「宇宙は膨張している」となぜ言えるのか…数々の批判をくぐり抜け、定説となった「あまりにも型破りな理論」

ビッグバンの火の玉の膨張
われわれが住んでいる場所は特別であるとする、古代ギリシャ、プトレマイオスの「天動説」。それが、1543年に発表されたコペルニクスの「地動説」により否定され、われわれの地球は、太陽の周りを回る、ごくありふれた惑星であることが指摘されました。地動説がキリスト教会から警戒され、イタリアのガリレオ・ガリレイ博士が裁判にかけられながら「それでも地球は回っている」と言ったというエピソードは、あまりにも有名です。
ニュートン博士が万有引力の法則を発表するずっと前、1609年から1619年にかけて発表された「ケプラーの三大法則」でも、地球の軌道は円ではなく楕円であることが、詳細な観測により、すでにわかっていたというのですから驚きです。

1687年にニュートン博士の宇宙モデルが提唱されます。ニュートン博士が発見した有名な万有引力の法則は、リンゴの運動だけではなく、宇宙のあらゆる天体の運動にも適用され得る点で、宇宙中で使うことのできる普遍的な物理法則です。物体の運動は、座標空間における時間発展として記述されます。地球の軌道が楕円であることも、彼の運動方程式から理論的に導かれます。しかし、ニュートン博士の宇宙モデルは、空間とはただの入れ物(絶対空間)であり、時間とは空間と独立に過去から未来に流れるものだとしています。つまり、時間と空間は別物だったのです。
ところが、20世紀になり、アインシュタイン博士が提唱した相対性理論に基づく宇宙論では、事情がまったく異なります。1905年に発表された特殊相対性理論により、時間と空間が混ざり合うことが提唱されます。また、その後、1916年に提唱された一般相対性理論では、エネルギーが時間と空間を決めることを指摘しています。1917年には、宇宙はそのままでは重力でつぶれるので、「宇宙項」(宇宙定数、今日で言うダークエネルギー)を書き加えて(つまり仮定して)、反発力により安定にしなくてはならないことを提唱しました。
しかし、次に説明するアメリカのエドウィン・ハッブル博士らの観測による宇宙膨張発見後には、宇宙定数を導入するアイデアは人生最大の誤りだとして、後に取り下げました。1998年に宇宙の加速膨張が発見され、宇宙定数(もしくはダークエネルギー)の存在が検証されたことは、大変皮肉です。
宇宙が膨張している証拠とは…
宇宙が膨張していることは、光のドップラー効果を調べればわかります。相対性理論に現れる効果で、音のドップラー効果に似て、遠ざかる天体から出た光の波長が伸びるのです。このことから、遠方の銀河の後退速度が推定されます。

ハッブル博士が1929年に、またベルギーのジョルジュ・ルメートル博士が1927年にそれぞれ提唱した「ハッブル=ルメートルの法則」とは、銀河が遠ざかる速度がその距離に比例する、というものでした。もちろん、事前に別の方法を用いてその銀河までの距離を正確に測っておく必要があります。この、「どの方向の銀河でも遠ざかっている」という証拠から、宇宙が膨張していることが明らかになったのです。
理論的には1922年にロシアのアレキサンドル・フリードマン博士が報告したように、アインシュタイン方程式の解として、宇宙定数があろうがなかろうが、宇宙が膨張することを導出しています。アインシュタイン方程式はテンソルと呼ばれる4行4列の特殊な性質をもつ行列に関する方程式です。
この宇宙を一様等方と仮定したときに、複雑なアインシュタイン方程式を簡単な形にした式は「フリードマン方程式」と呼ばれ、その宇宙膨張の解は「フリードマン解」と呼ばれます。フリードマン解では、宇宙の大きさは、火の玉の放射のエネルギーが大きな割合を占める宇宙では宇宙年齢の1/2乗、物質のエネルギーが大きな割合を占める宇宙では宇宙年齢の2/3乗に比例して大きくなります。
宇宙を「風船」にたとえて考えてみる
宇宙が時間とともに膨張するなら、時間を逆にたどれば、宇宙は小さかったことになります。そのような宇宙の様子を、一定の速度で膨張する風船に例えてみましょう。

私たちは、風船の中心にいると仮定します。風船の表面に銀河が張り付いているイメージです。私たちから見て、風船の膨張とともに、それぞれの銀河への距離は離れていきます。同時に、銀河同士の距離も遠ざかっていきます。膨らめば膨らむほど、移動距離も長くなり、離れるスピードも増していきます。このことは、ものすごく大きくなったら、もしかしたら、その速度は光の速度に迫り得るかもしれないとも想像させます。実際、遠方銀河の後退速度は、本当に光の速度に迫っているのです。
その一方、十分に膨らんだ後に、時間を逆回しにしてみましょう。風船の半径を半分にしたならば、中に入っている物質の個数密度は8倍になります。加えて、物質は質量をもっているので質量密度も8倍になることを意味します。有名なアインシュタイン博士の関係式、E=mc²では、Eはエネルギーで、mは質量ですね。cは光の速度ですが、定数です。この式の教えるところは、質量はエネルギーであるということです。つまり、風船の半径を半分にしたならば、中に入っている物質のエネルギー密度は8倍になると理解されるのです。
今度は、風船の中に光が閉じ込められていた場合も考えてみましょう。波長の短い青い光は、波長の長い赤い光より高いエネルギーをもちます。それをご存じであれば、風船の大きさが半分になると、光の波長が半分になり、光のエネルギーは2倍になることを想像していただけると思います。光の個数密度は、物質の個数密度と同じく、8倍になるのですが、この波長が変わることも加味すると、光のエネルギー密度は16倍になるのです。この事実から、宇宙の大きさをもっと小さくしていけば、いつかは光のエネルギーが物質のエネルギーを上回る、火の玉の宇宙になることが容易に推測されます。
ロシア出身のアメリカで活躍したジョージ・ガモフ博士が提唱した「火の玉宇宙のモデル」は、まさにこの考え方に基づくものです。宇宙は、少なくとも温度約100億度以上の火の玉から始まった。そして、宇宙誕生の3分後には宇宙全体で重水素とヘリウムなどの軽い元素が誕生するという、元素合成のシナリオを予言しました。実際、重水素とヘリウムの観測値から、ガモフ博士の元素合成の理論が正しいことが証明されています。ハッブル=ルメートルの法則の発見以降も、宇宙膨張を疑う研究者はたくさんいました。ガモフ博士が火の玉宇宙モデルを提唱した後も、フレッド・ホイル博士は、「まるで大きな爆発(ビッグバン)みたいに宇宙は始まったというのかね?」と批判したそうです。このことから、皮肉にも「ビッグバン宇宙モデル」という名称で呼ばれるようになりました。
「宇宙マイクロ波背景放射」の発見
その論争に終止符を打ったのが、1964年のアメリカのアーノ・ペンジアス博士とロバート・ウィルソン博士による、火の玉のなごりである絶対温度3度(マイナス270℃)の電波の発見です。この電波は「宇宙マイクロ波背景放射(CMB)」と呼ばれます。その後、ビッグバン宇宙モデルは、宇宙膨張、軽い元素の元素合成、宇宙マイクロ波背景放射の3つの観測事実により、宇宙の標準的なモデルとしての確固たる地位を固めていくことになります。
宇宙マイクロ波背景放射は、宇宙のどの方向からもやって来ています。現在では、その絶対温度3度からのゆらぎの空間的な分布まで測定されています。そのゆらぎは、約10万分の1という小さいものでした。プランク衛星による温度ゆらぎの詳細な観測から、現在の宇宙のエネルギーの中身は、放射(光子とニュートリノ)が約0.01%、見える物質が約5%、ダークマターが約25%、ダークエネルギーが約70%だとわかってきました。
異なるとはいえ、0.01%から70%と、約4桁の範囲ですべての成分がだいたい同じ程度のエネルギー密度なのです。これも実は大変不思議なことです。そして、2018年のプランク衛星チームによる精度のよい観測データが発表され、宇宙年齢は137.97億±0.23億年と報告されました。
それでは宇宙の大きさがゼロであった時点より過去の宇宙の歴史は、どうなっているのでしょうか。そこは、実は現代の物理学でもわかっていないところなのです。大きさがゼロでは、エネルギー密度が無限大になってしまいます。そうすると既存の物理学の式では計算できないことを示していて、理論が間違っていることになってしまいます。その間違っている理論に基づいて推定しても説得力はありません。つまり、そうした高密度では、現在知られている理論が、いまだ知られていない新理論に取って代わられると予想されています。
例えば、量子重力理論の候補である「超弦理論」などが候補となります。そうした新理論では無限大は回避されて、宇宙は有限の大きさの泡のように誕生したのではないかと、アメリカのジェームズ・ハートル博士とイギリスのスティーヴン・ホーキング博士は提唱しました。これは「ハートル=ホーキングの無境界仮説」と呼ばれます。泡の誕生の最中には、実数の時間ではなく、虚数の時間が流れていたとも考えられています。虚数とは、高校の数学で習う、実数の軸に垂直に交わる、違う軸に乗っている数のことです。

実際、宇宙初期でなくても、泡の生成を伴う真空の相転移を記述する方程式には、虚時間が流れることが知られています。そうなると、実数の時間で測るべき宇宙誕生の前か後かなんて、考える理由もわからなくなります。その泡が急激に膨張することにより、つまりこれは宇宙創成のインフレーションなのですが、ビッグバン宇宙につながると期待されています。偶然、条件の合う領域がインフレーションして大きな宇宙をつくったと思うと、唯一の宇宙(ユニバース)ではなく、たくさんの宇宙(マルチバース)が生まれた可能性すら示唆します。つまり、他にもインフレーションする条件がそろえば、別の宇宙は誕生し得て、そちらの方がずっと数が多いだろうことが推測されます。
このときのエネルギースケールはプランク質量という1000京GeV(温度に換算すると1000京度の10兆倍)で、宇宙年齢はプランク時間という約10–⁴³秒、つまり、1000京分の1秒の1000京分の1の10万分の1ぐらいだったと考えられています。ここでG(ギガ)は10億という意味で、1eVは約1万度に相当します。このことから、後に話す大統一理論のエネルギースケールはさらに2~3桁小さく、それは2度目以降のインフレーションであるとも考えられています。
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