
No.1418 食糧危機を脱する道はある
パン食化→米余り→減反政策→米騒動という、今まで辿ってきた袋小路から脱するために。
■1.タイ米の緊急輸入で「金持ち日本の勝手な行動で迷惑した」
花子: 先生、最近はお米の値上がりが激しくて、母が大変だとこぼしています。
伊勢: 全くだね。去年の4月は全国でのスーパーの平均価格は5kgあたり2000円ほどだったのに、今年は4200円を超えている。実に2倍以上だ。
でも、平成5(1993)年の「平成の米騒動」の時の方が騒ぎとしては大きかった。この時は米価の急騰だけでなく、そもそも店頭でもお米が消え、たまに入荷すると店の前に長蛇の列ができた。

花子: その時は結局どうなったのですか?
伊勢: タイなどから250万トンもの米を緊急輸入したんだ。しかし、国民はタイ米の調理方法などに慣れていなかったから不評で、大量に売れ残ってしまった。販売店の中には国産米との抱き合わせ販売をした店も出てきたけど、それを買ってタイ米だけ捨ててしまう家庭まであったと報道されている。
花子: えー、なんてもったいないことを。
伊勢: それだけじゃない。日本の緊急輸入でタイ米の国際価格が急騰し、東南アジアの庶民は「金持ち日本の勝手な行動で迷惑した」という批判も出たそうだ。
花子: そういう意味では、国際市場でも、お金さえ出せばいくらでも食糧輸入できる、という状況ではないのですね。
伊勢: まさしく、そこがポイントだ。世界の米生産量は約5億トン、そのうち輸出入で取引されるのは4900万トン、10%以下に過ぎない。しかも、工業製品とは違って、日本が250万トン緊急輸入したいと言っても、すぐに増産できるわけではない。結局、在庫の取り合いになるから、ちょっとした輸入増で価格が急激に上がってしまう。
花子: そういうお米の値上がりで、東南アジアの貧しい人々に迷惑をかけた、なんて、申し訳ないですね。
■2.減反政策による生産能力抑制
花子: しかし、今回も米不足で、国内価格もうなぎ登り。米は日本国民の主食ですから、安定的に適切な価格で買えるようにするのが、政府の国民を守る責務ですよね。そのための施策が、十分とられていないから、今回のような「令和の米騒動」になったんですね。何か、もっと良い方策はないんですか?
伊勢:農林省出身で食糧安全保障について研究されている山下一仁氏は、こう提案している。
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最も効果的な食料安全保障政策は、減反廃止による米の増産とこれによる輸出である。平時には米を輸出し、危機時には輸出に回していた米を食べるのである。日本政府は、財政負担を行って米や輸入麦などの備蓄を行っている。しかし、輸出は財政負担の要らない無償の備蓄の役割を果たす。同時に米の増産によって農地など農業資源の確保もできる。[山下、p162]
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花子: 「減反廃止」って、どういう意味ですか?
伊勢: まず「減反政策」というのがあった。これは作物の作付面積を減らすために補助金を出す政策だね。これで米の作りすぎを抑制して、一定の価格に保つようにしたんだ。
減反政策は公式には平成30(2018)年に終わったけど、その後も水田から麦や大豆、飼料用米、米粉用米に転作する農家には、作物や用途ごとに10アールあたり最大10万円超の補助金が支給されるなど、供給を抑制する枠組みは実質的に続いている。[信州まちづくり研究会]
■3.餓死者が出た終戦時よりも、さらに少ない現在の米生産能力
花子: 米の作りすぎを抑制するといいながら、今回のような「令和の米騒動」が起きてしまうのは、減反政策がやり過ぎた、ということですか?
伊勢: そうだね。実際に米の生産能力は長期的に低下しつつある。
山下氏は終戦時と比べて、こう述べている。
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・・・減反政策によって、食料増産を目的として終戦時の900万トンから20年かけて1967年に1400万トン超まで拡大した米生産は、逆に50年間で半減し、700万トンを切ってしまった。餓死者が出た終戦時より、人口が1.7倍に増えているのに、米生産は4分の1も少ないのである。[山下、p4]
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終戦時の食糧難とは、空襲で農地や農業施設などが破壊され、朝鮮や台湾からの米移入も途絶し、1千万人が餓死するのではと噂された。小学校の運動場をイモ畑にされ、上野の不忍池は水田とされた。山下氏が農林省に入ったのも、両親から終戦時の食糧難の悲惨さを聞いていたのが一因だったという。
昭和天皇が皇室財産の目録をマッカーサーに渡して、これで国民を飢餓から救ってほしい、と頼まれたのも、この時だね。マッカーサーの決断で、米国から食糧援助がなされ、なんとか危機を乗り越える事ができた。
■4.輸入途絶で餓死者6千万人
伊勢: 終戦時の食糧難は、もっと悲惨な形で再現してしまう恐れがある。終戦直後の自給率は88%、1965年でも73%あったけど、2000年代以降は38~39%で低迷している。台湾有事や、地震と津波による日本の港湾設備の損壊、輸出国での感染症による輸出ストップなどで、食料輸入が途絶する可能性は十分にある。その際の事態を、山下氏は次のように予測する。
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今輸入途絶という危機が起きると、エサ米や政府備蓄の米を含めて必要量の半分に相当する800万トン程度の米しか食べられない。・・・今の米生産で残りの半分に全く配給しないとして、やっと国民の半分は生き残れる。それでも約6000万人が餓死する。[山下、p238]
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我々の世代の誤った食糧政策のために、これほどのリスクを君たち子孫に残してしまったことを、深くお詫びしなければならないね。
■5.世界各国が食糧増産にやっきになっている時に、税金を投入して水田を削減する愚かしさ
伊勢: こうした危機の恐ろしさを理解すれば、補助金を使って米作を削減するという減反政策の異常さが改めて浮き彫りになる。世界各国は人口増加と食糧危機への対策として農産物の拡大に力を入れている。山下さんはこうまとめている。
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米の生産量について、・・・1961年から2020年までの伸び率を見ると、日本が4割減少しているのに対し、世界は3.5倍、ベトナム4.8倍、アメリカ4.2倍、中国3.8倍、インド3.3倍、タイ3.0倍となっている。 [山下、p42]
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花子: へえー、世界各国で3、4倍に増やしているのに、日本だけが4割減少ですか?
伊勢: 世界的に見て人口増加と食糧不足の動向のなかで、飢餓に瀕している人々が7億3300万人、11人に1人もいる。
実は米は人口を養うという点では、小麦よりもはるかに強力なんだ。東アジアから東南アジア、南アジアにかけて、すなわち日本から、中国、東南アジア、インドあたりは面積では世界の14%しかないのに、世界人口の6割が生活できているのは、米の力だね。
花子: お米とはそんなに優れた穀物なんですか?
伊勢: そうなんだ。世界で7億3300万人もの飢えた人がいるのに、日本だけそんな世界情勢など我関せずで、わざわざ税金を使って、生産を落としているのだからね。本来なら、豊かな日本列島で米をどんどん作って、世界の食糧不足を助けよう、というくらいの気構えを持たなくてはならないところだ。
花子:それを自国だけ生産を削減して、米不足になったら、緊急の輸入で国際価格を急騰させ、東南アジアの貧しい人々にもご迷惑をおかけしているんですね。我が国が、そんな愚かしい真似をしているとは知りませんでした。山下先生の「減反廃止による米の増産とこれによる輸出」という主張は、こういう過ちを反転させようということなのですね。
伊勢: しかも、米は小麦などに比べると、はるかに環境に優しい。小麦など同じ作物を何年も続けていると、連作障害を起こす。これはその作物が消費する栄養分だけが使われて、土壌がアンバランスとなり、またその作物を好む病原菌や害虫が増殖して、生育が悪化する。それを人工肥料や殺虫剤で対処すると、それがまた環境破壊を起こす。
それに対して、水田は、山-川ー田-海という水の循環で山林からのミネラルを受けとり、メダカやトンボ、カエル、藻など多様な動植物の生息地ともなり、土壌の微生物も生育する。水田は何千年耕作を続けても環境を破壊しない、優れた農法なんだ。
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JOG(707)農が引き出す自然の恵み
農業はカネでは計れない価値を自然から引き出す。
https://note.com/jog_jp/n/n4dd8cb9ff87b
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花子: そうですか。水田でつくるお米で生命をつなぎ、環境を守ってきた私たちのご先祖様の深い智慧が感じられますね。水田を減らして、アメリカから小麦を輸入するということは、ご先祖様の智慧を忘れ去った愚かなことなのですね。
■6.世界の食糧危機をもたらしたアメリカの食糧戦略
伊勢: これほど優れた米の生産を絞るような減反政策がとられた背景に、国民の米食からパン食への移行がある。かつては「米を食べるとバカになる」などという、馬鹿げたキャンペーンが大真面目に行われて、日本人の食生活をかなり人為的に変えてしまった。それが米余りをもたらし、減反政策につながってしまった。
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JOG(1190)人間の身体と大地は繋がっている~「身土不二(しんどふじ)」の思想
日本人は、日本列島で採れる豊かな食材に合った身体を発達させてきた。
https://note.com/jog_jp/n/n79c0fd81843b
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日本人のパン食化には、陰の仕掛け人がいるらしいことを、上記の編では述べているけど、鈴木氏の著書にも、アメリカの食糧戦略が、いかに世界の食糧危機をもたらしているかについて、印象的な事例が紹介されている。
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アメリカは、「食料なら安く売ってあげるから、非効率な農業を続けるのはやめたほうがいい」と言って、世界中で農産物の貿易自由化を進めてきた。それによって、基礎食料を生産する国が減ってしまい、世界全体が、アメリカを始めとする少数の食料供給国に依存するようになってしまった。[鈴木、p99]
こうしたアメリカの食料戦略が、世界に食料危機をもたらしている。
ハイチは、一九九五年に、IMFから融資を受けるための条件として、アメリカから輸入するコメへの関税を三パーセントにまで引き下げることを約束させられた。その結果、ハイチのコメ生産が大幅に減少し、コメを輸入に頼る構造になっていた。そこに二〇〇八年の世界食料危機が直撃、コメの輸出規制が行われ、ハイチはコメの不足により、死者を出す事態となった。[鈴木、p98]
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花子: 国際社会には、こんな謀略も渦巻いているのですね。
伊勢: そう、そういう謀略を見据えながら、日本国民は自らの行くべき道を考えなければならない。それができなかったから、パン食化から減反政策、そして食糧危機へという、袋小路に迷い込んでしまったんだね。
■7.食糧危機を克復する道
花子: その袋小路から脱出する道が「米の増産と輸出」でしょうが、そもそも輸出できるほどの生産能力を持てるんですか?
伊勢: それは十分に可能だね。さきほどの山下さんの引用でも、1967年に1400万トン超まで拡大したという事実が示されている。また減反政策下の技術進歩の停滞で、単位面積あたりの収量でも、日本は中国の75%ほどしかないから、逆に言えば稼ぎ代は大きい。
花子: でも、お百姓さんたちの高齢化とか、耕作放棄地の荒廃とか、小さな田の統合とか、難しい問題がいろいろあるのでしょう。
伊勢: その際に思い出すべきは、我々は50年かけて1400万トンを700万トン以下に削減してしまったんだけど、その前に終戦時の900万トンから20年後の1967年に1400万トン超まで拡大したというご先祖様の実績だね。
これに自信をもって取り組めば良い。大事なことは国民一人ひとりが今の農政の問題をよく認識して、国として向かうべき方向をみなで共有するということだね。
花子: あと、余った米を輸出に回すとしても、価格の問題もあるのでしょうね。国内の高いお米を、輸出できるのでしょうか?
伊勢: その点、山下氏が重要な指摘をされている。中国では、日本のジャポニカ米の消費はほとんどなかったのに、日本製の電気炊飯器が普及してから、これに向いているジャポニカ米の需要が急増し、しかも中国米の7倍から20倍の値段で売れている。欧米でも寿司などの和食は大人気だから、世界の最高級品種として、最高価格で輸出できる可能性は十分あるようだね。
政府も今年4月に閣議決定された農業政策の基本計画で、2030年までに米の輸出量を現状(2024年)の約8倍、35万トンに増やすという具体的な数値目標を設定した。ようやく「米の増産と輸出」の方向に動きだしたね。
輸出だけでなく、国内で需要を増やす方法もありうる。たとえば鈴木宣弘氏は、小中学校の給食費用を国が全額負担して無償化しても、4800億円ほどと試算されている[鈴木、p132]。現在の減反費用が4000億円ほど。米不足のリスクを増大させるのに4000億円使うより、子供たちに美味しい日本のお米を食べさせるために4800億円使う方が、はるかに賢明な使い方だよね。[鈴木、p132]
花子: 最近、急速に増えている子供食堂などに、おいしいお米を支給するという手もありますね。学校給食と同様、子供の時からご飯を食べつけていると、パンからご飯へ、というように嗜好が戻っていきますよね。
伊勢: まったく、その通りだね。我々、日本人は、しっかりと危機を認識すれば、各分野の人々がいろいろな工夫を凝らして、危機脱出に智慧と力を合わせることができる。
終戦時の900万トンから20年で1400万トン超まで拡大したというご先祖様の実績に勇気を戴いて、この日本人らしいアプローチで危機に立ち向かっていくべきだね。我々が作り出してしまった巨大リスクを君たちの世代に残さないために。それまでに輸入途絶の事態が起こらないことを祈りつつだけど。
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