
なぜトランプ支持は激減しない?強制送還、経済不安、中国禁輸でも「動じない層」の正体=高島康司

米国内で広がっているパニックを紹介する。しかし、それにもかかわらず米国内でトランプの支持率は思ったほど下がっていない。その理由を福音派のメンタリティーから探る。(『 未来を見る! 『ヤスの備忘録』連動メルマガ 』高島康司)
米国に広がる不安とパニック
トランプ政権下のアメリカでは、大きな混乱とパニックが広まっている。トランプが大統領に就任してから、とにかく毎日のように大きな出来事が起こっており、それにアメリカ国民は翻弄されている。
いくつか際だった動きを紹介しよう。日本ではまったく報道されていないものが多い。
強制送還のパニック
4月12日、ホワイトハウスはアメリカ合衆国の新しい連邦規則を発表した。30日を越えて米国内に滞在する予定のある外国出身者は、事前に連邦政府への登録を義務づけた。ちなみに観光ビザでアメリカに入国した場合、滞在期間は最大で6カ月である。90日以内であれば、ビザの申請は必要はない。新しい連邦規定は、既存の観光ビザの規定よりもはるかに厳しい。第二次世界大戦時の「外国人登録法」をモデルにしている。
さらにこの新しい規則は、18歳以上の非市民は、ビザのステータスに関わらず、常に登録証明書の携帯が義務付けられた。合法的にアメリカにいる移民、例えば学生ビザ、就労ビザ、グリーンカードを持っている人にも一律に適用される。
「国土安全保障省」は強い表現の声明で、18歳以上の非市民は常にこの書類を携帯しなければならないと強調。トランプ政権は「国土安全保障省」に執行を優先するよう指示している。
この規則は4月11日から施行されており、違反した場合、罰金、拘禁、または強制退去の可能性がある。特にこれは、合法的にアメリカにいる移民、例えば学生ビザ、就労ビザ、グリーンカードを持っている人々、さらに外国出身の市民権の保有者にさえ影響を与えている。
この規定の導入後、米国内では「移民局」による外国出身者の拘束や国外強制退去が相次いでいる。これには、観光ビザで入国して30日以上滞在しているにもかかわらず、連邦政府に登録し忘れた観光客のみならず必要書類を携帯していなかった大学や大学院の外国人学生、さらに就労許可証の「グリーンカード」の保有者、さらに外国出身の市民権の保有者も含まれている。
「TikTok」や「X」などのSNSを見ると、強制退去になり助けを求める人々の声であふれている。一種のパニック状態になっている。大学院の博士過程に通う日本人の学生もこの犠牲になっている。スピード違反を2回しただけで犯罪者に認定され、強制退去処分の対象になった。
金融危機の不安とパニック
もちろん、トランプ政権に対するこうしたパニックや拭い去れない不安感は、金融でも拡大している。
トランプ政権による一律10%の関税、ならびに中国には145%という信じられない水準の高関税を適用した相互関税は、市場の緊張局面におけるドルの安全資産としての地位を脅かすだけでなく、事実上の国際通貨としてのドルの地位をも損なう可能性がある。これは、米国政府と消費者の借入コストの上昇など、多くの悪影響をもたらす。
これまで2008年の「リーマンショック」、2011年の「ユーロ危機」など、世界は何度か深刻な金融危機に見舞われてきた。各国は協調してそれぞれの危機を乗り越えてきた。しかし、今回の危機はこれまでのものとは様相がまったく異なるとの認識が広がっている。ウォールストリートを中心にして、米国はもはや自国のシステムの保証人ではないことを示している解釈されるようになっている。むしろ、米国は非外交的で唐突な方法で、ドルベースの金融システムを解体しようとしているとの認識だ。
そして、この結果、信頼できる「安全資産」としてのドルの地位が揺らぎ、事実上の世界準備通貨としての役割は今後ますます不透明になると予測されている。こうした認識はウォールストリートに底知れぬ不安感を引き起こし、ちょっとした引き金があれば、パニックを引き起こして金融危機を発生させる可能性も否定できなくなっている。
中国の農畜産物の禁輸
さらに最近パニックを加速させているのが、中国による米産農畜産物の禁輸である。その中でももっとも大きな影響を与えているのが、中国による牛肉の禁輸だ。中国は、米国内にある屠殺場の中国への牛肉輸出のライセンスの更新を拒否し、実質的に米国産牛肉を禁輸した。損失は250億ドル相当になる。アメリカが生産する牛肉の約3分の1が中国に輸出されている。その影響はあまりに大きい。
アメリカの牛肉産業は裾野の広い産業である。牧場、屠殺場、食肉加工場、飼料産業、そして輸送を担当する運輸など多くの産業分野がかかわっている。中国の米国産牛肉の禁輸で、これらの産業がすべて痛手を受ける。
それだけではない。中国は米国産牛肉の禁輸後、オーストラリア産の牛肉への輸入を急増し、乗り換えている。この状況では、たとえディールが成立してトランプ政権が中国への高関税の適用を行わなかったとしても、中国市場はオーストラリアに奪われ、回復することはまずない。
トランプ関税の適用の影響は計り知れない。中国による米農畜産物の禁輸はこれから拡大するはずだ。食肉産業の破綻懸念が高まり、米国内で一種のパニックを引き起こしている。やはり「TikTok」や「X」などのSNSでは、トランプへの恨みと叫び、そして救済を求める声であふれている。
大きくは下がっていないトランプの支持率
このようなパニックはほんの一例だ。トランプが就任してからというもの、「政府効率化省(DODGE)」による連邦政府の部局の閉鎖と大リストラをはじめとして、あまりに過激な改革がすさまじい勢いで実行されている。いまアメリカは、パニックと怒りの波が起こっていると言ってもよい。
特に農畜産分野はトランプの強力な支持基盤の一つである。高関税政策を継続するとトランプは支持を失い、来年の中間選挙では大きく敗北する可能性がある。そのためトランプ政権は、高関税をはじめこれまでの過激な政策の大幅な変更を行う可能性が高いと報道されている。筆者自身もそのように考えていた。
しかし、実際のトランプの支持率を見ると、下がってはいるものの、これだけのパニックから予想されるほど大きくは下落していないことに驚く。以下が最新の支持率だ。
・支持:46.5ポイント
・不支持:50.6ポイント
・トランプに好意的:45.3ポイント
・トランプに反感: 50.8ポイント
就任当初の支持率は51ポイント程度、不支持率は44ポイント程度だった。いま支持率はたしかに下落しているものの、米国内のパニックと不安感の大きさから想像できるほどには下がってはいない。下がり渋っているというのが現状だ。
ということではトランプは、これまでの過激な政策を大きく変更することなく継続する可能性も十分に考えられる。もちろん、国内の反応を意識して多くの微調整は行うだろう。トランプ政権は現実的でフレックシブルだ。しかし、現在の強硬な政策の基本スタンスを変えることはないと思われる。
岩盤支持層「福音派」のマインドセット
しかしそれにしても、なぜ支持率の下落が弱いのだろか?
経済的な合理性から見るなら、多くのアメリカ国民がトランプに反対し、離反していてもおかしくない状況だ。それなのに、そうしたことにはなっていない。
おそらくトランプが一定の支持を確実に維持できている理由は、トランプの岩盤支持層である「福音派」の存在にある。彼らは、どれほどトランプの政策が米経済に痛手となっても、経済的な合理性でトランプを判断していないのだ。どういうことだろうか?
現在アメリカには、総人口の20%を越える1億人弱の「福音派」がいる。20年ほど前には8,000万人程度と考えられていたので、「福音派」の数は確実に増えているようだ。この増加の背景になったのは、行き過ぎたグローバリゼーションであった。
90年代の後半から現代まで約30年間続いたグローバリゼーションが結局残したものは、持続的な経済成長の中で耐え難い水準まで拡大した格差と、製造業の労働者層を中心とした中間層の没落と貧困化、そして政治経済のあらゆる側面が超富裕層のエリートによって支配されるという状況だった。もちろんこれは、アメリカだけの状況ではなく、多くの先進国で同時に現れていた。
しかし、アメリカに特徴的なことは、没落した中間層の受け皿になったのが、キリスト教原理主義の「福音派」であった。そのため、「福音派」の世界観と価値観が、行き過ぎたグローバリゼーションに対するアメリカ的な反応を形成することになった。「福音派」は、過度の物質主義を引き起こしたグローバリゼーションは、終末期に入ったことを示す兆候であり、神の裁きによってアメリカは破壊される運命にあると信じた。この破壊こそ、終末期の予言の成就となる。
なぜならそれは、アメリカという国家の「回心」を求める契機であるからだ。「回心」とは、聖書の教えに基づいてこれまでの行いを悔い改めることである。アメリカが「回心」によってこれまでの罪を認め、神との契約に目覚めるならば、アメリカは聖書に則った本来あるべき神権国家として再建される。
この国家としての「回心」のプロセスは、個人と同期している。グローバリゼーションの陰で人生の失敗と貧困に苦しんだ個人は、その苦しみの原因を神の契約をないがしろにしてきた自分自身の自堕落な生活の結果であると「福音派」は教えた。個人が「回心」をしてこれまでの罪を認めてこれまでの生き方を捨て、神との契約に基づく倫理的な生き方を回復すると、物質的な富と幸福で豊かな人生を取り戻すことができるという。
このように見ると、国家と個人は「回心」で同期しており、罪に満ちた現代のアメリカの破壊と神権国家への再生は、神との契約を忘れた罪に満ちた人生を放棄し、生まれ変わって神に祝福された生き方を手にする個人の再生が同時に進む過程である。つまりこれは、アメリカの破壊と神権国家への再建という政治的なプロセスと、個人の贖罪と生まれ変わりという内面的な変容のプロセスが同時平行で進む運動である。これは、アメリカを再生させる政治的プロセスへの参加が、個人の覚醒の前提となるという関係になっている。
アメリカの変革に向かう政治運動への参加が、個人の再生につながるというわけだ。この覚醒と救いの熱狂が燎原の火のように広まった結果が、トランプの圧倒的な勝利なのであった。
これが「福音派」のマインドセットだ。
こうした信念から見ると、アメリカの破壊は予定されていた「回心」を実現するための条件であり、決して悪いことではない。「回心」の後には、アメリカは神権国家として再生する。そしてそのとき、個人も「回心」して生まれ変わるのである。
こうしたマインドセットからすると、トランプ政権が引き起こしたアメリカ国内の混乱とパニックは、まさに予定されている「回心」をもたらすための条件としてしか見えない。経済的な合理性は吹く飛んでしまっている。
このような「福音派」がトランプの岩盤支持層である限り、トランプの過激な政策は、多くの微調整はあるだろうが、根本的な変更なく推し進められる可能性がある。「福音派」は金融危機の発生さえも「回心」を促す契機と捉え、トランプの支持を逆に強化させる可能性が高い。
トランプの歯止めが効かなくなりつつある。非常に危険な時期にきた。本当に要注意だ。
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