支える覚悟が必要になります。
しかし、この条件がいかに達成困難かは、最近の欧州各国における極右勢力の台頭の背後にあるウクライナ支援疲れとインフレへの深刻な懸念が、確実に各国の政策の方向を変えてしまっていることからも分かります。
一応、ワシントンDCで開催されたNATO創設75周年の首脳会議で400億ドル規模の追加支援の提供が宣言されたものの、それが来年以降、本当に実施できるかどうかは不透明ですし、果たして“揺るぎない支援の継続”がこれで足りるのかは分かりません。
オランダやデンマークが供与するF16はやっと導入されますが、頼みのドイツのタウルスミサイルは出てくる見込みはないですし、一時は派兵の可能性も仄めかしたフランスのマクロン大統領も、それを実施するための政治的な基盤は揺らいでおり、気のせいかウクライナマターに関する発言もトーンダウンしています。
継続的で圧倒的なレベルの支援がウクライナに来ない場合、まだ余裕があるとされるロシアに抗い続けることが難しいだけでなく、ロシアから停戦における条件を引き出すことも困難になると言わざるを得ません。
そうなるとこの戦略も取りづらくなります。
「暗殺」の可能性も含まれる3つ目の選択肢
3つ目は【自身が(プーチン大統領の要望通り)辞任する代わりに、ウクライナの存続をプーチン大統領に確約させる】という戦略ですが、「約束なんかしても、プーチン大統領はいつも反故にするじゃないか」という“現実”は横に置いておいても、ウクライナにとってあまり好ましい結果は生まないと考えます。
この選択肢を取る場合、先述のように、ザルジーニ氏が後任になりそうな予感ですが、停戦協議をして何らかの合意案を作る際、ほぼ確実にクリミア半島はロシアのコントロール下に置く状態が固定化され(ロシア領とするかは別だが、恐らく編入されることになる)、ロシアが一方的に編入したものの、まだ全域の支配を確立できていない東南4州全域の引き渡しをロシアに要求されることになります。
当初2014年ラインまで戻し、ウクライナを取り戻すという目標を掲げていた状況に比べると大きな後退になりますが、仮にこれでロシアの侵攻が終焉し、長きにわたった戦争に“終止符が打たれる”のであれば一考の価値はあるかもしれません。
もしかしたら、ゼレンスキー大統領にとっては、仮に大統領職を失っても、ストーリーの作り方によっては“ウクライナを救った英雄”といった評価を後世に残せるかもしれません(ただ、過去のケースから見て、プーチン大統領は決して彼を許さず、真偽のほどは分からない汚職問題がリークされて評判を失墜させたり、暗殺を試みたりするような気もします…)。
そうなると、ゼレンスキー大統領にとっては、この3つのどれも選びづらい状況が見えてきます。それに加え、先述の通り、まだ反攻の機会があると信じ切っているように見えるため、自身の保身のためかどうかは別として、やはり戦い続けることを選ぶのだと考えます。
大きく変化した核兵器の役割と使用の可能性に関する状況
今、プーチン大統領に戦争を停止するインセンティブが存在しないことから、ロシア・ウクライナ戦争は今後も長引き、膠着状態が続くことになりそうです。
しかし、戦況が膠着状態に陥る中、ロシアサイドでは気になる状況の変化も起きています。
それは核兵器の役割と使用の可能性に関する状況です。
複数の衛星データやグラウンド・サーベイランスの情報・分析結果を総合すると、ロシアの戦術核兵器の配備が進み、すでに臨戦態勢に入っている上に、具体的な作戦実行に向けた準備も進んでいると分析されています(配置の変更も行われている模様です)。
これまでにも何度も核兵器使用の脅しはプーチン大統領やその側近、特に強硬派の筆頭メドベージェフ氏などの口から出ていましたが、最近の動きはこれまでとはレベルが違うという専門家の分析があります。
理由の一つは、先述のように、実際の使用に向けた臨戦態勢が構築されているという情報分析が多方面から寄せられていること。そして、最近目立つようになってきたロシア軍における統制の乱れが、全体的な戦闘作戦対応能力を下げており、一向に目に見える成果が得られないことと、絶え間ない欧米諸国からのロシア批判にロシア政府や軍の幹部もうんざりしており、このあたりで一度状況を大きく変えたいという声が高まっていることも、「もしかしたら限定的であるかもしれないが、ロシアは核兵器を戦術上のオプションとして使用する気なのではないか」という分析に繋がる理由になっていると思われます。
核兵器と聞けば、私たち“日本人”にとっては悪魔の兵器以外何物でもないのですが(恐らくほかの国民にとっても同じだと信じますが)、アメリカにとってもロシアにとっても、【核兵器はあらゆる軍事的オプションの一つに過ぎず、(使うような状況が生まれないことを祈るが)使ってはいけない選択肢ではない】という認識の違いがあります。
今後の展開を占う大きなカギとなるNATOの反応スピード
仮にロシアが一線を越えて核兵器を今回使用する場合、どのようなことが考えられるでしょうか?
2022年2月24日のロシアによるウクライナ侵攻初期に恐れられていた“ウクライナ本土への使用”は、物理的・心理的に決定的な打撃を与えることになりますが、同時にロシア兵も犠牲にし、かつロシア国内にも放射能汚染が広がることが確実視されるため、現実的なオプションとは言えません。
仮にウクライナに対する核兵器使用が起こるとしたら、それはロシアが敗北するような状況に追い込まれて最後に自殺的に行われる選択肢と言えます。
より現実的なのは、EUおよびNATOへの警告的な意味合いを持たせるならば、ポーランド国境に近いウクライナ西部リビウあたりへの使用や、“裏切り者”バルト三国周辺への使用を決行して「これ以上、(ウクライナを足掛かりに)ロシアの勢力圏にNATOが土足で踏み込んでくるのであれば、ロシアは自衛のために(国家安全保障のために)核兵器による反撃も辞さない」というメッセージを送るという手法が考えられます。
実行にはかなりハードルが高いことは疑いないですが、絵空事とは言い切れない悲しさ・恐ろしさがあります。
この場合、NATO諸国がどのような反応を即時に示すかが、今後の展開を占ううえで大きなカギです。
もしNATO諸国が、collective(集団安全保障)かcoalition of the willing(志を同じくする国家群)としてかは分かりませんが、ロシアによる核兵器の使用を“redlineを超えたもの”として即時に反撃に出た場合は、もうその戦いはロシア・ウクライナ間の戦争ではなく、確実に世界各国を巻き込む第3次世界大戦の様相を呈すると思われます。
その場合、報復はロシア本土への核による本格的な報復なのか。それとも核兵器ではなく通常兵器による報復になるのか?または、ロシア本土に対する報復ではなく、あくまでも核戦力部隊を壊滅させる選択的な報復になるのか?
どれであったとしても、NATOにとっての大きなジレンマは【ウクライナはNATOの加盟国でないために、ウクライナが攻撃された場合には第5条の集団的自衛権の行使の対象には当たらないが、もし加盟国であるポーランドやバルト三国に直接的な被害が及んでいなくても、放射能汚染という形で壊滅的な打撃を与えられた場合には、公使の対象になるか否か】という問いに対する解釈だと考えます。
そしてほぼ確実にその解釈を巡る議論と対応はかなりの時間を要し、実際にNATOとしての行動・反応ができるまでにかなりのタイムラグが発生することは、NATOの信頼性に大きな傷となります。
恐らくロシアはそれを試しに来るのだと思われますが、そのために果たして核兵器まで用いるかどうかは、私には分かりません。
しかし即時対応した場合(親ロシアのハンガリーやトルコが「さすがに核兵器はダメだろう」とロシアに背を向ける場合が考えられる)には、ロシアに恐怖が走るかもしれませんが、ずっと一貫して「ロシアが存在しない世界は存在に値しない」という主張するプーチン大統領の存在故に、First Useがロシアによってなされて核兵器の抑止論が破れ、一気に破滅に向かった打ち合いが始まるという最悪のシナリオも想定できます。まあないと思いますが。
核兵器の抑止論が破れるという最悪のシナリオも
逆にNATOが即応性を発揮できず、東欧・北欧の加盟国がNATOに不信感を高めたとしても、核兵器の使用によりロシアシンパが国際社会から消えることに繋がるため、プーチン大統領は自らの手で自らの首を絞め、国際社会において本格的に孤立を味わうことになります。
それでもロシア国内においてプーチン大統領の支持は変わらないと言われています。それは彼も繰り返す「いろいろとこちらから友人になろうと近づいても、結局、欧米諸国はロシアのことを理解しようとはしない。だから表向きだけの国際協調など信用できず、自分のことは自分で守る必要がある」という頭と心の奥底に沁みついた認識が国内で広がり強化されて、ロシアはまた独自の勢力圏を築く方向に進むというだけでしょう。
現時点で予測できるどのようなシナリオにおいても、プーチン大統領が停戦や降参を選択することはなく、それゆえにウクライナそしてその先に予定されている戦いにおいても、ロシアは苦難を耐えて、戦い抜くという姿勢になるものと思われます。
そこで同じようなジレンマ、そして“匂い”を感じるのが、イスラエルのネタニエフ首相の姿勢です。
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