ストーンヘンジ、兵馬俑、前方後円墳に五重塔…古代の匠たちが誇った「超技術」の“謎”を「謎」にした2つの「意外な理由」とは?

人類史

古代の巨石遺跡は謎が多く、人類史の視点からも、興味深いですね。
以下にその謎を解き明かした記事を紹介します。
これからのモノつくりや技術開発、そして社会のありようにも活用できそうですね。

謎が謎となってしまった原因は、
・現代人の知識偏重、智慧や感性の劣化
 “知識”は「ある事項について知っていること」“智慧”は「物事の道理を悟り、適切に処理する能力」
・現代社会の金科玉条である「経済性」と「効率」
 古代の匠達、古代社会そのものが、後世に遺せる〈ほんとうによいもの〉を求めた。
 匠達も、限られた材料や機材の中で、精一杯の智慧をはたらかせ、急ぐことなく、たっぷりと必要な時間を費やしたのでしょう。

彼らは自分たちに課せられた責任感と、それを全うすることの誇りをもっていたはずです。
古代社会では、彼らの責任感と誇りが正当に評価され、称えられたに違いありません。

ストーンヘンジ、兵馬俑、前方後円墳に五重塔…古代の匠たちが誇った「超技術」の“謎”を「謎」にした2つの「意外な理由」とは?(志村 史夫)
あの時代になぜそんな技術が!? ピラミッドやストーンヘンジに兵馬俑、三内丸山遺跡や五重塔に隠された、現代人もびっくりの「驚異のウルトラテクノロジー」はなぜ、どのように可能だったのか? 現代のハイテクを知り尽くす実験物理学者・志村史夫さんによる古代技術に関するエピソード

ストーンヘンジ、兵馬俑、前方後円墳に五重塔…古代の匠たちが誇った「超技術」の“謎”を「謎」にした2つの「意外な理由」とは?

あの時代になぜそんな技術が!?

ピラミッドやストーンヘンジに兵馬俑、三内丸山遺跡や五重塔に隠された、現代人もびっくりの「驚異のウルトラテクノロジー」はなぜ、どのように可能だったのか?

現代のハイテクを知り尽くす実験物理学者・志村史夫さんによる、ブルーバックスを代表するロング&ベストセラー「現代科学で読み解く技術史ミステリー」シリーズの最新刊、『古代日本の超技術〈新装改訂版〉』と『古代世界の超技術〈改訂新版〉』が同時刊行されました!

国内・海外の古代の超技術を探求してきた志村さんによれば、立ちはだかる謎の影に2つの大きな理由があるのだといいます。そのカギを握る、「現代の巨大な怪物」の正体とは?

そして、現代の日本人が失ってしまった「大きなもの」とは?

古代の職人たちの生き様からニッポン復活への「ヒント」を見出す、全日本人必読の「処方箋」──。

【書影】古代日本の超技術〈新装改訂版〉

【書影】古代世界の超技術〈改訂新版〉

「古代」とは対極の場

今般、新装・改訂出版された古代日本の超技術〈新装改訂版〉(1997年初版、2012年改訂新版)と古代世界の超技術〈改訂新版〉(2013年初版)は、私が国内外で見聞し、驚かされた古代の技術と“謎”、そしてそれらの解明について述べたものです。

これらの拙著は「古代(の技術)」を扱うのですが、私は歴史学者でも考古学者でもなく、現代文明の支柱の一つであるエレクトロニクスの基盤材料である半導体の研究に日本とアメリカでそれぞれ10年ずつ従事した、いわば「古代」とは対極の場にいた者です。

そのような私が、なぜ古代世界、古代日本の技術に興味をもち、それらに対して畏敬の念を抱くようになったのかーーその経緯を簡単に説明させていただきましょう。

私が長年従事した「エレクトロニクス」を煎じ詰めれば、指先に乗るほどの大きさの“マイクロチップ”とよばれるもので、このマイクロチップが日常使う電気製品をはじめ、現代のありとあらゆる機械、装置、システム、最近ではAI(人工知能)の中で不可欠の役割を果たし、インターネット、スマホに代表される情報社会の基幹を担っているのです。

私が「現役研究者」として従事したのは、この分野の科学・技術が世界的な規模で急激に発展した1970年代から90年代にかけての20年間でした。

情報社会の基幹を担うマイクロチップ

あの時代になぜそんな技術が!?

いい時期に、いいテーマの研究に従事できたおかげで、私はいろいろな国に招かれる機会に恵まれ、歴史探訪を趣味の一つとする私は、そのつど、そこ、あるいは近隣の地にある遺跡、美術館、博物館、歴史的建造物を見て歩きました。

1993年の秋に日本に帰国してからは、日本国内の遺跡、古刹(こさつ)などを何度も訪れています。最近は古墳を巡る機会が増えました。

私は、日本国内では縄文時代の三内丸山遺跡の巨大建造物や地震で倒れたことがない五重塔を見て、いつも「コンピュータはもとより、大型クレーンや鉄骨などの土木建築機材がなかった時代の人間が、よくこんなすごいものを建てたものだなあ」と感心していたのです。

海外のピラミッドやストーンヘンジのような巨大石造物に対する私の素朴な疑問は、「なぜあれだけ重い、大きな石を積み上げ、精密に組み立てることができたのか」ということに集約されます。

ストーンヘンジ。なぜあれだけ重い、大きな石を積み上げ、精密に組み立てることができたのだろうか photo by gettyimages

歴史の「専門家」よりも深く理解できること

〈ほぼ〉解明されている「古代日本の超技術」とは異なり、エジプトの大ピラミッドに代表される「古代世界の超技術」には現代でも未解明の“謎”が少なくありません。その“謎”の解明に立ちはだかり続けている“壁”は決して小さくはないのですが、“現代のハイテク”に従事した私が、「古代世界の超技術」の完全解明とはいかないまでも、古代人が現代“文明人”に突きつけている謎に“現代のハイテク”の観点から挑戦した結果をまとめたのが『古代日本の超技術』と『古代世界の超技術』でした。

『古代日本の超技術』の旧版に「前方後円墳」を加筆したのが『古代日本の超技術〈新装改訂版〉』であり、『古代世界の超技術』の旧版に「ストーンヘンジ」「兵馬俑」「ヒッタイトの鉄」「インドのサビない鉄柱」を加筆したのが『古代世界の超技術〈改訂新版〉』です。

私が、我田引水と思われるのを覚悟で申し上げたいのは、歴史的建造物や遺品を見るとき、文献主義の歴史学者や考古学者とは異なるハイテク分野で仕事をした「専門外」の人間だからこそ、“見える”、“感じる”、“わかる”、“感心する”、“驚く”、“感動する”ことは少なくないのです。

古代の遺跡の構造やしくみ、それを支える技術や道具について、歴史の「専門家」よりも深く理解できるだろうからです。

“謎”を「謎」にしてきた2つのこと

いまにして思えば、あの時代の人間だからこそ、あのようにすばらしい、高度の芸術、技術「作品」を造り、遺すことができたのでした。

結論として、私がいま、私なりに“謎解き”をして思うのは、“謎”を「謎」にしてきたのは、現代文明人自身が直接関わる2点だということです。

第一点は、ICT(情報通信技術)の進歩で膨大化の一途をたどる情報量、それらを得ることの安易化、さまざまな“文明の利器”の「進化」に比例して劣化・退化させた現代文明人の智慧と感性です。

つまり、豊かな智慧と感性をもっていた古代の匠たちにとって、「古代の超技術」は“謎”でもなんでもなかったのです。

ICTの進歩と比例して、現代人の智慧と感性は劣化・退化したのではないか photo by gettyimages

「現代の巨大な怪物」=“エレクトロザウルス”

いまからおよそ40年前、一般向けの半導体・エレクトロニクス入門書を書いたとき、私は“エレクトロザウルス”という言葉を造りました(『砂からエレクトロザウルスへ』東明社、1986)。

“エレクトロザウルス”とは、現代の最先端科学・技術の粋を集めたエレクトロニクスが生んだ「現代の巨大な怪物」の意味です。具体的には、コンピュータやITに代表される多種多様なエレクトロニクス機器・製品、総じてハードウエアのみならずソフトウエアをも指します。

その造語を生み出した当時、私はアメリカにおり、エレクトロニクスの基盤である半導体結晶分野の研究者として「絶頂期」にありました。しかし、その頃、将来は人間が作り上げたエレクトロザウルスに人間自身が支配されてしまう社会になってしまうのではないか、という危惧の念を抱いていたのも事実なのです。

前掲書の「エピローグ」の中で、私は

「基本的に、エレクトロザウルスが果たすべき役割は、われわれの知的活動を支援し、単純労働の肩代わりをすることで、われわれ人間を支配することではない。あくまでも、エレクトロザウルスを調教し、支配するのは人間である。

しかし、また、われわれがエレクトロザウルスを支配すべき人間であることを自覚し、それを支配し得る能力、知力を身につけない限り、われわれ自身がエレクトロザウルスに支配される可能性があることも否めない事実である。

と書いています。

「知の獲得」は楽になったが…

私が「エレクトロザウルス」という言葉を造り、「われわれ自身がエレクトロザウルスに支配される可能性があること」を危惧した40年前といえば、スマホはもとより、ケータイもインターネットも、少なくとも一般社会には、まったく存在していなかった時代です。自画自賛と思われましょうが、私は自身の40年前の正鵠を射た予見に感心すると同時に憂えてもいます。

私たちが日常的に接する最も影響力のあるエレクトロザウルスはICTです。そのICTによって情報が洪水のように与えられ、私たちは自分自身の頭で考える必要がなくなっています。

必要なことは、「情報の洪水」の中から「役立ちそうなこと」の選択のみです(とはいえ、そのこと自体、やさしいことには思えませんが)。

人間が、文明の「進化」とともに知識を飛躍的に増大したのは事実ですし、いま、たいていの知識はインターネットで検索すれば簡単に得られます。インターネットが説明してくれない言葉や事項を見つけるのは困難なくらい、インターネットはなんでも教えてくれます。

最近は「生成AI」「ChatGPT」なるものも登場し、人間自身の「知」の獲得に対して必要な努力は減少の一途をたどり、果てしなく「無」に近づいているようです。

“知識”と“智慧”はどう違うか

知識の基(もと)の「知」、あるいは「知る」ということの根底にあるのは、私たちの周囲に存在するさまざまなモノを区別し、区別されたそれぞれに名前をつけ、それらを明確に把握しようとする態度のはずですが、インターネットが〈与えてくれる〉知識はすべて、〈あらかじめ誰かが区別した〉モノです。

ICT、マルチメデイアの発達によって、人間は「知識」を安易に、飛躍的に増したのですが、それに比例して、知識の根底にあるべき「区別する能力」、あるいは智慧を低下させたのです。智慧は〈自分の頭で考える〉ことによって身につく能力だからです。

ちなみに“知識”は、「ある事項について知っていること」で、“智慧”は「物事の道理を悟り、適切に処理する能力」です。

知識の多寡は「価値」にならない

しかし、どんなに頑張っても、「人間の知識」はITやAIと比べれば〈知れたもの〉です。つまり、いまや、人間の価値として、知識の多寡は大きな意味をもたないのです。

人間の価値は智慧の多寡にかかっているし、事実、「情報の洪水」などには無縁だった古代の匠たちは、豊かな感性と自分自身の直接的経験で得た大きな智慧をもっていたのです。

フランスの思想家・モンテーニュが「知識がある人はすべてについて知識があるとは限らないが、有能な人はすべてについて有能である」といっていますが、その通りです。

また、ニュ−トンと並び称される物理学者・アインシュタインは「想像力は知識よりも重要である。知識には限界があるが、想像力は世界を包み込むことさえできるからである」といっています。このような想像力や智慧は、知識を機械的に頭の中に押し込んで身につくようなものではありません。

ニュートン(左)とアインシュタイン

〈ほんもの〉の「モナ・リザ」

ある会合で同席した芸術大学の学長が、「最近の学生は美術館へ足を運ばなくなった。すぐ近くで、貴重な展覧会をやっていても行こうとしない」と嘆いていました。彼らがいうには「ネットで見られるから」とのことでした。

いまや大抵のことはインターネット、スマホで用が足ります。美術館へ実際に足を運ばなくても、日本国内はもとより、世界中どこの国の名画であれ、居ながらにして「鑑賞」できる“IT時代”です。

たしかに、絵画にせよ彫刻にせよ、それらの“図柄”や“形”を見るだけ、知識を得るだけであれば、パソコンの画面でもスマホの画面でもよいのです。ダ・ヴィンチの「モナ・リザ」は、パソコンの画面の中でもスマホの画面の中でも、同じように微笑んでくれましょう。

しかし、やはり、ルーヴル美術館で見る〈ほんもの〉の「モナ・リザ」は断固違うのです。何年前からか忘れましたが、いまはガラス張りの展示になってしまったのが残念なのですが、自分が〈あの〉「モナ・リザ」の前に立ったとき、およそ500年前に、〈あの〉ダ・ヴィンチがやはり、この「モナ・リザ」の前に立っていたのだと思い、私は身体中がしびれるほどの感動に襲われました。

“臨場感”の正体

また、芝居やスポーツの試合など、ほとんどなんでもテレビ(最近はテレビよりもインターネットが主のようですが)、さらにはスマホで見ることができます。しかし、それがどれだけ“高画質”のハイビジョンであろうが、大画面であろうが、それは実際に〈現場で〉見るものとはまったく別ものです。

それは単に「画面」の大きさや音響の違いによるものだけではありません。いわゆる“臨場感”というものですが、それは身体全体で感じるものです。そして“ヴァーチャル”ではなく“ほんもの”だけがもつ迫力というものです。

例を挙げればキリがないのですが、私はいままでの人生の仕事や遊びや趣味の中で、さまざまな“ほんもの”に身体全体で接してどれだけ感動し、それがどれだけ自分の人生を豊かにしてくれたか、測り知れないほどです。

圧倒された小豆島の光景

今般の古代日本の超技術〈新装改訂版〉古代世界の超技術〈改訂新版〉を読んでいただければわかりますが、これらで述べた「古代の超技術」のほとんどは、私自身が現場で、身体全体で接して感動させられたものです。

改訂・加筆した原稿の締め切りギリギリの直近では、巨石の切り出しと運搬の現地調査のために訪れた小豆島で、現地ならではの光景に圧倒されました。

最近では「小豆島」といえばもっぱら「オリーブ」なのですが、小豆島でオリーブが栽培されはじめたのは明治時代末期のことです。

じつは、歴史的に、1640年代、大坂夏の陣で灰燼(かいじん)に帰した大坂城修復の際、石垣に用いられた総数約100万個の巨石は、小豆島を含む瀬戸内海の島々から大坂まで直線距離にして約110キロメートルの海路で運ばれたことが知られています。

私は『古代世界の超技術〈改訂新版〉』に収録した「ストーンヘンジの原石の切り出しと運搬」のことを書いているときに、ぜひとも、小豆島の石切場と運搬のようすを見に行きたくなったのです。もちろん、インターネットや観光資料などで「概略」を知ることはできるのですが、いままでの経験から「現場を見たい」という衝動にかられました。

期待にたがわず、「現地」ならではの感動と、古の石工たちの切り出しと運搬のようすを実感できました。

1600個以上も残る“残念石”

小豆島を友人たちと車で巡って驚かされたのは、「オリーブの島」の先入観とはほど遠い、「小豆島は全島が花崗岩の塊」ということでした。

小豆島の道沿いのいたるところに、加工が容易な板状節理がはっきりと見られる花崗岩が露出している岩山が見られます。目についた看板だけでも、少なくとも5社を超える石材業者が「現役」であることがわかります。

事実、現地の人の話では、1994年9月に開港した関西国際空港建造の際は、多量の小豆島産の石が使われたということでした。

小豆島全体には18ヵ所の歴史的石切場(石丁場)が現存し、北岸の大坂城残石記念公園には、近隣の石切場から切り出されて修羅(そり)とコロで港まで運搬されたのちに放置された平均1.2トンほどの40個の残石(残念石)が置かれています。

国指定史跡の6石切り場には、1600個以上といわれる加工途中の残石があるといわれ、そのいくつかの山に分け入りますと、“残念石”がゴロゴロという感じでむなしく放置されている姿に圧倒されます。

小豆島の板状節理が露出している岩山 photo by gettyimages

古代の匠たちの感性

『日本書紀』には、「淡路島の石」が古墳の築造に使われたことが書かれているのですが、小豆島を自分の目で見て、「淡路島の石」に加えて「小豆島の石」も古墳時代から使われていたことは間違いない、ということを確信しました。

繰り返しますが、いまや、自然の景色も、芝居、スポーツの試合なども、ほとんどなんでもテレビやインターネット、さらにはスマホで見ることができます。しかし、それがどれだけ“高画質”のハイビジョンであろうが大画面であろうが、それは実際に〈現場で〉見る“ほんもの”とはまったく別ものです。

私は“ほんもの”に接することによってのみ、感性が磨かれ、智慧を育むことができると思っています。

古代の匠はいつも、〈そういう〉“ほんもの”〈だけに〉接していたのです。

だから、彼らの「超技術」は現代文明人には「謎」に思えても、古代においては「謎」でもなんでもなかったのであります。

それでは、「古代の超技術」の“謎”を「謎」にした第二点めはなんだったのでしょうか?

現代社会の金科玉条

「古代の超技術」の“謎”を「謎」にした第二点は、現代社会の金科玉条である「経済性」と「効率」です。

現代社会では、なにごとも「経済性」と「効率」を最優先し、ともすると目先のことさえうまくつくろえば通用し、社会もそれを是認している風潮があります。

しかし、古代の匠たち、それ以前に、古代社会そのものや、彼らに“仕事”をさせた古代世界の支配者・指導者たちが「経済性」や「効率」などを考えることなく、後世に遺せる〈ほんとうによいもの〉を求めたのでしょう。匠たちも、限られた材料や機材の中で、精一杯の智慧をはたらかせ、急ぐことなく、たっぷりと必要な時間を費やしたのでしょう。

そして、彼らは自分たちに課せられた責任感と、それを全うすることの誇りをもっていたはずです。古代社会では、彼らの責任感と誇りが正当に評価され、称えられたに違いありません。

現代の一流の職人たちがもつプライド

私が直接知る現代の一流の職人たちも、〈本気で〉数百年から1000年先のことを考えています。そして、そのときの評価に耐え得る「仕事」を遺すことが職人の使命であるというプライドをもっています。

また、一流の職人に共通しているのは、自分の技に対してとても謙虚なことであります。

私は、総じて、現代の日本人が失ってしまった大きなものの一つが、本来誰もがもつべき〈この種の〉“プライド”と“謙虚さ”ではないかと強く思うのです。

長年エレクトロニクス分野の仕事に従事した者として、私は内心忸怩(じくじ)たるものがあるのですが、「コンピュータと先端技術を使えばなんでもできる」と思っている「文明人」が少なくありません。

しかし、「古代の超技術」やさまざまな分野の職人技を細部にわたって目のあたりにしてきた私にいわせれば、それらはとても「コンピュータと先端技術」だけで実現できるような生易しいものではないのです。

根底に最も求められるのは、人間の感性です。

根底に求められるのは「人間の感性」だ photo by gettyimages

卓越した職人が消えてもよいのか

いま、この日本から、卓越した職人が急速に消えつつあります。

私は、このことを深刻な事態と憂慮しているのですが、コンピュータ・先端技術過信者には理解してもらえないでしょう。このことがまた深刻な事態なのであります。

いま、職人が急速に消えつつあるのは、先述の「効率」と「経済性」を礼讃し、質より量を尊ぶ現代の日本社会・日本人の価値観と不可分であるし、職人技のすごさを理解できない、それゆえに正当に評価できない日本人が急激な勢いで増えているためなのです。

今般上梓した古代日本の超技術〈新装改訂版〉』『古代世界の超技術〈改訂新版〉が、日本が世界に誇る「世界遺産」の意味を考え、その遺産を築き上げてくれた古代日本の技術者・職人を正当に評価し、近年、疲弊を感じる日本人が、勇気と誇りを取り戻し、日本が本来の姿に活性化するきっかけとなれば幸いです。

両書をともに読んでいただければ、「日本」と「世界」の対照性と同時に、普遍性をより深く理解していただけるでしょう。

「人間論」の集大成

最後に一言。

今年(2023年)8月より、両書の加筆・改訂、3回にわたる校正作業の中で、私は原稿をそれぞれ4回、熟読、精読しています。

両書のタイトルは「古代の超技術」ではありますが、内容的には、私の幼時からの読書、勉強、研究・道楽、思索、総じて「人間論」の集大成になっていることにあらためて気づきました。そして、そのような「集大成」を書き上げられたことに、心の底からの満足感、爽快感を覚えます。

また、正直に申せば、著者である私自身、自分で何度も読み返していて、「論述、検証がいささかしつこいな、細かすぎるな」と辟易させられる箇所が少なくありませんでした。このような拙著が長期間にわたり、多くの読者に受け入れられてきたという事実に接し、僭越ながら、拙著の読者諸氏に対し、心からの敬意と感謝の気持ちが溢れてきます。

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